ある冒険者の死体
日は完全に沈み、辺りは闇に包まれていた。わたしたちは、(本当はプチドラによる)魔法の光の球を頼りに、山道を急いだ。誰も不平不満は言わない。言っても仕方がないことは分かっているし、口論から殴り合い、斬り合いに発展する可能性も完全には否定できないだろう。
「とりあえず、今日は、山道から街道に出るところまで進もう」
先頭を行くブラックシャドウが言った。あとどのくらい時間がかかるのだろう。なんだか、先の見えないサービス残業のような気分。
その時…… ムギュッ!?
突然、ブラックシャドウが歩みを止めた。わたしはブラックシャドウの背中にぶつかり、(風呂敷包みを背負っていたので)バランスを崩して尻もちをついた。
「どうしたのよ。止まるなら、そう言ってよ」
「すまない。だが…… あれを見てくれ」
ブラックシャドウが指差した先には、6人の冒険者が血を流して倒れていた。こんな辺鄙なところで冒険とは、彼らもまた、御落胤目当てに情報を買い、地獄谷に向かう途中だったのだろうか。
ブラックシャドウは倒れている冒険者に近づき、観察していたが、やがて、立ち上がると、
「ダメだな、息がない。完全に、くたばってしまっている。」
「誰にやられたのかしら」
「先刻の武装盗賊団以外、考えられないだろう」
ブラックシャドウは、武装盗賊団がどんなに危険かを語り始めた。武装盗賊団とは、シーフギルド「カバの口」の中でも特に優秀なギルド員が選抜されて構成されたエリート部隊であり、コミカルな外見とは裏腹に能力は極めて高く、その気になれば小さな国の騎士団を殲滅するくらいは朝飯前だとか。のみならず、「邪魔な相手は絶対に許さない主義」を標榜し、自分たちよりも数が少なくて弱そうな相手を見つけると、なんの脈絡もなく因縁をつけては金品を要求し、拒否されると、直ちに「制裁措置」を講じる(つまり、ぶっ殺す)らしい。
「ヤツらには関わり合いにならないのが一番さ」
そう言ってブラックシャドウは苦笑した。
確かに、物騒な連中には違いない。だけど、
「あなたも暗殺のプロでしょ。フロスト・トロールと互角に戦えるだけの力もあるし……」
「組織の力を甘く見てはいけないよ。仮に先刻の部隊を全滅させることができたとしても、それで終わりではない。うっかり手を出して、組織から懸賞金でもかけられたりしたら、命がいくつあっても足りない」
弱気のようだけど、実際のところはブラックシャドウの言うとおりだろう。個人としていくら強力でも、自ずから限度がある。その点、ひとりひとりは微力でも、組織としてまとまれば、力を無限大に高めることも可能だから。
わたしたちは山道をさらに歩き続けた。そして、日付が変る頃になって、ようやく山道を抜けた。




