荷馬車を降りて
ブラックシャドウは、突然、荷馬車を急停車させ、
「マズイことになったのだ。みんな、降りてくれないか?」
「どういうことかな? 説明くらい、ほしいものじゃのう」
急停車の際、よろめいて顔を床に打ちつけたホフマンは、鼻血など垂らしてはいないものの、非常に不機嫌に言った。
しかし、ブラックシャドウは、ホフマンの機嫌など、まったく意に介しない様子で、
「説明している時間はない。私を信用できないならそれでもいいが、その場合は、どうなっても知らんぞ」
そして、いきなり、荷馬車を牽いていたラバの首筋を、ショートソードで切り裂いた。ラバは首から大量の血を流し、たちまち絶命。荷馬車は支えを失って、グラリと傾いた。
「一体、どうしたのだ? 気でも狂ったか!?」
ホフマンは、思わずブラックシャドウにつかみかかった。
しかし、ブラックシャドウは落ち着いてその手を払い、
「私は冷静だ。あなたにも聞こえるだろう、あの、なんとも形容しようがない重低音が」
……ぺ……れ……ぎ……よ…… ……ぺ……れ……ぎ……よ……
……ぺ……れ……ぺ……れ…… ……ぺ……れ……さ……ぁ……
不気味なコーラスは、先刻より音が大きくなっていた。
ブラックシャドウは、珍しく「チッ」と舌打ちし、
「あれは、シーフギルド『カバの口』の中でも特に凶悪な、『武装盗賊団』の行進曲だ。ヤツらに見つかると、面倒なことになる」
「それで、どうするつもりかなのか?」
「とりあえず、ラバと荷馬車を処分する。山賊に襲われたように見せかけるんだ」
ブラックシャドウは、ショートソードを何度もラバの死体に突き刺しながら、
「悪いが、荷馬車も適当にぶっ壊してくれ。荷馬車が無事なのは不自然だから」
ホフマンは、不機嫌な表情のままだけど、一応、話に納得したのか、荷馬車に斧をたたきつけた。ちなみに、肉体労働が苦手であまり好きでないわたしは、その横で作業を眺めているだけ。
やがて、ブラックシャドウは荷馬車の壊れ具合を見て、
「この程度でよかろう。とにかく、この場を離れよう」
ブラックシャドウはバックパックを背負い、山道を外れ、森の中に入っていく。わたしとホフマンも、荷物を持って、後に続いた。でも、山賊に襲われたように見せかけるといっても、苦肉の策と言うのか、なんだか無理があるような……
「あの程度の偽装工作で間に合うかしら。人の死体はないし、すぐに見破られるんじゃない?」
ブラックシャドウは何も言わなかった。




