夜襲ではなくて
今日は、グレートエドワーズバーグを出て5日目。荷馬車は北への街道を外れ、山道に入った。
「もうすぐ地獄谷だ。この辺りからは危険地帯。油断していると、やられるぞ」
御者台からブラックシャドウが言った。車がやっと通れる程度の道の周囲には、針葉樹の森が広がり、視界が極めて悪い。
プチドラはわたしの肩に飛び乗り、2人に聞こえないよう、小声で言う。
「有事の際は、ボクが、この2人に気付かれないように、魔法でなんとかするから」
「頼むわ。でも、それはともかく…… パーティーを組むと、何かと面倒が多いわね」
「完全に信用できるかどうか分からない人と組んでるからね。その分、余計な制約が増えちゃう」
「2人が見てる前では、プチドラ、あなたがフロスト・トロールと話し合うわけいかないでしょうね」
「うん。でも、もともと話が通じにくい相手でもあるし」
フロスト・トロールは、北方に住むトロールで、通常のものより(巨人ほどではないにせよ)体が大きく、力も強い。しかも、性格は非常に凶暴で、話し合いよりも殴り合いを好む。とりあえず戦ってみて、絶対に勝てない相手と見た場合に限り、ようやく交渉に応じるとか。なお、魔法を使うことはないため、腕に十分な自信があれば(ツンドラ候くらいのレベルなら)、正面から剣で勝負を挑んでも、なんとかなるとのこと。
やがて、馬車は狭隘の道を抜け、やや開けたところにさしかかった。ここからは下り坂。その先の盆地には、道に沿って、掘っ立て小屋か竪穴式住居のようなものが点在している。
「見えたぞ。あれが、地獄谷のフロスト・トロールの村だ」
ブラックシャドウは御者台で立ち上がって言った。すごいものと思っていたけど、それほどでもない。非常に小規模な集落といった感じ。
ホフマンは荷台の上から集落を見下ろすと、「フロスト・トロールか、腕が鳴るわい」などと、ブツブツと独り言を言いながら、自慢のバトルアックスを磨き始めた。
「地獄谷は見つかったけど、これからどうするの? まさか、この3人で乗り込むわけじゃ……」
すると、ブラックシャドウは「フフフ」と不敵な笑みを浮かべ、
「その『まさか』だ。しかし、まともに力の勝負を挑むほど、私は愚かではない。日が暮れるのを待つ」
すると、ホフマンはバトルアックスを磨くのを止め、すぐさま異議を唱えた。
「ということは、夜襲をかけようというのか? それは少々卑怯ではないか」
「厳密には、『夜襲』ではなく『暗殺』だ。寝ているフロスト・トロールの急所を一撃する。なお、念のため、武器には強力な致死性の毒を塗っておく。戦いは合理的に進めないとね」
ブラックシャドウは腰のショートソードを抜いた。言われてみれば、確かに合理的な作戦。最初は不満そうだったホフマンも、代案があるでもなく、力勝負では分が悪いと見たのか、結局は同意した。
わたしたちは馬車を隠し、物陰で仮眠をとった。やがて、日が沈んで辺りが真っ暗になり、作戦開始。




