荷馬車
わたしたち3人は荷物をまとめ、店を出た。よく見ると、ブラックシャドウとホフマンは、コンパクトなバックパックを背負っている。風呂敷包みにいろいろなものを詰め込んでいるのは、わたしだけだ。次回、旅に出るときには、少し考えることにしよう。
ともあれ、地獄谷までの交通手段を確保しなければならない。わたし一人であれば、いつものように隻眼の黒龍に乗っていけばいい。でも、3人で乗ろうという気にはならない。狭苦しいのはイヤだし、隻眼の黒龍のことは、ブラックシャドウやホフマンに知られたくない。さて、どうしたものか……
街中をしばらく進んでいくと、にぎやかな商業区画に出た。道の両側には露店が立ち並び、野菜、果物、肉類、海産物、日用雑貨等、いろいろなものが売られている。売り子の威勢のよい声が響き、荷馬車も頻繁に行き来している。
ブラックシャドウは、あちこちに氷のように冷たい視線を投げかけながら、
「ふたりは先に進んでいってくれないか。後で、この町の北門で落ち合おう。私は乗り物を調達してくるよ。もちろん、全員が乗れるものをね」
「そうかい、それは助かる。よろしく頼むよ」
ホフマンが言った。こうして、ブラックシャドウは商業区画の雑踏の中に消え、わたしとホフマンが連れだって北門に向かうことになった。
道中、ホフマンは滅多に口を開かなかった。お喋りは好きでないのか、それとも……
「マスター、気をつけて。ひょっとすると、このドワーフがお目付け役かもしれないし、北門でブラックシャドウの仲間が大勢で待ち構えているかもしれない」
プチドラはわたしの耳元で注意を促している。今のところ、ブラックシャドウとホフマンが強盗という可能性も捨てきれない。でも、その時は、プチドラに周囲の迷惑も顧みず大暴れしてもらおう。
「うん、いざとなったら、この町を焼き払っても構わない。わたしさえ無事ならね」
するとプチドラは、あんぐりと口を開け、
「焼き払わなくても…… 相手が10人や20人程度なら、個別に狙いを付けられるよ」
でも、心配は、とりあえず杞憂に終わったようだ。わたしとホフマンが北門で待っていると、どこで調達したのか知らないが、ブラックシャドウが頑丈そうな荷馬車を走らせてきた。
「乗り心地はよくないだろうが、御落胤に出会えた時のことを考えれば、荷馬車が無難な選択だろう」
ブラックシャドウは言った。一応、理には適ってるけど……
その時、プチドラが、コッソリと荷台の片隅を指差した。そこには、ほんのわずかだけど血糊が付着している(ホフマンは気付いていないようだ)。しかも、それは新しく、つい先ほど付着したように見える。ブラックシャドウは、一体、どのようにして、この荷馬車を手に入れたのだろう。




