虎穴に入らずんば……
プチドラは、本能的に危険を察知したのか、左目を剥いてブラックシャドウをにらみつけた。通常の感覚からすれば、この男を信用することなど、できるはずがない。でも、昔から「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とも言う。
わたしはナイフとフォークを置き、
「あなたが道連れを探しているのは分かったわ。でも、どうしてわたしに声をかけたの?」
するとブラックシャドウは、一瞬、ニヤリとして、
「たまたま、あなたと相席になって話をすることができたからかな。納得してもらえないかね?」
「『たまたま』って?」
「そう、『たまたま』だよ。世の中に起こることすべてに理由があるわけではないし、合理的に説明できるものばかりでもない。私は基本的には『ソロ』で活動しているが、今回は、ひとりでは荷が重そうなのだ。ただし、パーティーを組むとしても、あまり人数が多すぎると御落胤に懸けられた懸賞金の分け前が減る。だから、適当に……と言うと語弊があるが、1人か2人でいる人を見かけては、声をかけていたのさ」
一応、明確に不合理な点は見出せないけど、
「他の人にも同じ話をしていたのね。その割には……」
「うむ、残念ながら、これまでのところ、誰も話に乗ってくれなかった。だから今も『ソロ』でいるわけだ」
ブラックシャドウはハハハと乾いた声で笑った。でも、目は笑っていない。
「信用できないなら構わないが、もし興味があれば、明日の朝にでも声をかけてほしい」
そう言い残し、ブラックシャドウは立ち去った。
その夜、わたしは、なかなか寝付けないでいた。それはプチドラも同じようで、
「ねえ、マスター、さっきのブラックシャドウの話はどうするの?」
男の「ブラックシャドウ」という名前やネーミングセンスからして怪しさ一杯、どうにも信用できそうにない相手だし、わたしの心の中を見透かしたような喋り方も気に入らない。でも、本当に目的が同じなら、パーティーを組むのも悪くない。
「あの男が本気でパーティーを組みたいというなら、わたしとしては、受けてもいいと思ってるのよ」
すると、プチドラは「ぎょっ」として、ベッドの上で跳び上がった。
「どうしたの? そんなに驚くほどのことではないでしょう」
「いや、いろいろな意味でマズイと思って。ブラックシャドウの目的が、本当に、懸賞金をせしめることにあるとしても、御落胤を見つけたら後はどうするの?」
「御落胤の身柄を確保できれば、ブラックシャドウには、いわゆる『不慮の事故』にでも遭ってもらいましょう」
プチドラは「ええっ」と、呆れたように口を開けた。なお、発見者を表向きはブラックシャドウとし、帝国宰相には「御落胤を発見できなかった」と申告して、懸賞金を山分けという可能性もあるが(つまり、帝国宰相を裏切る)、どうするかは、御落胤を捜し当ててから考えよう。危険だけど他に妙案があるでもなく、今は、ブラックシャドウの申し出を受ける以外ないと思う。




