宮殿の中庭で
隻眼の黒龍は宮殿の中庭にゆっくりと降りた。建物からは数人の官吏が現れたが、ドラゴンの姿を目にすると、肝をつぶして宮殿内に逃げ帰った。
隻眼の黒龍は体を縮め、子犬サイズのプチドラに姿を変えると、
「いきなりアポなしで大丈夫かな。ハッキリ言うと、非常識極まりないというか……」
「非常識はお互い様でしょ。帝国宰相が『すぐに帝都まで来られたし』というから、そうしただけよ」
「いや、でも、やっぱりマナーというか、エチケットというか…… もし、帝国宰相が留守だったりすると、こちらとしても無駄足になるわけだから」
もし、そうなったら、腹いせに宮殿を破壊しちゃう……もちろん、これは口に出さなかったが。
その時、背後から、
「誰かと思ったら、おまえか……」
と、声がしたので振り向くと、少々あきれ顔の帝国宰相が立っていた。
「あら、これはこれは帝国宰相、御機嫌うるわしく…… このたび、宰相より手紙をいただきましたので、『すわ一大事、帝国宰相の身にもしものことがあっては大変』と、大急ぎで飛んでまりました」
われながら、よくもこんな心にもないことが言えるものだ。
ところが、上には上がいるもので、
「わが娘よ、待っておったぞ。そなたがこんなにも、わしの身を案じてくれているとは、大変うれしく思う」
と、帝国宰相はいきなりわたしを抱きすくめ、大袈裟に喜びを表現した。でも、こちらとしては願い下げで、いわゆるキモイだけ、だったりする。
そして、おもむろに帝国宰相は立ち上がり、周囲をキョロキョロと見回して誰もいないことを確認すると、
「来てもらってすぐに申し訳ないが、ちょっと、中庭の散策に付き合ってくれぬかな?」
「はい、喜んで」
誰かに聞かれてはヤバイ話なのだろうか。宮殿の中では、誰が聞き耳を立てているかも知れない。中庭でも絶対に安心というわけにはいかないが、宮殿内で話をするよりも多少はマシだろう。
わたしは帝国宰相に連れられ、左右に幾つも並んだ噴水の間を抜け、色とりどりの花々が植えられている花壇を横切った。
帝国宰相は、もう一度、慎重に周囲を見回すと、
「もうそろそろ、大丈夫であろう」
「『大丈夫』ですか?」
「いや、なに…… あまり大きい声では言えない話なのでな。そなたも、これからここで耳にすることは、絶対に他言無用に願いたい」
帝国宰相は、ギロリと鋭い視線をわたしに向けた。さて、一体、どんな危ない話を聞かされることやら……