巨人の国の日常
御落胤は既にクルグールスク村にはいないらしい。帝国宰相との約束を誠実に果そうとするのであれば、早々にグレートエドワーズバーグの町に引き揚げて情報を収集し、戦略を練り直すべきだろう。
でも、わたし的には、そこまでする義理はないと思うし、前ツンドラ候も同意見なのであろう、
「しばらく滞在していくがいい。心にゆとりがなければロクなことがないぞ」
と、いうことなので、少しの間だけ、お言葉に甘えさせていただくことにした。
「正直に申し上げますと、なんにも…… 本当に、なんにもないところですが……」
この村で生まれ育ったメイドたちは、少し、気恥ずかしそうにしている。クルグールスク村に、観光資源になりそうなものは全くないということだけど、巨人とヒューマンの共生などは(巨人の国では珍しくないとのことだが)、初めて見る者にとっては新鮮な印象を与えてくれる。
メイドの話によれば、町の北半分が巨人居住区、南半分がヒューマン居住区ということだけど、そのとき不意に、巨人居住区の方から、
……ズゥ~ン…… ……ズゥ~ン……
と、地響きのような音が聞こえてきた。地面も小刻みに震えているようだ。
「地震かしら?」
「いえ、地震ではありません。いつものことで、セルゲーエフさんが稽古をつけているのでしょう」
前ツンドラ候のライバルであったニコライ・アレクサンドロビッチ・セルゲーエフ氏の道場では、週に2回、若い巨人を相手に格闘技の講習が行われていて、(体の大きい)巨人が地面に投げ落とされると、その衝撃が地響きのように伝わってくるとのこと。なお、「三度の飯よりもケンカが好き」の前ツンドラ候もボランティアの講師として参加していて、若い者を「かわいがっている」らしい。
村の中を散策していると、巨人とヒューマンが談笑していたり(この村の住民はバイリンガルらしい)、屋根の修理を巨人が手伝っていたりする光景が見られた。ほのぼのとして、殺伐とした日常を忘れるには、なかなかいい感じ。
でも、いつまでも前ツンドラ候のところに厄介になっているわけにはいかないし、この辺りで殺伐とした日常に戻ることにしよう。
「お世話になりましたが、そろそろ、御落胤の捜索を再開しなければならないので……」
「そうか。仕事なら仕方がないな。しかし、そのうち……まあ、たまには顔を見せてくれよ」
前ツンドラ候は残念そうに言った。さらに、「是非とも盛大に送別会を」という申し出もあったけど、「気持ちだけで、ありがとう」と丁重にお断りして、隻眼の黒龍に乗り、グレートエドワーズバーグの町への帰路についた。沿道では、前ツンドラ候を始め、セルゲーエフ氏その他の巨人たちも駆けつけ、別れの挨拶とばかりに手を振ってくれていた。




