出発
それから数日たって、幾多の不安を抱えながら、出発の日を迎えた。風呂敷包みに伝説のエルブンボウや金貨500枚分の小切手、防寒用のコート等を詰め込み、隻眼の黒龍の背中に乗ると、
「気をつけてね。わたしたちには、無事を祈ることしかできないけど」
使用人(すなわち、メイド)に化けて見送りに出てくれたクラウディアが言った。ちなみに、ガイウスは別に用事があって来られないとのこと(何をしているのか知らないが)。
「気持ちだけで十分よ。帝国宰相にも、『できるだけ目立たないように』と言われてるし」
ガイウスやクラウディアが手伝ってくれれば、捜索はかなり楽になるだろう。でも、タダでさえややこしい話をこれ以上複雑にしては、収集するのに骨が折れるだろう。
「オエップ……」
わたしは思わず口を押さえた。というのは、昨日、ツンドラ候が頼みもしないのに壮行会を催してくれて、いつものゲテモン屋で恐怖のフルコースを味わう破目になったから。ツンドラ候によれば、「ブラックスライムとトログロダイトを凌駕する、究極の『食の美学』を追及した」とのこと。確かに「究極」には違いなかった。話によれば(真偽のほどは定かではないが)、「名状しがたき這い寄る混沌の無貌の神」の体の一部を切り取って、特殊な製法で何日間も煮込み、独特の「白い粉末」で味を調えたという、とにかくとんでもないシロモノ。
隻眼の黒龍は心配そうに、わたしに顔を向け、
「マスター、大丈夫?」
「大丈夫とは言えないけど、しょうがないでしょ」
とはいえ、コンディションは最低。2、3日は休養したいところだけど、出発を遅らせれば、ツンドラ候に2回目や3回目の壮行会を口実を与えそうだから。
「そういえば、マスター、手紙は持った?」
「うん、風呂敷包みの奥に入ってるはずよ」
手紙とは、ツンドラ候から先代(つまり父上)に宛てたもの。昨日、「親父は巨人の国のどこかで隠遁してるはずだから、運よく会えたら渡してくれ」と頼まれてしまった。どうでもいいことだが、先代ツンドラ候も、現ツンドラ候に負けず劣らず巨漢で、「二足歩行生物最強」を自認しているらしい。
隻眼の黒龍は巨大なコウモリの翼を広げ、ゆっくりと宙に舞った。なんだかヨタヨタとして、いつもより頼りなげな感じ。
「プチドラ、あなたこそ、大丈夫?」
「うん。まあ、なんとか……」
あまり大丈夫そうには見えないけど、途中で墜落しないだろうか……
ともあれ、こういうわけで、北に向けて先行き不安な空の旅が始まるのだった。




