認証状
宴会が終わると、マーチャント商会会長は、これから別の仕事の会議があるということで、そそくさと引き揚げていった。
帝国宰相は玄関先まで会長を見送り、会長の乗った馬車が見えなくなると、
「あの若僧めが、このわしを愚弄しおって!」
と、吐き捨てるように言った。宰相と会長は、「金の切れ目が縁の切れ目」くらいの仲のようだ。
「マーチャント商会会長との間に、今まで、どのようなことがあったのですか?」
「いろいろとな…… まあ、あまり思い出したくはないがな」
帝国宰相がこれほど感情を露わにするのは珍しい(わたしの前では初めてかもしれない)。宰相とマーチャント商会との間には、わたし以上に、いろいろと因縁があるに違いない。でも、あまり詮索しないほうがよさそうだ。
そして、帝国宰相は、ふと、思い出したように、
「おお、そうじゃ、おまえ、領内の騎士の任免をしたいとか言っておったな」
「そうです。人事を大胆に刷新したいと思いまして」
「ならば、明日にでも宮殿に来るがよい。皇帝陛下の御名による認証状を発行しておくから」
認証状を発行してくれるといっても、誰を任命して誰をクビにするかが分からなくてもいいのかしら。釈然としない部分はあるが、一応、帝国宰相に丁寧にお礼を言って、屋敷に戻った。
翌日、帝国宰相のところまで出向くと、宰相は、この前のように、わたしを中庭までいざない、周囲に誰もいないことを確認しながら、細い紐で縛られた紙の束をわたしに手渡した。
そして、わたしの耳元でこっそりと、
「これが認証状じゃ。任命用、解任用それぞれ20枚ある。つまり、最大限20人、騎士を入れ替えることができるということじゃな。皇帝陛下の署名はもちろん、名前以外の様式は、すべて整っているから……」
宰相は、衣服の袖で隠すようにしながら、そのうちの1枚を取り出し、氏名欄を指差した。
「ここに、任命したい者や解任したい者の名前を書けば完成じゃ。つまり、任官又は免官の効力が発生するというわけじゃな」
わたしは、少しばかり疑いの目で宰相を見上げた。通常、「皇帝陛下の署名」は最後にするものだろう。それに、これではほとんど、いや、完全に犯罪行為(公文書偽造)ではないか。
「本当は、こういうことは、やってはいけないのだが、今回は特別に許す。皇帝陛下の署名を疑うことは許されないから、仮に裁判になったとしても、皇帝陛下の署名がある限り、負けることはないぞ」
帝国宰相は胸を張った(あまり威張れるものではないと思うが)。ただ、プチドラの見立てでは署名は本物(「間違いない」とのこと)なので、疑われても「本物だ」と言い張れば、それで通るだろう。裁判で有罪を宣告されなければ、全然、問題ない。わたしは帝国宰相に深々と頭を下げた。
すると、帝国宰相は、この時を待ち構えていたかのように、
「では、今度はわしの番ということじゃな」
と、不気味にニヤリと笑った。




