「不幸な過去」の清算
マーチャント商会会長は、しきりに「不幸な過去」の清算を口にしているが、こちらにとっては、基本的に、すべて正当防衛のはずだから、賠償など支払う気はないし、支払う義務もないはずだ。
会長は、苦々しい顔の帝国宰相を横目で見ながら、話を続けた。
「我々としては、『不幸な過去』の清算は必要と考えているが、それにいつまでもこだわるつもりはない。この問題が解決すれば、将来的にwin-winの関係を築けると思うからこそ、主張しているのだ」
それにつけても…… 具体的に何を言いたいのか、漠としていて、よく分からない。
「正直なところ、軍隊の派遣のように金のかかることはしたくない。のみならず、我々は商人であり、利をもって報いてくれる相手には、それなりに礼を尽くしてもよいと考えている。その証拠に、貴国とは、最初の偶発的な戦闘の後も、良好な関係を続けることができた」
このように、長い長い前置きの後、
「端的に言おう、アーサー・ドーン及びG&Pブラザーズ株式会社を解散してもらいたい」
ようやく本題のようだ。
わたしは、(意識的に)困った顔をして、
「解散は難しいですね。宝石の輸出と食糧の輸入のために必要ですから」
「本当にそうかな。自前で会社を作らなくても、我々がお手伝いすれば済むことではないかね?」
それでは済まないから、会社を設立したのだが……
「それに、ここだけの話だが、パートナーのG&Pブラザーズは、この事業から撤退したいと考えているのだ。その場合、どうだろう。貴国だけで会社を運営するのは、並大抵のことではないと思うが……」
今度は脅迫か。この前の、ドワーフ傭兵が領内に侵入してきた時のデスマッチの態度からすれば、マーチャント商会とG&Pブラザーズが裏でつながっていたとしても、不思議ではないが……
「我々としては、無理な条件を出して、殊更に貴国との間で緊張状態を作り上げようという意図はない。解散できないというなら、アーサー・ドーン及びG&Pブラザーズ株式会社の株式を譲渡していただきたい。貴国との間の取引については、現状のとおりということでね」
しかし、それでは、マーチャント商会が実質的に交易を独占することになり、早晩、「ぼったくり価格」の問題が再燃することになるだろう。
わたしは愛想笑いを浮かべながら会長を見つめ、
「実は、総合商社の営業許可を得るために骨を折っていただいた帝国宰相の手前、株式を譲渡するわけにはいかないのです。ただ、将来的にwin-winの関係ということなら、マーチャント商会との取引を再開することについては、吝かではありませんが」
帝国宰相にチラリと目をやると、宰相は、「そうだ、そうだ」とばかりに、何度もうなずいている。
マーチャント商会会長は、初めて口元をほころばせ、
「了解した。その方向でいこう」




