なりえたでしょうか
この度、私、騎士たちの主になってしまいました。
主って何をしたらいいのかな。
戸惑うことしきりですが、〈神子〉として主として認めてくれた2人の聖騎士に対して、もっと歩み寄ろうと鋭意努力中です。
毎日キスするようにと、日本人には高すぎるハードルを御提案して下さったのは、尊敬する大司教様です。
「せめて頬にして下さいね」
うう。灰色騎士さん、そう言いますが前髪でいいと譲歩して下さったじゃないですか。頬には、もうしばらくお待ち下さい。
結局〈神子〉になる決意をしたのは、自分自身だったと思い出しました。本当に今更ですが。
良い主だと、少しでも思ってくれるよう、これから頑張ります。
え、遅いですか?
主である〈神子〉と2人の聖騎士は、3人で1つのチームだと理解しました。
あれですね、3銃士。違いましたか?
魔力のない私には、2人の聖騎士にお世話していただかないことには、一人で生活できないと十分分かっています。
なので、与えられた住居がもちろん同室なのもそれほど驚きませんでしたよ。
ええ、そうですね、シェアハウス、ということで納得します。
ただ備え付けのベッドが、またしても、やたらに大きな物だった時には、硬直してしまいました。
い、異世界め。私の覚悟を試すとは。
それともここは喜ぶところ、なんでしょうか?
「どうした、トナエ。この部屋は気に入らないか?」
大柄な金髪騎士さんの低い声は、以前より優しく聞こえます。
「あの、部屋が広すぎて落ち着かなくて。できるならこちらの部屋を使わせてくれると嬉しいです」
「ここは物置ですよ。主にはふさわしくありませんね」
灰色騎士さんは、相変わらず無表情。
彼を説得するにはきっと難しい、ならば。即座に金髪騎士さんを目標にした私は、計算高い女でしょうか。
「だめですか?」
「う、あ」
「だめ、ですか?」
首を傾げじっと見上げるなんて、普段絶対にしない仕草も、手に汗をかきつつ頑張りました。
「い、いだろう」
「ありがとうございますっ」
青い瞳を反らしたのは騎士さんの方で。やった、私、やったよ。
「ありがとうございます、本当に嬉しいです。ずっと大部屋生活だったので個室に憧れていたんです。ありがとうございます」
何度もお礼を言いぺこぺこと頭を下げて、ベッド共有は回避、個室獲得となりました。
うん、よく考えると、結局自分の意見を曲げていなかったですね。はは。
「あの、私の力なんですが実際に見てもらった方がいいと思うのです」
自分から積極的に声をかけてみましょう。
金髪騎士さんの了解を得て、顔の古い傷跡を癒すことにしました。体格差があるのでベッドに掛けてもらい、そっと傷に手を当てました。
「…触っても、いいのか?」
かまいませんけど?
私の神力はよく言えばオールマイティ、悪く言えば突出したものがないと評価されています。
他の〈神子〉達のように祈るだけで治すことはできず、何度も回数を重ねる必要もあります。ちなみに、チートではありません。かなり努力しましたよ。
ええと、その大きな手、手に重ねてくれなくても大丈夫ですよ。あの頬ずりしてますが、あなたはどちらかと言うと犬属性でなくクマに相当すると思います。
5分もすると傷跡は薄らいだので、治療終了。
真っ赤になった金髪騎士は、そのまま後方へとベッドに倒れこみ、ひい、いつの間に腰に手を回したんですか。一緒に倒れこむじゃあないですかあああ。
「私たち聖騎士にとって、あなたの力は効きすぎますね」
後ろから灰色騎士さんに引きはがしてもらわなければ、抱きつぶされるところでした。助けて下さってありがとうございます。
「トナエ。また、頼めるか」
金髪騎士さんの囁き。はい喜んで。
「ところでトナエ」
灰色騎士さんの質問に、ミルク粥を意味もなくかき混ぜていた私は、喜々として顔を上げた。うぬ甘い粥など邪道だ、塩味にならないのか。
「あなたは一向に私たちの名前を呼びませんが、まさか覚えていない訳ではありませんね?」
どうして分かったんでしょう?
何とかなるさ、なんて思っていた私が莫迦なんでしょうか。なんともなりはしなかったです。
こんな時ばかり笑顔を見せる灰色騎士さんに、私も曖昧にほほ笑んでみて。
結果、名前の特訓をさせら、いえ、しました。
しかし残念なるかな異世界補正は効果を発揮せず、何度も舌や頬の内側を噛んだ私は、もう涙目です。どうかお許しください。
「なぜ言えないのか理解に苦しみます」
と深いため息を吐きつつ、許して下さいました。
「あー本来なら軍部での階級名なんだが」
灰色騎士さんがシゲン様、金髪騎士さんはリユ様らしいです。ああ、これでやっと名前が呼べます。
それにしても2人は軍部出身でしたか。
他の聖騎士様方は、どこのスターかと思うくらいキラキラしく柔和な感じだったので、あれ?シゲン様とリユ様は違う?と疑問だったのですが、これで謎が解けました。
いえ別にうらやましいわけでは、あり、ません。
「自分の〈神子〉に呼んでいただくには、実に不本意ですがね」
至らぬ主で、申し訳ありません。
「あのですね、並んで、会話しながら歩くのもいいと思いませんか。いえ抱き上げられるのが嫌なわけではないですよ。本当です」
抱っこされての移動、必死に回避中。私、自分で歩けますと言いたいところですが、学習しました。
会話中、大きく頷きながらもにこにこしてしまうのは、私が勝利したからです。ふっ。
そうして着いた先は、治療所です。
2人に見守られながら、お仕事開始。
「トナエ、先ほど手を握っていた時間だが、治療とはいえ長すぎだ」
「お仕事ですから、いえ、すみません。もっと手早くしますね」
「毎日治療所に出ている〈神子〉は、お前くらいだ。休め」
「休日は、まだ3日先ですよ。その日にはゆっくりします」
「休憩と言ったのに、何しているのですか?」
「休憩2時間もあると暇なので。子ども達と遊ぼうかなと」
私の聖騎士様達は、どんどん過保護さを増していくようです。はあ。
「じゃあシゲン様も交じって下さい。ほらリユ様も参加して。手つなぎ鬼ですけど、知ってますよね。私が鬼ですよ」
何がじゃあなのか分かりませんとシゲン様のつぶやきは、ええ、聞こえません。
おい、すぐに捕まってどうするんですか、リユ様。
そんな風に日々は過ぎて。
日本を忘れることもしばしばになったある日。この関係を粉々にする出来事が起こった。
見知らぬ男たちに、さらわれた。
真っ青になって憤怒の表情をしたリユ様が、助けに来てくれた。それは事実。
でも彼が振るった剣に、犯人だけでなく私も血を流した。
その時。守られているにも関わらず、私は彼をこわいと思った。
彼に故意はなかったのに。動くなと言われたのに動いてしまった私が悪かったのに。
「トナエ、どうか怖がらないでくれ」
そう言って伸ばされたリユ様の腕が、犯人と同じように、私を傷つけたこともまた事実で。
「俺が悪かった。許してほしいなんて、言えた限りではないが、どうか」
「どうか俺を拒否しないでくれ。頼む。頼むから」
まるで海があふれるみたいに、青い瞳から次々と流れ出る涙を、彼は隠そうともしなかった。
許したいのに、そう思うのに、体は勝手に震え足は後退してしまう。拒絶の言葉が飛び出さないよう両手で口を塞ぐことしかできやしない。
リユ様。私は。
事態を把握した大司教様が、騎士2人を激しく叱責し、私は候補生の寮に帰されることになった。
乗せられた馬車の中で、彼らと一緒に馬に乗った思い出が浮かんで、これでもう終わりなのかとぼんやり考えた。
が、突然馬車は停止。大きな音を立てて馬車のドアが吹き飛んで、そこからシゲン様が現れた。なんで。
目を白黒させている私を厚い毛布に包み、強引に連れ込んだ先は、彼らと〈縁の儀〉を受けた大聖堂だった。
中央の台座の上には厳しい顔つきのリユ様が待っていた。
「これから先は、お前が許すまで、けして俺から触れないと誓う」
だから許せ、と唸るようにリユ様の声が耳に届き、そして。その口で、私の口を塞いだ。
うあ。
酸素を求める私の喉に、鉄臭い何かが流れていった。
体に絡みついた腕が離れ、やっと体に自由が戻ったとたんに、失礼しますと言って、同じような行為をシゲン様までもが行った。
い、息できな。
「これで〈血の交換〉は済みました。もう誰にも引き離せない」
そう言ったシゲン様も、リユ様の唇も薄く血がにじんでいた。
ちくりと痛む自分の唇を拭うと、手に鮮やかな赤が付いた。これは血。
誰の?
いつも通りぐるぐる回り出した頭で、彼らが私に血を飲ませたこと、そして私の血を飲んだことを理解した。
「トナエ、お前が俺を許す日はきっと来ない。だが。それでも傍に。傍にいさせてくれ」
リユ様の声が震えている。ああ、どうか、もう泣かないで。
私は力の抜けた手を必死で動かし、そして、つかんだ彼の裾を確認してから、安心して意識を飛ばした。
3人で仲良く怒られて、最後には呆れた口調の大司教様から、シゲン様が許しをもぎ取った。
だが、以前と同じ日々は、もう戻らなかった。
私たちに戦地を巡るよう指令が下されたから。
突然の辞令に驚いたが、そう言えば、私の聖騎士2人はなぜか軍部に在籍していたことを思い出した。普通の聖騎士は、私と同じように神事部に所属するはずなのに。
「納得できませんか?ですが、あなたに拒否権はないのです」
そう言って、シゲン様は普段の無表情から、うっすらとした笑みを浮かべた。この人が笑うと良いことが起きないんだけど。
「いえ、拒否なんて。3人で行くんですよね?」
「いいえ。私たち2人は軍に戻れば、それぞれ指令と将軍の立場があります。あなたに構うのはこれが最後ですね」
え?
「〈神子〉トナエ。あなたを軍部所属とするために、私たちは聖騎士になったのです。あなたが私たちに心を寄せれば、大人しく従ってくれるでしょう?」
でなければどうして私が、そう言うシゲン様の顔は珍しく歪んでいた。
「私、が、軍部?従う?なぜ、私?」
「あなたは御しやすそうだったからですよ。押し付けられても文句を言わないと思っていました」
だけど、と彼は深く息を吐きだす。
「だけどあなたは御しやすそうでそうではなかった。なかなか私たちを受け入れなくて、苦労しました。以前のあなたは拒否ばかり口にしていましたね」
いつの間にか手首を握られて、力が込められたそれを振り払えなかった。
どうして彼をこわいと思うの?
「嫌だという言葉、あれは本当でなかったでしょう?目上の男性から親切に扱われ、好意を向けられるのは嫌ではなかったでしょう?知っていますよ」
くすくすした笑いは、全然楽しそうではなく、むしろ辛そうだった。
「騙されたと怒りますか、トナエ?」
私は、彼らに騙されていた?
今、私が感じているこの思いは、怒り?それとも裏切られた悲しみ?嘘ですよと言ってくれないかと期待している?
どれにも当てはまり、それでいてどれでもなかった。胸にはいろんな感情が渦巻いて、どんなに見つめても答えは見つからない。まるで、ここにトリップして来た時のように。
「怒ったらいいのか悲しんだらいいのか、分かり、ま、せん。なにか言いたい、けど、言葉にならなく、て」
言葉にできない、私の心。
今まで、誰にも言ったことのない、ずっとずっと隠してきた私の本音。
上辺だけ上手く取り繕う言葉は、たくさん持っているはずだった。
許していなくても、美しい許しの言葉を駆使し、いくらだって口にして来たのに。だけど今は一言も出てこない。
素直に本当の心を伝えることはこわいことだ。だって傷つきたくない。傷つけたくないから。
でも、よく考えろ私。今、伝えなくてどうする。
彼に伝えなくて、誰に話す?
「騙していた、なんて、信じません。だって、あなた方は、こんな私に、よくしてくれ、た、のに」
震えるな、私の声。泣くな、私。こんな時は。
笑え、私。
笑顔は、けして成功したとは言えず、ふにふにと口角が震えてしまって。
でもこれが私の精一杯。
「なぜ笑うのですか」
「ええっと、私は、あなたの主、です、から?」
ここではっきり言いきったらカッコよかったな。
「あなたは本当に」
少しかすれた言葉は、それでも私の耳に届いて、降参ですと続いていた。
「本当にあなたは腹立たしい。頑固で莫迦で。どうしようもないほど子どもで。単純で、なのに、時々はびっくりするくらい大人で。こんなにも思い通りにいかないことはありませんね」
捕まれた手の力がゆっくりと抜けていく。見上げれば、灰色の瞳に自分の姿が映っていた。
「あなたに付き合っていると、傍にいたいのかいたくないのかさえ分からない。こんな単純なことさえ」
降参したのは、誰?
「シゲン様が、私の聖騎士でよかったです」
言ってしまってから、顔が赤くなった。こんなに素直な告白は、すごくすごく恥ずかしい。
私の聖騎士。
お願いです、ずっと私の聖騎士でいて下さい。
これが私の選択。
「仕方ないですね。まさか自分が聖騎士の誓いに縛られるとは思いませんでしたよ」
私は、良い主になりえたでしょうか?
えっと、なんか甘い感じになってきましたが、勘違いしないでください。
私はただ。
ただ。
は、話、変えますよ。
異世界トリップした私。
今まで、生きてきた世界にばかりこだわって、こんな処と本当はこの世界を受け入れてこなかった。受け入れたくなかった。だけど、いつしか。
伸ばして来た腕を自制して、「悪い」と言って下ろしてしまうこの人を。
自分から触れたいと思ったように。
ごつごつしたその手にそっと触れると、真っ赤になってしまうこの人に。
「1回しか言わないのでよく聞いて下さい。あなたから好きだと言わない限り、私から好きだとは言いませんよ」
はい?
「聞こえましたか?」
自分から告白してしまうかもと思うくらいに、異世界に馴染んでいて。
ああ、異世界って、ほんとこわい。
つたない文章をお読みいただいて、ありがとうございました。
自己満足で投稿した作品に、たくさんの評価と感想をいただきました。
おかげでこの作品が出来上がりました。
ご助言が少しでも生かされていますように。ありがとうございました。