2-1
コクウ達の用意してくれたスコップで、ザクザクと穴を掘っていく。四人の、遺体を、埋める、穴、を。みんなで畑を作るために用意したスコップで掘っていく。地面が固くて、土が重くて、止めたかった。何もかも。何もかも投げ出して頭を抱えてその場に座り込んでいたかった。
けれど、私が穴を掘らなければ。私がみんなを埋めなければ。みんなを埋めるための穴など掘りたくないのに、逃げ出したいのに、現実から、ここから、今すぐ逃げ出したくてたまらないのに。けれど私は穴を掘る。穴を掘る。穴を掘る。私が穴を掘らなければ、私が、それをやらなければ
みんなを弔ってやる者なんて、ここには誰もいないのだから。
「ちんたら悩んでる暇があるとでも思ってんの? 時は金なり、一分一秒だって無駄になんて出来ないのよ。答えなさい。私についてくる? それとも死ぬ? 三秒で答えないなら殺す」
そう言って私を覗き込んだ少女の目は、例えようもない程黒かった。何の光も反射せず、何の光も灯さない、黒く、深く、重く、澱んで、真っ暗で、……そして、どうしようもない、ただ生きる事しか考えていない、そんな獣の目だと思った。
私は、ゴクリと唾を飲み込みながら、少女の瞳を見つめていた。いや、見つめていたのではない、目を逸らす事が出来なかった。目を逸らした瞬間、一瞬で喉をかき切るとでも言わんばかりの、少女の瞳はそんな獰猛な光を湛えていた。先程の男と同じだった。まるでそうしなければ自分が死ぬと言わんばかりに、黒く、鋭く、光っている、獣の牙のような瞳。三秒でと少女は言ったのだから、実際に時間は三秒しか経っていなかったはずだ。しかし、私には永遠のようにも感じられた。私が何を言う事も、少女の目から視線を逸らす事も出来ずにいると、少女は急にナイフを引いて私の前に立ち上がった。
「早く」
「……え?」
「早く立って。とっとと行くわよ」
「ま、待ってくれ、まだ行くなんて一言も……」
「『死ぬ』って言っていない以上、アンタに死ぬつもりはないんでしょう? だったら結論は一つよ。早く立て。とっとと荷造りして出発するわよ」
「ま、待ってくれよ。いきなりそんな……」
ガン、と左頬に衝撃を受け、私は咄嗟に頬を押さえた。顔を上げれば少女が、右の拳を握り締めて私の事を見下ろしていた。
「うるさい」
「な……何を……」
「うるさいって言ってんのよ。同じ事を二回も言わせるんじゃないわよ。アンタはあと一年で死ぬってわざわざ教えてあげてんのよ。だったら選択肢は二つしかない。生き延びるために私と疚売りを探しに行くか、今すぐ私に殺されるか。少なくともアンタに今すぐ死ぬ意志はない。だったら私と一緒にここを出て疚売りを探しに行くしかないじゃない。すべき事が決まってんのにグダグダグダグダ文句を聞いてやる程暇じゃあないのよ。『待て』だの『いきなり』だの『そんな』だの、そんなくだらない鳴き声程度で私の時間を潰さないでよ」
少女は一気にまくし立てて舌打ちすると、今まで見た事もないような目付きで私の事を見下ろした。目は口以上に物を言い、ということわざが存在するが、ここまで目で物を言ってくる人間がいまだかつていただろうか。そう思わせてしまう程、彼女の瞳は語っていた。「次にくだらない事を言ったら今度は頬を蹴り飛ばす」と。
二の句が告げない私に、少女は目を細めると、今度は足を振り上げて私の腹に蹴りを入れた。衝撃に蹲っていると、少女は私を通り過ぎて教会から出て行こうとする。
「私は隣のあばら屋で何か食わせてもらうとするわ。アンタもとっとと来なさいよね」
「ちょ……ちょっと……待ってくれ……」
私がそう言うと少女は立ち止まり、ツカツカと私の方に近付いてきた。再び蹴られる……と思ったが、意外にも少女はそのまま立っているだけだった。
「何」
「コ……クウ達を、このままにしておくわけにはいかないんだ……一緒に行かないとは言わないから……頼む……どうかそのぐらいの時間は…………」
少女は私を見下ろしたまま「チッ」と大きく舌打ちをすると、一番近くにいたコクウの傍まで歩いていった。意図がわからず少女の顔を見つめていると、少女が苛立だしげに声を上げる。
「何やってんの? 手伝ってあげるから早く『これ』持ちなさいよ」
「え?」
「やるの? やらないの? どっちなの?」
「や……やる……よ……」
私は少女に続いてコクウの元へと歩いていき、少女と反対側の……コクウの頭の傍へと立った。コクウの頭に触れると、まだ生きているように温かくて、けれど気持ち悪い程にどうしようもなく重かった。まるで作り物のように動かないコクウの姿に涙が溢れ、叫んでしまいそうになったが、少女のナイフのような言葉は私の心を打ち砕く。
「ほら、早く持ち上げて。力抜いたら承知しないからね」
言いながら、少女はコクウの足を持ち上げた。まるで丸太でも持ち上げるように、何の気負いもなく、無感動に。私は、コクウの頭を持ち上げ、そのままフラフラと教会の外へと運んで行った。「力入れて」「それ以上力抜いたら落とすわよ」と声が飛んできたので、取り落とさないように必死に持った。コクウの体は重く、血で、手が滑って、それでも、落とさないように必死に持った。落とすわけにはいかなかった。
コクウを畑を作る予定だった場所まで運び終えると、少女はコクウから手を離し、再び教会に入って行こうとした。私がへたり込んでいると、少女は私の傍まで来て私の手を踏みつける。
「いっ!」
「何グズグズやってんの。それとも一人でやるわけ? そうならそうと早く言って」
「い、いや……やる……やるよ……」
少女は「フン」と言い残すと、再び教会へと入っていった。感情が全くついていかなかったが、この少女は私の感傷など労わる気もないらしい。さすがに、一人であと三人、も…………運べるなどとは思えない。
這いずるように教会に入ると少女はセイジョウの傍に立っていて、「早く」と苛立だしげに声だけで私を急かしてきた。私は再び頭側に立ち、セイジョウの頭を持って……自分が何をしているのかわからなかった。何をしているのかなんてとても理解したくはなかった。私達は今日、畑を作る予定を立てていただけだ。それだけなのに、それだけなのに、どうして、私は家族の死体を物でも持つように運び出しているのだろう。
恐らく私はその間、何も考えていなかったのだろう。気が付いたらそこには動かない四人が並んでいた。その姿を目の当たりにした私はもう立っていられず、その脇を少女がすり抜け家へと入って行こうとする。