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疚市(旧)  作者: 雪虫
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1-2

「分~、ぶん~」


 私が密かに葛藤しているととてもよく聞き慣れた、しかし今聞くはずのない声がして私は神書から顔を上げた。ギイッという音と共に扉が開き、そこにはコクウ、セイジョウ、アラヤ、アマラが、心底困ったような、戸惑ったような表情をして四人揃って立っていた。


「どうしたんだ。何か忘れ物でも……」


「学校、なかった」


「あれ? 今日は休みだったかな」


「ちがうよ~、学校自体ないんだよ~」


「隕石で壊れちゃったんだよ。やっぱり……分も忘れてた?」


 アラヤの一言に、私は耳を疑った。彼らが何を言っているのか全く理解が出来なかった。


「隕石……? え? アラヤ、それは何かの冗談かい?」


 あまりに突飛な一言に、私は思わず呟いた。四人は私を見つめた後揃って互いの顔を見合わせ、そして、コクウとアラヤが私の傍に来て私の両腕を掴んできた。


「わ! コクウ、アラヤ、一体どうし……」


「いいから、ちょっと来てよ分」


「四人共、悪いけど私にだって仕事が……」


「どうせ暇だからって神書読むつもりだったんだろ? 冗談じゃないから、ちょっと一緒に外に来てよ」


 二人に引っ張られるがままに、私は無理矢理歩かされ教会の外へと連れ出された。先程少しばかり花を手折った花壇には、残りの花が先程と全く変わらぬ姿で咲いていた。昨日だってそうだった。その前だってそうだった。記憶の中の花も町も、なんら変わらぬ姿でそこにあったはずだった。


 しかし、一歩敷地の外に出ると、途端に強烈な違和感が私の体を押し流した。例えるなら、いきなり一年半前から今にタイムスリップしたような違和感。しかし、それも一瞬の事で、一度違和感に呑み込まれればそれはすぐに『現実』に変わる。例えば、人の気配が全くない事。アスファルトにひびが入り、その隙間から生えた草も栄養不足で枯れている事。田中さん家は荷物をまとめて親戚の所へ行ってしまった。園部さん家はもっと住みやすい所をと子供達を連れて出て行った。独り暮らしの木村さんは「これ以上生きていても仕方が無い」と遺書を遺して首を吊った。そうだ、それで、「力になれなくてすいません」と、謝りながら木村さんの遺体を埋葬して……


「思い出した?」


 コクウの声に、私は力なく頷いた。そうだ、今から一年半前、突然隕石が世界中に大量に降り注いで、それが原因でありとあらゆる国が一気に壊滅してしまったんだ。学校はもちろんの事地方行政、国家政府、警察、消防、様々な組織機構がほぼ一瞬で壊滅し、世界の終末とやらが始まって一年以上が経ったはずだ。


 どうして、私はそんな事さえ、忘れてしまっていたんだろう。


「分だけじゃないよ。俺達だって、外に出るまで忘れてたんだ」


「割れたアスファルトや、空き家になった家を見ている内に、思い出してさ……」


「なんで、そんな大事なこと、みんな忘れていたのかなー」


 無邪気なアマラの言葉は、私達の心情を的確に代弁していたが、誰も、何も、言えなかった。知らない間に頭の中身を盗まれたような、とんでもない気持ち悪さはあったのだが、誰も、その理由についてさえも何の理屈も立てられはしない。


「……まあ、ないもんは仕方ないし、ド忘れした事に拘っても仕方がない。とりあえず予定を変更して家の事をやりますかね」


「そ、そうだね。だったら、買い物は私が行ってくるよ。ちょっと周りの様子も見てきたいし……何かあったら大変だから」


 私は忘れていた事に打ちひしがれ、思い出した事にも打ちひしがれつつも、なんとか子供達に顔を向けてそう言った。子供達は一瞬何か言おうとしたが、「一人にして欲しい」という私の本音を敏感に察してくれたのだろう。「アマラもいく~」と声を上げるアマラを宥めつつ、四人は私一人を置いて先に家へと戻ってくれた。


 しばらく割れた道を歩き、隕石で穴だらけになった学校の前を通り過ぎ、ようやく、私の足はいつもお世話になっている小売店へと辿り着いた。育ち盛りの子供四人に大人が一人、どれだけお世話になっているかすでに計り知れないものがある。私はようやく子供達以外の住人に会えた事に安堵し、店の前に立っていたおかみさんの元へと駆け寄った。おかみさんはぼんやりと店の前に立っていたが、「おかみさん」と声を掛けると私の顔を見、口を大きく開き、急いで錆び付いたシャッターを掴んでそのまま地面に下ろそうとした。


「ま、待って下さいおかみさん」


「し、使父様、後生だからもううちには来ないでくれと言ったじゃないか。もううちには売るものがないって何度も言ったはずじゃないか」


「でも、今店を……」


「忘れてたんだよ! 今、アンタの顔を見て急に思い出したんだ。うちにはもう売るものなんてないんだ! わかったらとっとと帰ってくんな!」


 そう言って、おかみさんは私の手を振り払って店の中へと入っていった。私は変色したシャッターを前に途方に暮れる事しか出来なかった。コクウが今日の朝どれだけ食材を使ったかはわからないが、備蓄はそれ程なかったはずだ。基本的にはほぼ毎日、食材を買い足していたはずだから。


 だが、どんなに立ち尽くし、思い悩んだ所で、空から食べ物が降ってくるわけでもない。「どうしよう」とどんなに思っても、「どうしよう」と思っただけでは何も解決しないのだ。仕方なく小売店を離れ、もう少し歩いてみる事にする。もしかしたら何か見つかるかもしれないし……ただの現実逃避だってそのぐらいわかっていたのだけれど。


 歩いている内に徐々に、徐々に、まるで取ってついたように様々な記憶が浮かんできた。そうだ。この道は崩れたんだ。ここの家は火事が起きて、家の人みんな焼け死んで……どうして、見ればきちんと思い出すのに、見るまでは思い出せないんだろう。一年半前の隕石と何か関係があるのだろうか。

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