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疚市(旧)  作者: 雪虫
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5-6

「行き止まりなんて……なんてツイてないのかしら」


 少女はそう呟いた後、重い溜め息を吐きながら半ば投げやりに腰を下ろした。行き止まりなら戻ればいい。あの頼りない、情けない、泣き言を並べるしか能のない男がそう言ったなら、少女はきっと鋭い瞳で切り返していた事だろう。


 しかし、今少女の傍には猫の子一匹の姿もなく、刃物のような鋭い言葉を投げ返すべき相手もいない。それを考えるなら、例えそれがどれだけ傷付く言葉の応酬だろうと、言葉のやり取りと言うものは相手がいなければ所詮成り立ちはしないものだ。例えどんなに鋭く真理を突く言葉でも、独りなら、それは届く相手もいない虚しい独り言でしかない。もっとも、黒いダッフルコートに身を包んだ少女には、それを『寂しい』とか『虚しい』とか、感じるような感性などこれっぽっちも残っちゃいないが。


 そもそも、少女には長い間、言葉を交わしあうような人間などいなかった。それが「会話」というものではなく、一方的にぶつけるだけの「暴言」と呼ばれるものであったとしても、誰かに対して何かを「話す」「喋る」……そうする相手自体が少女には存在しなかった。そうなった経緯については、思い出したくもないので少女は一切考えない。それ以前に少女は過去の事など考えはしない。何故なら少女にとって、大切なのは「今この時」だけだからだ。今この時この瞬間を、一体どうやって生き延びるか、ただそれだけに思考を占められながら少女は今まで生きてきた。 過去や未来と言うものは、少女には無用の長物であり、それらに想いを馳せる事自体が少女には命取りでさえあった。例えば餓え死ぬ寸前で、過去に何があったかなどを振り返る者がいるだろうか。例えば渇き死ぬ寸前で、未来に何が待ち受けるかなど気にするものがいるだろうか。極端な話、そして事実、少女の考えなければいけない問題はただ二つだけに絞られた。生きるか。死ぬか。その二つだけが少女にとっては重要であり、その二つ以外に想いを馳せる事など何の意味も価値もなかった。だって考えた時点で死ぬ。意識を他の何かに逸らしてしまった瞬間に、その瞬間に命を落とす。その考えはもしかしたら極端ではあるかもしれない。しかし実際、少女はそういう場面に日常茶飯事的に晒されながら生きていたし、常にそれぐらいの緊張状態にあった方がむしろ楽な方でもあった。病気持ちの鼠に咬まれる危険、烏に眼を抉られる危険、野犬に喉を千切られる危険、人間に殴り殺される危険……そんな危険にいつ襲われるともわからない中で、食べられる物と飲める物を求めてゴミの中を這い回る日々……そんな状況下で過去だの未来だのに想いを馳せるモノなどこの世に存在しないだろう。そんなものに想いを馳せる輩がもしもいるとするならば、そいつは自殺志願者だ。心の底からそう思う。過去を嘆いて何になる。未来を夢見て何が変わる。一歩間違えば粉々に砕け散ってしまうような今この時この瞬間を、獣のように牙を剥いて駆けずりながら生きていく。それが少女の生き様であり、それが少女の人生だった。他人がそんな少女の生き様を、人生を、どう評するかを少女は知らない。興味もない。むしろ、少女以外の誰かに少女の人生について語られたなら、少女は激昂するだろう。何も知らない高見の見物人ごときが、人の人生を気安く語ったりするんじゃないと。


 ただ、少女は自分の生き様を、人生を、「不幸」という言葉で評するつもりがないのは確かな事だった。むしろ自分はきっと「幸せ」なのだとさえ思っている。何故なら少女は、生きたがっている数多の命を奪い、殺し、踏みつけながら、今にも崩れそうな崖にしがみつくように長らく生き続けてきたのだから。自分の指に咬みつこうとする鼠を足で踏み潰し、眼を抉り取ろうとする烏の喉を締め上げて、首を千切ろうと牙を剥く野犬の腹をナイフで切り裂き、自分を殺そうとする人間を殺して、その死体を踏み付けて今の今まで生きてきた。そこまでしてもぎ取った生を「不幸」だなんてどうして言える。生きる事が不幸ならばさっさと死んでしまえばいい。そうすればきっと「幸せ」になれる。死を幸福と評する事を、異常と表する者もきっと世の中にはいるのだろう。しかしそれは生と死以外の選択肢がある幸せ者の戯れ言だ。幸せな生、不幸な生、幸せな死、不幸な死、そんないくつもの選択肢が用意されている幸せ者の戯れ言だ。しかし少女には、選択肢は二つしかない。何かを殺して生きる生か、何かに殺されて迎える死か。そんな限られた選択肢では、幸不幸の選択肢だって自ずと限られてきてしまう。何かを殺して生きる幸せと何かに殺されて迎える不幸。何かを殺して生きる不幸と何かに殺されて迎える幸せ。そのどちらかしか存在しない。だから少女は「何かを殺して生きる幸せ」を掴み続ける事を選んだ。生きてさえいれば幸せだから。自分は死ぬ訳にはいかないから。だから少女は、何かを殺して生きる生とその「幸せ」のためだけに、物を盗む。人を殺す。罪を重ねる。そうなった原因は省みない。過去を眺める事に意味はない。未来という言葉に価値はない。ただ生きる。生きる。生きる。生きる。そこに意味も価値も未来も希望も夢も救いも無くっても。それだけが少女の、獣のような眼をした少女を形作るほとんど全てと言っても良かった。


 だから、そんな少女が、例え利用するためとは言え、赤の他人と暴言とは言え言葉を交わし、行動を共にしていた事はあり得ない程に「異常」であった。少女にとっては、赤の他人が野垂れ死のうと餓え死のうと殺されようと、はっきり言ってどうでもいい。赤の他人にとって、少女が野垂れ死のうと餓え死のうと殺されようときっとどうでもいいように。あの日だって、たまたま疚の臭いがしたから様子を見に行っただけで、あの頼りない、情けない、泣き言を並べるしか能のない男が疚人に殺された所で、どうでも良かったはずなのだ。いや、たまたま生き残った後でも、無視してそのまま出て行っても別に良かったはずなのだ。一年後疚に冒され腐り死んでも、家族とやらの死に発狂しても自殺しても、どうでも良かった。はずだ。はずだ。そのはずだ。そのはずなのに、どうして姿を見せたりなんてしたのだろう。どうして声を掛けたりなどしたのだろう。どうして一年後に死ぬなどと教えてやったりしたのだろう。どうして死体を運ぶ手伝いなんて無意味な事をしたのだろう。少女がそれらの行動に、感じていたのは、苛立ちだった。わからない。わからない。わからない事が疎ましい。そしてそんな事に時間を費やす自分自身に腹が立つ。他人なんてどうでもいい。何処で死のうとどうでもいい。他人になんて興味はない。邪魔なら殺す。それだけで別にいいはずだ。人間としての常識や道徳や正しさなんて、心なんて、そんなもの、自分を生かすための役になんてこれっぽっちも立ちはしない。正しさに殉じて死ぬぐらいなら悪辣に生きた方がいい。心に囚われて死ぬぐらいなら心など抉り捨てればいい。考えるべきは生きる事だけ。それ以外など必要ない。それなのに、そのはずなのに、どうして私は身を呈してまであの馬鹿を助けたりなどしたのだろう。どうして私はあの馬鹿の名前を呼んだりなどしていたのだろう。


 少女は、しかし、そこで考える事を完全に止めた。ただ一つ言える事は、少女は今、無性に苛々しているという事だった。その理由はわからない。考えない。考えたくもない。考えたってきっと何も変わりはしない。さらに言えば少女は、一度道を遡って戻らなければいけないのだ。だったら物のついでに……そう、物のついでに、あの頼りない、情けない、泣き言を並べるしか能のない男の顔を見るぐらいはいいかもしれない。もしかしたらもう死んでいるかもしれないが、それなら別にそれでいい。あの男の死体をきちんと確認でもしたら、踏ん切りがついてこんなに苛々する事だってなくなるだろう。

 

 そう思って少女は、元来た道を引き返した。自分の中にある感情には、絶対に目を向けようとはしないまま。

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