5-2
私が目を覚ました時、辺りはすでに明るかった。妙に冴えざえとしていて、冷たくて、そこには私の感情も感傷も汲み取ってくれるものは何もない。
朝は、昔から苦手なんだ。頭が上手く働かないんだ。それは半分本当で、半分は布団の中で微睡んでいたいだけのただの言い訳だった。あのぬるくて重い心地好さに、もう少しだけ浸っていたいから並べていた言い訳だった。
けれど今は。私は玄関を四つん這いで這っていき、一歩動く度に嗚咽を漏らす。私の横から光が射す。ああ痛い。まるで全身に針を刺されているかのようだ。光は薄汚れた私と家の中を照らし出す。光に照らされる事を恐れる私は一体何者だと言うのだろうか。私は白く刺すような光から逃れるために、中へと隠れた。光から逃げるようにさらに奥へと這入ろうとした。その中程で、居間の中に、首を噛み切られて事切れている残骸が横たわっている。それは、血塗れになったテーブル、映る事のないテレビ、棚の上の家族写真に見下ろされて、微笑んでさえいるようだった。
「沙塵さん……」
私は、力の入らなくなった両足を引き摺りながら、やはり四つん這いでその残骸へと這っていった。覗き込んだその顔は、やはり微笑んでいるように見えた。もう二度と何処にも届かない両手は、まるで何かを抱き締めようとするかのような指の形で曲がっていた。
「沙塵さん……どうして笑っているんですか。どうして笑っていたんですか。どうして人を殺しながら、あんな風に笑っていたんですか。あんな風に笑えていたんですか。どうして、埃君に殺されながら、あなたは全てを諦めるように微笑む事が出来たんですか……」
そう、やはり、微笑みだった。かつて父親であり、人殺しであり、一人の人間であったはずの残骸が浮かべていたものは。全てを諦め、受け入れたような、寂しく悲しげな微笑みだった。一体彼が何を諦め、何を受け入れ、どんな想いでこんな笑みを浮かべたのかはわからない。しかし、決して、幸せではない。幸せな人間がこんなに悲しい微笑みを浮かべるなんてあり得ない。もしもこれを幸せと呼ぶと言うのなら、幸せなんて、あまりに寂しく悲しいじゃないか。だがそうなると、この人は不幸のまま死んだという事になってしまい……それもまた、あまりに寂しく、悲しく、惨いように感じられた。だが、もう聞く事はない。もうわかる事はない。一体この人間が、どのような想いで生き、どのような想いで死んだのかも、わからない。聞けない。聞く方法がない。彼が感じていたのは幸せと不幸のどちらかさえ。
「…………」
私は、壁を使ってなんとか立ち上がると、沙塵さんの脇に両手を入れた。疚人ではなかったとしても、ここに放置し続ければいずれ腐ってしまうだろう。厘は、あの黒い少女は、今更一人弔う事に何の意味があるのかと言っていたが……それは、その通りだと思う。不謹慎だが、そう思う。正直、この村の人間全てを弔うような気力や体力はこれっぽっちも残っていない。その中で沙塵さんだけを弔うという事は、きっと常識とか道徳とか人として当たり前だとか、そういう観点からは外れている行為なのだろう。だってあまりに中途半端だ。だからそういう観点で言うのなら、私のしようとしている事はきっとそういうものではない。自己満足だと言われても、仕方のないような思いがした。
けれど、沙塵さんをこのまま放置したら、きっと後悔するから、だから私は沙塵さんを弔いたいと思った。常識とか道徳とか人として当たり前とかそういう類いのものではなく、ただ、私が後悔しないためだけに、私は沙塵さんをこのまま放置する事は出来なかった。
沙塵さんを背中に背負い、外へと這うように歩いていく。血は、すでに固まりきっているのか、たまに私の背中で削れて欠片がポロポロと零れてきた。潰れそうな程の重さの残骸に息を吐きながら歩いていき、私は死体を背負って外に出る。空は青白く晴れていた。光は私と背負った残骸をただ刺すように照らしていた。私は畑の横を過ぎ、雨水が入っただけのドラム缶を通り過ぎ、色の変わった土と鍬がある所まで重い残骸を背負っていく。ほとんど投げ出すように沙塵さんを横に置き、私はまた穴を掘る。死体を埋めるための穴を。残骸を埋めるための穴を。自己満足のための穴を。私の後悔を埋めるための穴を。足下から伸びる影の位置はいつの間にか変わっており、私はようやく人一人が横たわれる程の穴を一つ拵えた。私は、傍らに横たわる男を穴に入れようと顔を上げ、そこで、男の傍に何か紙切れが落ちている事に気が付いた。穴を掘る事に疲れきった私は、ほとんど何も考えずに手を伸ばし、紙切れを拾い上げた。私は地面に腰を下ろした。紙切れにはこう書いてあった。
『私は獣を見た』
『私は獣を見た。恐ろしい獣を見た。その獣は我が子と我が身を守るためなら、例え大恩ある人間の喉さえ噛み切ろうとする獣なのだ。私はその浅ましさを見た。その獣のおぞましさを見た。その獣の醜さを見た。だがこの獣は確かに私の中に存在するのだ。果たしてこの世に、この獣を飼っていない人間など存在するものだろうか。自分が生き延びるためなら他者を喰らおうとする獣を、己の内に飼っていない者などこの世に存在するものだろうか』
『私は私の中の獣の浅ましさを垣間見た。おぞましさを垣間見た。醜さを垣間見た。痛ましさを垣間見た。私はその事実に慟哭している。そして一方で諦めてもいる。これが私の本性であったと何処かで納得しさえしている。果たしてこの世に、この獣を飼っていない人間など存在するものだろうか。あの日、私が恩人達を殺したあの日、彼らもまた自分のために他者の首を噛み切ろうとする獣ではなかったか』
『私は私のおぞましい獣を眺めながら、それでも生きていこうと思うのだ。ただ埃と生きていける幸福に感謝と懺悔を捧げながら、このおぞましい獣は生きていこうと思うのだ。ただ埃と生きていける幸福に、感謝と懺悔を捧げながら』
それで、文章は終わっていた。あまりにも唐突で、あまりにも脈絡がなくて、きっとこの文章自体には、学術や芸術といった価値や意味は存在しない事だろう。
しかし、この世に、確かに存在していた一人の人間の胸の内を知るためには……いや、それでも、これはやはりただの紙切れでしかないかもしれない。こんな紙切れ一枚に、一人の人間の想いが、苦悩が、悲しみが、人生が、慟哭が、懺悔が、絶望が、語り尽くせるなんてとてもじゃないが思える訳がないじゃないか。
しかし私は、悲しかった。ただ悲しかった。悲しい以外の言葉を、思い浮かべは出来なかった。一体、どんな想いで彼は、己の中の獣を眺めていた事だろう。己の中の獣を目の当たりにしながら、どんな想いで微笑んでいた事だろう。どんな想いで己の現状を幸福と認識し、感謝と懺悔を捧げるなどと紙にしたためた事だろう。獣と化した、何より大切な我が子に首を噛み切られながら、どんな想いで
「何故……幸福なんて書いたんですか。本当に幸せだったと思うんですか。ひ、人を、殺した上でしか成り立たなかった日々を、あ、あなたは、一体、どんな想いで……」
私は、ただ悲しかった。意味など何もないのに、ただ泣く事しか出来なかった。傍らに転がる残骸は、やはり私の目には微笑んでいるようにしか見えなかった。




