4-4
私達は先程沙塵さんと出逢った所まで戻っていった。林の根元に落ちている小枝を拾い、枯れきっている雑草を引き抜いては積み重ねていく。一体どれだけ必要なのかはわからないが、二人分が使うだけの湯を沸かすのだ。いや、沙塵さんと埃君の分も必要だと考えれば、集められるだけ集めておいた方がいいだろう。いやいや、私達はすぐに立ち去るが、この父子は今後もここに住み続ける事を考えるなら……
「ちょっと、一体どれだけ集めればいいのよ」
「で、出来るだけたくさんだよ。お風呂に入るためのお湯を沸かすんだから当然だろう……」
声が上擦ってしまった。私はまた怒鳴られるのではないかと思ったが、厘はふてくされた顔をしながらも雑草集めに戻っていった。私にはそれが意外だった。私の中の厘のイメージは、良く言えば自由奔放、悪く言えば身勝手だ。自分の都合が最優先で人の都合も心情もこれっぽっちも考えやしない。ましてや命の期限が半年しかないのだから……それを考えれば、こんな所で枯れ草集めに時間を費やしてくれている事は、この少女にとって相当珍しい事ではないだろうか。
「……何、人の顔じろじろ見てんのよ。人に働かせておいて自分はサボっているつもり?」
「い、いや、違うよ。何か嬉しいんだ。君が私の言う事を少しは聞いてくれた事がさ」
私がそう言うと厘は目を見開き、私の方に物凄い早足で歩いてきた。そして私が何を言う前に、しゃがんでいる私の後頭部を勢いよく平手で叩いた。
「はあ!? 思い上がっているんじゃないわよ! 私はただアンタがぎゃあぎゃあうるさいのが嫌だから付き合ってあげているだけよ! あんまりふざけた事を言うと殴るわよ!」
「殴ってる……もうすでに殴ってる……」
痛い、本気で。私は叩かれた場所を両手で押さえた。前言撤回だ。やっぱり厘の考えている事は私にはよくわからない。少しは他人を思いやる気持ちもあるんじゃないかと思ったのだが。その時、私のお腹からぐうううと盛大な音がした。思わずお腹の上を押さえる。
「お兄ちゃん、お腹すいたの?」
「あ、ああ……ちょっとね……」
実際はお腹に痛みを覚える程に空いてはいたが、今それを言った所で何がどうなる訳でもない。あの家では沙塵さんが一生懸命何か用意してくれているはずだし……
「そう言えば埃君、疲れてないかい? 疲れたなら休んでもいいんだよ?」
「ううん、大丈夫。楽しいし。久しぶりに外に出れたんだ。これもお兄ちゃんとお姉ちゃんが来てくれたおかげだね」
「どれぐらい外に出ていなかったんだい?」
「村のみんながいなくなってからずーっと。お父さんが外は危ないから出るなって。野犬がうろついているからって。村の人はみんないなくなったって。畑に行くのも許してくれなかったんだ。すっごく、すっごく、つまらなかったんだ!」
埃君は、全身で不満を表すように私達に胸の内を打ち明けた。私は沙塵さんの様子を思い出す。埃君が外に行くと言っただけであれ程心配そうにしていたのだ、埃君は沙塵さんにとってかけがえのない存在であるに違いない。奥さんは亡くなってしまったような事を言っていたし……埃君の事がとても大事で大切で、亡くなった奥さんの分まで埃君を守らなければならないと思っているからこそ、埃君を一歩も外に出せない程思い悩んでいるのに違いない。
「埃君、それは君のお父さんが君を大切に思っているからで……」
「違うよ! お父さんはぼくを家に閉じ込めておきたいだけなんだ。ぼくは自由に遊びたいのに、お父さんはぼくの自由を奪いたいだけなんだ。ぼくには自由に生きる権利があるのに!」
「自由なんて言葉よく知ってるな。学校で習ったのかい?」
「ううん、テレビ。テレビのヒーローが言っていたんだ。人類の自由と平和のために戦うって」
そう言って、埃君は何かのポーズを取った。多分そのヒーローのポーズか何かだと思われる。しかし、ヒーローというものは結構難しい事を言うものだ。きっとヒーロー物では定番の台詞なのだろうけれど、何故だかそんな事を思った。
「あーあー。正義のヒーローがお父さんを倒してくれたらいいのになー」
「あ、埃君、いくら外に出られないのがつまらなくても、そういう事は言ってはいけないよ」
「だって、人の自由と平和を奪うヤツは悪者なんだよ! 悪いヤツは倒すのがヒーローでしょ? お父さん、ぼくが外に出ようとするとすっごく怖い顔をするんだよ。お父さんはぼくの自由を奪う悪いヤツなんだ!」
「それは、君のお父さんが君を……」
大切に思っているからで。とは、私には言う事は出来なかった。言ったとしても、今の埃君には伝わらないような気がしてしまった。沙塵さんが埃君を大切に思っている事は本当で、けれど埃君がつまらないと思っているのもやはり本当の事なのだ。あの沙塵さんの顔を見ても思いが伝わらないぐらい、埃君は本気で、本気で、本気の不満を抱えている。それがわかってしまったから、今は何を言っても伝わらないだろう事もわかってしまった。
「そうだ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、ずっとここにいてよ。そうすれば今日みたいにお父さんも外に出ていいって言ってくれるかもしれないし」
「埃君、悪いけどそれは……」
「無理よ。私達用事があるの。ずっとここにはいられないわ」
「えー。……あ、じゃあ、ぼくも一緒に連れて行ってよ! それならいいでしょ?」
「埃君、悪いけどそれも……」
「出来ないわ。アンタは父親と一緒にここにいなさい」
私が答えるより先に、厘がバッサリと切り捨てた。埃君の顔がみるみる内に赤くなり、ぐっと拳を握り締める。
「もう、いいよ、お兄ちゃんとお姉ちゃんの馬鹿っ!」
そして、埃君は走り出した。私は驚いて厘を見る。
「厘! 君はどうしてそういう言い方を……」
「一体他にどんな言い方があるって言うのよ。それより早くあのガキ追ったら?野犬とやらに襲われたって知らないわよ?」
厘の指摘に、私は慌てて埃君の後を追った。幸い埃君の足は私よりもずっと遅かった。と言っても酷い空腹のため、走り出しただけで酷い眩暈がしてしまったが、何とか野犬に出くわす前に私は埃君を捕まえられた。
「埃君、野犬に出くわしたら危ないよ」
「平気だよ! 野犬なんて怖くないよ!」
「君にもしもの事があったら、お父さんが悲しむよ」
「嘘だ! お父さんはぼくの事なんて嫌いだもん!」
「だったら、私が悲しいよ。それじゃあ駄目かな?」
私が言うと、埃君はおとなしくなってようやく私の事を見つめた。
「本当?」
「ああ、本当だ。だから戻ろう? 雑草集めを手伝ってくれるんだろう?」
埃君は目をぱちくりさせた後、「うん、わかった!」と厘がいる林の方へと戻っていった。その無邪気で小さな背中を見ながら、私は無性に悲しくなった。沙塵さんが埃君を大事に思っているのは本当で、しかし埃君が現在の境遇に不満を抱いているのも本当だ。誰が悪い訳ではないのに、誰も悪い訳ではないのに、どうしてあんなに我が子の事を思っている父親の心が、当の子供に届いていないという事があるのだろうか。
「……誰が悪い訳でもない、誰も悪い訳ではない、今が悪いんだ。今が……」




