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Order05.The Twin Bloody Bullets.

 翌日――暦の上で。感覚的な話をすれば二日後。エンパイア・ホテルの704号室のベッドに戒斗は横たわっていた。その横、もう一つのベッドに腰掛け、スマートフォンを耳に押し当てているのは琴音。

「うーん……ねぇ戒斗」

「あぁん?」

 どうやら連絡先を交換していたらしい『なんでも屋アールグレイ』のソフィア・エヴァンスと通話していた琴音が突然振り向き、戒斗にそう言った。

「こっちに後どれぐらい居るんだっけ?」

「二日ぐらいだろ。俺の記憶が、確かならな」

 そう告げると、彼女は再びソフィアとの通話に戻る。戒斗は再び、顔の上に持ってきていた一冊の文庫本に目を戻す。最早読書は習慣だった。今回の本は、日本から持ち込んだとある小説。警察では解決できない事案を、『掃除屋』のような裏稼業を営む男が時に知的に、時に暴力的に解決していくといった内容だ。彼の稼業はどことなく”傭兵”に似ており、仕事内容も少しだが親近感を覚えさせられるモノが多い。ここ最近は中々面白い小説と出会えてはいなかったが、これは戒斗的評価で当たりだった。それにどうやらシリーズモノらしい。帰国したら続きを買おう。活字に視線を巡らせながらそう考えていると、突然――

「あ、グレイさん! まああたしたちの方は観光したりしてますよ――え? 戒斗に奢る?」

 と、琴音が唐突に言いだしたのだ。思わず読んでいた本をそのまま顔面へと取り落とす。痛い。ページの角が刺さって地味に痛い。

「あの野郎、まだ覚えてやがったのかよ……」

 栞を挟み、本を枕元に置くと戒斗は身を起こす。

「だって。どうする、戒斗?」

「どうする、ったってよぉ……仕方ねえ。大変不本意だが、付き合ってやるか」

 どうやら成立したらしい。戒斗はベッドから起き上がり、冷蔵庫の扉を開け、入っていたコーラの瓶に手を掛ける。

「えっ、いいんですか!? 行きます、今すぐ行きます! リサさんに遥も、折角だし行かない?」

「ウェイウェイ。ちょっと待て琴音。どこに行くんだ。主語が無いぞ主語が」

 興奮気味の琴音に、ソファに座って何故か私物のアコースティック・ギターをポロポロと弾いていたリサがツッコむ。

「ショッピングですよ、ショッピング! ソフィアちゃんが案内してくれるらしいですよ!」

 その一言に、一同の反応は中々に良かった。「……行く。暇だから」と若干上ずった声で言う遥と、「私は……はぁ、まあいいか。どうせならヘルガも連れて来てくれよ」と、仕方ないな、と言った感じで了承するリサ。

 戒斗がビクトリノックスの十徳アーミーナイフで、コーラの栓を開けて口に含んだ、その時だった。

「私がそちらに向かいます! ほら戒斗! 車出してっ!」

「ブ――ッフォアァッ!!??」

 あまりにブッ飛んだ要求に、全力でコーラを噴き出す戒斗。

「はぁ!? っどういうこと……ゲホッ、グッフォァ」

 言い返すにも、むせて何も言えない。結局この後、琴音に言いくるめられ、戒斗が車を出す羽目になったのは想像に難くない。





「それじゃあ”戦部傭兵事務所”と”なんでも屋アールグレイ”の友好を深める席として……かんぱーい!」

 アールグレイの合図と共に、カァン、と九つのグラスが重なる音が響くここは、『バー”REST”』。あの『マスター』営む、落ち着いた雰囲気の店だった。

「かぁーっ! 仕事した後の酒っつーのは格別だねぇ!」

 キンキンに冷えたビールが並々と注がれたジョッキをテーブルに置き、口元についた泡を拭うアールグレイが言う。

「ああ、全くだ。”死の芳香”。おっと、そういや自己紹介がまだだったな――私はリサ・フォリア・シャルティラール。リサでいいぜ」

 同じくジョッキを煽りつつそう言うと、リサは対面のアールグレイへと手を差し伸べる。それを握り返すアールグレイ。

「しかしまあ、一度は敵として戦った相手と、こうして食事を共にするというのは……なんとも奇妙な気分だ。よく気にせずに誘えたな」

「俺も本当に頭のおかしい奴だと思ったさ。阿呆なのには今でも違いねえが。まぁ、タダ飯奢られる分にゃ何の問題もねー」

 シノ・フェイロンの冷静なツッコミに、グラス片手に肩を竦める戒斗。

「こらこら、飯を奢って”もらう”だろ? お前はまだレッスン1もこなせねーのか」

「そんなクソッタレな講義、受講した覚えもねーしするつもりも無ぇ」

「お互い、この馬鹿には苦労させられたようだな。俺からも詫びを入れておこう」

「あらあら。こりゃまたご丁寧にどうも」

 割と真面目に申し訳なさそうに戒斗に言うシノ・フェイロンと、それに対し「だぁれが馬鹿だ、女男」とつい口走ってしまい、アールグレイは頬に強烈な平手打ちを喰らう。

「いいねぇ。随分似合ってるぜ。そのメイク」

「うるせぇ!」

 彼の頬に付いた真っ赤な平手打ちの痕を眺め口元を釣り上げる戒斗と、半分涙目のアールグレイ。

「あっはっは、あの男連中は見てて飽きないねぇ。シエラもそう思うだろ?」

「いつもハラハラさせられて、飽きる飽きないの問題じゃないわよ。全く……いっつも傷だらけで帰って来るんだから……」

 リサに言われ、シエラ・ウェッソンは意外にも憂いだ表情を浮かべる。

「けど、戒斗から聞いた話だと、グレイさんはシエラさんに被害を被らせない為、わざと無抵抗だったらしいじゃないの。ギャングの連中がシエラさんを利用しようとしたらしくて……」

 琴音がポロッと口走った瞬間、まるで瞬間湯沸かし器の如く真っ赤に染まるシエラの顔。

「シエラ・ウェッソン。貴女は恥ずかしがっている」

「い、い、言われなくても分かってるわよ遥ちゃんっ!」

 流石にアレな様子を見かねた戒斗は、ニヤついた視線でアールグレイに言う。「ヘイ、ミスター・アールグレイ・ハウンド。アンタの大事な女が顔真っ赤になってるぜ?」

「何っ! シエラどうした! 生理か!?」

 なんて口走ってしまうもんだから。

「な、なんでこの場面でそんなデリカシーのない言葉が出てくるのよばか! ばかばかばか!」

 アールグレイはもう見るからに真っ赤に染まったシエラに結構重い連撃を喰らう羽目になる。

「い、痛てぇ! 痛てぇって!!  昨日といい今日といい、なんでこんなタコ殴りにされなきゃいかんの俺!?」

「いや、どう考えても今の発言はグレイが悪い」

「アールグレイ・ハウンド。貴方にデリカシーというモノは存在しないのか」

 ヘルガと遥の冷静なツッコミに頷くソフィアに琴音。そしてリサは何とも言えない表情で苦笑いを浮かべる。

「シエラ、もうその辺で勘弁してやれ。実質、今回グレイはお前の為にわざわざ傷付きにいったのだからな」

「あっ、ちょっ! それだから本人の前で言うなって!」

 最後にシノ・フェイロンの一言でトドメとなった。

「アンタいちいちやる事と言う事がギャップあり過ぎなの! おかげであたし照れくさくて死にそうだわ! ばか、ばかばかばか! どれだけあたしを惚れさせれば気が済むのよ!」

「ほ、褒められてるのか貶されてるのか分かんねえな……はは……」

 殴り続け、次第に胸に顔を埋めていくシエラと、困ったように半笑いを浮かべるアールグレイ。なんだこのバカップル。爆発しろ。思わずそんな一言を戒斗は口走りそうになってしまう。それぐらいに微笑ましい光景ではあった。

「ほっほっほ、愛されてますね。全くグレイさんが羨ましい限りです。ジジイも、もう少しだけ若かったら……悔やむばかりですな。やはり若さというのは素晴らしい。ほっほっほ」

 グラスを拭きつつ、ほっこりと笑みを浮かべつつも、若干悔しそうな表情で『マスター』は口元に蓄えた白い髭を撫でる。それを見たヘルガとソフィアと琴音、そして遥は何故か立ち上がって、カウンター席グラスを持ちより彼――『マスター』と談笑を始めた。やはり老成した雰囲気というのは、どこか人を惹きつける何かがあるのだろう。そう感じつつも、やはり寂しさは拭えない戒斗であった。

「ったく、ホントに災難だったぜ、今回はよ……」

 グラスを煽りつつ、ぶつぶつとひとりごちる戒斗。「ウチの馬鹿が苦労かけたみたいだな」と、意外にもシノ・フェイロンが喰い付いてきた。

「ん? いやまあ、アンタのとこの大将とは関係な……とは言えんな」

「”黒の執行者”よ。お前のとこの相方は良さそうで羨ましい限りだ」

「別に改まらなくて構わねえよ。むず痒いから好きに呼んでくれ――それよりシノ・フェイロン。お前は『隣の芝生は青く見える』って知ってるか?」

「うむ。では戒斗と呼ばせて貰おう。こちらとて好きに読んでくれ。フルネームはやはりむず痒い――ジャパンの格言だな?」

「はいよ。じゃあ『シノ』。一つ指摘させて貰うと、格言じゃなくて『ことわざ』なんだが……まあいい。そういうことさ」

「どういう意味だ?」

「そのまんまの意味だ。なんでも人のモノは羨ましく見えるもんさ……毎度毎度強引に引っ張り回されるんだ」

「お前ともあろう人間がか? 冗談だろう戒斗」

「それが冗談じゃねえんだな。元を正せばシカゴまで連れてきたのもそうだし、今ここに居るのも――まあまんざらでもないんだが、アイツに半ば強引に連れてこられた」

 カウンターでマスターとにこやかに話す琴音を一瞥し、戒斗は溜息交じりに言った。

「そこまで言うとは……さぞ凄まじい女性なのだろうな」

 そう言ってシノは笑う。そういえば、この男の笑顔を見るのは初めてかもしれない。ふと、戒斗は思った。しかし悪い気はしない。意外にも純朴な、人懐っこい笑顔だったから。

「まぁ、凄まじいというかなんというか……何だろうな。何故かアイツに色々言われると『仕方ない』って思考になっちまう。俺としたことがな」

「あー、つまりそれはだな……」

 シノは何か言いかけて、しかし口ごもる。「何だ? 何が言いたい?」と問いかけるが、彼は「いや、何でもない」と一言言ったのみだった。

「琴音に関してはまー複雑な立ち位置と言いますかな。助手兼、最優先護衛目標。兼狙撃手兼クラスメイト云々……」

「成程。大体の事情は察した」

「そうしてくれるとありがたい」

「で、だ。戒斗、一つだけ言っておきたいことがある」

「何だ?」

「彼女を――琴音さんを、大事にしてやれ」

 改まってシノが真剣な表情でそう言ったもんで、戒斗は思わず面食らう。

「なんでい、突然」

「言ったままの意味だ。戒斗」

「それじゃ分かんねーよ」

「後は自分で考えろ」

「冗談よしてくれ……まあいいさ。次はアンタのとこの大将の話でも聞かせて貰おうか、シノ?」

「良いだろう。アレは確か、エマとかいう女性の依頼人が政略結婚するって話で、それを叩き潰す依頼だったんだが――」

 そして、シカゴの夜は更けていく。





 二日後の朝。帰国の日。戒斗、琴音、そして遥とリサの四人はシカゴ国際空港のロビーに居た。飛行機の出発の一時間半前には彼ら一行、既に空港に到着していたのだが、肝心の見送り組――『なんでも屋アールグレイ』が一向に現れる気配が無い。既に出発まで時間があまりないのだが……と待っていると、彼らに近付く人間が複数。

「よーう。一昨日の晩は楽しかったぜ」

 そんな呑気な声を掛け、やっと現れたアールグレイ・ハウンドだった。

「あぁ、先輩様とリサが酔って暴れたりしなきゃ最高だったな」

 戒斗は割と辟易したように言う。あの後、煙草を吸ってきていたらしいアールグレイとリサが戻ってきたかと思えば、夜明け前、確か四時半ぐらいだったと思う。とにかく物凄い酔い方して暴れに暴れ、最終的に二人は荒らし回るだけ荒らして酔い潰れた挙句、眠りに堕ちるという暴挙を成し遂げたのだった。元を正せば、アールグレイの提案した飲み比べが原因だったのだが……当の本人は悪びれる様子がどこにもないのが困りものだ。

「最後までうちのアホオーナーがご迷惑をおかけしました……」

「こちらこそ、リサさんがとんだご迷惑を……」

 ペコペコと、全力で謝罪モードに入っているソフィアと琴音。そんな全力で気まずい雰囲気に、主犯格たるアールグレイとリサは口笛を吹き、明後日の方向を眺め誤魔化す。

 その瞬間、空港内にアナウンスが響き渡る。

<――成田空港行き、ANA-775便にご搭乗のお客様方へ申し上げます。間も無く搭乗受付を開始致します。国際線ターミナル三番ゲートまで――>

「……そろそろ、か」

 嫌なことを待つ間は何故か時間の流れが速く感じる。戒斗は来た当初、それを痛切に感じていた。しかし――楽しい時間もまた、何故だか時の流れが速く感じてしまう。それもまた、彼はその身を以て感じている。各々の荷物を持ち、別れを惜しむように抱き合うのは琴音とソフィア。ヘルガとリサは不敵な笑みを浮かべつつ共に握手を交わし、シノに遥に至っては果し合いの約束すら交わしていた。いやまあ、リサは乗らずに、ロサンゼルスまで戻るんだけどね。

「ま、なんだかんだあったよな。最初は敵として。んで気付いたら味方になってて盃を交わす……なんとも奇妙な縁なこった」

「アンタみてえなイカレた阿呆のオッサンと縁が出来るってなぁ、勘弁して貰いたかったがな」

「オイオイ、感動のラストシーンでまでそれかぁ? ったくこの後輩君は」

「コイツは俺の性質タチでな。諦めるこった」

 別れの時まで悪態まみれな戒斗に、アールグレイはいつものフランクな、しかし不敵な笑みを浮かべてみせる。

「……ヘッ、つくづく可愛くねえ後輩君だ。ったく、彼女に愛想尽かされんなよ?」

「冗談は止せ。俺を誰だと思ってる? アンタの方こそ、デリカシーの欠片もねえ言葉で彼女傷つけんなっての。捨てられても知らねえぞ」

 同時に頬を紅潮させる琴音とシエラを横目に、アールグレイはその拳をまっすぐに戒斗へと突き出す。彼の意図を読み、ニヤリ、と戒斗は口元を釣り上げると、その拳に、フィンガーレスグローブに包まれた自身の拳を硬く、合わせる。

「じゃあな、グレイ。次に会う時まで、くたばんじゃねえぞ」

「お前もな、戒斗。せいぜい若い内は無理しねえ事だ」

 そして二人は、ロングコートの長い裾を翻し、背中合わせに、振り返ることなく歩き出す。

「――ヘイ、戒斗!!」

 唐突に名を呼ばれ振り向けば、アールグレイは何かを投げた。宙に浮かぶそれを、片手で掴みとる戒斗。

「これは……」

 硬く、重くてヒンヤリとした感触だった。閉じた掌をゆっくりと開けば、そこにはいぶし銀の光沢を放つ、傷だらけのジッポー・オイルライター。

「依頼報酬だ、”黒の執行者”。俺の愛用ライター、お前ににやるよ」

「……ヘッ、どこまでもお節介な大先輩”死の芳香”様だことで」

 二人は思わず笑みを零す。戒斗は再び背を向け、後ろ手に振りつつ国際線の発着ゲートへと向かっていった。その孤独な黒き後ろ姿を眺めつつ、アールグレイは溜息を吐き、シノ達の方へと戻っていく。



「死ぬんじゃねぇぞ、戒斗」

「テメェも、くたばんなよ。グレイ」



 二人の耳に、そんな一言が聞こえたような気がした。





「ただいま戻りましたよっと……ん、なんだこれ?」

 いつもの事務所に戻ったアールグレイは、何か小包が届いていることに気付く。ダンボール箱は小さかったが、しかし重量感は確かにある。一応警戒しつつ開くと、中には油紙に包まれた何かと、一枚の折られた紙切れが同封されていた。

「おっ、コイツは……」

 油紙を開けば、そこに入っていたのは一本のナイフ。グリップエンドにリングを持ち、猛獣の爪の如く湾曲した刃を持つソレは、東南アジア伝統のカランビット・ナイフと呼ばれる武具だった。折り畳み(フォールディング)でなく、固定で堅牢なシース式であるそれは、どうやら手作り感がある。個人製作のカスタム・ナイフだろうか? アルミのハンドル材の下は、恐らくブレードからリングまで一体のフルタング構造だろう。樹脂のシースから抜き取ると、見た感じ、ブレードはATS-34ステンレス鋼らしい。優秀な鋼材だ。刃先から四分の一だけ両刃のダガー仕様で、峰には深く、確実に引っかかるセレーションが刻まれている。グリップには浅いフィンガー・チャンネルが刻まれていて、リング内部も丸く削られており、指先の負担まで考えた構造になっている。製作者の心遣いが、確かに感じられた。

「ったく、アイツは……」

 アールグレイは思わず笑みを浮かべた。それもそのはず。カランビットのブレード側面には『Kaito Ikusabe』の刻印と、裏側には『BLACK EXECUTER』の手書きらしい文字が刻まれていたのだから。

 手の中でそれを回しつつ、アールグレイは同封されていた紙切れを開く。中にはこう書かれていた。

『俺が丹精込めて制作したカスタム・ナイフだ。くれてやる。老化の進んだオッサンには十分に過ぎた代物だがな――せいぜい、この俺様のご尊顔を思い浮かべつつ、それで生き残るこった。大事な女の為にも、死ぬなよ』

 それだけ。たったそれだけの短い内容だったが、アールグレイ・ハウンドは浮かべた笑みを抑えることが出来なかった。

「Black Executer《黒の執行者》――ね。全く面白い後輩君だこと」





 そして、羽田から国内線へ乗り換え中部国際空港まで飛び、ようやく帰宅した頃には既に夜だった。荷解きもしないままさっさと眠り、そして翌日の朝。戒斗が目覚めたのはシカゴのエンパイア・ホテルではなく、いつもの自室だった。

「あ、戒斗。おはよー」

「ああ」

 リビングでは既に琴音が起床していて、珍しく朝食など作っている。顔を洗い、着替え、朝食を食べて。そしてソファでいつも通り紅茶を啜り窓の外を眺めた瞬間、ようやく帰国したという感覚が戒斗の内に巻き起こった。テレビでは相も変わらず呑気なワイドショーが垂れ流されている。

「……ん?」

 ふと、ズボンの後ろポケットに違和感を覚えた。取り出してみれば、それは古ぼけたいぶし銀のジッポー・オイルライター。思い立って、戒斗は自室からあるモノを持ってくると、窓を開けベランダまで出る。風が、吹き付けていた。

 持ってきたソレを口に咥え、先端にジッポーで火を点す。微かなオイルの香りと共に、紫煙が漂い、風に吹かれ流れていく。空を見上げてみれば、それはシカゴで見たあの空と、なんら相違はなかった。地球は、何処まで行っても地球だ。

「戒斗、煙草なんて吸ってたっけ?」

 珍しく彼がベランダに出ていることに気付き、琴音が怪訝そうに問いかける。戒斗は両肘をベランダの淵に掛けると、横顔を向け、蒼空を眺めたまま、呟いた。

「――今日だけは、解禁さ」

 その時、唐突に鳴り響くインターホン。琴音が出て行き、来客を連れてくる。

「戒斗ー、お客さんよー!」

 その声に、戒斗は吸いかけの煙草を携帯灰皿に突っ込むと、一度手に持ったいぶし銀のジッポーを眺める。裏側には深く、『EarlGrey Hound』と、刻まれていた。

「アールグレイ・ハウンド――面白い奴だったさ」

 戒斗はポケットにジッポーを突っ込み、ベランダから戻り、本日の依頼人を迎え入れる。

「いらっしゃい。『戦部傭兵事務所』へ――依頼内容を、聞かせて貰おうか」

 彼の戦いは、終わらない。





 ――これは、とある一時の夢物語。出会うはずの無かった二人が出会った、多くある世界の一つに過ぎない。彼らの運命は、変わらない。


 しかし――『黒の執行者』戦部 戒斗。そして『死の芳香』アールグレイ・ハウンド。二人の男の戦いは、果て無く続く。辿り着く先は、救済か、それとも死か。いや、それとも――





 ――The Twin Bloody Bullets.――

<あとがき>


 初めましての方は初めまして。そうでない方はいつもありがとうございます。黒陽 光でございます。

 これにて『The Twin Bloody Bullets -”黒の執行者”特別篇-』、完結の運びとなります。きっかけは些細なやり取りでした。元々『なんでも屋アールグレイ』の旗戦士様とはツイッタ上でも仲良くさせていただいていたのですが、その中でふと、何がきっかけだったのかも思い出せない程唐突に浮かび上がったのが、今回のコラボ企画です。確か2014年の十月か十一月ぐらいでしたか。

 その後、2015年一月初めに企画が本格的にスタートして以降、当方は旗戦士様の投稿されたストーリーをベースに後追いしていく形を取らせて頂くことに。こちらの『The Twin Bloody Bullets』の方は、『なんでも屋アールグレイ』で掲載されたモノを大幅に改築工事したモノになります。旗戦士様のレシピをベースに、僕独自の色と味、そして微かなスパイスを追加する、といった感じでしょうか。基本的に『黒の執行者』主人公である当方のキャラクター、戦部 戒斗を主軸とした視点で、一部描写の変更、及び補完。台詞回しやキャラクターの装備改変などなどを行いつつ、それでいて旗戦士様の思い描くストーリーを崩すことなく、一つの作品を仕上げる……意外にも難しい作業ではありました。想像の、何倍以上も。しかし、僕自身の中で相当の勉強になったことには間違いありません。今回のコラボ企画において、通常絶対に出来ないような経験をさせて頂いたこと、この場を持ちまして御礼申し上げます。今回の企画は僕にとって、相当の知的財産になったことに間違いはありません。

 これは二次創作界隈においても言えてしまうことなのですが、自分以外の人が創り出したキャラクターを動かすのは、簡単そうに見えてこれが本当に難しいのです。『The Twin Bloody Bullets』において、当方が執筆する上で難しかったキャラクターといえば……中々甲乙付け難い問題ではありますが、一番はやはり『マスター』と『ヘルガ・サンドリア』でしょうか。

 『マスター』の方については絶対的な資料が足りなかったという問題に尽きる話ですが、ヘルガに関してはなんというか……中々に描写しづらいキャラクターだった印象があります。同じ狙撃手キャラクターである当方のリサ・フォリア・シャルティラールとどう差別化し、キャラを立てていくか……中々に難儀した覚えがあります。しかし、それだけに楽しい一時でありましたが。

 さて、あまり長々と話し続けてもクドいので、最後に。『The Twin Bloody Bullets -”黒の執行者”特別篇-』は今話を持ちまして、堂々完結となります。コラボ企画を了承して頂き、多大なる助力と最高の経験を頂いた旗戦士様。そして『なんでも屋アールグレイ』の一同。最後に――ここまでお付き合い頂いた読者の皆様方に、心からの感謝を。

 これにて、戦部 戒斗とアールグレイ・ハウンド。二人の織り成す二重奏デュオは幕を降ろします。しかし、『黒の執行者~A black executer~』及び『なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet-』、それぞれの物語はまだ、終わることはありません。この後もお付き合い頂ければ、幸いです。


 それでは。またいずれ、どこかでお会いしましょう。



 ――2015/01/23 黒陽 光――


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