Order03.Dancing For The Requiem.
ほぼ無抵抗で拉致された戒斗、そしてアールグレイ・ハウンドの二人は倉庫区画――走行距離から察するに、シカゴ近辺のどこかであろう――に到着するとバンから引きずり出され、そのまま投げ飛ばすかのように、埃の堆積した地面へと叩き付けられた。
「オラッ、立て!」
そのまま二人は首根っこを引っ掴まれると、予め置いてあった安っぽいパイプ椅子に座らされる。そのまま後ろ手に、比較的細目なロープか何かで手首を拘束されてしまった。近くに置いてある、冷蔵庫を横倒しにした簡易的な物置台の上には、彼ら二人から剥ぎ取った装備品が並べられていた。戒斗の所持するミネベア・シグにトンプソン・アンコール。シグ・ザウエルMPX-P短機関銃、そしてアールグレイ・ハウンドの使い古した回転式拳銃、S&W M586。
(この間抜け共が……)
しかし、装備を剥ぎ取られた絶望的な状況とは裏腹に、戒斗は凍り付いた表情の裏側で嗤っていた。それもそのはず。今目の前に居る連中は、目立つ短機関銃や自動拳銃は剥ぎ取ったものの、肝心のナイフ類にまでは手を出さなかった、いや気付かなかったのだ。現在戒斗が隠し持っている装備は三つ。ズボン左後ろポケットにある、使い古したカランビット・ナイフ、エマーソンのスーパーカランビットに加え、右後ろポケットに突っ込まれている、先程ウェッソン鉄砲店で購入したばかりの折り畳みナイフ、ファルクニーベンTK3。そして――少しだけロールアップしたロングコートの下、右腕に仕込んだNRS-2スペツナズ・ナイフ。救援を待たずして、隙を突いた脱出も可能ではあった。だが、しかし……
「よお。また会ったな。”黒の執行者”。それと”死の芳香”」
「おっ、あんたはうちのソフィアに銃弾ぶち込まれてたギャングのオッサンじゃねーか。あの美少女から撃たれてさぞ気持ち良かったよな?」
……たった今、リーダー格であろう男にメリケン・サック付きの拳を頬に叩き込まれ、切れた口からぽとぽとと紅い血を垂れ流す”死の芳香”ことアールグレイ・ハウンドの存在がネックだった。戒斗一人なら、あるいは脱出は可能だ。しかしこの男を人質に取られては、流石にチェック・メイトとなる。
「……何やってんだか」
対応が面倒なこともあり今まで押し黙っていた戒斗だが、あまりにもアレなアールグレイの行動に思わず呆れ返って呟いてしまう。当のアールグレイ・ハウンドは殴られても尚、ニヤついた表情を緩めることなく「……へ、へっ、へっへっへ。メリケンで一発、顔への殴りが4発……」とか引き笑い気味にひとりごちていた。ヤクでもキメたか? そう一瞬錯覚するぐらいにはイカれた光景である。
「あぁ? 何言ってやがんだテメェ。気味の悪りぃヤローだ」
「勘定だよ。俺にアンタらがやって来たこと、そっくりそのままお返ししてやろうと思ってなぁ。その事を思うとニヤケが止まんなくて……くくっ」
「ハァ……とんだイカれ野郎だこと」
更にその後アールグレイが続けた言葉が流石にヤバイ。思わず思ったことがそのまま口に出た戒斗ではあったが、内心この状況が段々と面白くも感じてきた。ああ、勘定。確かにそりゃ良いアイディアさ。
「オイ聞こえてんぞ、ハイスクール・ボーイ」
そう言った瞬間、アールグレイは先程メリケン・サックで殴りつけてきたリーダー格の男に胸倉を掴み上げられる。後ろ手に縛られてるせいで、パイプ椅子ごと宙に浮くアールグレイ。
「俺はなぁ、テメェみてえないけ好かねぇクソッタレのスケコマシ野郎が大ッ嫌いなんだ。面白くもねぇ澄ました面見せやがってよぉ。ま、逆に俺ぁそいつらの死体ばっか眺めてきたんだがなぁ。俺が殺したんだよぉ! ギャハハハハ!!!」
「うわー、すっげえなー震え上がっちゃうなー。なあハイスクール・ボーイ?」
「……あぁ。怖い怖い。思わずチビっちまいそうになったぜ」
顔を火照らせたリーダー格は顔面を殴り飛ばす。アールグレイでだけなく、思わずジョークに乗っかってしまった戒斗も。二人がパイプ椅子ごと吹っ飛ぶ。地面に転がった彼らだったが、すぐさま周辺に立っていた部下達によって椅子を起こされた。
「せいぜいお仲間が殺されるのを、首を長くして待ってるこったな」
そう吐き捨て、背を向け去っていくリーダー格に向かってアールグレイは未だニヤけたまま言う。「はっ、B級映画以下の台詞回しだなおい」
「テメェが言えたことかよ。ところでオッサン。アンタ、何故俺を庇うような真似をした」
背もたれに思いっきり体重を掛け、戒斗は呟いた。古びて錆の走ったパイプ椅子の軋む音が、薄暗い倉庫に響く。
「オッサンじゃねえって言ってんだろー? 別に、庇うような真似しちゃいねえよ」
「へいへい。そういうことにしておいてやるよ、オッサン。あの店の名前を出された瞬間、アンタは無抵抗で、自ら連れて行かれる事を望んだ。そうだろ?」
「……関係ない奴は巻き込む質じゃないんでね。つっても、今回はお前を巻き込んじまったがな。いや、本当に悪いと思ってる」
「ああ悪いね。俺一人なら返り討ちにしてたさ」
「いや、ホントマジですまん」
「急に素直になるなよ、気持ち悪いオッサンだな」
そう吐き捨てた戒斗の姿を見て、アールグレイはニヤけたままが遂に耐えれなくなって笑い出した。
「”先輩”は”後輩”を守んなきゃいけねーからさ。ったくよ、世話の焼ける後輩君だぜ」
「馬鹿言うんじゃねーよ。俺にしたら、アンタの方が世話の焼ける先輩様だよ。冗談は止してくれ」
「おい。うるせえぞテメェら。立場をちったぁ弁えろ。静かにしなきゃ殺す」
「おー、怖い怖い」
言われるがまま、二人は大人しく従い押し黙った。敵の数は……至近距離の殺傷領域に三人、中距離に二人。出入り口付近に三人。たった二人の賓客をもてなすにしちゃ、随分と厳重な体勢だった。それに注意もこちらに向いている。今仕掛けたとして、中距離以遠の奴らに対応できるかどうか……何にせよ、今は動く時でない。ポケットに入ったナイフの感触を密かに確かめつつ、戒斗は機が熟するのをひたすら待っていた。
そして、約束の午前零時。夜闇に包まれ、一時の静寂を取り戻したシカゴの街にひっそりと建つ三番地倉庫。
「シノ、遥両名。3番地倉庫の入り口に到達した」
そんな三番地倉庫の入り口、薄暗い裸電球と月明かりのみが照らすそこに立っていたシノ・フェイロンが無線機に向かって呟く。彼の隣には、いつも通りの忍者装束に着替え、左腰に日本刀型の高周波ブレード『一二式超振動刀”陽炎”』、そしてバックアップにと後ろ腰には短刀型の『十二式超振動刀・甲”不知火”』を、柄を右手側に向けて差している遥の姿があった。
<あいよ。いつでもいいぜ>
<準備は万端。いつでもOK>
そして耳に差したイヤホンから聞こえるのは、バックアップに配置した狙撃支援チーム二人の声だった。前者はリサ。視界が開けており倉庫が比較的見渡せる位置に建つ、ほぼ廃墟化した空きビルの最上階フロアに陣取っていた。そして後者が、リサと対角線上に位置する、紅白に塗られた大型クレーンの上の”蒼弾”ことヘルガ・サンドリア。
リサは愛用のボルト・アクション式狙撃銃、ウィンチェスターM70/Pre64の馴染んだ木製銃床に頬を付け、マウントしたリューボルド社製狙撃スコープを覗き、戒斗とアールグレイ・ハウンドの捉えられているであろう倉庫の天窓から状況を窺っていた。
<荷物視認。お前らの居る入り口から真っ直ぐ、約150m先の倉庫だ。敵多数。自動小銃やその他で武装してるな。そっちはどうだい?>
リサの問いかけに、同じくボルト・アクション式狙撃銃のT-76 LongBowのスコープ越しに状況を窺っていたヘルガ・サンドリアが応える。
<こっちも、二人を確認。倉庫内には二階と、キャットウォークもある。恐らくそこに、多数の敵が潜んでいると推測>
「了解した。琴音、”オペレーター”はなんと?」
<ちょっと待ってね――>
今回の作戦の肝となる、別方向で潜む実働部隊の琴音がどこかと通信を繋ぐ。すると数秒もしない内に、彼らの通信に一人の若い、少女の声が割り込んできた。
<――ハロー。ご機嫌いかがかしら>
「君が、今回のオペレータか?」
シノ・フェイロンが問う。
<ええ。遠く日本から、アンタ達の上をぐるぐる飛び回ってる無人偵察機から生中継よ>
「名前は?」
<教えなきゃ駄目?>
「でなけりゃ呼びようがないだろう。顔を合わせてる訳じゃあるまいし」
<そうね……本名言っちゃうのも何かと憚られるし。『ラビス・シエル』とでも名乗っておくわ>
『ラビス・シエル』。その名にどこか引っかかりを感じるシノ・フェイロンであったが、今は作戦行動中。敢えて思考の外へと追い出し、彼女に問う。
「それで、敵の数は?」
<熱源反応やら諸々を考慮すると……そうね。倉庫内には約三十六人。完全に罠ねこれ>
そう、と彼女の言葉を聞いて遥は頷くと、右腰のシェルパ・ホルスターから.40口径自動拳銃スプリングフィールドXDM-40を抜くと、弾倉を確かめてからスライドを前後。初弾を装填し再び戻す。
「いい刀だ。銘は?」
シノ・フェイロンが遥に問う。「回答に困る。けど言うなら”陽炎”と”不知火”。そちらは」と遥。
「”日秀天桜”だ。お互い、いい刀匠に恵まれたようだな」
「みたいね」
恐らく彼は、遥の気を楽にする為に敢えて、唐突にこのような話題を切り出したのだろう。実際遥は百戦錬磨と言っても良いレベルで、この程度造作もないのだが……少しだけ口元を釣り上げたシノ・フェイロンの心遣いに応え、遥も少しだけ、儚げな笑顔を彼に見せた。
<お二方、そろそろ。貴方がたが交戦次第、すぐにこちらも裏口から馳せ参じましょうぞ>
「ありがとう、お爺さん」
<ほっほっほ。遥さんのような方にお爺さんとは。ジジイは幸せ者です>
そうして遥とシノ・フェイロンの二人は、薄暗い倉庫街を二人、堂々と歩く。二人共日本刀を帯刀、遥に至っては古典的な忍者装束という、ある種時代錯誤な出で立ちだからか。月明かりに照らされるその立ち姿は、バックに江戸の仕置き人のテーマ曲が流れてきそうな雰囲気だった。
「さて、参ろうか」
シノ・フェイロンはそう言うと、倉庫の入り口を片手で勢いよく開いた。
「……そろそろか」
そう呟くと、彼の目の前で倉庫の扉が開く。立っていたのは”白鞘”シノ・フェイロンと、遥の二人。天井から吊るされた戒斗、そしてアールグレイ・ハウンドの姿を見て、やはり二人は苦虫を噛み潰したような苦い表情を浮かべた。まあ当たり前か、と戒斗は思う。『手厚いもてなし』を受けた代償として、全身に青いキスマークを付けられているのだから。最も、それは美女の甘い口付けなどでなく、ムサい男の拳骨なのだが。
「やぁやぁやぁ! これはこれは! わざわざ粗大ゴミを引き取りに来てくれるなんて、有難い限りですよ!」
リーダー格の男はそう言うと造り笑顔を浮かべ、気さくに二人に歩み寄って、遥とシノを『人質』の元まで案内する。戒斗とアールグレイ・ハウンドを取り囲み、一見護衛しているかのような包囲陣を敷く彼の下っ端達は、向かってくる二人を視線だけで撃ち殺すように睨み付けている。が、二人はそんな程度意にも介さず。真っ直ぐアールグレイと戒斗の元まで歩み寄った。
「……なんで来た……」
何とも言えない複雑な表情で、自らを拘束する縄に手を掛けたシノ・フェイロンにアールグレイは言う。
「どうせお前の事だ。シエラを人質に取られて退くに退けなかったのだろう」
「ご名答。百点満点だシノ・フェイロン。このオッサンは自分の身を挺して惚れた女を護ったのさ。全く妬ける話だねぇ」
流石は彼の片割れ。きっちり察していたのか。感心しつつも、茶化し気味に戒斗は言ってやった。「なっ、テメェ言うなって!」とアールグレイ。
「……待て」
戒斗の縄に取り掛かろうとした遥の耳元が眼前に近付いた瞬間、戒斗は彼女にしか聞こえない程度の音量で呟く。
「しかし」
「確実に奴らは仕掛けてくる。ケツのナイフを手の中にくれ。それだけでいい。縄は俺一人でも何とかなるさ。それより――」
言いかけ、戒斗の手の中にファルクニーベンTK3が収まった瞬間、まあ予想通りというか、お約束通りというか。銃を構える音が四方八方から聞こえた。「……何の真似?」と遥は一応言っておく。
「おいおい、言わなくても分かるだろ? 俺達が大人しくにアンタらを帰すと思ってんのか? 」
「へへへっ、そうだよ。そこの女男はまだしも、ガキはまだ使えそうだからな。娼婦としてぇ。結構需要があるんだぜ? 世の中にはそういう性癖の奴も意外に多くてよぉ!」
汚い笑いが倉庫中に木霊する。「……誰が、女男だって?」とシノ・フェイロンがかつてないドスの聞いた声で呟き、「……ガキ。ガキですか。へぇ……」と遥は焦点の合わさっていない瞳で呟く。
「あァ?そりゃあテメェに決まってんだろ。そんな女みてえな髪して、俺達の事誘ってんのか? 気持ち悪りぃカマ野郎がよ」
パチリ、とシノ・フェイロンが刀袋の留め具を外す。遥はXDM-40を左手に持ち替え、右手で背中の短刀『十二式超振動刀・甲”不知火”』を抜刀。
「やっちまった……シノにそれ言ったら生きて帰れねぇぞ……」
「遥……やっぱ気にしてたのか……」
物凄く複雑な表情で独り呟く、人質二人組。ちなみに戒斗は気づかれないようファルクニーベンTK3を展開し、縄を八割方喰いちぎったところだが。
「――ニイタカヤマノボレ」
遥が喉のスロートマイクに呟く。瞬く間に二人は動き、シノ・フェイロンが”日秀天桜”を振るい、数人の腕を喰いちぎる。型にはまらない独学だが、確かにいい筋だと感心しつつも、遥は敵に飛びかかり、逆手に握った短刀で喉仏を引き千切りつつも、左手のXDM-40自動拳銃でシノ・フェイロンの背中を狙っていた男を射殺する。
「――よし来た!」
戒斗がファルクニーベンTK3ナイフで縄を切った瞬間、天井から吊るされていた二人の縄がどこからか飛来したライフル弾によって引き千切られた。地面に叩き付けられつつも、もしやと思い天窓を睨めば、やはり遠くのビルからスコープの反射光が微かに光っていた。
その直後、ほぼ同時に裏手から突入した琴音、ソフィア・エヴァンス。そして『マスター』がギャング達に奇襲を掛け、人質二人の元へと辿り着く。
「荷物確保ッ!」
無線機に報告する琴音を、「退けェッ!!」と叫び支援するシノ・フェイロン。
「了解!」
そう言うと琴音はソフィアと共に二人を引きずり、コンテナの陰へ。
「ったく……戒斗ぉ! アンタ重いのよッ!!」
「悪かったなこの野郎!! 俺が何回お前を運ばされてると思ってんだッ!!」
「そうですよ……!! グレイさん重すぎですっ!」
「女の子に引きずられるってのも悪い気分じゃねぇが、誰が重いだァ!?」
そんなクソ呑気な押し問答をしている二人と荷物二つの前に、立ち塞がるのは老成した紳士、『マスター』。
「今夜ばかりは……バーのマスターは休業としましょう」
そう呟いたマスターが、まるでオーケストラの指揮の如く腕を振り下ろす。するとその場にいたギャング達の腕や脚、そして胴体がが綺麗さっぱり両断されてしまう。舞い散る返り血を頬に浴びた彼の――『マスター』の眼は、今までの温和なソレとは一変。影のない老いた修羅の姿が、そこにはあった。
「”暗器魔ギルベルト”。一夜限りの復活と致しましょうか」
「冗談だろ?」
狙撃支援を行っていたリサが、信じられないように呟く。『マスター』は確かに、自らを『暗器魔ギルベルト』と言った。与太話のような話だが……昔、リサは噂に聞いたことがあった。CIAのトップエージェントである、その名を。
「まあ、今となっちゃ単なる爺さんってことにしとくか」
先端から紫煙の漂う煙草を咥えつつ、リサは空いたボルトハンドルの隙間から手早く新たな.30-06弾を内臓弾倉に装填。ボルトハンドルを戻し初弾を薬室に突っ込むと、再び頬付けしてリューボルドのスコープから狙う。
(距離、約150m。ゼロイン距離100m。高低差、約12m。右からの風。湿度、気温……)
頭の中で簡単な弾道計算を行いつつ、それに従ってレティクルの指し示す位置をずらす。走る敵は後回し。今は……
「止まった的程、狙いやすいモノはねえな」
標的を探す――居た。キャットウォーク上。ギャングにしては珍しく、シュタイアーAUGなんて突撃銃使ってやがる。
発砲。ヘッドショットを狙ったはずなのだが、胴体に命中してしまったようだ。背中から血の華を咲かせ、崩れ落ち、キャットウォークから転落する敵だった肉塊。
「アップ……そうだな、3ミルってとこか」
着弾情報を元に、スコープの調整ツマミであるエレベーション・ノブを数回捻り調整。ボルトハンドルを前後させ、再装填。次の敵は……決めた。丁度シノ・フェイロンの背後に回ろうとしてるアイツにしよう。
「――生者には祈りを」
ゆっくりと、静かに。しかし確実に引き金を引き絞る。シアが落ちるまでのこの時間。慣れたモノだが、相変わらず永遠に時間が引き伸ばされたような錯覚に陥る。
「死者には鎮魂のメロディを」
撃針が叩かれる。.30-06弾の薬莢底部に張り付く雷管が電気発火を起こした。
「そして――」
充填されたコルダイト火薬に引火、爆発。156グレインの.30-06弾が、銃身のライフリングに食い込み、ジャイロ回転を加えられ放たれた。夜のシカゴを飛翔する、一発のありふれたフルメタル・ジャケット弾。
「我が身には、無限の薬莢を」
「はいはい、動かないで」
「大丈夫だ琴音。心配いらねえ。この程度、支障はない……」
「そう言ったってねぇ戒斗。やらないよりいいでしょう?」
「そうですよ。戒斗さんも、グレイさんも――ッ!」
「痛てえ! 叩くなァッー! 痛ぇってソフィア!」
コンテナの後ろ。引きずり込まれた人質二人は、簡単ながら二人に応急処置を受けていた。本来ならどこか離れた場所でするのが一番安全なのだろうが、現状だと逆に危ない。戦力が揃ったこの場の方が、逆に安全でもあった。
応急処置を施す二人の背後から、ギャング二人が影を縫って忍び寄る姿を、アールグレイと戒斗は共に認めていた。
「クソッタレ……! 琴音! 後ろだ!」
「えっ!?」
彼女の腕を引っ張り、半ば強引に抱き寄せる形で自らに引き寄せた戒斗。
「グッ――なくそ!」
その影響で身体に走る、稲妻のような痛みに歯を食いしばり耐えつつ、彼は右手を特定操作。すると、ロングコートの裾からあるモノが飛び出してきた。それをしっかりと掴み、迫り来るギャングへと向ける戒斗。
「運が無かったな」
響く、小さな、それこそこの鉄火場では一瞬で掻き消えてしまうような、小さな発砲音。目の前で今にも襲い掛かろうとしていたギャングは、額に小さな穴を穿ち、その場に崩れ落ちた。白煙を漂わせる、戒斗の右手に収まっていたのは――ナイフだった。ギャングへとグリップ底を向けた、シースに入りっぱなしのナイフの名はNRS-2。最後の最後まで隠し通していた、仕込み銃のスペツナズ・ナイフだった。
「琴音、怪我は?」
「え? ああ、うん。大丈夫」
彼女を立ち上がらせてやり、戒斗は立ち上がると左手でNRSナイフを抜刀。逆手に持つと、確認の意味も込めて先程倒したギャングの首筋へと刃をあてがい、スライドさせた。頸動脈から力なく噴き出す鮮血。彼の死を決定づけるモノ。
隣にふと視線をやると、なんでも屋はなんでも屋で解決してしまったようだ。戒斗はNRSナイフを鞘に戻し、元の裾の中へと押し戻すと、死体から拳銃を剥ぎ取る。S&Wのポリマー樹脂フレーム自動拳銃、M&P。アールグレイを見ると、彼はソフィアからシグ・ザウエルP226自動拳銃を借り受けているようだった。
「自動拳銃は好きじゃねえが……ま、この際文句は言えねえか」
「回転式拳銃よりかよっぽど継続戦闘力はあるがね。弾詰まりがネックだが」
琴音がベレッタARX-160、ソフィアがSG552と各々の突撃銃を持ち駆けて行く姿を眺めつつ、満身創痍の二人は呑気にも談笑を交わす。
「俺ぁあっちの方が好きなんだよ」
「はいはい、だろうなオッサン。涙吹けよオッサン」
二人へと近づく足音が幾つも、幾つも。二人は嗤いあったまま、素早くそれぞれのスライドを前後。未使用の銃弾が一発舞ったかと思えば、次の瞬間には血の雨に変わっていた。振り向き、お互い背中合わせとなった二人は、硝煙漂う銃口を同じ方向へと向ける。
「行くぜ、”戒斗”」
「上等だ。”グレイ”」
遥、そしてシノ・フェイロンの二人は階段を駆け登る。向かう先は二階。各々の手には、一振りの得物。
「禊葉一刀流、紫電」
呟くと、シノ・フェイロンは今までにない太刀筋で細道に突っ立っていたギャング二人を一刀の元に斬り伏せる。慄く他の連中が銃弾をバラ撒くも、身を屈め、紙一重でそれを回避した”白鞘”は一瞬の内に、肉塊の生ゴミをまた二つ造り出す。『禊葉一刀流』。それが彼、”白鞘”ことシノ・フェイロンの極めし剣技だった。
「ち、畜生! この化物め!」
イスラエル製短機関銃のミニ・ウージーから放たれる9mmルガー弾を躱し、地を蹴って肉薄。遥は両手に握る日本刀型高周波ブレード、『一二式超振動刀”陽炎”』で彼の首を撥ね飛ばした。背後から迫る、鉄パイプを持った敵を咄嗟に左手で投げたクナイで怯ませ、鳩尾へと深く、刃を突き立てる。
「見事だ。型にはまらない剣術、俺も参考にするとしよう」
「……呑気に言っている暇は無い」
突き立てた刀から一度手を離し、右腰ホルスターからXDM-40を抜き放つと遥は、シノ・フェイロンに一矢報いんと背後に忍び寄っていた瀕死の敵へと、一発の.40S&W弾を叩き込み地獄送りに。
「まだ奥義を取得して間もない身だ。互いに精進するとしよう」
言うとシノ・フェイロンはオーストリア製の自動拳銃、グロック17を抜き放つと、三、四発を遥に向かって――厳密には、その背後に忍び寄っていたギャングの構成員へと浴びせた。
「これで、借りは返したぞ」
「……そのようで」
フッと笑い、全ての敵を掃討した二人は二階の最奥にある小さな小部屋の前に立つ。シノ・フェイロンが扉を蹴破ると、そこには恐れをなし逃げようと試みたリーダー格の男が自動拳銃を構えて立っていた。しかし、スタームルガー・P85を教科書通りのウィーバー・スタンスで構える彼の両手は小刻みに震えている。
「もう降参しろ。お前も終わりだ」
シノ・フェイロンが手に持つ『日秀天桜』の血に濡れて煌めく切っ先を向けて言い放つ。
「う、う、う、うるさい! うるさい! うるさぁぁい!! 元を正せば、失敗した”黒の執行者”と邪魔したあのスケコマシ野郎が悪いんだ……へへへ、そうだ、そうに決まってる! 俺は悪くない、悪くない悪くない悪くないぃぃぃ!!!」
声を裏返し喚き散らすリーダー格の男の晒す醜態に、遥は豚小屋に居る出荷前の豚でも見るかのような、冷ややかな侮蔑の視線を向けていた。
「……これが、人の上に立つ者とは。笑止千万です」
遥の言葉に納得したように頷き、シノ・フェイロンは言う。「全くだ」
二人はゆっくりとした足取りで、リーダー格に近付く。
「来るなぁ!!」
叫び、スタームルガーP85を放とうとするリーダー格。しかしその撃鉄が落ちることは無く。一気に距離を詰めた遥の刀によって、引き金に掛けた右人差し指ごと自動拳銃を両断されてしまう。
「ああああああああ!!! 指が……俺の指がぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「……我が主を弄びし罪、豚の指一本程度で贖えると思うのなら、とんだ楽観主義者」
いつになく冷え切った口調で遥は、蹲るリーダー格を見下し呟く。
「それは俺の台詞でもあるがな――来い」
「はひぃ」
シノ・フェイロンはリーダー格の首根っこを引っ掴むと、ズルズルと一階まで引きずっていく。階段で足が暴れる度にギャーギャーと喚き散らすが、そうして居られるのも今の内であろう。消えていく後ろ姿を眺めつつ、遥はふとそんなことを思った。
<アンタ達以外の反応消失を確認。終わったわよ。狙撃チームも上がっちゃって>
無線機から聞こえる、『ラビス・シエル』の声。状況が変わっては逐一報告をしてくれていた彼女の口から、全て片付いたことが告げられた。そんな彼女――『ラビス・シエル』に遥は一言だけ、呟く。「……ありがとう。今回も助けられた。瑠梨」
<なっ……! ちょっちょっと! 本名はやめてって言ったでしょう!?>
「……あ、つい癖で」
無線機越しに叫ぶ『ラビス・シエル』――本名を葵 瑠梨という彼女は、きっと向こうでは顔を真っ赤にしているのだろう。そう思うと、なんだか面白くなってきた。
<『癖で』じゃないわよ! ったくもう……まあいいわ。これも社員としての一環だし。社長が死んだら元も子もないじゃないの>
「ところで瑠梨」
<ああもう、だから本名で……もう今更いいわ。で、何?>
「……この間は『スカイアイ』に『ミッドナイト・リーダー』。今回は『ラビス・シエル』……コードネームとか付けちゃうの、好きなの?」
<なっ……!>
最早絶句と言ってもいい反応だった。なんだこれ、凄く面白い。
「そういうお年頃?」
<っ……! っ……!! うるさいわねぇ! 人の勝手でしょ!?>
そんな間の抜けたやり取りを交わしつつ、遥は近くに保管されていた戒斗、及びアールグレイ・ハウンドの装備品を持って一階へと降りて行った。
投げるように、先程戒斗達が座らされていたパイプ椅子に座らされるリーダー格。シノ・フェイロンに手早く後ろ手に縄を掛けられ拘束された姿は、滑稽を通り越して哀れだった。彼の周りには、戒斗とアールグレイや、救出作戦のメンバー、そしていつの間にか戻ってきていた狙撃支援チームのリサとヘルガ・サンドリアの姿もあった。
「よっ、おかげさんで無事解放されたぜ。ありがとうよ」
「ここまで阿呆だと逆に哀れになるな」
いつも通りのフランクな笑みで、肩を叩くアールグレイ・ハウンドと、腕を組み、リーダー格を眺めて溜息交じりにそう吐き捨てるシノ・フェイロン。
「たっ、た、助けてくれ! 俺は上から命令されただけなんだ!」
「偉そうにふんぞり返ってたのに自分が危ないと結局これかい。情けないねぇ」
ウィンチェスターM70の銃身を肩に掛け、咥えた煙草から紫煙を燻らせるリサはリーダー格の男の言い訳にやれやれ、と言った感じで肩を竦ませる。
「ま、別に生かしてやってもいいぜ?」
「ほ、ほ、本当か!? なんだってやるぞ!」
物凄い含みのある笑いを浮かべているアールグレイに縋りつく様子を見て、戒斗はため息を吐く。これ後からヤバイ奴だ。直感的に感じていた。
「今、なんでもするって言ったよな?」
「あ、ああ! なんでもする! だから――」
瞬間、アールグレイの拳がリーダー格の頬に炸裂する。反動で空いた口から零れた折れた歯の欠片が吹っ飛び、遠くの床に落ちる音がした。
「はーい。まずは一発ゥー!」
「あ……え……」
「あ、おいシノ、ちょっとそこのメリケン取ってくれ」
困惑しつつも、言われるがままにシノ・フェイロンが差し出したメリケン・サックを左手拳に嵌める。元は彼の所有物だったソレで、アールグレイ・ハウンドは思い切り、今度は右の頬を殴り飛ばした。
「よぉし、これでメリケン一発分!」
「あーあ。やっぱりこうなったか」
メリケン・サックを投げ捨てるアールグレイの姿を眺めつつ、戒斗は辟易したように呟く。
「な、なんで……助けてくれるって」
「ああ、助けてやるぜ? 俺は約束を必ず守っちゃうモテ男だ。ただし……『今まで俺にやって来たツケ』を返すって条件付きになるがな」
「へっ? ツケ?」
「あぁ。言ったろ? 『そっくりそのままお返しする』って。そこの後輩君は俺の事を単なるイカレ野郎だと思ってたみてえだが、俺は大真面目だったんだぜ」
事実上の死刑宣告を言い渡された男の顔が、だんだんと青ざめていく様子は実に滑稽であった。『アールグレイ・ハウンドが根に持つと後が恐ろしい』ことを実感し辟易しつつも、戒斗もそれに便乗してみる。「待て待て待て。俺の分もあるだろうが」
「ん? なんだ後輩。お前もやるかぁ?」
「誰が後輩だ誰が……」
そう言うと、戒斗はズボンの左後ろポケットから素早く一振りのナイフを展開した。グリップエンドに人差し指を通すリングを持ち、猛獣の爪の如く湾曲した、東南アジア伝統の武具――カランビット・ナイフ。
「これ、知ってるかい?」
裸電球に照らされ淡く光る刃を、リーダー格の眼前で見せつける。回答を待つつもりは元よりなく、戒斗は一人で語りかけ始めた。
「簡単に言えば、鎌。鎌ね。鎌で抉られるとすっげえ深くてエグいことになっちゃうって、知ってるかな? 知らないよね。だったら――」
リーダー格の左足を持ち上げると、戒斗は手の延長のように自然な動きで逆手に握ったカランビットの刃を振るう。抉る先は――裏側。アキレス腱。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「――身を以て体感するのが、一番手っ取り早いぜ?」
「うわあ。うわあ」
返り血を浴びた戒斗を見たアールグレイは流石にドン引きのご様子であった。彼もまた『戦部 戒斗が根に持つと後がヤバイ』ことを深く実感することになる。
「まあ、こんなもんで良いだろ」
そう言ってナイフを戻した戒斗は、結局リーダー格のアキレス腱二か所と腕二か所をそれぞれ断裂させるに留まった。
「それで、アンタはこの後どうするんだ?」
「あー、ま、この様子だと到底払えそうにねぇな。そうだろ、戒斗?」
「ああ、その通りだ」
遥から各装備品を受け取る、戒斗とアールグレイの二人。戒斗はミネベア・シグの、アールグレイ・ハウンドはM586の撃鉄をそれぞれ起こし、二つの銃口をリーダー格の男へと向けた。
「ジャックポット、大当たりだ」
「あの世行きの片道切符。俺からのサービスさ」
――そして、乾いた二重奏で、過激なる歌劇は幕を下ろす。