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Order02.Lost The Double Bullets

 倉庫での一連の騒動から夜は明け、午前七時半ちょっと過ぎ。全力で眠りに堕ちていたはずの戒斗は、唐突にドアがノックされる音で若干ながら意識を取り戻した。

(ルームサービスかぁ? どうせ間違いだろ。無視して寝よ……)

 しかし非情にもノックの主は帰ろうとはせず、ガンガン、ガンガン! と逆に更に叩く強さを強める。居留守しようと無視を決め込むが、一向にやかましいノックが収まる気配はない。

 ガンガン! ガンガン!

「……」

 ガァン! ガァァン!

「……チッ」

 ガァンガンガン!

「だぁぁぁぁぁ!! 朝っぱらからうるせんだよこの野郎ッ! どこのドイツだ、ぶっ殺してやる!!」

 もう我慢ならない。睡眠時間数時間で叩き起こしやがって。戒斗はベッドの枕元に常備してあった愛用の自動拳銃、日本製シグ・ザウエルP220自動拳銃ことミネベア・シグを引っ手繰るとドアへと駆けだす。

「うるせえんだよド阿呆がァ! 今何時だと――」

 乱暴に開いたドアの向こうに銃口を向けよう――そうした時、戒斗の視界はよく分からない物体に一瞬にしてブラックアウトさせられる。なんだこの、顔に当たる、妙に柔らかいというか、弾力性のある感触は……?

「――!? ――!」

 離れようとしたところ頭に手を回され、何者か知らない訪問者にガッチリと戒斗はホールドされてしまう。駄目だ……動けないッ!!

「はっはっは。カイトォ、そんなに私の胸が好きかぁ?」

「――朝っぱらからなぁにやってんのかなぁ。ねぇ、じっくりと、聞かせて貰えるかしらぁ? 戒斗ぉ!!」

 どうやら起きてきたらしい琴音の投擲した物体が後頭部に直撃した戒斗の、最高にツイてないクソッタレな一日は、こうして幕を開けた。





「ったくお前は……時間帯ぐらい考えろや、このド阿呆が。あ痛ててて……」

「まあそう怒んなって。お前が来てるってんだから、急いで夜通しブッ飛ばして来ちまったからよ。良いだろ別にぃ。そのお陰で朝から役得出来たわけだしよぉ、なぁ、カイトぉ?」

「何が役得だッ!!」

 後頭部をさすりながら、対面のソファに座る人物へと叫ぶ戒斗。それは彼でも琴音でもない、もう一人の第三者。ジーンズに包まれた長く細い脚を組んで座り、短く切り揃えられた天然モノの金髪を揺らして屈託のない笑みを浮かべる彼女の名は、リサ・フォリア・シャルティラール。ロス時代に戒斗と知り合った、最早腐れ縁と言っても差支えのない仲の人物だった。彼女は狙撃銃スナイパー・ライフルによる狙撃をメインとした、相当に珍しい部類の傭兵であり、本日もやはり彼女は細長いガンケースを背負ってきていた。

「にしても久しぶりだなぁ琴音ぇ。元気してたかぁ?」

「ちょ、ちょっとリサさんってば……」

 琴音の頭頂部に手を当てワシワシと撫で散らかす上機嫌そうなリサの胸元で、一対の双丘が揺れる。なんだこれは。ハープーン対艦ミサイルか何かか? よく分からない錯覚すら抱かせるコイツが、つい先程戒斗の視界を消し去った物体の正体だった。要はドアを開けた瞬間、彼女の胸に突撃した戒斗はそのままリサに抱き締められていたと。そういうことだ。そりゃあまあ、琴音に物をブン投げられても仕方な――

「そういえばオイコラ琴音、さっき俺に何投げつけやがった!?」

「え? これよ、これ」

 きょとんとした琴音が手に持って指し示したのは……オゥ、ジーザス。HK417の弾倉じゃねーか。幸いにも弾は抜かれてるけど。

「なんちゅうモンを……」

「あ、あはは……たまたま近くにあったから」

「アルミのマガジンだったら下手すりゃ死んでるぞ俺。勘弁してくれ」

 未だ痛む後頭部をさすりつつ、ハァ、と深く深く溜息を吐く戒斗。その時、またしてもドアがノックされる。今度はリサのような完全無遠慮な大音量と違い、どこか控えめだった。もう出るのも面倒だった戒斗は、扉の向こうに居る来客に告げる。「はいはいどうぞ。鍵は開いてるぜ」

 そして開かれた扉の向こうから出てきたのは、遥だった。あの後急遽取った隣の705号室に寝泊まりしていた彼女は、どうやら直近まで寝ていたらしい。見慣れた忍者装束でなく、何故か可愛らしい寝間着を身に纏っているが。しかしその片手には、いつもの刀『一二式超振動刀”陽炎”』と対になる短刀型高周波ブレード『十二式超振動刀・甲”不知火”』が鞘に納められた状態で握られていた。

「戒斗、何かあり……む、貴女は」

「おお、忍者ちゃんじゃないの。久しぶりだねぇ。確か名前は……」

「遥、長月 遥」

 大仰なリアクションでリサは納得したように頷く。「ああそうだ。ハルカ。ハルカね。思い出した。雪山での一件以来じゃないの」

「……で、戒斗。さっきの騒ぎは一体?」

「え? あ、ああ……そこの馬鹿が朝っぱらから突撃してきやがったせいだ。気にする必要もねえさ。すまなかったな。わざわざ来て貰っちゃってよ」

「いえ。私のあるじは戒斗、貴方に他ならない。私は貴方の影。この程度のこと、お気になさらず」

 戒斗の足元に膝立ちになり、こうべを垂れ、遥は仰々しくそう言った。目の前で繰り広げられる珍妙不可思議な光景を、リサはきょとんとした顔で数秒眺めていたが、やっと喋り方を思い出したように口を開く。「……お前ら、何してんの?」

「あー、いやまあ。お前が戻った後な、色々と立て込んだ諸々がありましてだね……」

「簡単なことです、シャルティラール殿。私はしのびしのびとして仕えるあるじを、自ら戒斗と定めたまで。他ならぬ、私自身の意志の下」

 言い訳をするかのように引きつった声色と表情で呟く戒斗と、あくまでも片膝を突いたまま、仰々しい口調で言う遥。それを眺めるリサには事情が分からず、何が何だかわからないが。少なくとも……

「カイト、お前ロリコンだったのか」

「今すぐ窓から叩き落とすぞこの野郎」

 なんとなく既視感のあるやり取りを交わしつつ、戒斗は客室備え付けのティーセットと電気湯沸かし器を使い、持ち込んだ茶葉で簡単に紅茶を四人分、淹れて出してやる。

「ほらよ。遥も飲んでけ。目覚ましがてら、な」

 戒斗は手にしたティーカップを、各々の近くにあるテーブルの上へと置いてやる。湯気と共に香しい紅茶の香りが漂う。

「おっ、気が利くねぇ。それじゃあ早速……うん、やっぱお前の淹れる紅茶は旨いなぁ、カイト。今日はダージリンか?」

「お褒めに預かり光栄ですってね。ちょっと違う。今日はアッサムだ」

 皆々紅茶の味に引き寄せられ、部屋は落ち着いた一時の静けさに包まれる。が、半分ほどティーカップを飲み干した戒斗が、思い出したように話題を切り出した。「そういえばリサ、頼んでおいた奴は持ってきたか?」

「ああそうそう。すっかり忘れてたぜ。ちょっと駐車場まで取りに行ってくっからよ。その間にお代わり頼むわ」

「はいはい」

 空になったティーカップ片手に、戒斗は部屋を出ていくリサの後ろ姿を眺める。ティーパックの入ったガラス製の透明なティーポットから注いでやり、空になったポットへ電気湯沸かし器から新たなお湯を注ぎ込む。丁度その作業が終わり、ソファ近くの低いテーブルへとティーポットを置いたところでリサが戻ってきた。

「待たせたな」

 彼女は手に持ったジュラルミンケースをテーブルに置くと、二点のロックを外しそれを開く。中に入っていたのは短機関銃サブマシンガン、シグ・ザウエルMPX-P。銃床が無く、一見すれば少々大柄な拳銃に見えなくもない大きさだった。

「助かる。あんまりにも急な仕事だったからよ、家にキャリコもコンテンダーも忘れてきちまったからな」

 そしてジュラルミンケースの中にはシグ・ザウエルMPXに加えもう一つ、見慣れない形のシースナイフが同梱されていた。戒斗はそのナイフを手に取って確かめる。

「流石だ。よく手に入ったな」

「少々強引なルートで無理矢理、な。最も、お前にゃそんなもん要らねえような気もするが……」

 戒斗はおもむろにそのナイフを分解し始め、グリップ部分から銃身(・・)を取り外した。露わになった薬室チャンバーに詰めるのは、特殊な消音機構を内蔵した7.62mmのSP-4弾。

「ま、コイツを使わないで済むことを願うがね……」

 弾を込め終え、戒斗はナイフを元通りに組み直す。NRS-2。それがこのナイフの名だった。旧ソ連軍で開発された特殊なナイフで、そのグリップ部には銃が仕込まれている。所謂スペツナズ・ナイフという奴だった。最も、世間一般に知られているスペツナズ・ナイフ――グリップに仕込まれた超強力なバネの圧力でブレードを飛ばす『バリスティック・ナイフ』――とは多少かけ離れたモノだったが。このNRSナイフは暗器という特性上、少なくとも正規のルートでは到底入手は不可能な品だった。

 戒斗は同じくジュラルミンケースに同梱されていたシグ・ザウエルMPX-P用の特製SOBホルスターを黒いジーンズの背中に付け、そこにMPXを突っ込む。左側には予備弾倉も。そしていつも通りのショルダーホルスターを羽織り、ミネベア・シグを突っ込んだ。裾の長い黒のロングコートを羽織り、最後に右の袖口に先程のNRSナイフを仕込み終わると、戒斗は部屋から出て行こうとする。

「ん? 戒斗、どこか出掛けるの?」

 琴音に引き留められ一旦立ち止まると戒斗は振り返り、「ちょっと野暮用さ」とだけ言った。「なら折角だし、私も着いていくわよ」と琴音。

「たまには一人で歩きたい時もあるのさ。男にはな。折角だしリサとどこか行って来ればいいじゃねえの」





 シカゴに居るらしい古い友人と会って旧友と交友を深めた後、戒斗はもう一台の愛車である、蒼穹の如く蒼いボディカラーのシボレー・コルベットC6・ZR1で昼下がりのシカゴの街を疾走していた。6.2L、V型八気筒のスーパーチャージャー付きエンジンは昔と変わらず、いやそれ以上に逞しい。こちらもきっと、父である鉄雄が整備を欠かさずに行っておいてくれていたのであろう。焼けるアスファルトが広がる異国の地を、戒斗は走る。

「ん?」

 セントラル通りに差し掛かったところで、その双眸はレイバンのサングラス越しに目的の店を見つけた。ウィンカーを点滅させハンドルを切り、駐車場へ。サイドブレーキを上げ停車すると、戒斗はその店舗――ウェッソン鉄砲店の扉を潜る。

「はいはーい。いらっしゃーい」

 入った途端開口一番、若い女の声が聞こえてきた。その主は腰まで届く長めなポニーテールと、胸元の妙に盛り上がった双丘を揺らして店の奥から出てくる。どうも既視感のあるような何かを足して二で割ったような彼女は、外観から察するに二十代前半、といったところだろう。

「電話しておいた戦部 戒斗だ。アンタがハリス・ウェッソン……じゃねえな、どう見ても」

 どこか便利そうな銃砲店を探していた戒斗は、先程会った古い友人の電話口の紹介でここ、ウェッソン鉄砲店を紹介して貰い、昨日昼間の段階で今日訪れることは連絡しておいたのだった。その時出たのは妙に低く渋い声の、確実に中年男性だったのだが……目の前に居る彼女はどう見てもピチピチで若々しく、確実に性別は女だ。いやこれで男だったらそれはそれで泣きたくなるが。

「ああ。貴方が。話は聞いてるわ。今丁度留守にしててね。私は娘のシエラ・ウェッソン。よろしくね?」

「はいはい。ところで入り口にロッカーか何かあったろ。何も反応しなかったが良いのかアレ?」

「普段は所持してる銃はそこに預けて貰ってるんだけどね。今回は事情が事情だし別にいいかなって」

 そう言う彼女と戒斗を挟んだ間には、透明のショーケースが。その中には回転式拳銃リボルバー、自動拳銃、小さめの短機関銃サブマシンガンやその他諸々。多種多様な重火器類が並んでいる。他にも見渡せば、ボルト・アクション式の古典的なライフルや最新のポリマー樹脂製フレームの自動小銃、散弾銃や果ては西部劇に出てくるようなレバー・アクション式のウィンチェスター銃まで置いてあった。日本にある、レニアス営む”ストラーフ・アーモリー”や、ロスの本店に負けない程の品揃えだ。

「話にゃ聞いてたが……すげえ品揃えだな」

「ふふっ、ありがと。ところで注文の品、ちゃんと用意できてるわよ」

 シエラは取り出した幾つかの商品をショーケースの上へと並べていく。紙箱やジュラルミンケースなど、様々。

「えーと、.30-06のトンプソン・アンコールにファルクニーベンのTK3・ココボロ。後は9パラが三箱に.30-06が一箱。両方ともアメリカン・イーグルのフルメタル・ジャケット弾で良かったわよね?」

「上出来だ。正直この短期間で揃えられるとは思わなんだ」

 ジュラルミンケースを開け、中の中折れ単発式拳銃、トンプソン・アンコールを手に取ると機関部を解放。薬室チャンバーを覗き中を検める。

「にしてもアンコールなんて。相当マニアックな注文ね」

「ま、色々と立て込んだ事情があってな。本来ならコンテンダー持ってるんだが、ちょっと忘れてきちまってよ。聞いて驚くなよ、そのコンテンダーは特注品で、なんとラプア・マグナム仕様だ」

「はぁ!? 気でも狂ってんじゃないの?」

 そう聞こえても仕方ないだろうな――そう言った戒斗はしかし、そんな意味不明な代物を使わざるを得ない程の敵を、今まで相手にしてきていた。だからこそ、忘れたトンプソン・コンテンダーの代わりにわざわざアンコールを購入したのである。

「箱やらは要らねえよ。奥の射撃場借りてもいいかい?」

「構わないわよ」

 美しい木目のココボロ材をハンドルに用いた小型のスウェーデン・ファルクニーベン社製折り畳み(フォールディング)ナイフ、TK3の輝くSGPSラミネートスチール鋼のブレードを折り畳んでポケットにしまうと、.30-06弾の紙箱とトンプソン・アンコールを手に、シエラの後に続いて射撃場へと入っていく。

「ほう……」

 思わず声が漏れてしまうほど、見事な射撃場だった。”ストラーフ・アーモリー”に劣らない、いやそれ以上かもしれない整った設備。照明は明るく、天井にはターゲットペーパーを吊るす電動式のクリップもあった。

「凄いでしょう」

「ああ。正直期待してなかったが、コイツはすげぇや」

 戒斗は手近な射撃ブースに入り、クリップに挟んだターゲットペーパーをリモコンで動かす。アンコールを解放すると、赤色を背景に鷹のイラストがあしらわれた米アメリカン・イーグル社の紙箱を開封し、プラスチック製の内箱から.30-06弾を一発取り出して薬室チャンバーに装填。手首のスナップを効かせて振り、片手で銃身を戻した。

 重い引き金トリガーを引き絞る。シアが落ち、撃鉄ハンマーが撃針を叩き、薬室チャンバー内の薬莢底部雷管が破裂。ライフル弾の凄まじい反動と共に.30-06のフルメタル・ジャケット弾が放たれる。150グレインの弾は飛翔し、ターゲットペーパーの中心より数cm右上に逸れた位置に着弾した。

「さて、どうかな……」

 薬室チャンバー解放。空薬莢をブースのテーブルに置き、次の弾を装填――発砲。次は完全に右。中心より大体3cm。

 次段装填、発砲。次は左斜め下1.5cm。

 そうして五発の試し撃ちを終えたターゲットペーパーを手元に戻すと、大体が中心付近に着弾していた。

「悪くない精度だ」

 戒斗は手早く片付け、元の店舗へと戻りつつ、シエラに「支払いはこれで頼む」とキャッシュカードを手渡す。

「どうもー。にしても9パラ三箱ねぇ……こんなこと聞いちゃうのは失礼かも知れないけど、使うの?」

「まあな。詳しい事情は契約上の規約やら色々しがらみがあって話せないが、要はドンパチ中に予定外の乱入があったせいで、貴重な弾をクソみてえに無駄遣いさせられたってことよ。その為の補充」

 なるほどねー。と軽い口調で言ったシエラからカードが返される。それを受け取って懐へと戻す戒斗。

「そういう類の稼業なんでしょ、戒斗くんは?」

「戒斗くんって……まあいいか。そうだな。そういう(・・・・)稼業だ」

「私の知り合いにも……まあ、似たようなのが居るからね。弾の消費がホント凄いわけよ。見てるこっちが心配になるぐらい」

「だがアンタとしちゃ、ボロ儲け出来て万々歳。そうだろ?」

「まあ、そう言ってしまえばそうなんだけどね……手放しに喜べないというか」

 呟いたシエラの表情がなんとなく影を落とし始めたことに気付き、戒斗は「ま、俺もアンタの知り合いとやらも。お互い大変ってことよ。ドンパチと弾代、両方の意味でな」とだけ言って、そこで話題を切ってしまう。

「あっそうだ。戒斗くん銃かなんか持ってない?」

「ドンパチ稼業の人間が持ってないと思うか?」

「折角だから、整備してあげるわよ」

 シエラの提案を丁度いいと判断した戒斗はショルダーホルスターからミネベア・シグを取り出し、弾倉を抜いて彼女に手渡す。

「あら。P220?」

「残念。六十点てとこだな。スライドの刻印とグリップパネルをよく見てみろ」

 言われた通り、シエラはスライドに刻まれた刻印を見てみる。確かに左側にはシグ・ザウエルの通常刻印では無く、『NMB SHIN CHUO LICENCE SIG-SAUER』という謎の刻印。右側には桜の花びらを模ったマークに、『9mm拳銃』の刻印が刻まれていた。確かにグリップパネルも、シエラが見たことのないタイプのモノだ。それにマガジンキャッチも現行のボタン式ではなく、旧来型のグリップ底部に配された、コンチネンタル・マガジンキャッチと呼ばれるタイプだった。

「もしかして、日本のアレ?」

「ご明察。自衛隊向けにミネベアがライセンス生産してた奴さ。輸出が始まってからはミネベア・シグの呼び名が有名かな?」

 確かに近年、”傭兵”の稼業が広まって以降販売され始めたモデルだ。しかしシエラは見たことがない。初めて手にする拳銃に目を輝かせつつ、フレームのテイクダウン・レバーを押し下げ、丁寧に分解を進めていく。確かに、P220系統と根本は同じようだった。

「うわあ……これは酷い」

 思わず声が出てしまう程に、状態は酷かった。どれだけの量を撃ったのやら。銃身は摩耗し、リコイル・スプリングもかなりヘタっている。トリガーアセンブリは比較的無事だが、問題が撃針(ファイアリング・ピン)だった。相当にヤバイ。日頃の整備が良かったのか錆こそ走っていないが、部品の経年劣化が激しい。

「どんな使い方したらこんなに減るのよ……アイツのでもここまでないわ」

「そんなにか?」

 シエラの分解行程を眺めつつ、戒斗はロングコートの下、右脇に新たな弾を込めたトンプソン・アンコールを突っ込む。

「酷いも何も。軍隊の奴だってここまでならないわよ……スライドもフレームも傷々だし。どんな使い方すればこうなるのよ」

「ま、仕事上な」

「そういえば名前……あ、思い出した」

 シエラは頭の片隅に引っかかっていた戒斗の名前を、やっと思い出す。”黒の執行者”。西海岸、ロサンゼルスでその名を轟かせていた凄腕の”傭兵”。父であるハリス・ウェッソンが言っていた「特別な客」の意味が、今にしてようやく理解できた。

「どうやらその様子だと、知ってるようだな。俺を」

「ええ。まさか貴方が”黒の執行者”とはね。もうちょっと筋肉モリモリマッチョマンで、B級アクション映画みたいな外観だと思ってたわ」

「有名人は辛いねえ。とくにアメリカ(ここ)はよ。なんならどこぞの州知事のが好みだったか?」

「うーん、どっちかてと今の方が好みかな」

「そりゃどうも」

 そんな他愛のない会話を交わしつつ、シエラの分解を見守る戒斗。十分程で完全分解は終わった。「どうだ?」と戒斗。

「うーん……ハッキリ言って、酷いわ」

「だろうな」

「逆にこんな消耗した銃でよく戦えてたわね……流石は君ってとこかしら?」

「御託はいい。どんな感じだ」

「はいはい。特にヤバイのは銃身と撃針(ファイアリング・ピン)、リコイル・スプリングかなー。ミネベア・シグのパーツは当たり前だけど無い。けど多分これなら、ウチにあるP226用のパーツで代用出来るわ。やっとく?」

「頼む。まさかそこまで減ってるとはな……。一応こまめに分解整備はしてたんだが」

「それは見てて分かったわ。錆が走ってないのは手放しで賞賛に値するわよ」

 シエラはそう言うと棚を漁り、出してきた新品のパーツをビニール袋から取り出す。エジェクション・ポートのみが銀色の銃身ユニットと、真新しいリコイル・スプリングと撃針(ファイアリング・ピン)。少しガンオイルを吹いてから、その新たなパーツ類を古く摩耗したそれらの代わりに組み込んでいく。

「ついでにアメリカン・イーグルの9mmをもう一箱頼むわ」

「あいさー」

 眺める戒斗の目から見ても、シエラの手際はやはり鮮やかだった。一つ一つのパーツを素早く正確に組み込んでいく。迷いがなく、無駄もない。この可愛らしい外見からはおおよそ想像も出来ない手際の良さだった。

 すると唐突に、ピンポーン、と店のインターホンが鳴る。

『おーいシエラ、珍しく俺が時間通りに来たぞー』

 そこそこに若そうな男の声だった。一瞬何事かと思ったが、一応ここはれっきとした店だ。そりゃ来客だって来る。

「あ、ちょっと待っててね……今開けるわ。用件は?」

『弾薬を貰いに来た』

「はいはい」

 シエラが応対し、自動ドアを開く。すると戒斗は後ろから、一人分の足音が入店してくるのを聞いた。足音は固く、重い。微かに金属の擦れる音が聞こえる――帯銃している。音からして、恐らくは回転式拳銃リボルバー

「ごめんなさいね。ちょっと知り合いが来ちゃって」

「ここは店だ。構いやしねえよ。別に気にしないでくれ」

 口ぶりからして、どうやらこの客はシエラの知り合いらしい。コイツが先程彼女が言っていた『ドンパチ稼業を営む知り合い』だろうか?

「よう、シエラ。久しぶ――」

「他の銃でも見て――」

 他の銃でも見て回る。そう言いながら振り向いた時だった。視線の先に立っているのは、比較的背の高い、黒いコートの男。一見すると戒斗とイメージが被りそうな彼の顔に、戒斗は見覚えがある。正直あんまり会いたくは無かったが。「あっ……」と戒斗は流石に言葉を失う。

 フランクな笑みで「よう、また会ったな」と片手を挙げ言う彼の名は、アールグレイ・ハウンド。またの名を”死の芳香”――『なんでも屋アールグレイ』を営んでいる、昨日倉庫で戒斗と一戦交えた野郎だった。

「……何しに来やがった。俺を殺しにでも来たか? わざわざご苦労なこった」

 咄嗟にロングコートを翻し、右手は背中のシグ・ザウエルMPXへ。左手はズボン左後ろポケットのスーパーカランビットへと掛ける戒斗は、目の前で間抜け面のまま立つアールグレイ・ハウンドを睨み付ける。「おいおい、今にも俺を殺しそうな目で見てくんなよ」とアールグレイ。

「えっ、何? 二人とも知り合いなの?」

 一色触発の空気に動揺したシエラに、戒斗は「まあ、ちょっと仕事で知り合った仲でな」とだけ簡潔に説明してやる。

「まあまあ、落ち着けよ。俺はただ弾薬補充に来ただけなんだって」

「……ハッ、信用するとでも思うかクソッタレ」

「信用されなくて結構。シエラ、弾薬頼めるか?」

「今戒斗くんの銃の方をやってるからちょっと待って。今この子を分解して掃除してるから」

 そう言うとシエラは作業台の方へ戻り、額に掛けていたゴーグルを掛け直すと、ミネベア・シグの最終調整に戻った。アールグレイは無警戒で戒斗の隣まで近寄ったかと思えば、肩を組んでくるというまさかの行動に出る。癖で一瞬スーパーカランビットで喉笛を掻き斬りそうになった戒斗だが、まだ敵と断定できたわけではないと考えるとギリギリで踏みとどまる。

「なぁ。やっぱりお前もあれ目に入ったか?」

「はぁ? 何言ってんだアンタ。アレってなんだよ、アレって」

 ホントに何言ってるんだコイツは。つくづくアールグレイ・ハウンドという男は度し難い。本当にコイツが、彼の有名な『なんでも屋アールグレイ』にして”死の芳香”か? 疑いたくなる。単なる阿呆じゃないのか?

「あれだよあれ。あいつの豊満に実ってる二つのメロンの事さ」

「……阿呆か、テメェは」

 前言撤回。やはりただの阿呆だ。

「あの大きさに惹かれないなんて、執行者様はゲイか何か?」

「今ならあの世行きの片道チケットが出血大サービス。無料になってるがどうする? 今ならヴァルハラあたりに行けるかもな」

「冗談冗談。で、どうなんだよ? やっぱ気になるよな?」

「……まあ、気にならん、と言えば嘘になるが。だがしかし、残念ながらあのクラスの奴は既に枠が埋まってる。彼女をどうとは、俺の口からはちょっとな」

 戒斗の返答を聞いた瞬間、アールグレイは大笑いして戒斗の背中をバンバンと叩く。

「ぎゃっはっはっは!! いいねえ、青いねえ! お兄さん、お前の事気に入ったぜ!」

「痛ぇよこの野郎ッ! 人の背中バンバン叩きやがって、何様だテメーは!?」

「オッサンじゃねぇよ、俺はまだ二十七だ」

「冗談だろ? 十分オッサンじゃねーか。涙吹けよオッサン」

「何ィ!? これでも女の子からはイケメンって言われてんだからな!」

「無理は止せ、身体に障るぞ。オッサン」

 アールグレイ・ハウンドの来店によって一気に騒がしくなった店内、主にその二人を横目に、シエラはカウンターから、整備の終わったミネベア・シグをショーケースの上に置いた。

「こりゃすげえ。良い腕してるぜアンタ」

 外見こそアレなものの、中身が新品同様となったミネベア・シグを手に取ると、満足げな戒斗は弾倉を装填。スライドを操作し初弾を送り込むとデコッキング・レバーで撃鉄ハンマーを安全位置へ。全てが今までよりもスムーズに動く。まるで一流のガンスミスが磨き上げた品を手にしているかのようだった。エジェクション・ポートから覗く鈍い銀色がアクセントになり、全体が引き締まった印象に変わったミネベア・シグを、戒斗は使い慣れたショルダーホルスターへと戻す。

「助かったぜ。んで幾らだ?」

「メンテのパーツ代と工賃、それと弾薬代の全部で156ドルね」

「ほいよ」

 再びキャッシュカードを手渡す戒斗。

「暫くこっちに滞在予定だからよ、また厄介にかもしれん」

「ご贔屓に。サインよろしく」

 戒斗はレシートに本人証明のサインをサラサラッと書き、シエラに手渡す。

「はい、いつもの.357マグナム弾。これでいいの?」

「おう。あと5箱ほど貰えるか?」

 アールグレイに言われた通り、シエラは棚から次々と新品の弾箱を取り出してはショーケースの上に並べていく。黒地に狼のイラストが描かれた、WOLF社の.357マグナム弾だった。

「毎度。全部で67ドルよ」

「70ドルで。釣りはいらないぜ」

「ん、ありがと。じゃあね、グレイ」

「またな。今度飲みにでも行こうや」

 そんなやり取りを尻目に、戒斗が先に店を後にしていくと、背後からドタドタと急ぎ近寄る足音。ハァ、と深い溜息を吐いて首を傾けて視線を向けると、やはり追って来るのはアールグレイ・ハウンド。彼は戒斗の肩を叩いて引き留める。

「……なんだよ。まだ何かあんのか?」

 いつも以上の仏頂面でそう言うと、「飯でも行こうぜ。ちょうど昼時だしよ」とアールグレイ。

「オイオイ、昨日殺し合った人間と飯行こうだぁ? 頭イカれてんじゃねえのか?」

「そう言うなって、いいとこ知ってんだよ。どうせここら辺知らないだろ」

 相変わらずのフランクな笑みを浮かべるアールグレイは、やはりどうにも度し難い。昨日鉄火場で命のやり取りを交わした相手に、今度は飯の誘いとは。本当に頭が逝ってるんじゃないかと疑う。だがまあ、ロサンゼルスならともかく、シカゴを知らないのは事実だった。「ケッ、好きにしろ」と言って戒斗が諦めると、アールグレイは笑いながら戒斗の隣を歩く。そんな微妙な二人が鉄砲店の路地を出ようとした、その時。

「……なあ、兄ちゃん達よ」

 お決まりのパターンと言うべきか何というべきか。あからさまに面倒そうなチンピラ連中が二人の前に立ち塞がった。

「ん? なんだおっさん。俺達これから飯食いに行くんだけど。退いてくんねーか」

 アールグレイが適当にあしらって先に進もうと試みるが、彼らは一向に退く気配がない。まさか、と思い戒斗が見回すと、今にも得物を取り出しかねない連中に彼ら二人はいつの間にやら囲まれている。

「あぁ、そういう。けど、場所が悪いな。どこか移動してから話聞いてやるよ」

「そんな風に言える立場なのかぁ? 俺達の言う事聞かなきゃ、暴れてそこの鉄砲店の店主を間違えて撃っちまうかもしれねぇぜ?」

 まさか……”方舟”の連中か? しかしその可能性は考えにくい。奴らならもう少しマシな連中を寄越してくるはずだ。だとしたら、一体。「……何が目的だ」と戒斗。

「いやぁ? ただ、黙って俺達について来れば何もしねえと約束してやるよ」

「オーライ、分かった分かった。おいハイスクール・ボーイ。残念だが飯奢るのはまた今度だ」

「何言ってやがんだ。そこのガキも一緒だっつーの」

 まずい、このままでは――! 戒斗は咄嗟に身に着けた得物へと手を伸ばすが、彼らのが数手早く。気付けば後ろから拳銃のグリップ底か何かで殴られていた。思わずくぐもった呻き声が漏れる。見るとアールグレイ・ハウンドも同じく拘束されていた。

「おい! そいつは関係ねぇ! 離してやれ!」

「だからぁ、そんな風に言える立場じゃねえだろぉ!?」

 どこかが気に障ったのか。アールグレイはチンピラに蹴り飛ばされるとそのまま前のめりに地面へと叩きつけられ、顔を蹴り上げられる。彼の口から、微かに血が滲んでいた。

(俺一人なら逃げるのは容易い。容易いが……”相手にする”のはちと厳しいか。見たところ六人以上。拘束を解いてコイツをブチ殺すのに二秒弱としても、どうやったって無理か。俺一人ならまだしも、そこに転がってやがるオッサンが邪魔だ。この場合の取るべき最善の策は……)

「……無理すんなオッサン、老いた身体に障るぜ。仕方ねえ。大変遺憾だが、おとなしく連れて行かれてやろう」

 自分も、共に拘束されること。それが戒斗の取るべき、今一番の上策だった。しかしタダでは転んでやらない。ポケット内に潜ませたスマートフォンを密かに操作し、通話を開く。どこに繋がるかは掛けに近かったが……ビンゴ。やはり勝利の女神は未だ見放しちゃいないようだ。電話の相手先は、琴音。彼女なら気付くはずだ。この異変に――!!

「……チッ、悪い」

「貸し一つだぜ、オッサン」

「物分かりの良い奴で助かる。連れて行け」

 チンピラ共は戒斗、そしてアールグレイ・ハウンドの二人の腕をガッシリと固定し、裏路地に停めてあった黒いバンに二人を投げ込む。乱雑に横開きのドアが閉められ、間も無くそのバンは発車した。窓の向こう、微かだが、ウェッソン鉄砲点からシエラ・ウェッソンが出てくる姿が見える。彼女も、異変に気付いてくれればいいが……。





<――物分かりの良い奴で助かる。連れて行け>

 その後、スピーカーモードにした琴音のスマートフォンからはドアが閉められる音と、どこからか車が発射した音が響いた。

「あー、こりゃカイトの奴、やられたな」

 冷静に呟くリサと裏腹に、琴音は焦っていた。それもこれも数分前、戒斗からの謎の無言電話から始まる。何事かと思い聞き耳を立てていたら、これだ。戒斗らしいといえば戒斗らしい手段だが。とにかくこうしてはいられない。琴音はホテル備え付けの電話へと走り、とある先へと国際電話を掛ける。

<はいはい。こちらは――>

「香華!? 香華なんでしょう!!??」

<うわわっ!? ……なになに、琴音なの? 国際電話になってるけど。というかどうしたのよそんなに――>

「大変なのよッ!! シカゴで戒斗が攫われたッ!!!」

<は? え? ――何ですってぇッ!!???>

 電話の相手は、日本。世界的企業グループを束ねる西園寺家の令嬢で、以前戒斗がとある依頼で窮地を救って以降何かと頼りにしている少女、西園寺さいおんじ 香華きょうかだった。その香華とて予想外だったのだろう、あの戒斗がみすみす攫われるとは。今まで聞いたことのないような驚き方だった。

「今すぐ戒斗の携帯をGPS探査で割り出して!」

<もうやってるわよ……! 暫く待って。それと今、そっちに居る部隊のグローバルホーク飛ばしたから。とりあえずは安心して。何か分かったら追って連絡するから>

 そこで、電話は切れる。リサは受話器を握り締めたままな琴音に歩み寄ると、後ろからポン、と頭に手を乗せて「大丈夫だ。カイトはこれぐらいで死ぬタマじゃねーさ」と言った。

「……恐らく、アールグレイ・ハウンドも一緒に攫われた」

 何故か寝間着姿のままな遥が、意味深に呟く。「何? どういうことだハルカ。あの”死の芳香”が一緒だって?」とリサ。

「ええ。昨日交戦した『なんでも屋アールグレイ』。何故だかは知りませんが、アールグレイ・ハウンドと戒斗が何らかの形で顔を合わせたのは確実かと」

「そのタイミングで運悪く、厄介な連中に絡まれちまったと。そう言いたいのか、ハルカ?」

「ほぼ間違いなく。音声を聞く限り、相手は有象無象のゴロツキ共。数は多けれど、我があるじたる戒斗が負ける相手でない。即ち」

「カイトは、”死の芳香”の身を案じて、みすみす捕まったってぇのか?」

 恐らくは、そうでしょう。告げる遥の横を駆け抜け、リサはガンケースを担ぎ、何処かへと走り去っていった。それを横目に遥は琴音から受話器を譲り受け、プッシュホンを押しどこかに電話を掛ける。「何か、策でもあるの?」と琴音。

「ええ。彼らを使いましょう――『なんでも屋アールグレイ』を」





 数回のコールの後、『なんでも屋アールグレイ』はすぐに電話に応じた。

「もしもし。こちらなんでも屋アールグレイ。ご用件をどうぞ」

 聞き覚えのある、若い男の声。遥はもしやと思い、受話器の向こうの男へと問いかける。「……貴方、もしやシノ・フェイロン?」

「何者だ。グレイを誘拐した連中の手先か?」

「違う。私は”黒の執行者”戦部 戒斗の影。昨日、貴方と刃を交わしたしのび

「……何の用だ? 生憎今は依頼を請けている余裕はない」

 電話口の男――昨日、倉庫で遥が一戦交えた『なんでも屋アールグレイ』の片割れこと”白鞘”、シノ・フェイロンの態度から察するに、やはり遥の予想通りアールグレイ・ハウンドも共に攫われたのであろう。

「それは違う。私達は依頼を受ける方の立場。でも今は違う。『なんでも屋アールグレイ』に協力を申し出ている。戒斗が電話を掛けっぱなしにして、私たちに異変を知らせた。シノ・フェイロン。昨日の事を言い争ってる場合ではない。私たちのあるじと、貴方がたのオーナーは、ほぼ確実に、同じ連中に誘拐された」

 今更隠すことも無い。きっぱりと遥が告げると、シノ・フェイロンは数秒思い悩んだようだが、やはり戦力は惜しいのだろう。「分かった。どこで落ち合う?」と事実上の合意を示した。

「協力、感謝する。まずは私たちのホテルに来てほしい。シカゴのエンパイア・ホテル。その704号室」

「俺達は仲間を集めて向かう。一時間ほど掛かるかもしれない」

「了解。こちらも今シカゴに来ている知り合いがいるから、それを呼び出す。彼女なら戦力になる」

 これで、手筈は整った。後は駒が揃いさえすれば、戒斗の奪還は可能だ。

「では、1時間後に」

「失礼する」





 そうしてきっかり一時間後。『戦部傭兵事務所』ご一行の宿泊するシカゴ、エンパイア・ホテルの704号室のドアがノックされた。何故か寝間着を着たままな遥が彼ら『なんでも屋アールグレイ』を部屋へと招き入れる。

「遥、そいつらが言ってた協力者ってのか?」

 単独で救出に向かおうとするものの、半ば強引に連れ戻されたリサがソファの上で脚を組みつつ、来客の姿を眺め問う。

「そう。"白鞘"シノ・フェイロンに、ソフィア・エヴァンス。それと後ろのご老人と女性は……」

「マスター、とでもお呼びください。以後お見知り置きを」

 『マスター』と名乗った、どこか物静かな、老成した深みのある微笑みを浮かべる老人は深々と礼儀正しくお辞儀をする。彼も『なんでも屋アールグレイ』の一員なのだろうか?

「ヘルガ・サンドリア。よろしく」

 そしてもう一人。水色のロングヘアーを靡かせる長身の女性。ヘルガという名の彼女に興味を示したリサは立ち上がり、彼女へと歩み寄る。「”蒼弾”ヘルガ・サンドリア。もしや、アンタがそうなのかい?」とリサ。

「……貴女は? なぜそれを知っている」

 一方ヘルガは不思議そうな表情を浮かべ、リサの顔をまじまじの眺める。

「私はリサ・フォリア・シャルティラール。面倒だからリサでいい。噂はかねがね聞いてるぜ?」

「”鷹の目”……そう、貴女が。今日はよろしく」

「よせやい。私としちゃもうちょいセンスのいいネームが良かったんだがね。とにかくよろしく頼むぜ」

 笑いながら差し出すリサの片手を、ヘルガは握り返した。しかし、その空気を一蹴するように『マスター』が間に入る。「お二方。火花を散らす先が間違っておりますよ。まずはグレイさんと戒斗さんの居場所を突き止めるのが最優先です」

「なんだ爺さん。邪魔する――」

「……最近のご婦人は、荒っぽくて困る」

 それまでの温和な表情とは一変し、見開かれたマスターの双眸がリサに視線を移す。しかしリサはそれにすら臆することなく、再びヘルガへと視線を戻した。

「……では、私から。先程三十分程前、戒斗の電話から着信があった。厳密に言えば、戒斗の電話を使ったギャングからの連絡」

 話題を切り替えるように、本題を切り出す遥。「その人は、なんて言ってた?」と、現状『なんでも屋アールグレイ』の代表たるシノ・フェイロン。

「『今日の午前零時、シカゴ郊外の3番地倉庫にて待つ』との事。来なければアールグレイ・ハウンドと戒斗を殺すと言っていた」

「場所の指定か。確実に罠だな」

 シノ・フェイロンの一言に全員が頷く。遥が目配せすると、琴音が近くに置いておいた鞄からA4サイズに印刷された大判の写真が数枚入ったクリアファイルを取り出す。

「ネットで調べた周辺地域の写真と、知り合いが飛ばしてくれた無人偵察機の航空写真です」

「これはご丁寧にどうもありがとうございます。じじいには有難いですね……それにしても無人偵察機ですか。つくづくあの”黒の執行者”には驚かされますね」

 無人偵察機――香華の手配によって現在もシカゴ上空を飛び回っている、西園寺家の所有する私兵部隊の持つアメリカ製無人偵察機、RQ-4グローバルホークのことだった。作戦時には、いつも通りの『オペレータ』が遠隔で支援に張り付く手筈になっている。

「それでみなさん、配置はどうしましょうか? リサさんとヘルガさんには遠くから狙撃してもらうとして」

 マスターが切り出すと、シノ・フェイロンが名乗りを上げる。「陽動、だな。俺がその役を担おう」

「なら私は琴音さんと一緒に二人の救出に向かいます!」

「ではジジイもそのお手伝いとしましょうか」

 続いて茶色のショートヘア、そして可愛らしい猫のような双眸を持つ少女、ソフィア・エヴァンスとマスターが名乗り出た。これでほぼ、舞台上の配役は確定する。

「了解。私はシノ・フェイロンと共に陽動役に徹する」

 最後に遥が配置され、続いて琴音が赤色の油性マーカーペンで写真上に印を付けていく。

「こんなもんかしら。どういう段取りでいく?」

 琴音が問いかけると、「まずは遥と俺が正面から入る。おそらく連中はグレイとその戒斗君だったか、二人を縛り上げた状態でそのまま放置しているはず」とシノ・フェイロン。

「ほぼ確実に、奴らは私達をおびき寄せる算段。そこに敢えて釣られ、私達で引きつける。その間に琴音とソフィア・エヴァンス、それにマスターで二人を救出した後、シャルティラール殿とヘルガ・サンドリアの狙撃支援を受けつつ離脱。アールグレイ・ハウンドと戒斗が戦える状態にあるか不明だけど、どちらにせよ早めの離脱を推奨」

 そう言った遥の言葉に、ヘルガやマスターは驚いているようだった。すると彼女は不思議に思い「……私は、彼のしのびですから」と呟く。

「……なるほど、承知致しました。ならばここはジジイが先陣を切り、先にお二人を連れて琴音さんとソフィアさんは離脱してください。遥さん、シノさんはこの二人を援護しながら離脱、そして私が最後に撤退します」

「了解。その間私とリサはマスターを援護。リサ、異存はない?」

「構わねえよ。どっちが多くぶっ殺せるか勝負といこうじゃないか」

 最早相変わらずのリサと、それに便乗するヘルガに辟易し溜息を吐きつつも、これほどまでに頼もしい戦力は無いと遥は感じていた。

「というか、改めて思うと凄まじい顔ぶれだよなぁ。”白鞘”に”蒼弾”、忍者に執事のスーパー爺さんときたもんだ。こりゃぁ、相当楽しめそうだな」

 リサが何気なしにそう呟くと、何となく小さくなった二人が呟く。「な、なんかあたし達萎縮しちゃうというか……ねぇ?」と微妙な表情を浮かべる琴音に、「た、確かにそうですね……」と同意して苦笑いするソフィア。そんな不安げな二人の肩を、いつも通りな屈託のない笑みを浮かべたリサがバンッ! と叩く。

「そんな顔すんなって。琴音は私の誇る一番弟子だ。そうだろ? それに、ソフィア……ちゃんだっけか? とにかくお前さんも”死の芳香”や、そこにボーっと突っ立ってる”白鞘”と死線をくぐり抜けて来たんだろ。ならそう心配するこたぁねぇよ。ちったぁ自分に自信を持て、二人共よ」

「……俺は二人の事を信用している。それだけは覚えておけ」

「後ろは私めがお守りします。存分にどうぞ」

 そう告げて、シノ・フェイロンと、そしてマスターが部屋を出て行く。どこか素直になり切れないシノ・フェイロンの姿にニヤけつつも、琴音とソフィアの二人は覚悟を決めた。

 役者は揃った。後は舞台の幕が開くだけ――。没し始めた太陽で染まる茜色の空を窓越しに眺めつつ、遥は決着のときを感じていた。

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