7話 ギルドにて
ギルドで掲示板を眺めていると
「よお【賊狩り】、この前また稼いだんだってな、一杯おごっちゃくれねーか」
「あなたほどじゃありませんよ。あと【賊狩り】って言わないでもらえますか」
「なんでぇ【賊狩り】は気に入らねぇのか、なら【爆殺】、【鏖】ならいいか?」
「だからその恥ずかしい二つ名で呼ぶんじゃねぇって言ってるんですよアホ。何度も同じことを言わせないでもらえますか」
「二つ名が恥ずかしいだぁ、あいかわらず変なヤツだな。普通は誇るもんだろうに」
あいかわらずベアードのヤロウはうっとおしい。いかつおっさんの顔をみても暑苦しいだけだ。顔を合わせる度にからんできやがる。これだけ露骨に嫌っているのに、頭湧いてんじゃねーかほんと。敵意とか悪意を向けてくるって感じじゃないだけに対処に困るところだ。
「まあお前が変なヤツってのはおいといてだ、今度【惑幻の森】に行くんだがお前もどうだ?
ちぃと火力不足なんで攻撃力のある前衛が欲しいんだがよ」
「前から言ってるとおり、【魔境】には行きません。
俺は傭兵であって探索者じゃない、自然を相手にするのはどうも苦手なんですよ。
あとパーティーみたいな集団行動も嫌いなので、やっぱり遠慮させてもらいます。」
「つれないこと言うんじゃねぇよ、お前なら【魔境】でも十分にやっていける。わからねぇことや技術が足りねぇなら俺が教えてやる。それに集団での行動はお前にも学ぶべきところあるはずだ。
聞いたぜ、この前の護衛でも一人で無茶やらかしたらしいじゃねぇか。ソロもいいが一人じゃ限界もある。お前なら1級も目指せるんだ、ここらで俺んとこのクランに入って勉強しちゃみねぇか」
「別にソロに限界を感じてるわけじゃありませんし、1級も目指していませんので。
それでは。」
ベアードはまだ何かぶつぶつ言ってるが無視だ、無視。
依頼もまだ見つけてなかったのに、これじゃなんのためにギルドまで来たのかわかったもんじゃない。押しつけがましいんだよボケ、あー腹立つ。それにしても、前回の依頼についてどこで聞いたのか、他の護衛から聞いたんだったらまだ許せるが、もしギルドから情報が漏れているんだったら釘を刺しておかないといかんな。
気を取り直して4級以上の上級者しか使えない依頼斡旋窓口を除くと、お目当ての七三分けを発見。木製のテーブルは他の受付のそれより高級感があり対応するギルド職員も明らかに仕事のできるエリートがやっている。
「こんにちはライナスさん、何かおいしい依頼ありませんか?」
「こんにはリョウさん。そうですねリョウさん好みですと今ある依頼でいえば三つあります。
一つ目はザクロ採掘場周辺に出没するトロルの討伐ですね。5級以上なら何人からでも受注できます。報酬は1体につき銀貨6枚で素材については討伐者が好きにして大丈夫です。トロルは8体確認されておりまして殲滅できればボーナスとして追加で銀貨10枚です。依頼人は鍛冶組合となっています。
二つ目はバンガーとの国境での密偵狩りで、密偵1人につき銀貨3枚、特別な情報の取得あるいは特定の人物を確保、殺害時にはボーナスありですね。こちらも4級以上なら何人からでも受注できます。ちなみに難民のような一般人の不法入国者を確保した場合1人につき銅貨10枚で領軍が引き取るそうです。依頼人はサジエラ領軍ですね。
三つ目はサイ、サン、ザフの村に出没する盗賊の討伐もしくは撃退ですね。5級以上なら何人からでも受注可能です。拘束は10日間で銀貨10枚。基本的に領軍が到着するまでの時間稼ぎですね。アジトが判明しておりませんので村に駐在しての専守防衛が任務です。盗賊が襲ってこなくとも銀貨10枚が支払われます。仮に殲滅した場合追加報酬として銀貨20枚が加算されます。依頼人はサイ、サン、ザフの三村連名です。
いかがでしょうか?」
さすがライナス、俺の好みがよくわかっていらっしゃる。好んで受ける条件として、高額であること、ソロでも受注できること、拘束期間が短いことの3点が挙げられる。
その条件からすると三つ目の盗賊撃退はいまいちかな。戦争や探索なんかの依頼を受ければ2,3か月帰れないなんてのは当たり前だから、まあ短いといえば短いといえるけど、寂れた村で10日も過ごすことを考えると激しく萎える。盗賊はぶち殺したいけど、アジトもわからず襲われるの待つっていうのは性に合わない。
二つ目も拘束期間が明言されていないのと軍と絡むってのが正直ビミョー。2,3人密偵をとっ捕まえても下手に能力があるなんて思われたら帰るに帰れなくなりそうだし、軍の兵士や騎士には傭兵を見下すようなヤツが多くてストレスを抑えるのに苦労しそうだ。前にあんまりにもムカついてぶっ殺してしまったけどあんときはもみ消すのにかなり苦労したしな。あと難民を捕まえるってのもちょっと抵抗がある。捕えられた難民なんて十中八九奴隷にされちまうだろう。元奴隷としては、恨みもない人間を奴隷に落とすのは気が引ける。
一つ目は三つの案の中だと一番やりやすい。うまくいけば1日で終わるし、金もまずまず。強いて不安をあげるとするならトロルの数が聞いた話より多いとか他の依頼を受けたヤツにからまれるとかそんなところか……
「それじゃあ一つ目のトロル討伐でお願いします。」
「わかりました、こちらが依頼の受注書です。採掘場で鍛冶組合の方に見せてください。
少し意外でした、てっきりリョウさんは盗賊討伐を受けられると思ったもので」
「なぜです?」
「いえ、【賊狩り】と言われているでしょう。ですのでそちらを受けられるものかと」
「いや、あんまりその呼び名好きじゃないんですよ。
まあ盗賊やら山賊やら積極的に討伐してますけど…ちなみにその呼び方ってどこから広まったんですか?自分から名乗るなんて当然してないですし、恥ずかしながらギルドに親しい人間もいませんので…」
「ああそれはすいません引き換え場の者がたくさんの賊の首を持ってこられたリョウさんを見てそう呼んだことがはじまりで、そこから広まっていったようです。後で注意しておきます。」
「そうしておいてもらえますか。あまり言いたくないですけど、正直不愉快です。
こんな商売をしているんで、たとえどんなに小さな情報でも自分のそれが他人に知られてしまうのはよろしくないと思ってますので。
厳しく言っておいてください…
ちなみにその迂闊なことを言ってくれたのはどなたです?」
「も、申し訳ありませんでした。今後このようなことがないようギルドとして徹底してまいります。
口を滑らせてしまった者についてですが、あいにくと誰がまでは把握しておりません…
厳しく指導しておきますので穏便によろしくお願いします。」
「今後はくれぐれもこのようなことがないように、よろしくお願いしますね。迂闊な人についてはこれ以上言及しませんが…今回限りですよ、次はありません。
それでは。」
◆◆◆◆◆
冷や汗がとまらない。
殺されるかと思った。
言動は穏やかそのものだが、目が違う。瞳の色のとおり真っ黒でどんな感情も浮かんでいない。そこにあるのはただの無。あの若さでいったいどんな経験をすればあんな目ができるのか…
リョウ=サクラ。
自己申告で21歳。
身長はおよそ180セン、一見痩せているようだがその実、かなり鍛え上げられており体重は見た目以上に重いものと予想される。
魔力量は【魔境】を探索できるだけはあると思われる。
魔力の外部行使、魔法も、2年前の【エクセラの戦い】で確認されており、爆炎を操り一度に30人以上を殺傷している。
主要武器は大鉈で、名工ゴンザレス=ロックフォークの作品。彼の名工とは個人的に親交がある模様。また【厳鉄】等を使用した投擲技術も持ち合わせている。
採取や調査といった依頼より討伐、戦闘をメインに依頼を受けている。
4年ほど前からここサレムの町で傭兵として活動している。
過去の経歴については一切が不明だが、整った容姿、教養ある言動、魔法が使えることから出奔した他国の貴族ではないかと噂されているが、私はそうではないと思っている。貴族出身の若者にあんな〝目”はできない...
ソロで活動しており、ギルド関係者、同業者とは距離をとっている。人嫌いというより、誰も信じていないような印象を受ける。いくつかのパーティー、クランから勧誘を受けるもその全てを拒絶している。強引な勧誘を行っていたパーティーが三つ行方不明となっているが彼との関連は不明である。
一方、鍛冶師のゴンザレス氏、定宿としている「静かな夜停」のクランス親子、治療師のフー老人等とは親しくしている様子から、一度警戒をといた相手については甘くなることがうかがえる。なお、未確認だが情婦を一人囲っているという噂もある。
我々支援ギルド、通称ギルドには大きく五つの役割がある。
一つ、時間的要因、資源的要因により軍が手を回せない脅威の排除。
一つ、薬草の採取、希少な鉱石の採掘、食肉としての野生動物の討伐等、資源の安定確保。
一つ、雇用の創出とそこから副次的に得られる治安の維持。
一つ、優れた人材の登用。
そして世間には知られていない五つ目が、危険人物の管理と監視。
リョウ=サクラは圧倒的な戦闘能力、優れた知見、確実な任務遂行からギルドだけでなく、領主からも注目されている。しかし、一見穏やかそうでいてその実排他的な性格や過去の経歴が一切不明な点から要注意人物ともされている。
私の仕事は通常のギルド業務をこなすだけでなく、影から危険人物の調査を行うことも求められている。
リョウ=サクラ、彼を調査、観察して一年が経つが未だに不明な点が多い。反乱を企てているとか、他国の密偵であるということはないように思うが、心に深い闇を抱えているようで人格的にもう少し信用できない。
領主、ギルドマスターからは早く連れてこいと催促されているが…どうしたものか。
万が一があってはならないので、ここは慎重を期するべきか…今後も要調査だ。
とりあえず、引き換え場のタリムには厳重注意の上で減俸だ。
前話のリョウのギルドランクについて修正しました。