6話 秘密の鍛錬
「195、196、197、198、199、200っ」
汗が目に入ってうっとおしい。左腕は乳酸が溜まってパンパンで力が入らない。もう無理、風呂入って、酒飲んで、おっぱいもんで寝たい……ってわけにもいかんしもう少し頑張りますか。お次は右腕での指立伏せ200回。一回さぼると体を戻すの大変だし、俺の性格的にズルズルとさぼりつづけちゃうだろうし、あーめんどくせ。
「リョーさんおつかれさまです。すっごい汗ですね。拭いてあげますね」
「ハー、ハー、ミリーありがとな。でもいいよ、汗臭いだろうし。」
「うんうそんなことないですよー、がんばってる人のいい匂いです。動かないでくださいワタシが拭きますから。」
「それならお言葉に甘えるよ。」
まったくミリーの妹属性はおそろしい、上目づかいといい、小さな体で健気に汗を拭いてくれる様子といいかなりの高得点だ。かわゆすぎる。日本にいたころ汗を拭いてくれた女の人なんて母さんくらいしかいなかった。俺が童貞、妹属性だったら間違いなく押し倒して、いろいろやらかしてしまっていたことだろう……このかわいいミリーが変態の毒牙にかからないよう注意してあげないといかんな。
「ミリーありがとな。でもあんまり男に無防備に近寄っちゃだめだぞ。お前はかわいいから心配だ。」
「えへーありがとうございます。でもワタシがこんなことするのリョ-7さんにだけですから大丈夫ですよ。」
〝お兄ちゃん“として慕われているのを喜ぶべきか、男として見られていないと悲しむべきか悩ましいところだ。まあ、本人もある程度わかっているんならそれでいいか。
「やっぱり傭兵さんて大変なお仕事なんですね、お休みの時もこんなに鍛えててすごいです。でもなんでウチの裏でやってるんですか、ギルドの訓練場でやらないんですか?
あそこだったらもっと広いし、試合や魔法の練習もできるんじゃないんですか?」
「うーん、せこいことはあんまり言いたくないんだけどさ、手の内を知られたくないってのが一番の理由かな。
こんな商売やってると、いつ、誰が敵になるかなんてわかったもんじゃない。
体のどこを鍛えているか、得物はなにか、どんな魔法を使うのか、スタミナは、魔力量は、利き手は、利き足は...
そりゃある程度仕事をしてりゃ知られちまうこともあるけど、知られることはなるべく少なくしたい。まあかっこ悪いけど、周りの人間を信じられないってことかな。
つまらん理由でがっかりしたかな?」
「そんなことないです。ぶしつけなことを訊いてしまってすみませんでした。」
「いやミリーにならいいんだよ、気にすんな。これから武器を振り回したり、型の稽古をするから下がっときな。」
「み、見ててもいいんですか?」
「ミリーならね。でも他の人には何をしてたか言わないでね」
「もう、リョウさんたらっ」
冗談半分にかっこつけけてウィンクしながら言ってみると、ミリーもからかわれたのがわかったのか顔を赤くしなが離れて行った。でも見学はするつもりみたいだ。宿の仕事はいいのかよ。
ギャラリーは置いといて、集中しますかっ…
◆◆◆◆◆
重たそうな大鉈を左手一本で振り回すリョウさんの姿は、暴力の匂いをまとわせ荒々しくて怖さを感じさせる。でも同時にまるで踊り子みたいな躍動感、美しさも感じられる。
不思議だ。
戦うための、殺すための練習なのにきれいだと思ってしまう。うんう違う、きれいはきれいなんだけど、まるで教会のシスターが祈りを捧げるような侵しがたい神々しさがそこにはある。
「すてき」
思わず心の声を漏らしてしまった。恥ずかしい。リョウさんに聞こえてないよね…
リョウさんはすごい人だ。ワタシと6歳しか違わないのに、ギルドで3級の評価が与えられている。お客さんに聞いたんだけど1級や2級の傭兵や探索者は天才とか化物とかって呼ばれるような人ばかりで普通の人では決してたどり着けない強さを持ってるらしい。3級も才能のある人しかなれないそうだ。
それにリョウさんは強いだけでなく頭もよくてしっかりしている。加え計算や差し計算だけでじゃなくて合わせ計算、分け計算までできる。宿の帳簿を間違えたら、優しく教えてくれた。ワタシも同じような年の子の中では賢いね、しっかりしてるねとかとよく言われるけど、リョウさんと比べたらまだまだだ。
考え方だってすごい。ギルドに登録した男の子たちなんて、こんな魔法が使える、こんな剣術を覚えたっていろいろ自慢してくるけどリョウさんの話を聞いた後だとどれだけバカなことしているか、何も考えていないっていうことがよくわかる。それに秘密にしている訓練を見せてもらえて嬉しい。
見た目だってすごくかっこいい。手足の長い180センくらいの身長に、一見ほっそりしているようで鍛えられた体――触らせてもらったけど、堅さの中に柔らかさがあってドキドキした――、この町じゃ珍しい、黒髪、黒目で高い鼻ときりっとした目に小さな口。
品のある言動、深く広い知識、整った容姿、賊を憎む正義の心からワタシはリョウさんがどこかの国の貴族の若様が堅苦しい生活に嫌気がさして旅をしてるんじゃないかって思ってる。昔は奴隷だったていうのはリョウさんの得意の冗談だ。
ワタシはリョウさん好き。
ウチはお父さんも兄弟もいなくて宿のお客さんくらいしか大人の男の人接したことがない。ウチに宿は結構お高いところで5級以上の傭兵や探索者、そこそこ羽振りのいい商人なんかがメインのお客さんなんだけど、傭兵や探索者は見た目も言動も怖い人が多く、商人はどこかいやらしさを感じてあまり好きになれず、男の人が苦手だった。
そんなころにウチにお客さんとしてきたのがリョウさんだ。初めは若いのにウチに泊まれるなんてお金持ちなんだなと感心した。そのうち、年も近くて他の傭兵みたいに怖くなく、お母さんも他のお客さんより親しげに話をしていたから余計に興味がわいて話しかけてみた。
話してみるとおもしろくてまた話してみたいと思った。気づいたら好きになっていた。それからアピールしてるけど子供扱いされて相手にされていない。すごく悲しいし悔しい。泣きたくなるときもあるけど、心配かけたくないからいつも笑顔を見せている。お母さんは胸も大きいしなかなかの美人さんだから、あと2年もすればワタシもそうなれる…はず。料理だってがんばっているからきっと将来はいいお嫁さんになれる。
早く大人になりたい。お母さんもリョウさんのことが好きみたいだから早く大人にならないとリョウさんをとられちゃう。お母さんのことは大好きだけどこれだけは負けられない。