4話 癒しの時間
薄明りの部屋の中を紫煙が揺蕩う。ぼんやりとふわふわしている様子は、今の俺の精神状態をあらわしているようだ。
事後の一服。男のロマン。至福のひと時。今俺は満たされている。
「リョウちゃん、疲れてるんじゃない?」
「ん?
そりゃ一戦やらかした後だから多少疲れてるけど…どうしたよ」
本当は一戦どころか、3連戦を戦い抜いたんだからかなり腰は重いし、体を覆う虚脱感も半端ない。汗でベトベトだし風呂にも入りたい。でもハヅキんちには風呂がないし、宿に戻って入るのもこんなに女の臭いを漂わせてたら、アイリとミリーにどう思われるか...彼女たちは俺を弟や兄のように思ってくれているのであまりいい顔をしないだろう。面倒だけど公衆浴場にいくかな...
「もうっ、そうじゃくてお仕事のことよ」
一瞬羞恥で顔を赤らめながらも真剣な顔で、俺の目をのぞき込むようにしながハヅキは続ける。
「お仕事大変なんじゃない。リョウちゃん隠してるつもり...うんうん自分でも気づいてなかもしれないけどすっごく疲れてるよ。眼がね、なんか怖いっていうかさ、周りをきょろきょろ見てて警戒してるっていうのか、なんて言ったらいいかよくわからないけど、追い詰められてる、怯えてるって感じがする。まるで初めて逢った時みたいだよ」
「...そうか」
ハヅキは鋭い。普段はどこかホンワカとした雰囲気をしているが人の心の機微みたいなものに敏感だ。初めて逢ったときも、人との関わりに拒否感を、性に対して怯えを持っていた俺を優しくつつんで解きほぐしてくれた。おかげでこうして女を抱けるようになり、コミュ障も改善したが、ハヅキと出逢えていなければ今でも心に大きな闇を抱えたままだったかもしれない。
この世界に来て初めて襲われた悪意、俺を奴隷の身に落としてくれた元凶に接触したことで少しナーバスになっていたのかもしれない。
「傭兵なんてお仕事つらいならやめてもいいんだよ。あたし今けっこう稼いでるんだ。リョウちゃんと二人ならやっていけるよ。だからつらいならやめてもいいんだよ。
うんうん違う、ホントはあたしがリョウちゃんに危ないことをしてほしくないんだよ。
そりゃ人間生きていればいつか死んじゃうよ、でも傭兵っていうお仕事は普通に生活するより危ないことも多いし、死んじゃう人もたくさんいる。
リョウちゃんが強いって知ってるけど、いつも待ってるばかりのあたしは不安なんだよ」
「やめない。ハヅキが心配してくれるのは嬉しいし、ハヅキの不安もわかる。でも俺は傭兵を、戦うことをやめない。
いや、やめられないんだな。」
吐き気がするけどあの頃を思い出す。
「俺がハヅキと同じで奴隷だったってのは前にも話したよな。お前のように売られたわけじゃなくて盗賊に襲われて、気づいたら奴隷にされてた。
理不尽で、意味がわからなくて、どうにかしたくてもどうしようもなかった。反抗すれば殴られて、主人の機嫌が悪ければ殴られて。飯も満足に食えない、着るものも選べない、寝る場所や便所だって自分の自由にならない。誰も助けちゃくれなかったし、むしろ同じ奴隷ですら自分の待遇が少しでもよくなるように周りの奴隷を蹴落とす。誰も信じられなかったな、むしろ周りは全部敵だと思ってたよ。
そんなクソみたいな暮らし、自分をかえたかった。でもかえられなかった。なんでか?
それは俺が弱かったから。理不尽に、悪意にあがらうだけの力を持っていなかったから。
だから俺は強くなった、今も強くあろうとしてる。
戦うと、俺に悪意をぶつけてくる奴らをぶちのめすと自分が強いって実感できる。
うっとうしい奴らをぶち殺すとスカッとする。俺は弱くない、もう奪われるだけじゃないって...」
戦わず逃げれば、無視すればすんだ状況もあったかもしれない。
殺さなくていい人間を殺したのかもしれない。
でも怖い。殺られる前に、奪われる前に、こっちから行動しないと。
過剰防衛なんて平和な日本だから言える言葉だ。
身近に死が、悪意が迫るこの世界で温いことは言ってられない。
「そりゃ戦いは怖いさ、”やらなきゃならないこと”もあるのに死にたくないしな。
でも戦えなくなる方がよっぽど怖い。
自分が弱いって、奪われる立場の人間だって認めたくないんだよ。
俺は自分と自分の守りたいものまもるためにこれからも戦い続けるさ。」
ハヅキは何も言わず抱きしめてくれる。
◆◆◆◆◆
初めてリョウちゃんとであったのはもう4年も前。あたしが17でリョウちゃんが15のころ。
国境近くの辺境の村に産まれたあたしは13で人買に売られた。
その年は作物の出来が悪く、幼い妹と弟はお腹をすかして、お父さんとお母さんは暗く、村はピリピリしていた。
人減らしとお金を得るために、その年あたしをあわせて7人の年頃の娘が売られた。
両親は泣きながらあたしを見送った、その手にお金の入った小袋を握って…
学もない、なんのとりえもないあたしにできることは体を売ることだけだった。お客に股を開くだけの簡単なお仕事だ。
つらくて、悲しくて、毎晩泣いて夜を明かした。
女将さんは優しい人だったけど、仕事には厳しくて何度も叱られた。
何が楽しくて、好きでもない男に体をさらして、弄ばれなければいけないのか。
幸いなことにあたしの売られた娼館は高級なお店だったみたいで、お客に乱暴されることはすくなかった。乱暴されてもしっかりと怪我は治してもらえた。
ご飯だってたくさん食べさせてもらえた。
それでもつらかった。
3年も経つとあたしはそこそこの人気者になっていた。
男好きのする肉づきのいい体に、垂れ目がどうも好評みたいだ。゛癒し系“というやつらしい。つらくて、悲しくて、苦しいのはかわらなかったけど。
そんな頃に彼と出逢った。
上客の紹介らしく、粗相のないようにと念をおされた。
小金持ちのでっぷりとした脂ぎったおじさんが多い中で、見た目は整っているのにご飯を満足に食べれていないんじゃないかっていうくらいに痩せた小柄な子だったんでよく覚えている。
たまに稼ぎのいい商人が息子に遊びを教えるっていうので若い子が来ることもあるけど、そういう雰囲気じゃない。まず痩せすぎっていうのもあるし、なにより怯えているっていうのか緊張しているっていうのかソワソワしている。とても筆下ろしに緊張しているって風じゃない。
やることやらないと後で怒られるので、とりあえず服を脱がしてあげるとびっくりした。体中に傷痕がある。切り傷だったり、火傷だったり、噛み千切られたような痕だったり。
あたしがびっくりしているとその子は傷痕を隠して、不安そうにこっちを見てきた。
目を見てわかった。この子もあたしといっしょでいろんなモノをかかえているんだって。
毎日がつらくて、悲しくて、苦しんだ。気づいたら「泣いていいんだよ」って言っていた。
手を広げてあげると男の子は顔をくしゃっとゆがめてからあたしにとびついてきた。すごい力で抱き着かれて苦しかったけど不思議といやじゃなかった。
男の子は声を殺して泣き続けていた。その小さな体からは想像できないような強い力できつくあたしに抱き着いたまま。背中を撫でてあげると少しずつ力が抜けていった。
小さな声で「ごめん」とあやまってくるので「いいんだよ」って言ってあげた。
結局その日はあたしに抱き着いたままで泣き続けただけだった。
男の子が帰ったあと怒られるかもって不安になったけど女将さんから何も言われなかった。
びっくりしたことに次の日また昨日の男の子がやってきた。
やることもやらず、昨日と同じようにあたしに抱き着いたまま泣いているだけだった。
次の日も、その次の日も男の子はやってきてあたしの胸で泣き続ける。
かわったことと言えば、少しずつだけど男の子があたしと話をするようになったこと。
身の上話を、つらく、苦しかった過去を、他人が怖いということを、故郷に帰りたいというようなことを話してくれた。
そしてあたしの腕の中で眠るようになった。
そんな日々が10日も続いた頃だろうか、最初に来た頃にはどこかあたしに対していだいていた怯えもなくなり、年相応の屈託のない笑顔を向けてくれるようになった。あたしの方もそんなこの子、リョウちゃんに情がわき、娼婦とお客っていう関係じゃなく、弟のように思えて、タブーとされている身の上話や日頃の愚痴を話すようになっていた。
「自由になりたい?」って訊かれて思わず「うん。娼婦なんてやめたい」って答えるくらいには気安くなっていた。
次の日女将さんに「おめでとう。これからは自由に楽しく生きるんだよ」って言われてびっくりした。聞けばゴンズっていう人があたしの身受け金を支払い、奴隷身分から解放してくれたそうだ。
ゴンズっていう人は上客で、お店でも度々名前があがっていたので話だけは知っているけど、あたしのお客についたことはない。
何かの間違いではと思って女将さんに聞いてみても「まちがいなんてあるもんか」とかえされる。「そんなに不思議なら本人にきいてみな」とゴンズさんのお店の場所を教えてもらい急いでそこに向かった。
ノックも声もかけずドアを開けると、ゴンズさんらしき大柄なスキンヘッドの男の人と、細身の小柄な男の子がいた。
男の子はあっという表情を浮かべて不貞腐れたように下を向いてしまい、ゴンズさんらしき男性はニヤニヤと笑みを浮かべている。
事情を訊いてみるとやっぱり思ったとおり、男の子、リョウちゃんがあたしを身受けしてくれたそうだ。
目立ちたくなくて、ゴンズさんに名前を貸してもらったんだとか。
あたしに助けられたから、恩返しがしたかったとか。押しつけがましいことはしたくないだとか。
下を向きながらボソボソと教えてくれた。
照れ隠しに下を向くリョウちゃんを見ているとたまらなくなり抱きしめて初めての口づけをかわした。今まで何度も口づけなんてしるけど胸が満たされるような感覚は初めてでとっても幸せで恥ずかしかった。
けど、それ以上に恥ずかしがって照れているリョウちゃん見ると思わず吹き出しちゃった。
腕の中で眠っているリョウちゃんはあの頃と比べると、背も高くなり筋肉もついて゛男“になったけど、やっぱり心の中には不安を抱えて怯えている。
あたしがまもってあげなくちゃいけない。
力もなくて戦えないけどリョウちゃんの心をまもってあげなくちゃいけない。
きっとこれは他の誰にもできないことだ。
あのころの痩せっぽち小さなのリョウちゃんを知っているあたしにしかできない、あたしだけの仕事だ。
主人公の戦う理由について
彼の人間性がうまく読者の方に伝わってくれればとおもいます。
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