32話 害虫駆除3
戦闘回はやはり難しいです。
「ああもうなんで当たらないのよ!
ちょこまかちょこまかと、さっさと死になさいよっ!」
生い茂る木々を利用して身を隠しつつ前後左右を駆け回りながら少しずつ距離を潰す。気分的には三歩進んで二歩下がるってところか。でも確実に距離を詰めている。メスゼミまで残り30m弱。平地で日中なら全速力で2秒を切る距離だが今の状況だと3秒ってところか。
「うっとおしいっ!
死ね死ね死ね!!!」
しかしこの3秒が鬼門だ。メスゼミの魔法の連射速度は2.2秒。突っ込んで行ったらあと一歩ってところで刻まれちまう。距離を20mまで縮められれば、向こうに隠し玉さえなければ確実に首を取れるんだけど…これ以上近づいたら風刃を躱せる自信がない。まあ、距離を詰めれば向こうも焦って魔法を発動できない可能性があるけど、あのヒス女に限ってそんな繊細な心は持ち合わせていないだろう。
早く片付けにゃならんのに、ああ、どうすっかな。
「ギムリー君のことは謝罪しますので、ここは抑えてくれませんか。」
「ふざけんじゃないわよ。あんた如きの謝罪になんて欠片も価値なんてないの。
命をもっしてもギムリーを傷つけた罪は償い切れるものではないけど…あんたにできることは死ぬことだけよ。
だから、さっさと死になさいっ!」
説得は無理と…まあ無理だとは思ってたけど。
会話に応じつつもしっかり風刃を飛ばしてくることも可能と。魔法使いとしてはまじで一流だな。
このままやっててもタマムシとナナフシを呼び寄せるだけだし…魔力の温存なんて考えてる場合じゃない、腹をくくるか。
両手に厳鉄を握りしめ【静かな花火】を込める。走りながらでは、狙いは甘くなるが…
ボン パッ ボボン
地面に叩きつけれられ発動する、光と音に
「きゃあああっ」
おお、ヒステリックなメスゼミにしては可愛らしい声を聞かせてくれるじゃないか。ただの牽制なのに。
やっぱりこの様子だと魔法を人に向けてぶっ放すことには慣れていても、自分に向けられることには慣れてないってことね。
全力でメスゼミに向けて突っ込む。距離は30m。パニクッた魔法使いなんてただの的だ。
あと4歩でその首を刈り取れる「ぬぅううええいっ」
気合とともに放たれた斬撃を跳躍して躱す。急な動きに膝と足首が悲鳴をあげるがここは無視だ。
今の斬撃は間違いなくタマムシの【スキル】だろう。気合の発声がなければ躱せていたかどうか微妙なところだ。
いいところで邪魔してくれやがって、まったく空気が読めていないヤローだ。
「た、助かりましたガイダイさん。」
「なに、礼には及ばんよメア嬢。
吾輩もあなたの戦闘音でこやつの居所を突き止めることができた。むしろこちらが礼を言いたいくらいだ。
直にビッケル殿も参られようが…こやつは吾輩のこの手で斬り殺してくれる。
メア嬢、援護は任せるぞ。吾輩のことはかまわずあの傭兵に隙があれば魔法を撃ってくれ」
俺を挟んで会話すんじゃねーよ、ボケ。
仕掛けようにもタマムシに隙が無さ過ぎるし…メスゼミに攻撃してもさっきの飛ぶ斬撃を撃ってくるだろうし。
タマムシの話じゃないけどナナフシがいつ来るか分からんし、時間は俺の味方じゃない。
こいつらを生かして帰すわけにはいかんが、2人を相手にして戦えば9割超えで俺が殺される。
折角バラケさせたのに、メスゼミの派手な魔法連発のせいでおじゃんだ…
逃げるだけなら、なんとかはなる。ここはもう一度退いて、仕切りなおすか。
タマムシが一歩一歩距離を詰めながら、
「逃げることを考えているようだが、それは無駄だ。
この距離であるならば、吾輩の間合いだ。必ずその背を一瞬で叩き斬ってくれる。
仮に逃げおおせても貴様を待つのは破滅しかない。領兵をこれだけ殺したのだ、領主様も貴様を許すまいて。
諦めてかかってくるがいい。正面からねじ伏せてくれるわ。」
タマムシのヤローいい感じに頭から血が抜けてやがる。
仰る通り、事実領兵を俺は殺した。襲われたから身を守るために殺した。でもそれを、俺が領兵に襲われたと証明する術がない。
いくら俺が領主に証言したところで、タマムシどもを生かして帰してしまえばヤツラは俺の証言を否定してくることだろう。そうなればいくら2級支援者とはいえあくまで市井の一人でしかない俺の証言なんて握り潰される。
領主としても俺を本心では信じていたとしても、建前上タマムシどもの証言を優先させるしかないだろう…
脳筋のくせに知恵をまわしやがって、くそが。
おまけにこの様子なら俺が逃げられたとしてもバラバラで行動することもなさそうだ…
詰んでねーかこの状況。
2匹に挟まれている現状どっちにも背を向けるわけにいかんし、とりあえずポジションを替えない「死ね!」
20mの距離を一瞬で詰めて繰り出された斬撃は、さっき殺したバゲルなんちゃらと同じ上段からの斬り下ろしだが、速さ、正確さ、威力、威圧感の全てが別次元。反応できたのは今回も掛け声と別次元とはいえ一度見たことがあったからだ。バックステップをするも右胸に熱が生じるが、かまっている暇はない。続けて下段からの斬り上げ、右足を薄く刻まれるも横っ飛びで回避する。速すぎるだろうが!?目の前には迫りくる大剣「があああっ」
ギリギリで間に合った【カチ割り】で受けるも、重さに飛ばされる。
「…今ので死なんか。
2級は伊達ではないというところか。
メア嬢、援護を頼むぞ。」
左手首がやばい。
衝撃を受け切れなかった。痺れて感覚が薄い。
【カチ割り】を落としてこそいないけどそれだけで精一杯だ。
今まで受けた衝撃の中でも間違いなくトップを争う威力だ。
おまけに弾かれた【カチ割り】で額を切っちまった。
目に入る血が鬱陶しい。
「さすがは【圧剣】殿。痺れるぜ」
歯を剥いて笑うタマムシに突っ込む。
ここは攻めるしかない。受けにまわればいつ斬り殺されてもおかしくない。
近接戦闘においてヤツの技量は俺を上回る。
「ぅぅううらああああっ!!」
力の入らない左手で【カチ割り】を振りかぶるっ!?すっぽ抜けるが気にせず前蹴りを水月に、予想外だったのかクリーンヒット!堅い。なんじゃこりゃ鉄かなんかか?衝撃で逆にこっちが飛ばされそうになるも軸足を酷使して踏ん張り素手の左手をタマムシの顔面に叩きつける。【弾ける怒り】発動。近接戦闘特化の魔法をぶちかます。衝撃を爆発に変換するこいつを生身で受け切れる人間にはこれまで出逢っていない。頭が弾けて死ね。
「ぬぅぅうりゃあああっ!!」
あ?何で生きてる?何で死んでない?
……熱っ…斬られた?どこを?いつ?どうして?
「メア嬢っ、今だ。吾輩諸共でかまわん、やれっ!!!」
「細切れになれぇえええっ!」
風刃がくる。やばい、避けなきゃ、死ぬ…
「……重傷とはいえ、これでも死なんか。
吾輩の剣を受けてかつメア嬢の魔法も凌ぐ。
下賤な傭兵とはいえここまでくれば、あっぱれだ。」
ハー、ハー、ハー。
死んでない。なんとか受け切った。
でもそれだけだ。これ以上は無理。
体力も魔力も絞り尽くした。
【個人的空間】もギリギリで間に合ったけど、死んでいないってだけだ。
手足は多分繋がっているけど、立ち上がる力がない。
“あいつら”を殺せないままここで終わりか…
ハヅキにももう会えないか。最後に会ったのはいつだったけか…会いたいな。
サラサとラミラにも会いたいな。あいつらもいい女だよな。俺にはもったいない女だ。
アイリとミリーにも会いたいな…
散々人をぶっ殺してきて、いざ自分が死にかけると考えるのは女のことばかり…
女々しいな本当に。
これじゃあ、弟子達に偉そうなことも言えない。
最期は全裸でむさいタマムシとうるさいメスゼミに殺されて終わりか…全裸……全裸!?
いやいや、そんな間抜けな死にざま嫌だろっ。嫌すぎだろっ!
ってか何しんみりと自分の死を受け入れてんだ!?血を流しすぎて頭おかしくなってないか。
これくらいの困難今まで何度も乗り越えてきただろうが。最近まったりしてることが多かったせいでどうにも腑抜けてたみたいだ。
生き抜くにどうすればいいか考えろ…
追撃が来てないってことはヤツラも消耗してるってことだろう、チャンスがあるじゃないか、今はまだ死ぬ時じゃない。
「おおっ流石ガイダイ殿、メア殿!
下賤な傭兵を見事仕留めておられるではないか。
この場に立ち会えず、某、恥じ入るばかりだ。」
あっれー、やっぱ終わってね…




