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27話 足りないもの

 師匠となって2日目、城の練兵所に向かう。

 毎回ここまで来るのは面倒だけどよく考えたら他に場所のアテがないし、まあ、ここでもいいかもしれん。領主にゴネれば宿の近くに適当な施設を造ってくれるかもしらんけど、貴重な税金を俺のために使わせるのは気が引けるし…


 扉を開けるとへなちょこ7人が暗い顔を向けてきた。昨日は自信満々だった、ぼっちゃんとドリルも俯き加減だ。自己主張の強い2人は比較的ましな顔でこちらを見つめている。


「おはようございます、体調はどうですか皆さん?

 今日も元気に訓練に励みましょう。

 それではまず昨日の続きからということで反省すべきところを教えてください。」


「今日もよろしく頼む…お願いします。

 その前に一ついいだろうか…よろしいでしょうか?」


 おおっ、ぎこちないけど敬語で話そうとしている。自分の立場を弁えれるようになるなんて大きな進歩じゃないか。指導の成果が顕れてなんかテンションあがるな。


「どうぞ。」


「ギムリーだが、ですが、鼻が折れていて今日は参加できない、です。外れた肩と肘も本調子ではないようなので今日の訓練は休ませてもらえないでしょうか…」


 はっ!?

 おいおいまじか…


「わかりました。ギムリー君ですね。

 彼に伝えておいてください、『お疲れ様でした、もう来なくて結構です。』と。」


 ぼっちゃんが顔を青褪めさせる。


「いや、しかし」


「あの程度の負傷ともいえないようなモノで休みたいなんて軟弱者には今後の訓練は無理です。

 早めに引導を渡してあげることが彼のためにもなるでしょう。

 俺も見込みのない者のために使う時間はありませんし。


 このことは俺の方から領主様に伝えておきますので皆さんは気にせずに。

 それでは昨日の反省点を発表してください。」


 ぼっちゃんがぼんくら共と視線を合わせてから


「自分たちの実力に慢心していたことです。

 八対一、加えて武器なし魔法なしの相手ということで勝てないまでも一泡ふかせることはできると考えていました。

 これまで訓練で師からも父からも上には上がいるということを聞かされていたのですが、自分たちとそう歳の変わらない相手に、ああも圧倒されるとは想像すらできませんでした。

 今後実力を高めるため精進したいと思います。」


「そうですね、“認識の甘さ”は俺も昨日を通して皆さんから感じました。

 皆さんに偉そうなことを言っていますが俺より強い人間なんていくらでもいます。身体能力では獣人種に劣りますし、魔法の扱いでは耳長族に敵わず、経験を積んだ達人には技量で敗れるでしょう。

 種族や個人の資質はどれだけ鍛錬を積んでも埋めようがないことも多々あります。ただ、己の力量を弁え、相手の力量をある程度でも知ることができれば戦いの幅は大きく拡がります。勝てないまでも生き延びる可能性は増すでしょう。

 よく考えましたね。それでは他には?」


「連携ができませんでしたわ。」


 顔を腫らしたドリルが恐る恐るといった感じで答えてくれる。


「それもありますね。率直に言うと“数の力”は皆さんが唯一俺に勝っていたところですね。

 昨日ドリ、ミネリアさんが指示を出していたようですけど、全く機能しておらず、数の力を活かせていませんでした。ただ闇雲に突っ込むだけならゴブリンにでもできます。コボルトなら多少の連携は見せてくれます。昨日の皆さんはコボルト以下、ゴブリンと同等といったところでしたね。」


 怒りか羞恥かわからんけどドリルが顔を朱くしている。事実は事実なんでしょうがないでしょう。つか、名前思い出せてよかった。


「わかりやすい例を一つ。

 ぼっ、バルム君は昨日君はコボルトと戦い倒した経験があると話してくれましたが、それはどのような状況でしたか?」


 少し思い出すように上を向き、考えがまとまったのか俺を見て口を開く

「武器を持ったコボルトを一対一で仕留めました。

 一度ではなく三度戦い、三度とも傷を負うことなく勝利しました。」


「ありがとう。戦った感じはどうでしたか?傷を負うこともなかったとのことですが。」


「正直に言えば大したことはないと。

 よっぽどのことがなければ何度繰り返しても苦戦することもないと思います。

 複数を同時に相手しても多少時間はかかるでしょうが問題なく勝てると思います。」


「そうですね、君なら運が良ければ2匹相手ならなんとかなるかもしれませんね。」


 俺の評価が気に食わないのかぼっちゃんが顔を紅潮させる。貴族のくせに兄妹そろってわかりやすいヤツラだ。お前らの親父は腹芸も見事だったぞ。

 おバカさんたちに教えてあげよう。


「俺も詳しくはないので間違えていたら申し訳ないですが、兵士の訓練は基本一対一や多対多を想定して、多対一の訓練はしていないと聞いています。この点で皆さんは数の力を活かす連係の重要性をしっかりと理解できていないかもしれませんね。

 10の力を持つ者が2人いれば20の力になるのではなく連係次第で30にも40にもなります。ましてコボルトは群れで狩りをする魔獣です。数が増えれば増えるほど強さは増すでしょう。2匹といえど侮れませんよ。

 一般的に一人前の支援者と言われる7級ですが、このレベルの人間でも複数のコボルトを相手に勝つことは難しいと思います。

 皆さんはこのメンバーでパーティーを組むのでしょう?それなら各々や役割や連携といったところは常に意識しておくべきでしょう。

 他にありますか?」


「…」


 もう無いのかよ!?なんも考えてなさすぎだろう。


「ではこちらから。

 個々人の技量や体力はおいておくとして、“発想力”と“覚悟”ですね。」


 見渡すと全員が理解できていないのか抜けたツラを晒してる。昨日からこいつらボーっとしてばっかだな...これが”ゆとり世代”か。


「まず発想力ですが…

 昨日、俺はみなさんに実力を見せてもらうために『全員でかかってきてください』と言いました。その結果、連係もなく向かってきてあっさりとやられてしまったわけですが…なぜ逃げなかったのですか?

 バルム君は最初の一人ということで俺の力もよくわかっておらずしょうがないと言えますが、ほかの人達はわかったはずです。

 絶対に勝てないと。

 俺は『かかってこい』とは言っても『逃げるな』とは一言も言っていません。

 “実力”とは戦闘能力だけを指す言葉ではありません。強者を見抜く目も、危機を脱する逃げ足も“実力”と言えるでしょう。」


 俺の言いたいことがようやく理解できてきたのか、マヌケたちの表情に少し変化が生まれる。


「バルム君は昨日、『騎士としての訓練しか受けてこなかった』と言いました。騎士や兵士の仕事は基本的に上官の命令に従うこと、つまり自身では何も考えず言われたことを盲目的に遂行すること。

 思考の硬直化、放棄と同義です。

 皆さんが騎士や兵士を目指すならそれもいいでしょう。ただ支援者を目指すならその考えを改めるべきです。

 支援者は依頼を受けるも蹴るも、戦うも戦わないも、もっと言えば生きるも死ぬも全て自己責任です。勝ちたいなら、死にたくないのなら常に最善を考え行動するべきです。

 その点、そこの2人は良かった。後衛の2人を除いてほぼ5人は団子で突っ込んで来ましたが敵わないと判断して後方に下がりました。昨日の模擬戦では光った動きでしたね。あのまま逃げていれば合格点をあげられたんですけどね。

 逆に悪かったのが後衛の2人と片手剣を使っていた…バンダ君の3人です。俺から伝えたい“覚悟”に関わることですが、この3人、特に後衛のミネリアさんと今日でさよならのギムリー君は最悪でした。」


 名指しされた2人が悔しげに唇をかんで俯く。いやいや、悔しいって感じることできるだけ君らは恵まれているんだから。俯くより前を見ないとダメでしょうよ。


「命のやり取りにおいて最も重要なことは“覚悟を決める”ことだと俺は考えています。

 この“覚悟”には相手の命を奪うこともそうですが、自分が敗れて死ぬことも含まれます。

 これができていないヤツは見苦しいだけでなく、味方にいれば足を引っ張られる存在です。死を覚悟するからこそ甘えを消せます。この甘えは目に見えるものではありませんが実戦の中では戦局に大きな影響を与えます。

 皆さんは“自分が死ぬこと”を覚悟していますか?

 人間ってやつは存外頑丈にできていて、上手く急所を突くとかしないとなかなか死ねません。文字通り地獄の苦しみってやつですね。仕事柄何度も目にしましたが、自分はごめんですね。」


 昨日俺にボコられて、自分たちが弱いとしっかり認識できたのだろう。間抜けたちの顔色がどんどん悪くなる。


「とはいえ、これはまだ楽な死に方です。きついのは戦いに敗れて捕えられたりした場合ですね。

 このメンバーには女性が4人いますが自分が敗れればどうなるか想像したことがある人はいますか?皆さんなかなか整った顔立ちをしていのでまず犯されるでしょうね。自分が女だということ後悔するでしょう。

 人間に限らず魔獣にもヒトを苗床に使う種は結構いますけど…悲惨ですよ。ヒトとして壊れてるんですから。見ていて気持ちのいいものじゃない。

 男性の皆さんも気を抜いてはいけません。戦争なんかで捕まればほぼ間違いなく奴隷落ちです。この国の奴隷は他国と比べて扱いがましですが酷いところに行けば人間の悪意のなんたるかを目の当たりにするでしょう。魔獣に敗れた場合、苗床もきついですけど生きたまま食われるなんてこともあります。

 まあ、何が言いたいかと言えば…負ければ終わりってことです。

 これは支援者に限ったことではありません。兵士だって同じです。戦場に出る、命のやり取りをするっていうのはそういうことなんです。

 そんな支援者を目指す人間が、魔法職だから、後衛だから白兵戦の訓練はいらないなんて言えますか?

 実際の戦いの場で襲い掛かってくる盗賊、敵に、ましてや言葉の通じない魔獣に何と言うつもりですか?

 自分がどうなってもいいと覚悟できているのならそれでいいですが。」

 

 マヌケ共は顔面を蒼白にさせ俯いている。こんな簡単なこと考えもしなかったのかよ?

 まさか自分は大丈夫なんて思ってたなんてことはないよな…


「まだ言いたいことはありますが話しているだけでは先に進みませんのでそろそろ訓練を始めます。

 昨日は初日ということで簡単な手合せしかしませんでしたが、今日からは本格的にやりたいと思います。一応昨日である程度皆さんの実力は把握したつもりですが、詳細を知りたいので一人ずつ相手をしたいと思います。

 誰からでもかまいません。かかってきてください。」




 説教から3時間。

 我がかわいい教え子たちは完全にノビテしまった。

 いやー疲れた。

 怪我をさせないように相手をするのがここまでしんどいとは。

 まあ、力加減が苦手な俺としてはいい訓練になるか。

 何人かは結構根性あるし、最初は嫌々だったけど、まあ今もめんどくはあるけど少しは楽しさが見えてきたかな。


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