26話 弟子との顔合わせ
領主と契約を終えてから三日後、再び領主の城にきた。
わざわざ弟子に会うために…普通に考えておかしいやろ、なんで師匠が来なあかんねん。今後要改善だ。
案内された練兵所には俺の要望通り指導を受ける弟子以外誰もいない。気配とかよくわからんから多分だけど隠れての監視もなさそうだ。
練兵所は小学校の体育館くらいの広さで、魔法や弓の練習用の的も用意されている。床には何も敷かれておらず剥き出しの地面で、某地下格闘技場のようにどこを掬っても歯や爪があるなんてことはなくそれなりに整地されている。
俺が中に入ると先に待っていた弟子たちが駆け寄ってくる。その数、8人…
2人ではなく8人。
6人は領主の家臣の子供たちで2人の付き人だそうだ。こいつらにも訓練をつけなくちゃいかん。確かに契約書に指導する人数は明記していなかったし、俺も2人と確認していなかったし、領主から指導するのは2人だけだと明言されていたわけじゃないけど…汚い、貴族汚い。
まあ、報酬の方は8人全員分もらえるとのことなのでかろうじて許せる。ただし今後の増員は認めないことを領主にしっかりと理解させたけど。
「今日から1年間、君たちの指導をすることになったリョウ=サクラです。
この訓練は君たちが支援者として必要な技能、生き残る術を学ぶためのものです。
訓練期間中は俺の言うことには全て従ってもらいます。意見は聞きますが文句は受け付けないのであしからず。
訓練は肉体的にも精神的にもそこそこ辛いものになると思います…続ける自信がなくなれば遠慮なく手を挙げてください。その場合は俺の方から領主様に伝えておきます。
俺の方から以上です。それでは各自自己紹介をしてください。」
まず名乗り出たのは、領主と同じ金髪を頭の後ろで一つにまとめた小僧。年齢の割に鍛えていることがわかる容貌は、あの領主をして武の才があると言わしめた片鱗をうかがわせる。
「バルム=サジエラ、サジエラ家の三男だ。
武器は片手剣を使う。2か月前にカークス流の免状をいただいた。コボルト程度だが実戦も経験している。
今まで騎士としての指導しか受けてこなかったのでサクラからは支援者の流儀を学びたいと考えている。
よろしく頼む。」
何その上から目線?バカなの?仮にも俺はお前に指導する立場なんだよ、それを呼び捨てって。領主も言ってたけど、これは天狗になってるわ、カークス流の免状だか何だか知らんけど何様のつもり…やばいやる気がゴリゴリ削られていく。
「ミネリア=サジエラですわ。サジエラの家の次女でバルム兄様の双子の妹です。
癒しの魔法と水の魔法が使えます。癒しの魔法は【光の手】が使えますので訓練で少々の傷を負うことがあっても問題ありませんわ。水の魔法は攻撃には使えませんが飲み水を創ることができ冒険には有用だと思っておりますわ。
武器は弓を少々嗜んでいますので皆さんの足を引っ張ることはありません。
高名なサクラの指導を受けれると聞いてとても楽しみにしておりました。
よろしくお願いしますわね。」
久々にドリルヘアー見たわ。しかもこいつも呼び捨てだし…魔法が使えるって言うけどどんなもんか。まあこの後すぐにでも見せてもらいましょうか。
一卵性とはいえ双子だけあって雰囲気が結構似てるな。偉そうなところもそっくりだし。
「バナッス=フィードです。槍を使います。
よろしくお願いします。」
「ケミン=アルルカです。短剣を使います。斥候について少しですが教わっています。」
「バンダ=ノーリングです。片手剣が少し使えます。
お二人の足を引っ張らないよう精進したいと思っています。」
「ニッカ=メイロンですぅ。あまりぃ器用じゃないのでぇ武器は苦手ぇですけどぉ力には自信がありますぅ。先生の噂をよくぅ聞いていたのでぇお会いできて光栄ですぅ。」
「ギムリー=キンバリーです。火の魔法が少しですが使えます。武器は片手剣とメイスを少々。」
「…ロアーナ=マンチェス。」
男3、女3のなかなかの美形揃いのお供たちの自己紹介、はい覚える気ありません。人の顔とか名前覚えるのまじ無理。ついでのおまけなんかに割く脳の容量はありません。なんか2人ほど自己主張の強いというかキャラの濃ゆいのがいるけどサクッとスルーしとこう。
「ありがとうございます。それでは早速ですが皆さんの実力を見せてもらいます。
全員でかかってきてください。得物も魔法も好きに使ってかまいません。
さあどうぞ。」
「いやサクラよ、それではさすがに8対1とはいくらお前でも」
「心配無用ですよ。皆さん程度なら俺が傷を負うことはありえませんので。
ああそれと大怪我をさせるつもりもありませんので武器も魔法も使いませんから、安心してください。」
初日だしゆるくやろう。
四肢の欠損は大怪我だろうから得物は使わない。骨折くらいならきれいに繋げれば丈夫になるくらいだし許容範囲だろう。
俺の優しさがすごい。
「…後悔するなよ。」
何やらおぼっちゃんが額に血管を浮かべてブツブツ言ってるけどきっと俺の心配りに感激してるんだろう。
ドリルの方はお供に指示を出している。弓と魔法を使うって言ってたし司令塔気取りなのか。
「いくぞっ」
ぼっちゃんを先頭に魔法を使う2人以外の全員が一塊に突っ込んでくる。連係も何も考えていない。
後方の2人をぶちのめしてもいいけど…ここは正攻法に正面から叩き潰して自分の無力さを噛み締めてもらうことにしよう。
ぼっちゃんの打ち下ろしを左にズレて躱しすれ違いざまに掌底を水月に入れる。カフっとおもしろい呻きを尻目に突き込まれる槍を掴んで引き寄せるとお供Aが驚愕の表情を浮かべるがかまわず顎にアッパーをプレゼントすると白目をむいて吹っ飛ぶ。舌を噛んでなさそうでなによりだ。
続けて短剣ごと突っ込んでくるおちびちゃんの顔面に前蹴りをくれてやり、茫然とする片手剣のバカの喉を優しく抜き手で潰す。
ぼっちゃんをぶっとばしてからここまで3秒弱、我ながら手加減しつつ綺麗にさばけていると自画自賛する。
自己主張の強い2人は4人が無力化されたのを見て後方に跳び退っている。
なかなかいい判断だが甘い。勝てないと思ったら脇目も振らずに逃げないといけない。
二歩で距離を殺し力自慢ちゃんをの腕を掴まえて腕力だけで投げ飛ばす。受け身が取れないように捻りを加えて背中から叩きつけると呼吸ができないのか金魚みたいに口をパクパクさせて笑わせてくれる。間延びしたイラつくしゃべりをするより今みたいな表情の方がよっぽど好感がもてる。
無愛想ちゃんは自己紹介の時とはうって変って顔面を蒼白にしてブルブル震えている。うん、この子もさっきよりこっちの方がかわいい。人間ストレートに感情を表す方が見ていて気持ちがいい。かわいいところを見せてくれたご褒美に優しく締め落とすと粗相をしつつ崩れ落ちる。
後衛の2人に目をやると魔法の詠唱もせず口を開けて茫然とこちらを見ている。何をやってんのか、バカ丸出しじゃないか。魔法を撃つなり逃げるなりやることはいくらでもあるだろう。
お仕置きを実行するため距離を詰めると2人して腰を抜かして、自分たちは後衛、訓練は終わりだと分けのわからん寝言を喚き散らして見苦しいことこの上ない。特にお供の男の方は涙やら鼻水を垂れ流しながらグダグダ言って来る。見苦しいこと山の如し。責任感の無さにイラッと来たので肩と肘を痛むように外してから鼻を圧し折る。横で見ていたドリルもギャーギャーうるさいので強めに往復ビンタをすると脳震盪をおこして失神する。
自信満々の割りに弱さ過ぎる。
技術も体力も知恵も覚悟も何もかも足りなすぎる。
このクソカスを指導せにゃならんのか…俺不幸すぎじゃねぇか?
全員に水をぶっかけて優しく起こす。
肩と肘を外したダメ男がギャーギャーうるさいのではめてやると静かになった。これぐらい自分でやれってーの。
まあ今まで甘やかされてきたんだから海のように広い心で接するのも大人の対応か…
「今の模擬戦で何が悪かったのか皆さんで話しあってください。
失敗から学ぶことは非常に大切です。ここで何も学べない人は多くの場合死んでしまうことが多いです。
自分に、自分たちに何が足りないかしっかり考えてください。
ちなみにもし実戦なら、皆さんは死んでいました。学ぶことが、考えることができて良かったですね。」
どいつもこいつも下を向いて何も言わない。
どんだけメンタル弱えーんだよ。俺めっちゃ優しいじゃん。
あーイライラする…まあこれも仕事だし頑張るか。
「ええー、今日は初日ということもありますのでここで終了とします。
明日、何が悪かったのか聞きたいと思いますので各自しっかりと考えてください。
ああ今日は初日ということで軽めの指導でしたが、明日からはもう少し厳しくしますので体調をしっかりと整えておくように…それでは解散。」
体を震わせ、茫然ととする教え子を残してさっさと退散する。
イラついた心をハヅキに鎮めてもらおう。




