13話 魔力制御
入院生活9日目。
順調に回復している。腹部にあった違和感もなくなり、右腕も骨やら筋やらがしっかりと繋がってきたみたいで少しだが動かせるようになった。
病院食といえば不味いイメージしかなかったけど、ここの食事は結構美味い。薄味で量こそ少ないけど十分に合格点が出せる。ただできれば、お粥みたいな歯ごたえのないのじゃくて、噛んでるって実感できるぶ厚いステーキみたいなのを一日一回でいいので食わせて欲しい。こちとら若さ溢れる19歳、いつまでも精進料理みたいな味気ない食事じゃ爆発しちまうぜ。
あとお忍びでの入院なので、見舞も来ないし基本暇だ。傭兵なんて仕事をしてるせいで、どこで、誰に恨みを買ってるかなんてわかったもんじゃない。俺が弱ってるなんて知られたら、まず間違いなく襲われる。そんなことになったらフーじいさんとこにも迷惑をかけることになるだろうし、見舞いは遠慮してくれるよう伝えてある。
弱ってるところ人に見られるのは好きじゃないんで人が来ないのはいいんだけど、やることがないのは辛い。日本なら読書なりネットなりで時間が潰せるんだけどここには活版印刷が普及してないみたいで本もあまりないし、ましてやネットなんて存在していない。
あまりにも暇だったのと、体がなまるのがイヤだったんで筋トレしてたら見つかって、フーじいさんにしこたま叱られた。曰く、今無理すれば何かしらの後遺症が残るかもしれないとのことだ。
そんなわけで入院生活9日目の今日も、ベッドに寝転がって酸素を無駄に消費している。
「リョウちゃん大丈夫。」
「んあ、ハヅキ。なんでここにいるんだよ。来るなって手紙で伝えたろ。ってか場所は教えてないはずだよな。」
「ごめんね。でも心配で、どうしても我慢できなくて。
あ、安心して、変装してきたからあたしからリョウちゃんの居場所がバレちゃうことはないと思うわ。そもそもあたしとリョウちゃんの関係だって隠しているんだから知られてないはずだし。
それとここに来られたのは、アタシがフーさんにお願いしたから。
黙っててごめんなさい。リョウちゃんうちに来るとよくフーさんの話しをしてくれるでしょう。あのマッサージは最高だとか、痛いところが治ったとかって。
あたし、リョウちゃんにしてあげられることなにもないから…だからフーさんにお願いしてマッサージとか、健康にいいお料理とか、お薬のこととか教えてもらってるの。」
「なっ、ハヅキ、お前!
ありがとな。すげー嬉しい。でも仕事もあるんだから無理だけはするなよ。」
「うん。これからはあたしもリョウちゃんの力になるからね。」
「ハヅキ…」
かわいすぎる。俺のハヅキがかわいすぎて辛い。この辛さを解消するには、今すぐに熱いベーゼをしなければ
「コホン。
リョウさんいい恋人ネ。ハヅキさん大切にするヨ。
こんないい娘さんほかにいないカラ。
でも、盛り上がるのはいいけど、あなた怪我人で、ここ治療院ネ。そいうのは治ってからヨ。」
え、はい、なんかすいません。
ってかフーじいさんもそんなことなら教えてくれてもいいのに。
ハヅキの見舞にはかなり、メチャクチャ、もの凄く癒された。やはり彼女は俺のエンジェルちゃんだ。もっと大切にしよう。
「リョウさん、だいぶ良くなったネ。あと10日もすれば退院できるヨ。」
フーじいさんから、経過が順調であることを伝えられた。軽い運動ならはじめてもいいそうだ。入院生活15日目、ここまで長かった。
人目につかない個室でやることもなくただただ、寝て過ごす毎日。どうやら俺には引き篭もりの才能はなかったみたいだ。マンガとかネットがあればその限りじゃないけど。
「運動もそうだけど、氣も少しずつなら使っていいヨ。ああこの国の人は魔力と呼んでたカ。
体が回復するとき、無理に氣を使うと回復の邪魔になるから使うの禁止してたケド、今なら大丈夫ネ。正しく氣を体に巡らせれば、体丈夫に、元気になるヨ。
リョウさん氣使うの下手だからわたし教えてあげるヨ。
サービス、ネ。」
フーじいさん薬師としての腕を磨く一環で、「氣」、こちらでいうところの魔力の扱いについても学んだとのことだ。残念ながら才能の問題で、魔力量も少なく、体外への魔力行使「魔法」は使えないとのことだが、長年の訓練で自身のみならず、他人の魔力の流れも詳細に把握できるという。治療時の患者への魔力操作や製薬の際魔力を込めることで治療の効果が格段に向上するらしい。
そんなフーじいさんの目から見て俺の魔力制御はなっちゃいないらしい。量だけは常人の何倍、何十倍もあるのに扱いは子供並とのことだ、ほっとけ。
誰に教えられたでもなく、命の危機に、必要に駆られてなぜか使えるようになっていたんだから、仕方ねぇじゃねぇか。基本俺は不器用なんだから。
「リョウさんわたしいくつに見えるカ。」
「なんだよ藪から棒に。うーん、70歳くらい?」
「ハズレ、ネ。
わたし今年で98になるヨ。
人によって差あるケド、上手く体内で氣を巡らすことができれば、体は丈夫になり、病気にかかりずらく、治癒力が上がり怪我は治りやすく、老化も緩やかになるネ。
それだけじゃないねネ。リョウさんみたいに法術、ああこちらでいうところ魔法使える人なら、威力が上がったり、同じ法術でも少ない氣で発動できるようになるヨ」
まじかよ、どうみても80歳をすぎてるように見えないんだけど。
こりゃ真剣に教えを乞うべきだな。
「フーじいさん、いや、フー老師。
ご指南よろしくお願いします。」
あれから三日経った。フー老師は時間を見ては俺に指導してくれる。が、なかなか成果は上がらない。魔力制御は感覚的なものによるらしく、老師の感覚が俺のそれとマッチしていないことが魔力制御習得において大きな壁になっている。
学問のように体系的にまとめてあればまだ理解できるんだけど…
一朝一夕で身につくものではないのとのことで、老師は焦らず気長にやれと言ってくれてはいるが、少しでも早く上達したい。魔力制御の向上はイコール戦闘能力の向上になるから。
今は、魔力の流れを感じるべく老師に抱き着いたり、俺自身の魔力を急激に高めたり弱めたり、体の各所に集中して魔力を集めたりと地味で辛い作業をこなしている。老師に抱き着くって誰得だよ、加齢臭が…
日本で柔道や空手をやっていた時も、効果的な稽古こそ地味で辛かったのでなんとかこなせてはいるけど、成長してるって実感がないので心が折れそうだ。
「老師、正直言って成長している実感が全くありません。
このまま続けていていいのですか。」
「何度も言ってるけど老師なんて呼ばなくていいヨ。わたしはただ助言してるだけだカラ。
リョウさん焦るの禁物ヨ。大丈夫、昨日より少しずつだけど良くなってるネ。」
「わかりました、このまま続けます。
あと話しは変わりますけど、お渡しした魔具は設置してもらえましたか?」
「ああ、あれネ。ちゃんと曾孫たちとわたしの部屋につけておいたヨ。
でもあんな高価なものいいノ?リョウさん心配しすぎじゃないカ。」
「何事も備えあれば憂いなしですよ。金のことは気にしないでください。俺の気持ちの問題ですから。
何もないなら何もないが一番ですから、あくまで保険ですよ、保険。」
それなら心配事もだいぶ少なくなるし、もう少し魔力制御の鍛錬頑張りますか。




