11話 トロル討伐4
いってー、油断した。コクオウの警告のおかげで身体強化がなんとか間に合って肋骨を持っていかれるくらいですんだけど…間に合わなければ多分死んでた。あーいてー。動いたり、力を込めればもちろんだけど息をするだけでも痛い。奴隷時代の経験で人並み以上に痛みに耐性はあるはずだけど、痛いものは痛い。くそったれぶっ殺してやる。
俺の眼前には2メートル程の小柄なトロルが1体。体こそさっきぶち殺した5体よりも小さいが感じる圧力は比べものにならない。
手には他の冒険者から奪ったのであろうごつい鉄製の大きなメイスを持って。
多分あのメイスで殴られたんだろうな。目にはトロルらしからぬ知性をたたえて今もこちらの隙をうかがっている。まるでこのエサはあとどれだけ動けるのか、まだ楽しめるのかと観察するような視線だ、ムカつく。
油断していたとは俺に気取られることなく実行した奇襲に一撃で仕留められないと見るや即座に離脱できる速さと判断力は敵ながらあっぱれだ。敏捷性、隠密性、そして知性、間違いなく【ボストロル】だ。
【ボストロル】トロルの上位種。優れたトロルの個体が進化した存在、あるいはトロルとは別種の外見的特徴がよく似た種族とも言われているが確かなことはわかっていない。ランクはC。体長は2~2.5メートルでトロルより一回り以上小柄だが、その戦闘能力は比較にならないほど高い。体重が軽い分純粋な一撃の破壊力では劣るものの、筋力はトロルの2倍近くあると言われている。敏捷性、耐久、スタミナ、回復速度、そして魔力保有量も通常のトロルの1.5~2倍近くあると推測される。それだけでも十分に脅威的な存在だが、中でも厄介なのがその高い知性にある。道具の使用、気配を殺しての奇襲、攻撃時のフェイント、トロルの使役等複雑かついやらしい攻撃をしかけてくる。討伐には4級以上のパーティーが複数で当たることが推奨されるいわゆる”レイド級魔獣”。トロル同様、骨、皮、筋、肉、内臓が武具、薬の素材、食材として需要がある。価値はトロル以上に高額で1体のボストロルが金貨10枚で取引されることもある。魔結晶はほぼ100%体内にもっており、一つで金貨15枚と取引されている。
ボストロルは確かCランクの魔獣でトロルの強化版、〝賢いトロル“とか呼ばれていたな。弱点もいっしょで頭と火だったはずだ。やってやれないことはないけど…きついな。万全の状態ならまだやりようはあるんだけど、さっきから戦いづくめで体力も魔力も万全とはいえない。おまけに今の一撃でおそらく肋骨が2,3本折れてる、おーいて。
Cランクの魔獣。Cランクからの上の魔獣はDランク以下の魔獣とは別次元の存在だ。力や速さはもちろん、高い知性に危険な魔法を使ってくる種族も多い。
一般人の限界が4級だといわれているが、その4級がパーティーを組み複数で当たることでようやく戦いになるといわれている。正に「バケモノ」だ。まあ俺ならやってやれないことはないんだけど。
逃げるだけなら楽勝なんだけど、戦利品を捨てていくのはイヤだし、何よりあのムカつくツラに一発喰れてやらんことには腹の虫が収まらんので却下。ムカつく目で見やがってくそが。ダメージ覚悟でやるしかないかな。
「死ねっぼけ」
【静かな花火】を込めた厳鉄を大振りのモーションで投擲する。でかいフォームで繰り出される厳鉄はかなりの速度でボストロルに迫るも簡単によけられてしまう。間違いなくさっきの戦いを見て学習してやがる、というよりこいつがトロルどもをけしかけたんだろうけど。渾身の一投躱されてちょっと悔しいが想定内だ。
ヴヴォオオ!?
投擲とほとんど同時に指弾で打ち出した一発がボストロルの顔面で炸裂する。わざわざでかいモーションで投げたのは指弾を隠すためだ。ざまーみろくそぼけが!
怯むトロルに駆け寄りミドルキックをぶち込む。
堅い、まるでぶ厚いタイヤを蹴ったみたいだ。肋骨に響く。あんま長引かせられないな。
ボストロルにもダメージは通ったみたいで態勢を崩す。続けてミドルを蹴り込む。威力を乗せて2発、3発と蹴り続ける。苦し紛れに振られるメイスは、距離が近すぎるためかコースも読み易いし、速度もたいしたこはないので余裕をもって躱す。蹴るたびに肋骨に響く、マジできついな。ボストロルにもダメージはあるんだろうがこのままじゃジリ貧だ。弱点はしっかりとわかっているようで頭部への攻撃はなかなかきまらない。それなら
「コクオウっ!」
ドスドス、ドス
愛馬の角がボストロルの脇腹に突き刺さる。三角馬の遠距離攻撃【飛角】は連発はできず直線にしか飛ばないものの威力はかなりのもので厚さ3センチ鉄板でもぶち破る。ナイスな仕事をしてくれた、帰ったら大好物のリンゴをたくさん食べさせてあげるからね。
「しっ!?」
躱された。首を刈り取るべく繰り出された横凪ぎの一閃はわずかだがボストロルが反応したことによりその太い首を両断にするには至らず、半ばまでしか断ち切れなかった。相手が人間や並みの魔獣ならこれで決着だった、しかし今相手にしているのは驚異的回復力をもつトロルの上位種ボストロル、ダメージはあるだろうが意に介さず鉄のメイス繰り出してくる。回避は…無理。なら
「おおー」
とっさに右腕をメイスに合わせる、「ゴギ」という人体が発するべきではない音と気絶してしまいたくなる激痛が俺を襲う。ボストロルは勝利を確信したのかにやりと笑ってメイスを振りかぶる。舐めんなぼけが
「ふっ」
口内に仕込んでおいた厳鉄を鉄砲魚のように吹き付ける。パンと音が鳴りボストロルの右目がはじけ飛ぶ。左手に魔力を集中させ【カチ割り】を一閃、振りかぶった腕ごと太い首を斬り飛ばす。残った左目を驚愕に染めながら宙をまう生首、ざまーみろぼけ。
戦いが終わり、右手を抱え蹲る俺にコクオウが心配そうにすり寄ってくる。相手をしてやりたいけどそれどころじゃない。痛すぎる。マジ無理っす。魔力は残り2割ほどで、全身は極度の身体強化をおこなったため倦怠感が半端ない。
負傷した左の脇腹は正確にはわからないが確実に何本か肋骨が折れているし、右手にいたっては骨も肉もグチャグチャだ。ちゃんと治るのかよこれ。帰ったらフーじいさんとこに直行だな。今襲われたらトロルはおろか、ゴブリンにだって負けちまうかもしれない。
疲労と負傷が酷すぎて解体はおろか自力での帰還も無理だ。もったいないし弱みを見せるのイヤなんだけど背に腹は代えられないし、【帰還の玉】を使うか。
【帰還の玉】親玉、子玉の二玉一対の魔道具。子玉に魔力を込めてキーワードを唱えると瞬時に親玉の元まで転移される。また特定の魔法陣内で発動させると陣内のモノ全てが転移できる。消費される魔力は、転移距離、転移量に比例して増加する。魔力が不足していると転移が発動されなかったり、体の一部のみが転移されたりする事故の元なる。発動時には魔力量の確認が重要なる。また価格は、作成に特殊な材料、多量の魔結晶、腕のいい魔具師が必要になるためかなりの高額で、サンシスコ王国では金貨一〇枚ほどで取引されている。
くそっ赤字とは言わないけどかなりの出費だ。【帰還の玉】、武具の修理、怪我の治療…やっぱり最悪赤字もありうるな。はー、こりゃ獲物は全部持ち帰らんといかんかな。魔法陣描くのもめんどいし、魔力消費もきついからあんま使いたくねーなほんとに。
20分かけて魔法陣完成。獲物がでかいし、数も多いんでかなり大きなモノになってしまった。あーしんどい。魔力は大丈夫だよな…怖いし一応魔力ポーション飲んどくかな、気休めくらいは回復するだろう。ごくごく、まっず。これで効かんかったら悲惨だな。
コクオウおいで、よしよしいい子だ。
そんじゃいきますか。
「リターン」
トロルの話終わります。




