8話 トロル討伐
舗装されていない道を愛馬コクオウの背に乗ってひた走る。名前は日本にいたころ読んでた世紀末な漫画からいただいた。元祖みたいにばかでかくもないが、賢く、タフで、素早く俺にはもったいない相棒だ。ただ元祖とは違って額には縦に並んだ三つの角が生えている。
【三角馬】、D-ランクに分類される魔獣で、討伐には5級以上のパーティーが推奨とされている。縄張り意識が強く、侵入者には執拗な攻撃を繰り返す。角を用いた突進や体当たり、踏みつけを主な攻撃とする。個体によっては角をロケットパンチのように飛ばし遠距離攻撃も行ってくる。肉は美味で、栄養価が高く、大変人気がある。また角と睾丸は薬の材料となる。気性が荒いため、飼いならすことは難しいが、従えることができればかなり強力な騎馬となる。2,30頭に1頭の割合で魔結晶を心臓付近にもっている。
コクオウとの付き合いは2年になる。当時からんできていたうっとおしいパーティーをぶち殺そうと、奴らの狩りを尾けていた。
奴らは三角馬の討伐依頼を受けていたようで、コクオウの親と戦闘を行っていた。なかなかの激戦の末勝利し、気を抜いたところを強襲しぶち殺した。
コクオウは当時まだ子供で傷ついており、そのまま放置すれば死んでしまっていたであろうが、つぶらな瞳がかわいかったので手当をし連れ帰った。かなり衰弱していたが、フーじいさんの治療と野生の回復力を発揮し後遺症もなく回復し今にいたる。親の仇を討ったためか、俺に懐いてくれ、騎馬として元気に活躍してくれている。
コクオウと出逢うキッカケをくれたこと、それだけは、あのくそパーティーに感謝している。
コクオウに揺られること2時間、ようやくザクロ採掘場に到着した。サレムの町からは距離にして40キロってとこかな。
鍛冶組合の職員に依頼書を渡すと、俺以外にも三つのパーティーが討伐に来ていることを教えてくれた。めんどくさいんでなるべく鉢合わせたくない。
採掘場は辺りを鬱蒼とした森に囲まれており、件のトロルもその森をねぐらとし、鉱石運搬の馬車や鉱夫の詰所、食糧庫を襲って来るそうだ。待つのは性に合わないのでコクオウを連れて森を探索する。日の光が差し込まないってほどじゃないけどそれなり視界が悪く、また木の根や草などで足場も悪い。森の脅威はトロルだけではないのでただ歩くだけでもそれなりに神経を使う。汗は吹き出すし、喉は渇くしめんどくさいことこの上ない。
やば前方に支援者っぽいパーティー発見。年齢から見てからんでくる確率大だ...気づかれる前にさっさと退散しよう...
「おい人の後ろをこそこそと付け回すんじゃねぇ!
どこのどいつだ!姿を見せやがれっ!」
索敵担当らしい弓を持った男に気づかれた。気配を本気で殺してなかったとはいえかなり鋭い。伊達にこの依頼を受けていないってわけか。
積極的に関わる気はさらさらないけど、敵対するつもりもないし、素直に挨拶しとくか。
身を隠していた木の陰から両手を挙げて姿をさらす。
「敵意はありませんよ。
俺もトロル討伐の依頼を受けましてね。そちらもでしょう?」
「お、お前は...
ふん、お前もこの依頼を受けたんだな。仲間もいないソロのくせに3級だからといって調子に乗るなよ。」
「テオの言うとおりだ、あんまりでかい顔してるんじゃねぇぞ。」
やっぱりからんできやがった...口だけなら許すけど武器を握る手に力入りすぎじゃないですか?
「いえいえそんなつもりはないんですけどね。どこが悪いのかわかりませんが、気に触ったなら謝りますよ。
すいません。これでいいですか?」
「てめー舐めんてんのかっ」
「その言葉使いをやめろ。気持ちわりーんだよっ。」
「調子に乗ってるとほんとにやっちまうぞ。ここにゃあ誰もいねぇんだ。」
「へらへらしてんじゃねぇっ。殺されてぇのか。」
本当に口が悪いなこいつら。こんなことだから傭兵のイメージが悪くなるんだよな。
あーもうやだやだ。
てかなんで俺にからんでくるんだよ。お前らと接点なんかないだろう。つかこいつら誰だよ。いい加減にしてくよマジで。うっとおしすぎる。
年は22,23歳の六人組に絡まれる俺。かわいそすぎる俺。絡んでききてる奴らの編成は弓×2、剣×2、槍、盾というオーソドックスなもの。剣と盾が前衛で槍が中衛、弓が後衛兼斥候ってところか。
依頼を受けてきてるってことは全員5級以上の実力があるってことか…まあ戦闘になってもこれくらいなら負けることはないかな、1分あれば皆殺しにできる。
「おいお前らいい加減にしろ、そんなスカしたヤロウにいつまでもかまってんじゃねぇ。俺らは仕事できてるんだ。行くぞ。
それからお前も大層な二つ名があるからって調子に乗ってるんじゃねぇぞ」
リーダーらしき盾が言いたいことを言って去って行った。なんじゃそら。腹立つわほんとに。俺はなるべく目立ず、淡々と粛々と日々のお仕事をこなしていきたいだけなのに、なんであーやって絡んでくるかね。3級の俺が羨ましいの?ソロで依頼をこなせる俺が妬ましいの?俺はお前らなんか眼中にねぇんだよ、ほっとけよ、いくら温厚な俺でも次絡んできたらぶち殺す、つかあいつら「殺すぞ」って言ってきたよな、これはもう宣戦布告と理解してもいいよな、よしぶっ殺そう!
ペロペロ
イラつく俺を気遣ってくれたのかコクオウが頬を舐めてくれる。愛くるしいつぶらな瞳で「おこらないでごしゅじんたま」って訴えかけてくる。ありがとうコクオウ。女の子なのに勇ましすぎる名前つけてごめんね。おかげで落ち着くことができた。アニマルセラピー万歳。
そうだよな、ちょっと絡まれたくらいでぶち殺すなんて野蛮人のすることだよな。ここは一つ大人の対応で、未熟な彼らを笑って許してやろう…
だいたい態々あいつらを追いかけて殺しに行くなんて時間の無駄だ。トロルを仕留める方が遥かに見入りがいいし。
ただしまあ、たまたま遭遇したらその限りではない、誰に上等切ったかしっかり体にわからせてあげよう...
絡んできたパーティーとの鉢合わせを避けるため反対方向を探索する。俺の半分は優しさでできているな。
森の中は相変わらず進みづらい。疲れからどうしても注意力が落ちてしまう。
コクオウも動きづめだし、ここらで一休みするか。
狩りにおいて最も難しいのは経験上、獲物を発見することだと思う。普通の野生生物はたとえ肉食獣であっても基本的には人間と遭遇すればまず逃げる。よっぽど腹を減らしている、子供がいて殺気立っているとかじゃない限り。
好戦的な魔獣といえども種類にもよるけど、自分より強そうと感じたり、人間の数が多ければ襲ってくることは少ない。人間より優れた感覚器官を持ち、野生の中で磨かれた生きるための術を持つ獣を見つけることはなかなかに簡単なことじゃない。運と根気と技術が必要になる。
オオッオオオオオオオオッ
どうやら今回は運があったみたいだ。急いで、しかし気配を極力殺して唸り声の方に向かう。
腕を振り回し攻撃を繰り返すトロルを盾持ちが抑え、剣士の2人が積極的に切り付ける。槍は隙をうかがいヒットアンドウェイで突きを重ね、弓の2人は牽制と周囲の警戒に注力している。火力こそ不足しているけど、なかなかに息の合った連係だ。これならアクシデントが起きない限り、時間はかかるだろうがそのうちトロルを仕留められるだろう…アクシデントが起きなければ。
【トロル】D+ランクの魔獣。体長2.5メートルから4メートルの人型。あまり賢くはなく攻撃は腕の振り回しがメイン。賢い個体は投石や木を使う。腕力が非常に発達しており、一般人なら直撃を受ければミンチにされてしまう。足が短く長距離の移動は苦手だが、瞬発力に優れる。腕力以上に脅威なのが回復力で体力の続く限り傷を負っても即座に治癒する。内臓の損傷、四肢の欠損のような大怪我でも10秒程度で再生してしまう。強靭な皮、筋肉を有しており、生半可な攻撃では傷を負わせることも困難。討伐するためには体力がなくなるまで飽和攻撃を行うか弱点の頭部を破壊することが必要になる。火に弱く、火による攻撃を受けると回復力が低下する。肉は固いが加工すれば日持ちし、味もよいため高値で取引される。骨、皮、筋は武器、防具の素材として需要があるが、討伐の難しさから状態の良いものは少ない。内臓の一部が薬の素材になる。状態さえよければ1体のトロルに金貨1枚の値がつくとも言われている。魔結晶は10体に1体の割合で持っている。
トロルの回復速度が若干だが鈍ってきた。回復力の低下は体力の枯渇を意味している。討伐が見えてきたが、くそパーティーも無傷というわけでない。攻撃を受け続けた盾はボロボロで脇腹と足首を痛めているようだ。剣の2人のうち一人は吹き飛ばされ死んでこそはいないものの、戦闘に戻ることは無理だろう。弓の方も矢がなくなったようで、一人が投石で牽制し、もう一人が周囲を警戒しながら傷ついた剣士を介抱している。槍ともう一人の剣がくたびれた武器で必至に攻撃している。うん、けっこうギリギリの状態だな。どっちが勝ってもおかしくない。トロルを応援したいが6:4でくそパーティーが勝つだろう。
回復が追い付かなくなり膝をついたトロルの頭を槍が貫く。ビクビクと痙攣し力尽きるトロル。渾身の突きを決めた槍は肩で息をし、無事な方の剣も疲労のためかふらふらしている。盾は力尽きたようで座り込んでいる。弓の二人がそんな彼らの介抱を行う…
さあて俺もそろそろ働きますか…




