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<番外編>息子の論理

ピンポーンとインターホンが鳴った。祐子は玄関まで行き、ドアののぞき窓から外を見た。

女性が立っている。手には何かパンフレットのようなものを持っていた。


「はい、どちらさまでしょう?」


祐子がドア越しにそう言うと(何故かインターホンはいつも使わない)、女性の声が返ってきた。


「すいません。今日は皆様にためになるお話をお聞かせしたく参りました。」

「えーーとーーーどちらかの宗教団体の方でしょうかね?」

「あ、はい。」

「うちは曹洞宗なんですが…」

「あ、宗派関係なくお話をさせていただいておりますので、お時間いただけませんか?」


(居留守使えばよかった…)


祐子はそう思った。別にお金を要求されるわけではないので害がないと言えばないのだが、しつこいのが嫌だ。布教活動に熱心なのはわかるが、どうして人の家に押しかけてまで、自分たちの考えを押し付けてくるんだ…と思う。

その時、祐子はふと息子がテスト中で早く帰っていたことを思い出し、にやりと笑った。


「ちょっと、お待ちいただいてよろしいでしょうか?」

「はい!」


祐子は息子の部屋のドアをノックした。


勇人はやと!出番やで!宗教の人来たっ!」


部屋の中からベッドがきしむ音がし、ドアが開いた。

勇人がくしゃくしゃの髪を押さえながら、眩しそうに祐子を見ている。


「俺、寝てるんやって…。」

「そこをなんとか!」


祐子は勇人に両手を合わせて言った。


「今夜、手ごねハンバーグにするからさっ!」


勇人は祐子が作るハンバーグが好きである。


「しゃぁないな。」

「先生、よろしくっ!」


祐子がそう言いながら勇人の肩をぽんっと叩いた。

勇人はまだふらふらしながらも、玄関に向かった。そして、一旦のぞき穴で外を見てから、ドアを開けた。


「はい?」


外の女性が驚いた目をしたが、慌てて愛想笑いのような笑顔を見せた。


「私、最近この近辺を回らせていただいておりまして…」

「どちらの宗教さん?」

「え?…ええと…○○団体と申します。」

「あー…キリスト教さんやね。うちは曹洞宗やから…」

「あっいえ…!宗派は関係なくお話を聞いていただいているんです。少しお時間をいただけますか?」

「んー少しならええですよ。」

「ありがとうございます。あの、このところ景気も悪く…」

「ああ、待って。…そのお話の前に聞きたいことがあるんです。」


女性はいきなり話の腰を折られ、目を見開いて勇人を見た。


「…はい、なんでしょう?」

「そちらは、唯物論ですか?観念論ですか?」

「?…ゆいぶつ…?」


こっそり、和室に隠れて聞いていた祐子も(なんじゃそら)と思った。


「唯物論と観念論。わからないですか?」

「えっえっと…それは、上の者に聞かないと…」

「そう。じゃぁその人に聞いてからまた来てください。」


勇人はそう言うとドアを閉じ、音を立てて鍵を締めた。


「お見事ー!」


祐子はそう言いながら、和室から拍手をして勇人を讃えた。


「…コーヒー入れて。」


勇人はくしゃくしゃの髪を両手で梳きながら、ダイニングテーブルの前に座った。


「喜んで!」


祐子は棚の上から、コーヒーメーカーを下ろしながら言った。


「いつもながらお見事やけど、さっき言っとったん何?」

「唯物論と観念論か?」

「そう。」

「あの人は知らんかったみたいやけど、宗教はほとんどが「観念論」なんや。精神的なものが先って言うんかな。」

「????」


祐子はわからないままマグカップを2つ、勇人の前に置いた。


「つまりこのマグカップでも、物質的にここにあるから、それを俺らが視神経から見て「マグカップがある」…と思てる。」

「…うん…」

「それが「唯物論」や。その反対が「観念論」。このマグカップは、俺が「ここにある」と思ってるから存在しているだけで、俺が「ない」と思ったら「存在していない」ことになる。」

「?????」

「うーん、マグカップじゃわからんかな。コーヒー湧くの待つわ。」


勇人はそう言って、腕を組んで黙った。

祐子は慌ててコーヒーメーカーのスイッチを入れた。お湯が落ち、コーヒーのいい香りが広がり始めた。

…コーヒーが湧き、祐子はマグカップにコーヒーを注いだ。勇人はコーヒーをひと口飲んで言った。


「これ「ブルマン(=ブルーマウンテン)」やろ。」


祐子は口に含んだコーヒーを吹きかけて、慌てて口を押さえながら言った。


「普通の「ブレンド」やで。」

「これは「ブルマン」や。」

「ちゃうて。1袋398円の「ブレンド」ですがな。」

「いや「ブルマン」や。」

「もお何言うてんの!「ブレンド」や言うてるやん!ほら袋も…」

「俺は「観念論」で言うてる。」

「!?」


祐子は目を見開いた。


「意味わかった?」


勇人がしたり顔で言った。祐子が目を見張ったままうなずいた。


「確かにこれは「物理的」には、いつもママが買ってくる安売りの「ブレンド」や。でも、観念論者が「ブルマン」やと思たら、これは「ブルマン」になる。…考えて見?同じコーヒー豆でも「ブレンド」やと思って飲むのと「ブルマン」やと思って飲むのと、どっちが幸せや?」

「そりゃ「ブルマン」って思った方が…」

「やろ?宗教に「観念論」が多い言うのは、そういう事や。」

「なるほど…」


勇人は、また一口コーヒーを飲んで言った。


「ちなみに「曹洞宗」は「禅宗」やろ?」

「えっ…うん。」

「「禅宗」は、どっちでもないっていうんかな…「問答法」って言うんやけど、例えば「このマグカップは観念的に存在しているのか、物質的に存在しているのか?」と疑問を持ったとする。それを「禅」を組むことによって追求するわけや。」


祐子は「キリスト教は?」と尋ねた。


「そりゃ観念論やろ。…でも同じキリスト教でも、団体によって違う可能性もあるけどな。」

「唯物論の宗教ってあるんかな?」

「さあなぁ。「唯物論」はいわゆる「物理」やからな。つまり「宗教家」と「物理学者」が相反するものやって言ったらわかるか?」

「あーっ!それならわかる!と言う事は「遺伝子学者」も「唯物論」やな?」

「そうなるな。それは結局「有神論者」と「無神論者」の違いにもつながるわけや。」

「!…なるほど!」

「…でもな…。科学者には「有神論者」が多い。」


話がずれてきたけど、ま、いっか…と祐子は思いながら「なんで?」と言った。


「宇宙の創成がどうだったかって、科学者たちが真理を見つけようとしてるやろ?」

「ビックバンちゃうん?」

「そう。そのビックバンというのは、何もないところから起こるわけがないんや。何らかの物質が元々あって起こった。…だけど、その物質自体はどうやってできたんや?」

「…わからへん…」

「わからへんやろ?だから「神」がいたからや…という考えになる。」

「!!」


祐子は感心しながら言った。


「先生、コーヒーおかわりどうですか?」

「うむ、いただこう。」


勇人はそう言って、祐子に空のマグカップを差し出した。祐子はコーヒーを注ぎながら言った。


「先生、質問。」

「なんだね?」

「…ママも勇人もパパもあやめも…今、ホンマに存在してるんやろか?」

「さてね。」


勇人はそう言って、にやりと笑った。


「禅でも組んで考えたら?」

「なるほど!うちは曹洞宗やしな!」


祐子がそう言うと、勇人は「ええ落ちがついたな。」と言って笑った。


(終)


……


祐子さんより追記:私は親ばかですから、息子の知識には感心するばかりなんですが、専門家の方がお読みになると失笑されるのではないかと…。ちなみに息子の学校での成績は「中の下」です(^^;)

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