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その日

1995年1月17日 5時46分 西宮市-

何か、ドーン!という大きな音がしたような気がした…。


……


「!…地震!?」


祐子は隣で寝ている1歳半の娘の上に、四つん這いになり覆いかぶさった。お腹の中にも命が宿っている。そのお腹もかばうようにして、揺れが止まるのを待った。

…だが、揺れはなかなか止まらない。それもかなり強い。

祐子の足もとに、4歳年下の妹「明子」がふとんを頭にかぶって震えている。

揺れる中、祐子の体の下で娘が泣き出した。


「あやめ…大丈夫やで!」


祐子は、そう幼い娘に言った。あやめは小さな体を震わせて泣き続けている。


「…長いな…」


祐子が思わずそうつぶやいた時、揺れは止まった。


「…止まった?」


妹の明子が布団から顔を出し、震える声で言った。


「動きな!余震があるで!」


祐子がそう言ってしばらくしてから、本当に余震が来た。


「強いっ!」


祐子は思わずそう叫んでいた。だが、その余震はすぐに止まった。

止まってから、祐子は部屋の中を見渡した。タンスや家具がすべて建付けだったのが助かった。何も倒れたものはない。


「祐子ーっ!あやめっ!大丈夫っ!?」


階段の下から、母親の声がした。


「大丈夫やっ!皆、大丈夫!」


祐子が声を上げて答えた。明子は何か呆然としている。

母親が叫んだ。


「まだ動きなさんなよ!余震が来るかもしれんから!」

「わかった!」


祐子はそう答えて、泣いている娘を起こし抱きしめた。


…電気も何も消えて真っ暗だ。その時は、今いったい何時なのかわからなかった。


……


明るくなってから、祐子は娘を抱いて、2階から1階に降りた。明子がついてきている。

1階のリビングで立って待っていた母親が、もう落ち着いているあやめを抱いた。父親がこたつの前に座り、祐子たちに座れと言うように手招きした。

皆、こたつの周りに座った。母親があやめを撫でながら言った。


「良かったー…皆、なんともなくて…」

「家…大丈夫やろか…?なんか潰れてない?」

「…わからんわ…。外に出るのも怖いし。」

「うん、出ん方がええわ。」


そう言った時、外から近所の人たちの声がした。


「えらい揺れでしたねぇ…」

「お宅大丈夫ですか?」

「…瓦がかなり落ちてしもて…」


あの揺れだったら、そうだろうな…と祐子は思った。


電気もガスも止まっているようだ。幸いなのは、水道が止まっていなかったことだった。

だが、水は茶色で飲めるようなもんじゃなかった。それでもトイレが流れてくれただけで助かる。


……


「ほんまに良かった…。これで祐子とあやめが死んでたりしてたら…一生後悔するとこやった。」


父親がぽつりと言った。実は今年の正月に祐子たちは実家に帰れなかった。そのため、父親が「16日から泊りで来いよ」と呼んだのだ。


「ほんまやなぁ…。まさかこんな地震が起こるやなんて…」

「ラジオ!つながったで!」


明子が乾電池を入れたCDラジカセを持ってきながら言った。電気が通っていないため、テレビはまだつかない。

何かアナウンサーの声が震えているのがわかる。…皆、黙って聞いていたが、しばらくしてお互いに顔を見合わせた。


「…なんか、まるで爆弾が落ちたような…戦場みたいなこと言ってへん?」

「…ん、そうやな…。今、神戸言うたか?…火事がなんとかって言ってるな…」


自分の地域が落ち着いているだけに、まだ「大変なことになっている」という実感はないのだが、ラジオを聞いているうちに、何か全員が恐怖を感じはじめた。

その時、ぐらっと揺れが起こった。


「余震やっ!!」


父親が叫び、母親が思わず膝に乗せていたあやめを抱きしめた。皆、あやめを守ろうと思わず体を乗り出したが、揺れはすぐに止まった。


「はぁー…」


明子がため息をついた。


「…怖いわ…なんか…」

「ん…これ…いつまで続くんやろな…」


祐子の言葉に、全員が黙り込んだ。


……


その頃、大阪市にいる祐子の主人「まもる」は、社宅から歩いて10分の会社に向かっていた。


「久々に揺れたなぁ。食器棚の中、結構グラスとか割れてたし…帰ってから片づけるか。」


守は揺れを感じた後またうとうとと寝てしまい、テレビを見ないで外に出たため、まだ祐子たちが大変な思いをしていることに気づいていなかった。


…守は会社のビルに入り、自分の部署に向かった。そして「おはよー」と言いながらドアを開くと、同じ社宅に住んでいる「伊藤」しかいなかった。


「あれ?…伊藤?…皆、来てへんのか?」

「ん、そうやねん。どうしたんやろな。」

「あの揺れで電車止まっとるんちゃうか?」

「あー結構揺れたもんな…。」


伊藤はそう言ってから「テレビ見てみよか」と、会議室に入って行った。

その時、朝礼のチャイムがなった。9時だ。


…守は、テレビの前の椅子に座った。伊藤がテレビをつけた。

そして、同時に声を上げた。


「!!なんやこれ!?」


テレビの画面には、火が燃え盛っている神戸が映し出されている。


「えっ!?…どういうことや!?」


2人は思わず、テレビにかじりつくように近づいた。


『…を震源として、マグニチュード7規模の…』


「マグニチュード7っ!?」


守は、そこでやっと妻と娘の顔が頭に浮かんだ。


「神戸でこんなやったら…もしかして西宮も…」


守はそうつぶやくと、会議室を飛び出した。


……


この頃は、携帯電話はほとんど普及していなかった。守も持っていない。

守は階段を駆け下りて、1階の公衆電話に向かった。


「!!!!」


3台の公衆電話の前に、それぞれ行列が出来ている。


「…どうしたらええんや…」


守は思わずそうつぶやいて呆然としていたが、とにかく1つの行列に並んだ。


(まさか…まさか…西宮も…)


守は、体中に鳥肌が立つのを感じはじめていた。


(あやめ…!無事でいてくれ!)


守はそう思いながら、思わず両手を組んで額に押し付けていた。


……


お久しぶりです。今回はシリアスなレポートとなります。

もし、俺が祐子さんだったらどうするか…また、ご主人の守さんだったらどうするのか考えながら書き始めました。

今回も見切り発進なので、かなり途切れ途切れになるかと思いますが、最後まで読んでいただけるとうれしいです。


西条基樹

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