第九十二話【俺のクリスマスイブⅠ】
ここより分岐ルートがあります。
例えば店長ルートだとこの九十二話は店長ENDバージョンを読めば店長エンドになるといった感じです。
ご興味あれば店長エンドもどうぞ。ただしBLですけどね!
普通に読みたい方は最後に店長エンドをどうぞ!
菫と幸桜のデートから一週間が経過した。
今日はクリスマスイブだ。
ここ秋葉原でもクリスマスソングが鳴り響きカップルが街中を占領している。
なんてドラマの様な事は実際にはほとんど無い。ごく一部の場所だけがそういう状況になる。
そう、秋葉原はそういう街ではないのだ。
しかし、別の意味で秋葉原のクリスマスは戦場と化す。
クリスマスは限定ゲームソフトや限定ブルーレイやDVD等が発売され、オタクと言われている人種の他にも、子供へのプレゼント(主にゲームソフト)を購入する為に、滅多に来ない大人までもがやってくる。
そして、その大人によって欲しいソフトの争奪戦が始まるのだ。
実際に秋葉原だから欲しいゲームが絶対に売っているというのは神話だ。
秋葉原のショップでは売れ筋のソフトには予約特典や限定特典が付く確立が高く、真っ先に売り切れる危険性を秘めている。
それを知らない素人は秋葉原で何でも揃うと過信してここに終結するのだ。
「すみません、竜物語の最新作はありますか?」
秋葉原には似合わない普通の中年男性が汗を拭きながら行幸に話かける。
「えっと、ここは家庭用ゲーム機のソフトは置いてないんです…」
「そうなんですか…何処に売っているか解りませんか?」
「すみません…ちょっと解りかねます」
中年の男性はがっくりと肩を落とすと、冬なのに額の汗をハンカチで拭いた。
そう、こういう現象がクリスマスには頻発する。
何も知らない連中がパソコンショップにまで欲しいソフトを求めて来る。
そして、俺達がまるで秋葉原の情報を網羅しているかの様に普通に聞いてくる。
今日はこんなやりとりばかりだ。
ちなみに、俺達の店はあまりクリスマスの恩恵は受けない。
何故だって?
そりゃそうだろ? このお店のメインの取り扱いはパソコンパーツとエロゲだ。
確かに、エロゲも限定品が出るから賑わうといえば賑わう。
しかし、クリスマス商戦の恩恵を多大に受ける訳じゃない。
欲しい奴は大半が予約している。うちの場合は特にそうだ。
ちなみに、パソコンパーツをクリスマスにプレゼントするのはマニアだと思う。
そして、エロゲをプレゼントできる奴は馬鹿か、変態か、神のどれかだろう。
ちなみに俺はエロゲ好きだが、流石にプレゼントされると引く。と思う。
「ふぅ」っと溜息をつくと行幸はカウンターの中の椅子に座った。
行幸は朝からずっとこういう対応をしていて、正直疲れきっている。
そこへひょこっと店長が現れた。
「行幸、おつかれ」
「お疲れ様です」
「顔色が悪くないか? あまり無理するなよ? 疲れたら奥で休め?」
最近、妙に店長が優しくなった。
あの事件以来、本当にやさしくなった。
「大丈夫です。そんなに体は疲れていないですから」
「そうか? それならいいが…しかし、何かあるのか?」
何かあるのかと問われればある。
そう、それは…
今日の夜に俺はこの一週間考えていた結論を出すんだ。
菫と幸桜とどちらと付き合うのかの結論。
ここ最近は店でも悩んでたけど、顔に出してないつもりだった。
でも、やっぱり俺は隠し事は出来ないらしい。たぶん表情に出てるんだな。
しかし、でも、店長には言えない。言えば必ず心配するからだ。
もう、これ以上は迷惑はかけれない。だから俺は一人で決める。
「本当に大丈夫ですから」
☆★☆★☆★☆★
午後を過ぎてお昼。急激に人気が無くなった。
今日発売の限定版エロゲも売れ行きも悪い。
行幸がカウンター裏のエロゲの特典アペンドDVDを整理していると、ふと誰かの視線を感じた。
顔を上げると店長が行幸をじっと見ている。そして、自然と店長と行幸の視線が合った。
店長は「こほん」と咳払いをする。
「おい、行幸」
「はい?」
「行幸は…今日の夜は何か予定があるのか?」
「へっ!?」
唐突にそう聞かれた行幸。目が点になった。
「よ、予定ですか?」
「ああ」
店長が何で俺の予定を? それも今日はクリスマスだぞ?
っていうか、予定はあるぞ? すっげー重要ではずせない用事が。
でも何だ? 何の用事なんだ?
「えっと…俺に何か用事ですか?」
「俺じゃなくって私だろ?」
「あっ…私に何か用事ですか?」
「いや、行幸に予定が無いのなら一緒に食事でもどうかなってな思ってさ」
「ブッ」
行幸は思わず噴出した。
「しょ、食事ですか? 俺と?」
「そうだが?」
行幸は焦った表情で店長の瞳を見る。するとまた目が合った。
無理やり笑顔をつくってみる。すると、すこぶる爽やかな笑顔で返された。
行幸は速攻で視線を反らした。顔がカーッと熱くなる。
な、何で俺は動揺してんだよ! ただ食事に行こうってだけだろ? それがたまたまクリスマスだったってだけだ。
そうだよ。断ればいい話しだろ? 簡単な話じゃないか。
でも、あまり無下には断れないよな?
よし、ここはちょっとKYっぽく対応してみよう。スルースキル全開だ!
「えっと…店長、今日はクリスマスイブですね」
「ああ、そうだな」
「店長はケーキは好きですか?」
「俺はあまり甘いものは好きじゃない」
「ですよね~私もなんです」
会話終了…と思ったら店長の表情が歪む。
「おい行幸、何で話題を逸らす? 俺の話を聞いてたのか?」
「逸らす? 何の事でしょうか?」
店長は一瞬ピクンと眉を動かす。ちょっと怒ってるのかもしれない。
しかし、すぐに冷静な表情に戻るとゆっくりと行幸に話かけた。
「今日、お前が暇だったら夕飯を一緒にどうだって聞いてるんだ」
顔が熱くなるのと同時に、手のひらに汗が吹き出る行幸。
スルースキルが破られただと!? ま、まさか…店長は俺の事が?
いやいや、ここまで来て店長にフラグとかないよな?
あの音は鳴ってないし、フェロモンも出てないんだ…大丈夫だよな?
「おい?」
「あ、はい!」
いやいや、でも今日はクリスマスだぞ?
クリスマスに男がディナーに誘うって事は=デートなんじゃないのか?
ディナーで食事を一緒にする=とても深い話をする=最後に告白? いやいやいやいや!
行幸はおでこに手を当てる。汗が滲んでいる。
暑くも無いのに汗が出るジャマイカ…
と、ともあれそういう展開に持って行っちゃ駄目なんだよ。
ここに来て新規フラグとか、今まで何してたんだ状態になるだろ?
今日までの一週間の葛藤はどうなるんだ。
そうだ、菫と幸桜のどちらかを彼女にして、俺は男に戻るんだろ? その為に今日まで悩んできたんだろ?
そうだよ! 俺は店長の彼女とかアリエナイ! はっきりと断る!
「行幸? 顔が真っ赤だけど大丈夫か?」
「は、はい! え、えっと…」
断れ! 頑張って言うんだ!
「え、えっと…今日は…」
「そうか、用事があるのか」
「!?」
行幸はキョトンと口を開けた。
「何だ? 用事があるんだろ?」
あそこまで悩んだのは何だったんだ? そう思う程に呆気なく悟ってくれただと?
「あ、はい」
「その用事って何時からだ?」
「え、えっと…たぶん夜の八時くらいかな…」
「なるほど…その前だったら時間があるのか?」
「えっ?」
「その前だったら時間があるのか? って聞いたんだ」
あれ? 食い下がった?
用事があるって解ったのに、それでも一緒に食事をしたい?
まさか、店長はマジで俺に気があるのか!?
いやいや、俺が意識してどうするんだってさっきから言ってるだろ?
これだから俺は駄目なんだよ! すぐに周囲の状況に流される…
考えてみろ? 俺は店長の事が好きなのか?
……
うーむ…好き…だ…
いやいや、好きと言っても菫と幸桜よりも好きとかあるのか? 恋愛感情なのか? ないない…そういう好きじゃない。
だったら、ここまで来て優柔不断さを発揮するなって…マジ俺って駄目だろ。
ハッキリ聞こう。店長は何の為に俺を食事に誘っているのか。そして言おう。俺は今日で彼女を決めるって!
「どうしたんだ? 行幸、顔色が悪いぞ?」
「い、いえ! ちょっと考え事をしてただけで、体調はすこぶる大丈夫です!」
「ならいいんだが、体調が悪いなら言えよ?」
「はい! で、店長」
「ん? 何だ?」
「ええと、今日は何で…」「あの…すみません…」
行幸の言葉と同時に別の男性の声が聞こえた。
振り向くと男性客がカウンター前に立っている。
店長は「いらっしゃいませ」とすぐに対応する。俺も慌てて対応した。
見れば、カウンターの前に立っていたのはいつも来る常連の男性だ。
今日は商品を何も持たずにカウンター越しに俺の事をジッと見ている。
「何か探してるものでもあるんですか?」
行幸は男性客に声をかけた。
先ほどまでの店長とのやり取りは一旦脳内に格納する。ここからは営業モードだ。
「いえ…今日はみゆきさんに用事があります」
「は、はあ? 私にですか?」
「はい…」
そう言った男性の顔が何故か緊張している。
行幸も眉間にしわを寄せる。
何か嫌な予感がした。何かを察した。告白されそうな気配を感じた。
いやいや、横に店長もいるのにここで告白なんてないよな? なんて思ったが甘かった。
続く
※クリスマスの限定について
クリスマス等のイベントは限定商品が良く出ます。
○メイトや○の穴などは漫画にも特典がついたりします。
特典はソフト等によって異なりますが、最近はポスター等では無く限定の何かのDVDやCDなんかが多い気がします。
(作者は実践から遠のいてますので多少は違うかも?)