第八十九話【俺の本当の最終決戦(菫《すみれ》編)Ⅱ】
菫編Ⅱです。行幸視点ってどうなんでしょう?読みやすいのかなぁ…
菫が居なくなってから約二十分が経過した。
しかし、まったく菫が戻ってくる気配がない。
トイレ? いや、いくらなんでも遅すぎるだろ。
腹をこわした? いやいや、俺と菫は同じサンドウィッチを食べたんだぞ? 菫が腹を壊したら俺も壊すだろ?
しかし、デートの途中で俺を二十分放置とかどういう事なんだよ!?
俺がちょっとイライラしていると、前方からまるで魔法少女のような派手目のブルーの衣装を着た女性がこちらへ歩いてくるのを発見した。
何だあの子は?
俺は興味津々でその魔法少女の様な衣装の女性を見る。
その女性は、髪は青色のウィッグでツインテール、そして短いスカートから綺麗な足が覗いている。
腕もかなり露出していて、この冬にはとうてい考えられない寒そうな格好だ。
こんな所でコスプレ? 普通に考えてもこのリゾートでコスプレとか無いだろ?
で、何かこっちに来てないか?
だんだんと近づく女性。そして、近づくにつれて何処かで見たような気がしてきた。
何だろう? あの衣装…何処かで…何処だっけ…あっ!
そうだ、あの衣装は見た事があるぞ!
そうだよ! あの衣装は、あの時にあの女性が着ていたコスだよ!
それは、三年くらい前の事だった。
バイトを始めたばかり俺は店頭で商品整理をしていた。
すると、後ろから女性に声をかけられたんだ。
俺は「はい?」っと振り向くと、そこにはコスプレした可愛い女性が立っていたんだよ!
で…何でここにあのコスの女性が? まさかあの時と同じ人? いやいや、ないない。こんな場所に居るはずない。そんな偶然が起こるはずないない。
でも、別人でもここであのコスプレって何で?
って………
ん?………いや…ないよな?
でも…まさか?
俺は近寄ってくる女性を目を凝らして見た。
ま、まさか…菫?
コスプレ衣装を纏った女性は俺の前までやってくるとニコリと微笑んだ。
「お待たせ…」
「えっ? えっと?」
俺は目をごしごしと何度も擦る。そして何度もその女性を見返した。
おいおい…マジで菫なのか!? これが菫?
俺は容姿を見て疑ってしまう。
きゅっと締まったウエストに、バンっと強調する大きな胸。青い瞳に青いツインテールウィッグ。
衣装も凝っていて、すこぶる良い出来すぎる。
綺麗な細い足に、綺麗な細いすべすべの腕。
っていうか…菫ってこんなに抜群のスタイルだったのか!?
「す、菫? なのか?」
「うん、そうだよ」
「いや、えっと? 何でコスプレなんだよ?」
「行幸、この衣装…覚えてる?」
「あ…ああ、三年前の十一月にパソコンショップに買い物に来た時の衣装だよな?」
俺がそう言うと菫は驚きと嬉しさとが混じったような顔で口を押さえた。
「覚えててくれたんだね…」
「覚えてたも何も、あんなの忘れられないって。そっか…あれってお前だったのか? 確かあの時、店を出たとたんに変な男に絡まれたよな?」
「うん…それで行幸に助けてもらったよね…」
「いや、助けたというか…成り行きでだろ? お前が困ってたから」
「でも…助けてくれたよ?」
ニコリと微笑む菫の顔が眩しい。
「お前…寒くないのかよ?そんな露出が多い格好で」
「寒いよ?」
「じゃあ無理してそんな格好をすんなよ!」
「だって、この格好をしないと私が行幸を好きになった説明が出来ないから…」
「いや、出来るだろ? 俺ってそんなに記憶力が無い訳じゃないし、妄想だって得意な方だぞ?」
「でも…み…見て欲しかったから…」
見れば菫はカタカタと震えているじゃないか。
俺は思わず上着を菫にかけてやった。
「あっ…あ…り…がと」
照れた表情で俺にお礼を言う菫。
いや、この格好でその言い回しはこっちも恥ずかしくなるだろ…
何だかマジでゲームの中から出たキャラみたいだぞ?
「マジで寒いのに無理すんなって…」
「う、うん…」
上着だけじゃまだ寒いよな? 特にその肌蹴た足とか…
「で、俺を…好きになったっていうのは? そのコスと関係するのか?」
「うん…」
「まさか…あの時に絡まれたのを助けたからなのか? それは無いよな?」
「それもある…」
「それもって、他にもあるのか?」
「うん…えっと…まずはこの格好で買い物に行った経緯から話すね?」
「ん? ああ」
菫は聞こえるか聞こえないか位の声で「頑張れ」と言った。
俺はそれに気が付いた。
見れば、右手をぐっと握って胸にあてている。そして、何度も小さく深呼吸をしている。
こいつ、緊張してるんだな…
「あ…あの日ね? 私は秋葉原でコスプレする機会があって、打ち上げの時にじゃんけんで負けた人が罰として、コスプレ姿でパソコンショップに買い物にいくっていうゲームをしたの」
「何だそれ…変わった罰ゲームだな」
「それで、私がじゃんけんに負けて、行幸のお店に行くことになって、ただ行くだけじゃつまらないから、私が店員に口説かれたら負けってっていうゲームを追加したの」
「そのゲームの主旨がわからん…」
「ゲームなんてそんなもんでしょ?」
「そんなもんなのか?」
そんなもんじゃない気がするが?
「で、話を聞いてよ!」
「聞いてるじゃないか?」
「あっ…うん…」
「で?」
「私の名前を聞かれるか、何処から来たのとか聞かれるのも駄目っていうルールにしたの」
「本当に変わったゲームだな…」
マジで主旨がわからん。
「で…私は行幸のバイトをしてるショップに入ったの」
「なるほど…」
「そうしたら、行幸がいて」
そりゃ店員だからな。
「それで?」
「最初はどうせすぐに私に興味を持つんだろうなとか、いつになったら私のプライベートな事を聞いてくるのかなって構えてた」
「ふむふむ」
「でもね? 全然まったく聞いてこなくって…それはそれで私のプライドが許さなくって…で、ちょっと接近したり、体に触れたり色々したんだけど…でも行幸は普通に接客してくれて…」
思い出しぞ? そういや、やけにベタベタ横にくる客だなって思ってたんだ。
なるほどね…そういう事かよ。
「俺もやけに引っ付いてくる子だなと思ってたんだよ。あれってお前の策略だったのかよ」
「ち、違うよ! 策略とか、そんなんじゃなくって…」
でも、あの接近があったから俺は何もちょっかい出さなかったんだよな。
コスプレ姿の積極的な女とか、後で変なフラグが立っても厄介だしな。
「まぁいいや…で?」
「私は、変わった人だなぁって思いながらお店を後にしたの。そうしたら…」
いや、そこでちょっかい出すほうが変わった奴だろ?
って、そうは受け止めないのか? こいつは。
「店の外には男の人がいっぱいいて…」
「そうそう、変な奴らに絡まれたんだよな?」
「うん…で…行幸がお店から出て来てくれて…」
菫の顔がカーッと赤くなった。
「出た出た…」
「う、うちのお客さんに迷惑がかかるような事を辞めろ…なんて言うし…」
あー…言ったかも…
店の前でいざこざも嫌だったし、相手がしつこくってちょっと可愛そうだったしな。
「で…その時にね? えっと…ちょ、ちょっとだけ行幸に興味を持ったっていうか…気になったっていうか…」
「なるほど…」
「それから…普通の格好で何度かお店に通ってみたんだ…」
「えっ? あ、ああ! 菫としてか? そうだな? その位の時期から菫が店に来るようになったんだ」
そうだ! こいつかお店に来るようになったのも十一月だ。
「うん」
「じゃあ、その時から俺を?」
「うーん…なんて言うか…私もよく解らないの。明確にいつから行幸を好きになったのか…ハッキリと答えられないの。でもね、でも……」
俺の目の前で菫が言葉に詰まった。
ぐっと拳を握って胸に当てと深呼吸を何度をしている。
何だ? 何かを覚悟したとか? 何かすごい事で言い放つのか!?
「私はね…コスプレをしている時には男性がすごく寄ってくる。でも、コスプレをしてない素の私に、差別なくて楽しく接してくれた人は貴方だけだった」
「いやいや、それは無いだろ? だって、俺の認識はあのコスの人物とお前は同一じゃなかったからな。だから、差別なく接したという解釈は適用されないぞ?」
菫は「あれ?」っと首をかしげた。そして口を右手で押さえる。
「コスプレの菫と普段の菫は別人だと思ってた」
「そ、そっか! そういう事なんだ!」
「今ごろ気がついたのかよ…」
「で、でも…それでも私に楽しく接してくれたのじは事実だよ?」
ニコリと微笑む菫がやたらと可愛い。
やばい、コスも際立ってるし、俺の目線は胸にロックオン中だし…
「私は…いつの間にか行幸を好きになってた」
「あはは…そうか…なるほど」
何ていうか、すこぶる勘違いから始まった恋なのか?
しかし、聞いていると思うけど、菫ってすっごく純情なんだなって思えてくる…見た目とは違ってな。
「行幸ごめんなさい…私はいつも虚勢をはってばっかりで…私は素直じゃなかった。本当はオタクで根暗で内気で…言いたい事も言えないような駄目な女なのに…行幸の前だと意地を張ってたの…だから…ずっとずっと何も言えずにいた…うん、解ってるよ? どうせ私は…駄目な女なんだよね…」
今にも泣きそうな菫。こんな菫は本気で見た事がない。
っていうか、おいおい! 目が死にそうな色になってるじゃないか!
今の菫って、フェロモンの影響でヤンデレになった菫じゃないか!
そうか…あのヤンデレも菫の本当の姿だったのか…
そうだよな? フェロモンは人格をつくる力は無いんだ。
っていうか、ヤバイ! 正気を取りもどさせないと。
「菫、そんな事は気にするな! 確かに、俺は生意気な菫が嫌いだ! でもな? とか思いながらも実は裏では心惹かれてたんだ! これは事実だ!」
やばい…格好をつけすぎか?
俺の顔が熱いじゃないか!
「でも…今まで私は素直じゃなかった…変にプライドだけが高くって、綺麗に着飾った私を見せて好きにさせるのは負けだって思ってた。素の私を好きにさせなきゃ駄目だとか、変な事ばっかに執着してた。でもね? 私は気がついたの。赤渕眼鏡をかけた素顔の私も自分だし、今のコスプレした姿も自分なんだって」
「そうだ! 仕事中のお前も、今のお前も、俺にとっては全部が菫なんだよ!」
「うん、だよね?」
菫は苦笑した。
「でもな? 一言付け加えると、今のお前はちょっと可愛すぎる。俺には勿体無い位にな」
俺がそう言うと、菫は真っ赤な顔で頬に手を当てた。
「えっ? な、何を言ってるのよ!? もうっ! か、可愛いとか!? え、ええと? もぉぉぉぉ!」
マジで超絶照れている菫。見ていると面白い。
そこへ見知らぬ親子がやってきた。
親子は菫の前に来ると、母親が恐縮した顔で菫に声をかけてきた。
「あの…それって、プリティーキューリングの青山海さんの衣装ですよね?」
プリティー? キューリング? それってアニメか? 青山? 海? キャラか? 少女アニメ?
うむ…俺はオタクだが、このジャンルは理解が出来ない。
そういえば、これが何のコスだか聞いてなかったな。
俺の上着を着ているのに、よくこの親子はコスプレしてるって気がついたな?
「はい…そうです」
「えっと…ファンなんです!」
なるほど、子供がファンなのか? だから声をかけたのか?
「そうなんですか?」
「ええっ! 私が大ファンなんです! 一緒に写真いいですか?」
まてええええい!
ファンは子供じゃなくって母親かよ!
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます!」
「行幸、上着もってて貰える?」
「ああ…」
菫は快諾して一緒に写真を取ってあげた。ちなみに俺は撮影係です。
撮影終了後、親子は何度もお礼を言うとその場を後にした。
「おい、ほら、上着」
「あ…うん、ありがとう」
「それって人気あるキャラなのか? にして、何で母親がファンだとはびっくりだよな?」
「ああ、これ? プリティーキューリングは今から十五年前のアニメなんだよ?」
「へっ?」
ああ、だからか…
俺は何となく納得した。
続く。