第八十八話【俺の本当の最終決戦(菫《すみれ》編)Ⅰ】
最終決戦、菫編が始まります。今回も行幸視点です。
十二月十七日(土曜)菫と初デート。
場所は『東京ねずみーらんど』。
ねずみーらんどは千葉にある大人気のリゾート施設で、かなり有名でおまけにでかい。
俺はそんな大人気リゾート『ねずみーらんど』のチケット売り場の前で菫を待っている。
時計を確認すると、約束の時間まであと五分まで迫った。
あいつまだかな…
そんな事を考えながらキョロキョロと周囲を見渡していると、誰かが背中をつつく。
俺が後ろを振り向くと、そこには菫の姿があった。
「おはよう、行幸」
「おはよう」
まずは挨拶を交わす。
ほんの少しだろうか? 菫が照れている様に見えるのだが、しかし、それよりなにより、俺は菫の姿を見てがっかりしてしまった。
いや、がっかりしちゃ駄目だってわかってる。だけどこれはなぁ…
そう、菫はいつものバイトの時と同じ格好だった。
いつも着ているダボダボのパーカーに、いつもかけている赤縁のメガネ。おまけにほぼスッピンときたもんだ。
そんなに期待してた訳じゃない。
だけど、デートだからきっと少しはおしゃれを…なんて考えていた俺にとって、これは残念で仕方ない。
でも、相手は菫だ。こいつにおしゃれを期待する方が間違いだろうな…
俺は自分に言い聞かせた。
「チ、チケット…先に買っておいてあげたわ」
そう言いながらチケットを差し出した菫。
「えっ? あ、そうなのか? ありがとう」
「別にいいわよ…」
俺は知っている。
ここ『ねずみーらんど』は、もう一人の俺が幸桜とデートをしている『ねずみーしー』よりも人気がある。よってチケット購入するのにも結構並ぶんだ。
だから、俺はチケットを買うのに二時間は覚悟をしていた。
だが、もうチケットが購入されていた。っていう事は?
ここではチケットを午前七時より購入可能。今は九時…
菫は二時間以上前から来ていたという計算になる。
「もしかして、早朝から来てたのか?」
俺がそう聞くと菫は恥ずかしそうに頬を染めてチラリとこっちを見た。
「そ…そんなに早く来てないわよ…行幸よりほんの少し早く来ただけだから…」
絶対に嘘だ。
「あ、あれだからね? ちょっと早起きしずぎたし、チケットでどうせ並ぶんだから早く来ただけだからね? な、何か悪い?」
すっごくいい訳っぽく聞こえる。っていうか、これは間違いなくいい訳だな。そして、ちょっとツンデレっぽいのは何故?
「いや、悪いって言ってないだろ? 逆に俺は感謝してるんだけど?」
「そ、そうなの? ね、別に感謝されるほどの事はしてないけどね…」
そう言いながらちょっと嬉しそうな菫。
俺に感謝されるのがそんなにうれしいのか?
しかし、菫の格好を見てまた思ってしまった。
オフ会の時の可愛い菫を知っているせいか、やっぱりおしゃれな格好をして来て欲しかったと。
いや、単純に俺がそういう菫とデートをしただけ。
「あっ! 行幸、ゲートがオープンするわよ!」
「あ、わかった!」
そんなこんなで、ねずみーらんどのオープンと同時に突入。
「幸桜! まずは予約チケットを取りに行くわよ!」
「予約チケットを取るのか?」
「そう! 取るの!」
すさまじく気合の入っている菫は急ぎ足で人気アトラクションへと突き進んでいった。
俺は懸命に菫を追いかけるが、人ごみを交わして早い、早い! すさまじいスピードで菫は人混みへと消える。
なんて早さだ!そしてすり抜けのテクニックが半端ない。
「よしっ! 予約チケットゲット!」
「ふぅふぅ…」
なんとか追いついたが、何気に体力まであるんだな…
「行幸! 次はアトラクションに直接乗るわよ?」
「へっ?予約の時間までふらふらするんじゃないのか? だって、予約時間まであと二十分しかないぞ?」
「馬鹿! 朝一番はどんなアトラクションでも順番が早く回ってくるの! だから、今すぐに人気アトラクションに行けば待ち時間は少ないはずよ」
なんという『ねずみーらんど』オタクだ…ここまで解ってるのかよ…
俺は菫と一緒に別の人気アトラクションに走る。
「は、早いって! 何で全力疾走なんだよ!? 何でそんなに急ぐんだよ?」
「何を甘い事を言ってるのよ! 折角なんだから人気アトラクションは全部制覇したいでしょ!」
「待てっ! 今日の目的はアトラクション全制覇じゃなくって、デートだろうが?」
「………(解ってるわよ)」
「ん? 何か言ったか?」
「ま、まずは、アトラクションなの!」
菫は何故か顔を真っ赤にしていた。
☆★☆★☆★☆★
結論。
菫の言う通りで、人気アトラクションに朝から二つも入れた。
人気アトラクションは人気があるだけあって面白かった。
俺の横で、菫も楽しそうにはしゃいていた。
こんなに楽しそうにはしゃぐ菫を見たのは始めてかもしれない。
「行幸! あそこいこっ!」
「ああ」
そして、俺達は『ねずみーの家』に入った。
ここは、このリゾートの人気キャラである【ねずみ】と写真が取れるアトラクションだ。
「さぁ!次の方どうぞ!」
係にそう言われて俺と菫は撮影所を見立てたアトラクションへ突入する。
中では人気キャラがパタパタと動いている。
しかし、ぶっちゃけ俺にとってはただの着ぐるみにしか見えないのだが…って、夢が無いな俺は。
「わぁ…ねずみだぁ! あひるもいるぅ!」
テンションが上がりまくる菫。
瞳がまるで子供のように輝いている。すっごく嬉しそうだ。
「ねぇ、見てみて! 行幸、本物のねずみだよ!」
マジですごいテンションの高さだな。おかげで俺は冷静になれるよ…
っていうか、あんた、ここには何度も来たんじゃないのか?
「行幸! すっごく楽しいねっ!」
「あ、ああ…」
着ぐるみと写真とか楽しくねぇ…
そして写真撮影を開始。
俺は菫の横に並ぶ。
「えっと…そこの彼女さん、もうちっと彼氏さんにひっついて下さ~い。そうそう~! は~い、OKで~す」
係員の指示で、菫がぴっちりと俺に体を寄せる。
寄って始めて気がついた。菫からいいにおいがするじゃないか!
菫とこんなに密着するとか始めてだからわかんなかった。
昔、とは言ってもついこの間だけど、菫とは一回だけ手を繋いだ事はある。俺はそれくらいしか菫に触れた記憶がない。
目線を落すと横の菫の顔がちょっと赤い。
もしかして、彼女という言葉で照れたのか? なんて考えながら菫を見て思った。
…今更だけど…こいつ、すっぴんでも何だかんだって可愛いな。
☆★☆★☆★☆★
「あー楽しかった!」
「楽しかったな」
まったく楽しくなかったが、まぁ…合わせておくか。
そして、時計を見れば十二時になっているじゃないか。
「そろそろ昼食か? 菫はどこで食べたい? ピザ? カレー? パスタ? 何がいいんだ?」
俺がそう聞くと、菫はイキナリ俺の手を持った。
って? イキナリなんだ? 午前中は腕を組むどころか、俺の手さえ握ってこなかったのに。
「な、何だよ? どうしたんだよ?」
「ちょ、ちょっと来て欲しいんだ」
「来てって?」
俺は菫と手を繋いで…というよりも、菫に手を引っ張られてどんどん進んでゆく。
なんか、こうやって手を繋いでいるとまるでデートみたいだよな。
………デートだった。甘い雰囲気がなくって忘れるとこだった。
気がつけば菫は出口へ向かっていた。
「おい、そっちは出口だぞ?」
「いいの…一回外にでるんだから」
「へっ? 出る?」
「そうよ? でも、ここは再入園が出来るから大丈夫」
「そうなんだ? でも、外って何だよ? 昼はどうするんだよ?」
「もうっ! だから、ここは持込禁止なの!」
「…えっ? 持込禁止? って…」
俺は菫と一緒にねずみーらんどから出た。
すると、菫は『ちょっと待てって』と言い残すとコインロッカーへと消える。
約三分で菫は戻って来た。
手には何かこう、まるでサンドウィッチが入っていそうな四角いバスケットを持っている。
「えっとね…私…サンドウィッチを作ってきたんだ…」
そのままだった!
「もしかして、それって菫の手作りなのか?」
「そ、そうだけど…文句ある?」
カーッと赤くなる菫。いや、待て! なんか可愛いぞ!?
「ないない! 全然ない! むしろ嬉しい!」
「…う、嬉しい!?」
菫の顔が更に真っ赤になった。
やばい…すげー萌える。
☆★☆★☆★☆★
菫と俺は少し歩いて広めの広場に出た。
そして、陽だまりのあたたかそうなベンチに腰掛けた。
俺が周囲を見渡してみると、手作り弁当は流行っていないのか、リゾート施設だから持って来ないのか、意外に人が少なかった。
「…こ、これがツナで、これがタマゴで…これがレタスで、これがハム…あと…紅茶もあるからね」
「サンドウィッチかぁ…楽しみだなぁ」
嘘じゃない。本気で楽しみだった。
デートで手作り弁当とか、楽しみじゃない男がいたら殺す! とまでは言わないが、普通は楽しみじゃないのか?
もう、なんていうか、期待でわくわくしてしまう。
菫はバスケットから恥ずかしそうにサンドウィッチを取り出す。
俺の前に差し出されたサンドウィッチは決して形の整ったものではなかった。しかし、これは予想通りだ!
菫がそんなパーフェクトなサンドウィッチを作れるはずがない!
「は、始めて作ったから…おいしさは保証しないわよ…」
なんて照れながら言う菫。
「いやいや、すげーうまそうだよ! マジで嬉しい。ほんと!」
俺は素直に喜んだ。っていうかマジで嬉しいからあたり前だ。
デートで手作り弁当というのは、ある意味俺の、いや男の夢だ。それが叶ったんだからな嬉しくないはずがない。
「よしっ!いただきまーす!」
俺はサンドウィッチをがぶっと頬ばった。それを菫は真剣に見ている。
もぐもぐと噛み締めるタマゴサンド。味は…うまい!
「おいひいぞ!」
思わず食べながらなのに美味しさをアピールしてしまった。
菫は、まるで花の開花のようにぱーと笑顔を咲かした。
「私ね! 始めての手作り弁当は行幸にって決めてたの! だから、美味しいって言ってくれて…嬉しい! ありがと行幸!」
なんて不意に言われてドキっとしてしまう俺。
「そ、そっか? 俺こそありがとうな?」
「どうもいたしまして♪」
こうして楽しい昼食は終了した。
二人でベンチで寛いでいると、イキナリ菫が眼鏡を外した。
「菫? どうしたんだよ?」
菫は無言でレンズのある部分を指で押す。
すると、ガチャンとレンズが地面に落ちる。
「す、菫! レンズ! レンズ!」
「大丈夫、レンズはただのプラスチックだから」
そう言いながら菫は落ちたレンズを拾った。
「でも、プラスチックって言ってもレンズなんだろ?」
「今日はコンタクトだから」
「へっ? コンタクト?」
菫はレンズの外れた眼鏡に指を突っ込んでクイクイと動かしている。
ちょっと待てっ! あんたは某漫才コンビの片割れかっ!
「レンズをはずしてみたよ?」
見りゃ解るよ!
「でも、やっぱり素顔は…ちょっと恥ずかしいな…」
じゃあ、何ではずしたんだ!?
なんて言いたくなったけど、俺は菫の素顔を見てそれをやめた。
俺は思わず唾を飲んだ。
やっぱりこいつは素材というか元はいい。眉もちゃんと手入れされていて、すっげー可愛い…そして綺麗でもあった。
そうだ、この顔はオフ会の時にホワイトになっていたときの顔だ。
綺麗だよな。眼鏡をしているのがもったいない。
「どうしたんだよ? いきなり眼鏡をはずして?」
「行幸…私の素顔ってこんなのだよ?」
「えっ? ああ、そうだな?」
「ねぇ…私の顔って見覚えない?」
「んっ? 憶えてって…」
唐突にそう聞く菫。
見覚えがないか? と聞かれても、どこでの事を聞いてるんだ?
ホワイトの時に素顔を見ているけど…でも、あの時は化粧をしてたし、素顔って言わないのか?
「ねぇ、行幸は私が行幸を好きになった理由って知らないでしょ?」
また唐突に聞いて来やがった。
好きになった理由? ん…んー? 確かに、何で菫が俺を好きになったのか、理由は知らないかもしれない。
「確かに…」
「だよね…じゃあさ、ちょっとここで待っててくれる?」
「はい?」
菫はそう言い残して何処かへ消えてしまった。
続く