第八十一話【俺達の恋愛模様Ⅵ】
「えっと?じゃあ、ここが魔法世界だっていうの?」
菫は半分は信じたけど、半分は信じられないらしく、眉を歪めながら周囲を見渡している。
不信がっているのが一目瞭然でわかる。
『そうじゃ。さっき説明した通り。ここは魔法世界じゃ!』
天使長は笑顔でそう言って両手を広げた。
そんな天使長をもう一人、不信な表情で見ている奴がいた。そう幸桜だ。
「あのぉ?質問していいですか?じゃあ、私達ってどうやってこの世界に来たのですか?もしかしてテレポート?いや、そんなもの無いですよね?そんなの現実にある訳ない」
先ほどの説明で菫は多少なりとも納得した様子だが、幸桜はまだ信じてないようだ。
まぁ、昔から硬い性格だから、そうそう信じないのは俺もわかるが…
そんな事を考えながら、行幸は前回この世界に来た時の事を思いだす。
方法こそ解ってないが、前回は肉体を部屋に置き去りにして、精神だけをこの世界に転送したはずだ。
元の部屋には俺と幸桜の体があって…ってそうだ、幸桜もこの世界に来るのって二回目なんだな。でも、前回は記憶に残ってないはずだけど。
やっぱりあれか?今回も精神だけでこの世界に来てるのか?精神だけ…っていう事は?
ここで行幸はハッとした。
おい、待てよ!?もしかして、前と同じ状況だとしたら、俺達の体って店の裏に置き去りなんじゃないのか!?
行幸は焦る。さすがに女の体が三つもあんな路地裏に放置されてたら…色々と想像するだけでも寒気がした。
「おい、リリア!俺達の体ってどうなってるんだ!?今回も前回みたいに精神だけここに移動してるのか?もしかして、体は店の裏に放置になってるのか!?」
焦る行幸に笑顔で答えたのは、リリアではなく天使長だった。
『大丈夫じゃ!今回は体ごとこちらへ持って来ておる。そして、おぬしらをこの世界へ移動させた方法は秘密じゃがの』
行幸はちょっと安心する。しかし、幸桜は今だにまったく納得をしていない。
「待って、ちょっと待って!ありえないよ。そんなのありえないって…気が付いたら魔法世界にいて、メイド服を着てる?あはは…あるはずない」
『それでもこれが現実じゃ。そう、あまり深く考えずとも良い。この世の中には人間が理解出来ない事が多々あるのじゃからの』
確かに…俺が女にされた時点でそれが該当する。理解なんて今だに出来てない。
「何?何なの?もう、本当にわかんないよ!深く考えるなって言われても、こんな状況に放り込まれたら、普通の人間だったらいろいろ考えるでしょ?」
菫と俺は一種の中二病だ。
MMOやゲームやアニメで現実世界以外の世界を体験しているし、そういうファンタジーがあっても不思議じゃないとか、頭の隅では思ってたりする。
しかし、幸桜はそういう経験を持たない普通の女の子。
腐女子でもなければ、アニメも見ないし、ゲームもしない。
そんな硬い幸桜にこの現状はなかなか受け入れられないのだろう。
「やだっ!もうどうなってるの!」
そしてついには涙ぐんでしまった。
そんな混乱する幸桜にやさしく声をかけたのは菫だった。
「幸桜ちゃん、私も正直に言うとちゃんとは信じられない。だけどね、行幸が女になるとか、私達が恋愛対象者になってるとか、おかしい事が起こりすぎてるでしょ?だから、ここはもう信じるしかないんじゃないのかな?」
菫の一言に幸桜も諦めたのか、大きな溜息をついて涙を拭った。
「でも、何で私達はこの世界に呼ばれたの?私、ぜんぜん理由がわかんないよ…」
幸桜がそう言いながら首を振る。
「そうよね、私もその理由がわからないのよね。何でここに呼ばれたのかな?ねぇ、行幸は知ってるの?」
って!いきなり俺に振りが来たしっ!
「え、えっと…それは…」
『行幸は答えなくとも良いぞ。私が説明するのじゃ』
天使長がすっと行幸の前に出る。
幸桜と菫は真剣な表情でそんな天使長を見る。
『幸桜、菫。そして、行幸よ、心して聞くのじゃ。ここにおぬしらを呼んだ理由は…』
しかし、その会話を断ち切るようにいきなりリリアが突然割り込んだ。
『ちょっと待ってください!その前に私から天使長様へ伺いたい事があります!』
滅多に怒らないリリアが、かなり不機嫌そうな表情で天使長の目の前へたった。
『リリア?なんじゃ?』
『なぜですか?なぜ、天使長様が直接行幸さんの前に姿を見せたのですか?シャルテがあんなに頑張って行幸さんのフェロモンを解いたのに…なのになぜ、行幸さん達にちゃんと恋愛をさせてあげないのですか?そういう約束ではなかったのですか!』
リリアは険しい表情で天使長に迫る。
『落ち着けリリアよ。私も行幸達にはゆっくりと恋愛をして欲しかったのじゃ。しかし、緊急事態が起こったのじゃ』
『緊急事態?ですか?』
リリアはゆっくりと行幸を見る。行幸は思わず顔を反らした。
そう、天使長の言う緊急事態とは、自分が菫たちに恋愛対象者だと教えてしまった事だと解っていたからだ。
「それって、もしかして私達に関係のある事ですか?」
菫が天使長に質問をする。
『もちろん。幸桜にも菫にも関係する事じゃ』
天使長は当然のように答えた。そして、答えながらチラリと行幸を見る。リリアも釣られるように行幸を見た。すると、リリアの表情が『嘘でしょ?』といった表情にかわった。様に見えた。
『ああ…なるほど…そういう事ですか…』
そして、リリアは何かを理解したのか、呆れた表情で項垂れてしまった。
そんなリリアを見ていた菫が天使長へ向かって質問する。
「もしかして、私達が恋愛対象者だって知ってしまったのが問題だったりしますか?」
菫の質問に、天使長は即座に『そうじゃ』と答えた。
「なるほど…なんとなく納得しました…」
ここで涙を拭っていた幸桜が小さく震える声で話しを始めた。
「私は…それでも恋愛対象者だって教えてもらえて…嬉しかったよ…」
幸桜はそう言うと唇を噛んだ。
「そうね…うん…私も嬉しかった。ずっと片思いだったからね…正直、最初に恋愛対象者を振るって聞いた時に、何で私が恋愛対象じゃないの!?って心の奥で叫んで凹んでたんだ…」
『うむ…二人は後悔していないようじゃな。しかしな、やはり恋愛対象者に対象者だと教える行為は駄目なんじゃ』
『私が天使になって、この様なケースは初めてです。そうですか、お二人が対象者だと知ってしまったのですね…』
リリアは本当に寂しそうにそう言った。よほど今回の展開が納得ゆかなかったのだろう。
何だかここに来てすごく気持ちが凹む。
ここまで至る俺の選択はだいたいが間違ってたんだろうな。もっとうまく立ち回ればこんな事にはなってなかったんだろうな…なんて思ってしまう。
『行幸、リリア、そう凹むでない。完全にアウトならば私がおぬしらの前に出る事などない。さっき行幸には言ったであろう?早急に幸桜と菫のどちらかを選ぶ必要が出ただけじゃ』
その言葉に幸桜と菫がハッとした。
「選ぶって何なの?私と菫さんのどちらかを行幸が選ぶ?そういう事?」
『そうじゃ。しかし、早急とは言ったが、今ではない。あと数日以内にじゃ』
菫と幸桜は行幸を見た。
行幸はなんとも言えないプレシャーに襲われる。そして、唇を噛んで大きな溜息をついた。
やばい…幸桜も菫もついに知ってしまった。
でもどうなんだ?俺が数日以内に恋愛対象者を絞るって、マジで出来るのか?
天使長の言う通り、俺は恋愛に対してはヘタレだ。普通に考えてもどっちかを選ぶなんて簡単に出来るはずがない。
駄目なのか?もう少し時間ってもらえないのか?
俺だって時間があれば…シャルテと約束だってしてるんだ。俺だって、ずっとこのままでいいなんて思ってない!よし、聞いてみよう。
『駄目じゃ』
質問する前に否定された!
「ちょ、ちょっとまて!俺はまだ何も聞いてないだろ!」
『聞いてなくとも、心を読めば解るのじゃ』
「ちょ、ちょっと待て!そのチート能力、お前も持ってるのかよ!」
すっかり忘れたって…天使の最大級チート能力!
『行幸はいっぱい変な事を考えるのじゃな?面白いぞ?』
「待てっ!俺は面白くない…っていうか、マジでそのチート性能はやめてくれよ…」
行幸は両手で顔を覆った。
もしかして、リリアがさっき察していたのも俺の心を読んだからなのか?
『そろそろ本題じゃ!皆の者よ聞け!』
天使長は両手を広げて全員に聞こえるように言う。
幸桜が、菫が、そして全員が一斉に天使長に注目した。
『今回の問題を解決する為に、行幸に対象者の二人とデートをして貰うのじゃ!』
「えっ!?デートだと!?」
『そうじゃ、デートじゃ。二人とデートをして、その結果で恋愛対象者を絞って貰うのじゃ』
行幸が動揺する。嫌な汗が噴き出る。
そう、リアルを大事にしていなかった行幸にはデートの経験など皆無だった。そんな行幸にデートで恋愛対象者を絞れとか言っている。
デート経験が無いのにデートで判断とか無理だろ!?
「待てっ!無理!それちょっと無理!」
『何が無理じゃ?無理もなにも、デートもしておらぬのに対象者から一人を決める方が失礼ではないのか?どうやって行幸は相手を選ぼうと考えておったのじゃ?』
「いや…えっと…だ、だけどな?デートとかイキナリ言われても…」
そこへ幸桜が割り込む。
「待って!デートってどうやるつもりですか?行幸は一人しかいなんだよ?デートは後にした方が印象も残りやすいと思うし不公平じゃないの?だいたい、今の行幸は女なんだよ?そこはどうするのよ?」
何を言うかと思ったら、デートに対する意見だった。っていうか、お前はこの方法が嫌じゃないのかよ!?
『うむ。幸桜の言う通りじゃ。不公平の無いようにデートは二人同時にしてもらうぞ。そして、ちゃんと行幸は男にするぞ』
天使長は簡単に言い切った。
「いや待て!ちょっと待て!そんなの不可能だろ?俺が男に戻るのは可能かもしれない。だけど同時にデートだと?俺は一人だぞ?二人はいないんだぞ?」
行幸が叫ぶと天使長はニヤリと不気味な笑みを浮かべて行幸の頭を持った。
『一人しか居ないのなら、二人にすれば良いだけじゃ』
「へっ!?何を馬鹿な事をっ…」
バギャ!バリバリバリ!
行幸の頭の中で裂ける音が響いた。
「な、何やってんだよ!って…あれ?」
幸桜が、菫が、目を丸くして俺を見てる?っていうか…俺の横にいるこいつは…えぇぇ!?
「み、行幸が二人になった!?」
幸桜が体を震わせながら行幸を指差した。
そう、俺の横に俺が立っていた!?それも男だと?
何だこれ?俺が二人になった?俺も男になった?
行幸は慌てて視線を下げた。すると、そこにはちゃんと膨らんだ胸がありました。
「へっ?何で?って…服だけとか?」
一応は触って確認をしてみる。
ぷにゅんと弾力があって、とても良い感じの胸でした。
行幸(女)の顔色が変わる。体を震わせて怒り心頭。
「おいこら!何でこいつは男なのに、俺は女のままなんだよ!」
行幸(女)は天使長に向かって叫んだ。
『なんという事じゃ…久々に魂を二つに割ったのじゃが、男性と女性に割れるとは…なんとも珍しい…しかし、まぁ、仕方ないの』
腕を組んで納得の表情の天使長。しかし、行幸(女)は納得いかない。
「待て!全然仕方なくないだろ!だいたい、俺が二人にされた時点でおかしいのに、俺は女のままとかどういう事だ!」
耳まで真っ赤にして行幸(女)が怒鳴る。
「落ち着けよ俺。まだ話があるかもしれないだろ?話は最後までちゃんと聞いた方がいいぞ?」
行幸(男)は妙に落ち着いており、真っ赤な顔の行幸(女)を宥めた。
「何だよ!お前は男に戻れたからそんなに余裕なんだろ!俺は女のままなんだぞ?何で俺が女でお前が男なんだよ!これじゃデートとかできねーだろうが!代われよ!」
自分に対して強気で言い返す行幸(女)。しかし、それは行幸(男)も同じである。
「そんなの知るか!俺のせいじゃねーだろうが!いちいち文句を言うなよ!まだ天使長から話があるかもしれねーのに、何を混乱してんだよ!お前が落ち着かなくってどうするんだよ」
男の行幸にとても正当な事を言われて言い返せなくなった行幸(女)。思わず涙ぐんでしまった。
そこへ仲裁に入ったのは菫だった。
「待って!えっと…行幸?でいいのよね?あんたも男に戻ったのなら、自分であっても女の子には優しくしなさいよ!」
「何だよ?俺は別に間違った事は言ってないだろ?何で菫はそいつを庇うんだよ」
「私にとっては二人とも行幸なの!わかる?行幸同士で喧嘩とか見たくないに決まってるでしょ!」
そこへ幸桜もやってくる。
「私も菫さんと同じだよ。二人とも行幸なんだから、喧嘩なんてしないでよ…もう…私…ただでさえ…」
先ほどまで元気だった幸桜の瞳にぶわっと涙が溢れた。
「いっぱいいっぱいなのにぃぃぃ!」
そして幸桜はついに泣きだした。かなり情緒不安定なようだ。
「幸桜ちゃん…落ち着いて」
菫は泣きじゃくる幸桜を優しく宥めた。
『申し訳ないが、そろそろ話を戻したいのじゃが。良いかの?』
行幸(男女)は見合うと同時に「ああ…」とハモった。
思わず『ぷっ』っと噴出す天使長。
行幸(男女)は顔を見合わせて、真っ赤になる。
『すまぬ、すまぬ。見事なシンクロで、真面目に話しをしようと思っておったのじゃが、吹き出してしもうた…』
『天使長様、そんなに笑っては行幸さん達が可愛そうです。場を弁えてください…』
『うむ…そうじゃな。申し訳ない。では話の続きをするぞ…』
『えっとじゃな。そうじゃ。先にこれは言っておく。女の行幸よ、大丈夫じゃぞ?デートの時にはちゃんと男にしてやるからな?』
「えっ?ほ、本当にかよ?」
『うむ。一人が男で一人が女では不公平じゃしの。ちゃんとデートの前日にリリアがお前に男にする魔法をかけるのじゃ。すれば二十四時間は男に戻れるのじゃ』
「そ、そっか…」
俺も男に戻れるのか。ってそのまま男に戻ったままとかねーよなぁ…
『まぁ、このデートが無事に終わり、二人の恋愛対象者から一人を選択した時点で行幸は男に戻れるのじゃがの』
「へっ!?あ、そういう事か!」
『これが最後の試練だと思い頑張るのじゃぞ?』
「わかった!」と言おうと思った瞬間、行幸の視界に幸桜と菫の姿が入った。
そういえば、こいつらはこういう決め方で納得出来るのか?
強制的に俺とデートをさせられて、そして、強制的にどちらかが振られる…こいつらはそんなのでいいのか?本当にいいのかよ…
行幸が深刻な表情になったの見ていたリリアが、優しい笑顔で行幸の側による。
『大丈夫です。お二人ともちゃんと覚悟は出来ていらっしゃるようですよ』
行幸はハッと幸桜を見た。
すると、幸桜は涙を拭いながら小さく頷いた。
そして、菫を見る。
菫もニコリと微笑んだ。
もしかして思念で聞いたのか?
すると行幸の脳裏へ飛び込んでくる声。これは思念!?
行幸は目を閉じて集中する。
《行幸?聞こえる?私はずっとずっと行幸に片思いをしてきた。散々行幸をヘタレとか言ってたけど…でも、そんな私も本当は勇気がなくって、ただただ行幸を見ているだけだった。でも、そんな事はいつまでも続けてられないよね?私もそろそろ決着をつけなきゃ駄目だって思ってたんだ。丁度よかった。決着…つけるね》
菫…
《行幸…行幸…私は行幸が好きだよ…でも…私がいくら恋愛対象者になっても…行幸が本当に私を好きなのかが解らないよ…だから…これで私を選んでくれれば…私は本当に胸を張って行幸とつきあえると思う…だから…だから…うん…私は大丈夫…》
幸桜…
『行幸さん、行幸さんにとって、今回の件は想定外の事だったと思います。それは私も同じです。まさかこういう展開になるなんて思ってもみませんでした。でも…どういう形であっても、これだけは行幸さんに伝えておきたい。貴方のために記憶を失ったシャルテ。そんなシャルテの為にも幸せになって下さいね…』
リリア…
行幸はゆっくりと目を開いた。すると目の前には何時の間にか天使長が立っているじゃないか。
天使長は小さくうなずくと笑顔で言った。
『では、元の世界に戻るぞ?』
その言葉と同時に行幸の目の前が真っ白になった。
続く
最後の最後で行幸が選択するのは、幸桜か?菫か?それとも…
続きをお待ちくださいっ