第七十九話【俺達の恋愛模様Ⅳ】
いきなり現れた女の子がステッキで行幸を攻撃?そして、行幸にすさまじき事実が伝えられる!?
行幸の顔の至近距離でステッキが回る。
『ボコボコ』っとステッキは遠慮なく行幸の頬を叩く。
「痛いっ!痛いって!」
慌てて顔を引っ込める行幸。しかし、ステッキはまるで高性能ホーミング機能を搭載しているかのように行幸をポコポコち叩いた。
「待てっ!ちょっと待てっ!俺に何か恨みでもあるのかよ?」
行幸が何を叫ぼうが、少女はステッキを回す手を止めない。そして見事に頬にあたる!あたる!また当たる!既に32コンボくらいしてそうだ。
「ちょ、ちょっと!ストップ!痛い!痛いって!マジで痛いから」
防御の為に両手で顔を押さえた行幸。ステッキは今度は行幸の両手を叩き始める。
いくら顔じゃなかろうが、やっぱりステッキは硬い。そして痛い。
「だからやめてくれー!」
行幸は頭を両手で押さえながらしゃがみ込んだ。
それを見ていた菫が慌てて少女を取り押さえようと両手を伸ばす。すると、その瞬間。いきなり四人は白煙に包まれた。
ぼわん!っと一気に視界はゼロになった三人。
「な、何だよこれ!」
「何よこれ!」
「きゃぁぁぁ!」
まったく前が見えない。本気で何も見えない。視界が0になった!
行幸が立ちあがる。そして菫と幸桜が叫んだ瞬間、慌てる暇さえも与えないスピードで煙がすーっと消え去った。
その時間は約二秒。
「あ、あれ?」
行幸が周囲をキョロキョロと見渡す。しかし、そこに煙は一切ない。そこ形跡すら残っていない。
自分の体も何ともない。そして菫も幸桜も大丈夫そうだ。
だが、そんな三人の目の前ではとんでも無い事が起こっていた。
「えっ?」
驚く三人。
消え去った煙の中から身長170センチはあろう美少女が現れたのだ。
その美少女は笑顔で三人を見た。
行幸は唾を飲みながらその少女の姿を確認する。
その少女は幸桜と同じ位。そう、高校生に見える。そして雨合羽に長靴という格好。
体つきは細身で胸は貧乳の部類に入りそうな程に無い。
しかし、その細い体がモデルのようにスタイリッシュに見え、雨合羽の切れ目から見える細く長い足がとても綺麗で可憐に見えた。
「お前がこっちの方が良いと言うから変わってやったぞ?」
笑顔で少女はそう言うとくるりとその場所で回り始める。
くるくると回転する少女の雨合羽が遠心力でふわりと浮き上がる。
白くて細い足がいやでも行幸の視界に入る。
「はふっ!?」
いきなり急ブレーキがかかったかのようにぴたりと少女の回転が止まった。
少女は驚いた表情で後ろを振り返る。すると、幸桜が少女を掴んでいた。
「あなたは誰なのよ!?」
幸桜は真剣な表情で問いただす。しかし、少女はニコリと微笑み返すだけで何も言わない。
「笑ってないでちゃんと答えてよ!あなたは誰なのよ!」
少女は幸桜の手を「パシ」っと簡単に払い退けると、今度は幸桜の周囲をくるっと一周する。
「さて、私は誰じゃろうな?ふふふ」
幸桜は顔を赤くして少女を掴もうとするが、少女はひらりとそれを躱す。
「わ、私はクイズに答えてる暇なんかないの!早く教えてよ!」
そう怒鳴りながら少女をまた掴もうとするが、少女はまたひらりと躱す。
なんて【すばやさ】が高いやつなんだ。回避重視か?
こんな所でくだらない事を考える行幸。やっぱり駄目な奴です。
「もうっ!行幸も見てないで捕まえてよ!」
「怒るな。怒るな。大丈夫じゃ。捕まえなくともちゃんと教えてやるから」
少女がそう言った瞬間、行幸が「お前、天使だろ?」と言い放った。
少女の動きが止まった。そして目を丸く見開いて行幸を見る。
『なんじゃ…本当につまらん奴じゃの』
少女は唇を尖らせて頬を膨らませる。そして、その瞬間、少女はがっつりと幸桜に捕まれた。
「つ、捕まえた!」
『行幸のせいで捕まったではないか』
「待てっ!どうして俺のせいになる!っていうか…お前…さっきの女の子だよな?天使って容姿も変化出来るのか?」
『まぁ、私は色々できるのじゃ』
「行幸!そんな事どうでもいいでしょ?この…天使?が何でここに来たのか聞かなくていいの?」
すると、少女はニヤリと微笑む。
『まぁまぁ、そんなにカリカリせんでも良い。落ち着け落ち着け』
「待って!この状況が落ち着いてられる状況だと思う!?ね、菫さん」
「へっ?あ、そ、そうね!?」
菫はいきなりの振りに慌てて反応する。今まで実はずっと呆気にとられていたのだ。
『落ち着けと言っておるであろう』
少女は体をくるりと回すと、簡単に幸桜の抱き付きから脱出した。
そして、傘をパっと開くと、その場でくるくると回り始めた。
まるでお遊戯会のようにリズミカルにくるくると回る少女。
「ちょ、ちょっと!逃げないでよ!」
幸桜が再び捕まえようとするが、それを簡単に躱す。
そして、くるくると回りながら行幸の横へと移動して、少女は耳元で小声で囁いた。
『なかなか、予想外の事をやってくれたの?』
「へっ!?」
言葉の意味をさっぱり理解出来ない行幸。
何の事を言ってるんだ?と考えるがまったく解らない。
行幸は焦った表情になると、思念でリリアを呼んでみる。
(リリア!リリア!いないのかよ!)
目の前でくるくると回っている謎の天使の事。
そして、さっき言われた『予想外の事をやってくれた』という言葉の意味。
どれも不可解すぎて行幸の脳内はパニック状態だ。
こうなったらもう、リリアに聞くしかないと呼んでみたのだが…
雨合羽の少女はピクンと反応すると、目を細めて行幸に再び迫った。
『リリアを呼んだ罰じゃ』
イキナリそう言うと、いきなり行幸の顔を両手でぐっと持つ。
行幸は嫌な予感がして無理矢理に顔を引く。すると、少女はぐっと顔を寄せて、あと数センチで二人の唇と唇が触れそうになった。
『な、何やってんだよ!』
真っ赤な顔で少女の手を払いどける行幸。
『なんじゃつまらん…避けるなよ』
そう言いながら少女は行幸から離れてゆく。
「何が避けるなだよ!避けなきゃ…くぅぅ!」
『なんじゃ?たかが接吻くらいで動揺するでない』
「なっ!?何いってんだよ!」
『まったく、行動は大胆な割には初心じゃのぉ』
少女はそう言いながらすっと行幸に寄り、真っ赤になった行幸の頬に触れた。それと同時に行幸が体を引く。
そして、それと同時に幸桜が少女を羽交い絞めにする。
『なんと、また捕まったではないか…』
「ちょっと!さっきから何してんのよ!」
幸桜はそのまま少女を行幸から引き離した。
『何じゃ何じゃ?もしかしてヤキモチか?』
幸桜の行動を見て楽しそうに笑う少女。
「ねぇ、行幸?本当に女性は本当に天使なの?」
菫が首を傾げながら行幸に聞いた。
「たぶん…天使だ」
「行幸!やっぱオカシイよ!天使が何で行幸にキスしようとするの!?こいつの目的って何なのよ?」
『そんなに力を入れるでない。痛いではないか』
少女はそんな事を言いながらも表情には余裕が見える。
「おい、本当にお前は何をしにここで来たんだよ?俺がリリアを呼ぼうとしたのにも気が付くし…俺に訳のわからない事を言うし、罰とか言ってキスなんかしようとするし…教えろよ。教えなきゃわかんないだろ?目的はなんなんだよ?」
警戒しながら行幸は語りかけた。
すると、少女は微笑を浮かべながら行幸の瞳をみつめる。それに気がついた行幸もついつい少女の瞳を見てしまった。
目と目が合った瞬間、行幸は一瞬だが意識ごと少女の瞳に吸い込まれるような感覚に襲われた。それと同時に行幸の脳裏に『リリアは来ぬぞ?』と声が聞こえた。
行幸はハッと意識を取りもどして周囲を見渡す。リリアの姿はもちろん無い。しかし、脳裏にはハッキリと声が聞こえた。
行幸は再び少女を見る。少女もニヤリと微笑みながら行幸を見返す。
(さっきのはお前の思念か?お前も思念が使えるのか?)
息を呑んで返事を待つ行幸。そして…
『もちろんじゃ。天使じゃからな』
やはり、思念はこの少女からだった。
(本当にお前は何者なんだよ?何をしに来たんだよ?菫と幸桜がいるのに来るとか…いいのか?二人に姿まで見られて。おまけに魔法まで使っただろ)
『私は行幸の恋愛の手助けに来たのじゃ。っと言いたい所じゃったが、恋愛を一旦整理する為に来たと言ったほうが良くなってしもうた。それと…ここの二人にも話さねばならぬ事がある。だからこそここに来たのじゃ』
(整理?幸桜達にも話す事がある?それはどういう事だ?)
『隠しても仕方ないので話すが、今回はおぬしの予想外の行動で恋愛対象者が自分を恋愛対象者だと自覚してしもうた。こうなった以上は行幸には今の恋愛対象者の中から早く一人を選んで貰わなければならぬ』
(待て、俺はシャルテと約束をしたんだ。手助けが無くってもちゃんと結論は出すって!)
『その心意気はすばらしい。じゃがな?お前は優柔不断でヘタレじゃ。何だかんだと結局は結論を出せぬであろう?ずるずるーっていくのが目に見えるわ』
(いや、ちょっと待て!…俺はちゃんと答えをだ…)
『出せるのか?』
しかし、「出せる」と即答できない行幸。
『シャルテとの約束があるのは知っておる。本当であればゆっくり恋愛をさせてやりたかったのじゃが…じゃがのぉ…まさかこの二人に恋愛対象者と教えてしまうとは…まったくおぬしは馬鹿じゃのぉ…』
(えっ?だ、駄目だったのか?)
『あたり前じゃろ…』
どうやら二人に恋愛対象者だと教えた事は間違いだったらしい。
正しい選択だと思って選んだ選択肢が、実は正規の攻略ルートから外れる選択肢だった。
(し、仕方ないだろ?それしか思いつかなかったんだ!)
思念で会話をしているので幸桜と菫には聞こえない。しかし、行幸の表情はどんどんと雲ってゆくのだけは二人には見えていた。
「行幸?どうしたのよ?」
そんな行幸を幸桜が心配そうに見る。
そして、菫も心配そうに見ている。
「いや、あれだ、色々あってな…幸桜、菫、ちょっと待っててくれ…」
行幸は歯をぐっとかみ合わせると、「ふぅ」と息を吐く。そして、再び思念を少女に送った。
(で、結局おれはどうすればいいんだよ?)
『ふむ…ここではちょっと話がしずらい。場所を移動するぞ』
(場所を移動するだと!?)
「あ、あれ?」
幸桜が声を上げた。
見れば、雨合羽の少女が幸桜の羽交い絞めから脱出している。
「あれ?何で?しっかり持っていたはずなのに!?」
幸桜は両手の平を見た後に雨合羽の少女を見る。
雨合羽の少女はしてやったりといった表情で、幸桜をちらりと見ると「よし場所移動じゃ!」と傘を空中に放り投げた。
続く
ルート選択は慎重にやらないといけませんね…と言いつつも、常に正しい選択を出来る人間なんていない訳です。まぁ…幸桜に菫が恋愛対象者だと教えていた時点で、既にこのルートは決まっていたのかもしれないですね。