第七十七話【俺達の恋愛模様Ⅱ】
突然聞こえた聞き覚えのある声に行幸は動揺の色を隠せない。果たして行幸の運命はどうなってしまうのか!?
続きをどうぞ。
行幸の視線の先には私服姿の幸桜の姿があった。
そして、幸桜はまるで旅行にでも行くかのように、キャリーバッグを引いて立ってるじゃないか。
何でここに幸桜が?それにそのキャリーバッグは何なんだよ?
っていうか、何で菫に恋愛対象者だって言うんだ!
ゲームで言えば突発イベント発生。もちろん、前フリは一切なし。
予想外の展開に動揺する行幸。
幸桜はそんな行幸を一瞬だけ見ると、不機嫌そうな表情で菫を睨んだ。
「幸桜ちゃん?じょ、冗談だよね?」
菫は「信じられない」と言った表情で、行幸と幸桜を行ったり来たり見た。
「私、菫さんにお話があるんです!」
幸桜は菫に対する対抗意識からなのか、前に菫と話をした時とは違い、かなり強めの口調で話をしていた。
「お、おい幸桜!」
このままじゃマズイと感じた行幸は慌てて幸桜に呼びかける。少しでも気を引こうとする。
しかし、幸桜は一瞬だけ行幸を見ただけで、すぐに菫の方を向いてしまった。
「おい、幸桜!」
「ちょっと待って。私は先にやる事があるから…」
そう言って幸桜は菫に歩み寄り始めた。
菫はおどおどしながら寄ってくる幸桜を見る。
「こ、幸桜ちゃん?えっと…私に用事?」
菫の言葉には反応せずに、ズカズカと目の前までやって来た幸桜。
行幸はそれを見て焦りまくり。
今の幸桜には菫に対する敵対心が出捲くりなのが見て解る。
それより何より、菫は自分が恋愛対象者だと知らないのに恋愛対象者だと言ってしまった事がもっと厄介だ。
このままじゃ、マジでヤバイだろ!?
そんな行幸の心配を余所に、幸桜は菫をジロジロを見始めた。
菫は幸桜の威圧的な態度に、無意識にジリジリと後ろへと下がってゆく。
くそっ!こうなったら!
行幸は二人の間に割り込んだ。
「おい、幸桜!待てよ!さっきから呼んでるだろ」
幸桜は割り込んで来た行幸と目が合うと、頬を赤くして膨らませながら視線を外した。
その仕草が何故か可愛く見える行幸。
こ…これは!もしかして、俗にいう「やきもち」という奴なのか?
幸桜は俺が菫と話しをしていたのを見たから、やきもちを焼いたのか?
こんな状況なのに、幸桜の対応に悪い気がしない行幸。まぁ、男なんてこんなものです。
「な、何よ…邪魔しないでよ…」
「邪魔なんてしてないだろ?それより、お前、こんな所に何しに来たんだよ。そのキャリーバックは何だよ?」
幸桜は少しふて腐れた表情で顔を下に向ける。そして、少し顔を上げると、上目遣いで恥ずかしそうに言った。
「み、行幸に逢いに来たに決まってるでしょ…」
「俺に?逢いに?」
その台詞を行幸の後ろで聞いていた菫は混乱した表情を見せている。何が何だかわかっていない。
「うん…私ね…今日から冬休みまでの間、行幸のアパートから学校に通う事にしたから…だからね、一緒にアパートまで帰ろうかなって思って…」
な・ん・だ・と?
行幸の顔色が一気に曇る。
「な、何を言ってるんだ?おい!ちょっと待て?俺は何の相談もされてないぞ?聞いてないぞ?」
「だって、行幸には相談してないし…でもね?お父さん達はOKしてくれたよ?あとね…私が行幸と付き合いたいって言ったら、そこまで言うならって…OKしてくれたんだ」
行幸が硬直した。そして菫も硬直した。
しかし、行幸は即立ち直る。立ち直りレベル8の行幸はこんな事では挫けない。
親父!お袋!なにやってんだよ!俺に妹と強制同棲をさせる気かよ!
普通はもっと抵抗しないか?駄目って言わないのか?おいっ!
「幸桜…落ち着け?」
「落ち着いてるよ…」
「い、いや、今の幸桜は冷静じゃない。だいたい俺の部屋にくるとか間違ってるし、親父やお袋が付き合うOKをそんな簡単にするはずない」
幸桜は不満そうに唇を噛むと瞳を潤ませた。
「私は間違ってないよ!それに…簡単にOKしてくれてないもん!大変だったんだから…本当に大変だったんだよ?説得したんだから!私はその位に行幸が…」
その時だった、後ろから菫の上ずった声が聞こえた。
「わ…私は帰るからっ!」
菫はそう言うといきなり駆け出した。
「お、おい!待て!」
ここで菫が帰るとまた話がややこしくなる。意地でも逃がしたら駄目だ。
行幸は横をすり抜ける菫の手を掴もうとしたが、菫はそれを素早く躱した!
や、やばい!躱された!
走ったらあいつの方が早いんだよ!昨日だってこれで逃げられたんだ!
「菫、待てって!」
しかし、菫は行幸の引き留めも聞かずに勢いよく駆け出す。
「ちょっと待って下さい!」
それを止めたのは幸桜だった。
幸桜は素早く駆け出すと、走り去ろうとする菫の腕をしっかりと掴んだのだ。
振り向く菫。キリッっと菫を睨む幸桜。
「まだ話は終わってないんです!逃げないで下さい!」
「に、逃げないでって言われても私は困るし。あれだよ?私は別に逃げてるんじゃなくって、家に戻ろうとしてるだけだし。こ、幸桜ちゃんは行幸と話があるならすればいいじゃない?私には関係ないでしょ?」
「関係あります!私は菫さんに言いたい事があるんです!」
菫は目の焦点が定まらずにおどおどしている。混乱しているのが一目でわかる状態だ。
「幸桜、お前は菫に何を言うつもりなんだ」と言いながら、行幸は幸桜と菫の間に入った。
幸桜は涙目で割り込んだ行幸を睨んだ。
行幸はあまりの緊張感に【ごくり】と唾を飲む。心臓がドキドキと強く鼓動する。手には嫌な汗が大量に出る。考えていたはずの言葉が出てこなくなった。
行幸は自分の腕をつねる。ぎゅっと強く。すると、痛みがズキっと腕に走る。
俺は何やってんだよ!ここまで来たら後には引けないだろ!
いちいち緊張して話せなくなってるとか、ヘタレもいいとこだろ!
しっかりしろ!俺!
そう自分に言い聞かせた。
「何よ行幸!そこどいてよ!」
幸桜は顔を真っ赤にして行幸の肩に手をかける。そしてぐっと目の前から退かそうとした。
ここで格好良く「誰がどくか!」とか言ってやろうとした行幸だが、簡単に二人の間から排除されてしまった。
意気込みだけでは妹には力で勝てませんでした。
「ちょと、ま、まてっ!」
慌てて再度入り込もうとするが、幸桜の睨みバリアが凄まじい。六歳も年下の妹の睨みに躊躇する行幸。さっきの意気込みは何処へ行った?
そして、その躊躇が仇となる。
行幸を睨みで石化(硬直)させた後、幸桜は意を決して菫に向かって怒鳴ったのだ。
「私は菫がんが恋愛対象者だとしても絶対に負けません!私も行幸が好きなんです!だから…だから私は貴方に宣戦布告します!」
幸桜の戦線布告に菫の目が点になる。
言いたい事を言い切った幸桜は顔を真っ赤にして「はぁはぁ」と息を荒く菫を見ている。
そして、行幸は額に手を当てて深い溜息をついていた。
やっちまった…
「私は…菫さんに行幸を渡さないから!いくら菫さんが行幸を好きでも、私も負けないくらいに好きだから!負けない!」
キリッっと睨む幸桜。
菫はゆっくりと視線を行幸に向けた。
「ええと…行幸?これってどういう事かな?」
菫さん。ちょっと言動が冷静で怖いです。
「いや…菫、ちょっと待ってろ。お、おい!幸桜!もういいから!解ったから!」
「何が解ったのよ!いいでしょ…私は行幸が好きなんだもん。やっぱり諦められないんだもん!だから言いたい事は全部いいたかったんだもん!」
幸桜の瞳に薄っすらと涙が見えた。体か震えている。
そこで行幸はハッとする。
そうだ。本当は幸桜はこんな好戦的な性格じゃない。でも…俺を好きだから…無理をして…くそっ!強がりやがって!
幸桜の俺に対する愛情がすごく伝わった。でもな、おかげで最悪のシチュエーションになった。
涙目の幸桜は涙を隠すように手で拭うと、行幸に向かって言う。
「ねぇ、行幸?行幸が男に戻るのって、恋愛対象者を全員ふるのでもいいんだよね?なら、私が彼女になって、菫さんをふっちゃってもいいって事なんだよね?そうだよね?」
チラリと菫を見る幸桜。
「へっ?な、何だよそれ?」
「だってそうでしょ?恋愛の順番なんて関係ないんでしょ?あれだもん。私は行幸が女性のままでも好きだもん。だから、彼女になれるし!だから大丈夫だよ?私を選んでくれれば男に戻れるから!」
確かに…言われてみれば、そういうやり方もありかもしれない。
でもな。お前も恋愛対象者なんだ。遠回しにしなくても、俺が幸桜を選べば、それで俺は男に戻れる。
だからって簡単に選べないんだよ。
「幸桜ちゃん?確認するけど、私が恋愛対象者って本当の事なのかな?それで、何で幸桜ちゃんが行幸の彼女とかそういう話になってるの?あれっ?おかしいなぁ…幸桜ちゃんはもう行幸の彼女なんじゃなかったっけ?あれれ?ねぇ行幸?これってどういう事なのかな?」
菫、何で落ち着いてるの?怖いよ…それに、もう色々複雑すぎて話すのが面倒だし…
行幸は頭を抱える。
「えっ?嘘っ!」
突然声を上げたのは幸桜だった。
ハッと何かに気が付いたのか、顔色が一気に青ざめる。
「え、えっと…行幸?もしかして…菫さんって…自分が恋愛対象者だって知らなかったの?」
今頃気が付いたのかよ!勢い任せで菫にばらしやがって。
それが幸桜の悪い癖なんだよ…
昔からそうだよ。勢いは需要だと思うけど、この勢いは死亡フラグを立てる確立が高いんだよ。
「ああ、そうだよ。菫は自分が恋愛対象者だって知らない…いや、知らなかったんだ」
「う、嘘!?嘘でしょ?えっ?じゃあ何?私が菫さんに教えちゃったの?」
「そうなるな」
「私…なにしてるんだろ…」
ドーンと落ち込む幸桜。
「そっか、本当なんだ。私が恋愛対象者って本当の事なんだね」
幸桜は震えながら菫を見る。
しまったという表情で再びがっくりと肩を落とした。
「あはは…そっかぁ。私だったんだ?私が恋愛対象者だったんだ…」
菫の顔が赤くなった。そして、感無量な表情で瞳に涙を浮かべると、両手で顔を覆った。
その反応を見た行幸は驚いた。
あれ?おかしい…普通の菫なら、「何で教えてくれなかったのよ!」とか「嘘でしょ?」とか、そういう反応をするんじゃないのか?喜んでる!?
行幸は下手をすると、またこの場から菫は逃げ出す可能性もあると考えていた。しかし、この反応だ。
そんな反応を見て、幸桜は今にも泣きそうな顔になる。
「行幸ぃ?どうしよう…私…すっごい馬鹿な事しちゃったかもしれない…」
「本当にどうしよう…」といった表情で行幸を見る。
しかし、本当にどうしようもない。これぞ自爆だな。俺も誘爆された感じもあるけど。
「幸桜、しちゃったじゃないぞ?したんだぞ?」
しかし、これで完全に菫に恋愛対象者だってバレた訳だ。
これが良い方向に向かっているのか、それとも向かっていないのかは、実際問題は今はわからない。
普通ならきっと、フロワードみたいに知らないで終了した方がいいんだろうとは思う。(終了なのね)
でも今回のケースが色々普通じゃなさすぎるんだよ。
俺が女になるわ、恋愛しないと男に戻れないわ、天使が出てくるわ、フェロモンとかいう訳のわからないパッシブスキル【※Ⅰ】を付けられるわ…
そう、これは普通じゃないんだよ!これはリアル恋愛ゲームなんだ!
セーブなし、ヒントなしの過酷なバージョンだけどな…
でも、これはこれで俺も踏ん切りがついた。
幸桜のおかげで、菫に恋愛対象者だってバレたんだ。だから結果的には結論を出さなければいけない状態になったんだ。
行幸は落ち込む幸桜を見る。
そして…お前も恋愛対象者なんだぞ?幸桜。
後悔の色がまざまざと全身に見える幸桜を見ながら行幸は決心する。
よし、幸桜にも話すか。ここまで来たら、黙っていても何のメリットも無いしな。
幸桜が恋愛対象者だったとか、後でバレたらきっと激怒するだろうし、俺を諦めてくれない可能性だってある訳だしな。
それに、幸桜は俺をこんなにも好きだって言ってくれている。
そして、俺が幸桜の恋愛感情を深い、深い、深層からサルベージしたんだよな。そう、俺が恋愛対象者にしたようなもんだ。
行幸は「ふぅ」っと息を吐いた。
話すと決めた途端に緊張が行幸を襲う。
冬なのに体は緊張で熱を帯びる。
よし…話す。話すぞ!そうだ!二人に話すんだ!シャルテとの約束を果たす為にも…話すぞ!
行幸はぐっと拳を握り締めると震える声で二人に向かって言い放った。
「おい、幸桜、菫、聞いてくれ」
その声に反応した菫と幸桜が行幸の方を向く。
今までにない行幸の真剣な表情を感じ取ったのか、二人は真面目な表情になっていた。
そして、二人の女性にじっと見られる行幸。
くそっ!変な緊張が襲ってきやがる。
心臓は口から出そうなほどにバクバクいってるし、握った拳も汗まみれ。喉までからからだよ。
でも…俺は!
「二人には教えておく。二人とも…そう、菫も幸桜も…」
二人はじっと行幸の言葉に耳を傾ける。
「ふぅ」っと息を軽く吐く行幸。
よしっ!覚悟は決めたんだろ!言え!
「菫も幸桜も二人とも俺の恋愛対象者なんだ!」
行幸は言い切った。
続く
ついに行幸は幸桜と菫に言い放った!
さて、これからどうするつもりなんでしょうか?
引くに引けない行幸。オープン三角関係が展開される!?
この恋愛バトルに勝つのは、幸桜か?菫か?それとも…
※Ⅰパッシブスキルとは?
・能動的な使用を必要とせず常時発動するスキルの事。要するに自分では制御不可能な常時発動スキルです。(作者の見解)
今週は一話のみ公開です。終盤って結構悩みが多くなりますね…現在、悩みながら修正しつつ執筆中です。更新が遅くて申し訳ないです。