第七十四話【俺は次のステージへ進むぜ!】
リリアに『合格』だと言われた行幸。シャルテは自分の為にフェロモンを解いて消えていった。俺はやらなきゃダメだ!ポジティブモードに突入した行幸の新しいステージが今始まるかも?(疑問符かよ!)
シャルテもリリアも消えた。さっきまで俺の目の前で起こっていた事が嘘のようにシーンと辺りは静まり返る。そんな中で唯一響く音があった。
「グググガァァー」
激しいいびきの音。そう、店長が爆睡していびきをかいていたのだ。
そんな店長を見ながら「ぷっ」と噴出す行幸。
本当に爆睡してるし。すげぇなぁ…こんな寒いのに寝れるとか…
行幸はブルっと体を振るわせた。落ち着いてみると寒さが身にしみる。ぶっちゃけ目茶くちゃ寒い。
くそっ!さっきまで寒さなんて感じなかったのに…うぐぐぐ…寒い。
行幸が両腕を胸の前で組むと、震えながら店長の眠っているベンチまで歩いた。そして、ベンチまで行った行幸は店長の体を揺する。
「店長!店長、起きて!起きて下さい!」
店長は「うーん?」と寝ぼけ眼で目を覚ます。そして、目をごしごしと擦りながら周囲を見渡した。
「あれ?ここは?」
ぼけてる。自分が何処にいるのかも忘れてるのか?
「ここはじゃないですよ!まったく…」
「おっ?行幸?ああ!そうかって!俺は寝てたのか?」
店長は今の状況をやっと思いだしたらしい。そして、行幸の顔をじっと見る。
「寝てました…しっかりと」
「うーーーん!しかし、良く寝たな」
店長は両腕をぐんっと頭の上まで伸ばし、首をカクカクと左右に振る。するとポキポキと間接の音がした。
「えっと…店長!色々すみませんでした」
行幸は起きたばかりの店長にいきなり頭を下げた。
すると、店長は首を傾げて何の事だといった表情で行幸を見る。しかし、すぐに理解が出来たのか、ハッとした表情になった。
「何だか俺が寝てた間に行幸も元気になったみたいだな?まぁ元気になったのならもういい。謝らなくてもいいぞ?あはは」
店長は一回り小さな行幸の頭を優しく撫でた。
「ちょ、ちょっと!俺は子供じゃないんです!」
「俺にとっちゃ大事な店員であり、そして後輩だぞ?おまけにまだまだお子様だ」
そう言った店長の笑み。これは大人の貫禄?なんだかでっかく見えた。
なんだかんだと、店長はやっぱり俺よりもずっとずっと大人だって感じた瞬間だった。
と思っていたのに!
「そ、そうだ!【水無月あやせ】は?」
さっきまでの大人な雰囲気はどこいった!目の色を変えて周囲を見渡す店長。っていうかそれって誰だ!
「えっ?そ、それって誰ですか?もしかしてシャルテの事?」
店長はしまったという表情になる。
「そ、そうだ!あの女はどこへ行ったんだ?どうしても俺はあいつに確認したい事があったんだよ!」
ものすごく興奮している店長。それもシャルテに?何で確認するんだ?【水無月あやせ】に関連するのか?(正解!)
そうだ、シャルテはどうする?どう言えばいいいんだ?ここはやっぱり帰った事にすべきだよな?まさか天使になりましたなんて言えるはずない。
行幸は店長のテンションに少し動揺しながら言った。
「も…もう帰りました」
「帰っただと!?」
「そ、そうだけど?どうかしたんですか?」
「な…なんだと!?【水無月あやせ】が消えてしまった…くっ…」
そう言って頭を抱える店長。
出た…水無月あやせ。何だそのアニメキャラみたいな名前は?シャルテとどういう関係があるんだ?
行幸はシャルテがまさか自分と同じアニメのキャラを題材にしているなんてこれっぽっちも気が付いていない。だから、頭の上には疑問符がいっぱいだった。
「えっと?誰ですか?その女性は?」
「えっ?あっ!い、いや…えっと…シャルテの事だ。でもな、あれだ…いや、ちょっと色々あってな…うむ」
挙動不審とはこういう事を言うんだな。
しかし…本当にさっきまでの大人な雰囲気の店長はどこいった!
「シャルテがどうかした?」
「いや…いい…別にもういい…いいんだ…くっ」
見るからに沈んでいる店長。どうしてそこまで沈む?やっぱりあの【なんとかあやせ】って名前と関係があるんだろ?
「もしかして、なんとかあやせ?という名前とシャルテと関係があるって事?」
「…いや…だから、もういいんだ」
関係あるんだなこれは。店長の反応ですぐにわかる。
「よし、残念だけど今回は諦める」
店長はそう言って一人で納得した。
「何を諦めるんだよ…」
思わず突っ込む行幸。
「お前は知らなくってもいい。そう、踏み込んだら駄目なんだ。《シャルテが男か女か確認したかったとか言えるはずないだろ!》」
「うーん?まぁ…いいよ。店長がそういうなら」
店長は落ち着きを取り戻したのか、表情が穏やかになる。そしてニコリと微笑むと着ていた上着を取り、行幸に掛けた。
その行動に驚いた行幸。
「て、店長?いいよ!いいって!店長も寒いでしょ?」
「馬鹿か?行幸はずっと外をそんな薄着で歩いていたんだぞ?体の真から冷えてるだろ。だから遠慮するな。あ!そうだ、ホットコーヒー飲むか?」
と投げ掛けると同時に、店長はすでに自販機に向かっていた。
「どれがいいんだ?言ってみろ。今日は俺がおごってやるよ」
行幸はちょっとジーンときてしまった。
なんていうか…やばい…店長が優しすぎる。全俺が感動してる。
「な…なんでもいいです…」
まるで彼氏とデート中の彼女みたいに、行幸はちょっと照れながら自販機の横まできた。
「じゃあ…お前はいつも甘いコーヒーを飲んでるから…これか?」
そう言って、甘めのコーヒーのボタンを押す。
ガタンと出て来たコーヒーを店長は取り出すと、空中でくるんと一回転させてうまくキャッチ。
「ほら!温かいうちに飲めよ」
おい、店長…あんた彼女がいないけどさ…それって絶対につくりたくないからだろ?
今の俺から見た店長は体格が良くて、格好よくて、気がついて、優しい。やばい…俺が女だったら惚れたかもしれないなこれ。
それくらいに今の店長が格好よく見えた。
「どうした?冷めるぞ?」
店長は自分用に買った缶コーヒーのタブをぷちっと引っ張りあげた。そして豪快にごくごくと腰に手を当てて飲む。
おい、その飲み方は銭湯あがりの牛乳だろっと突っ込みたくなるほどに豪快だった。
そんな店長を見ながら行幸もコーヒーを飲む。
ごくりとコーヒーを口へと運ぶと、暖かい液体が体の中へと入るのが解る。そして、中からふわっと暖かさを感じる。
「暖まる…」
「だろ?」
また店長は笑みを浮かべた。本当に嫌みの無い笑顔だ。
本当に俺の我が侭で振り回したあげくに、俺を捜しに来てくれて…マジでお礼の一つもしないと申し訳ないよな…
行幸はそんな事を考えながら店長を見る。
「よし!戻るか?」
店長はそう言うと、少し離れた場所で倒れている自転車を取りに行った。
そして、自転車を起こすと行幸のいる場所まで戻ってきた。
「よし、乗れ!お前の為に今日はお前専用の特別席を用意しておいたんだ」
「いや、そこにシャルテが乗ってたじゃん…」
つい突っ込む行幸。
「あっ…行幸、あんな状況でもちゃんとそこらは見てたんだな?」
そう言うと、ちょっと照れくさそうに店長は笑った。
「すまんな、言い直す。さっきまでは専用じゃなかった。しかし、今からは行幸専用だ。はやく乗れ」
切り返しが微妙にうまいぞ…おいおい。でも…これって俺を家まで送ってくれるって事だよな?でも流石にそこまでしてもらうのも…だよな?
「いや、そこまでしてくれなくってもいいですから…」
「遠慮するなって!っていうか、俺はお前をアパートまで送らないと気が済まない!」
「大丈夫だから。ここからアパートまで歩いて帰れるし、それに店長の家って遠いんじゃ?」
「あーまったく世話が焼けるな!」
店長は自転車のスタンドを立てると、行幸の所まで歩いてゆく。そして、行幸の脇を持ってひょいっと抱え上げた。
その時、ハッと行幸の脳裏にある事が思い浮かんだ。
「そうだ…前にこの状態で店長にシェイクされた記憶がある!」
そう、行幸が女になった初日に行幸は店長にシェイクされた。
まぁあれはフェロモンの影響を受けたせいなんだが…
「えっ?あっ!ああ…あれだ…いや、あの時はすまん…ちょっと俺もおかしかったというか…」
「いや、えっと…もう別に怒ってないんだけど…でも思いだしたからつい言ってしまいました」
「そっか、もうあんな事はしないから…って…話は変わるけど、あれだ…お前って軽いな?」
「へっ?軽い?って!うわぁあ!」
店長は軽々と行幸を自転車の後部座席まで運ぶ。
「本当に軽いな」
「いや、俺が軽いんじゃなくって、店長の力がすごいだけですって」
「あははは!そうなのか?よしっ!ちゃんと捕まれよ?俺の運転はすごいからな?」
「あ、いや!だから俺は自分で歩いて帰りますから、いいですいいです!」
そう言って行幸が自転車から降りようとした時。
「煩い!俺の言う事を聞け!人に散々心配かけやがって!どれほど心配したと思ってやがるんだ!」
店長は険しい顔で行幸を怒鳴った。その声に行幸は身を竦ませて体を震わせる。怒った店長はマジで怖い…
しかし、店長はすぐに柔らかい表情に戻った。
「なんてな…怒っても仕方無いんだが…でもな?あまり強がるな。何かあったら言えよ。恋愛相談は苦手だが、一応はどんな相談でも乗るから」
「あ…うん…」
行幸は別の意味で震えた。
やばい…このギャップ…っていうか…店長がマジ男前だ。何でこれで本当に彼女がいないんだ?これってあれだろ?絶対に彼女を作らないだけだろ?二次元が好きだから作らないんだろ?
「出発するからな?」
そう言って店長は自転車を出した。
真夜中の道路を二人乗りで自転車は進む。風はすごく寒いが店長の上着が暖かい。そして…店長の背中が温かい。
「店長」
「ん?」
「…素朴な疑問なんだけど」
「何だ?」
「えっと…店長って何で彼女がいないんですか?」
「んー?そうだなぁ…それは、俺が二次元好きだからじゃないか?」
俺の予想通りだった。というか即答な上に捻りがない…なさすぎるぞ店長!
そんなこんなで行幸のアパートに到着した。
ここまで来る途中も俺を気遣う会話をしてくれた店長。
やっぱりフェロモンの影響を受けていない店長は真面目な大人だった。本当はオタクだけど、そんなの関係ないってよくよく理解できた。
逆にフェロモンの恐ろしさをよくよく理解できた…消えてよかった…
「もうこんな時間だけど、ちゃんと体を温めて寝るんだぞ?わかったな?じゃあ…俺は戻るからな?」
店長はそう言うと立ち去ろうとする。
しまった!やばい!何かお礼をしなきゃまずいだろ!まだまともにお礼を言ってないじゃないか!
「ちょっと待って!店長!ちょっと待って!」
「ん?」
店長は俺の為にここまで頑張ってくれたんだ。店長の喜ぶお礼をする!
行幸は考えた。どうすれば店長が喜ぶのか。そして閃いた。
今の俺が店長に対して出来る最大の奉仕…それは『神無月みゆき』のまねをして御礼をする事だ!よし…店長が萌えるシチュエーションは?
色々と構想を考える。一番店長が喜んでくれそうな構想。そして、俺の考えは纏まった!
「店長…自転車を降りてちょっとそこに立ってて貰えますか?」っと花の生えていない花壇の横を指定する。
「んっ?あ、ああ?」
店長は不思議そうな顔で行幸を見ながらも、その指示に従った。
行幸は一歩後退すると目を閉じた。
よし…気持ちを入替えるぞ。俺は『神無月みゆき』になりきる。
行幸は再びゆっくりと目を開く。
すーっと両手をヘソの前あたりで組み、そして、体を右へちょっと傾かせながらニコリと笑顔をつくった。メイドみたいな感じだ。
その動作を見ていた店長の目が大きく開かれる。どうしたんだ?と言う目で行幸を見る。
「行幸?」
「はい…なんでしょうか…」
声も変えた。とはいっても元々がアニメ声だから、意識すればすぐに出るんだが。
「お、おい?どうしたんだ?」
店長は驚いてる。やった!驚いてるぞ?このまま一気に!
「私…店長にお礼を言ってませんでした…だから…お礼を言わせてもらってもいいですか?」
今だせる限りでの最高に可愛らしい声を出すと店長は顔を真っ赤にした。
こんな店長を見るのは始めてだ。何だか楽しい!
俺は調子にのって一歩前に出て満面の笑みで店長に微笑みかけた。
「店長、今日は本当にありがとうございました。私…本当にとっても嬉しかったです。私をこんなに心配してくれただなんて…」
ここで店長から視線を外して、すこし恥ずかしそうにもじもじっとする動作。この恥ずかしそうな動作がポイントだ。
「えっ?い、いや…」
照れくさそうな店長。本気で照れる。うわぁ…これは貴重だ。
「あの…店長…」
右手を軽く握り、ゆっくりと口元へともってゆく…そして恥ずかしそうに、照れつつ視線を上へと上げてゆく…そのまま店長の瞳を見る…
視線があったらゆっくりと歩き出し、店長の横にある花壇の段差にひょいと乗る。
よし、順調だ!最後は耳ものとで…
「これ…お礼です…チュっ」
行幸は精一杯背伸びをして店長の頬にキスをしてあげた。
ぶっちゃけ男にキスなんて気持ち悪い。でも、これはお礼なんだって割り切ってみた。でも…何だ?思ったよりも気持ち悪くないのは何故だ?
「お、おいいいいいいいいいいいいい!」
店長は見た事もないくらいにあわふたと動揺する。
あまりにもその動作が面白くって、行幸は思わず微笑んでしまう。
「店長。今はこんなのが限界です。でも、そのうちちゃんとお礼しますからね?」
行幸がそう言うと、店長はちょっと照れくさそうに頭をかく。
「まったく…マジで心臓が止まるかと思った。それくらいに驚いたし嬉しかったよ。なんて言ったって、あの【神無月みゆき】が俺にキスしてくれたんだからな。という事にしておくぞ?まさか行幸にキスされたとか、誰にも言えないしな」
そう言って店長は笑った。
次のステージへ!続く
今回は久々に店長がメインです。しかし、やっぱり店長は大人です。
ちなみに、行幸はちょっと敬語でした。理由は想像してみてください。
今回で長かった『オフ会の日』が終了です。
これからは最後の決戦?へ向けて突き進みます。
もう少しお付き合いください。宜しくお願いします。
そして…息抜きに書いた『俺が魔法少女ルナだ!』もよかったら読んで見て下さいね!
今週はこの1話のみです。ごめんなさい。次週までお待ちください。