第七十一話【俺はどうすればいいんだろう?Ⅰ】
女のままずっといると決意した行幸。しかし、そんな行幸に強敵が現れた!
さぁ、シャルテ相手にどこまで自分の主張を貫き通せる?物語はクライマックスに突入だ!
なんて…書いてみたら顔は赤くなった作者です。
シャルテは顔を歪める。
思っていたのと違う。きっと行幸は喜んでくれると思っていた。なのに…
目の前にいる行幸は一つも喜んでいない。
シャルテの気持ちは一気に焦りを感じ初めていた。
「な、何だよその反応は!行幸は嬉しくないのか?フェロモンが消えるんだぞ?」
シャルテが強い口調で消える事を主張したにも関わらず、行幸は下を向いたまま「ふぅー」と溜息をつく。
「な、なんで溜息なんて…行幸!」
「いや、あれだ、嬉しいよ。うん、嬉しい」
そう言って作り笑いをする行幸。
「……う…嘘だ!全然嬉しそうじゃないじゃないか!僕がわざわざフェロモンを消す為に戻ってきてやったのに!いや、戻った所じゃない!行方不明になった行幸を探してやったんだぞ!なのに何だよその反応は!おい!」
「……」
行幸から返事はない。
「何とか言えよ!何も言えないのか?それとも、フェロモンを消して欲しくないのか?もしかして、フェロモンで暴走する人を見て楽しくなったのか?おい!」
「…」
「否定しろよ!嫌なんだろ?僕が暴走した時だってすごく心配して…うぅ…くれたじゃないか!」
「…」
「言い返せよ…いつもの勢いは何処に行ったんだよ…行幸らしくないじゃないか…もっと何か…こう…行幸っ!おい!」
「…」
「早く言い返せ!前みたいに僕に言い返してみろ!この姿を見て突っ込みを入れないのかよ!」
シャルテはイライラしながら行幸に向かって怒鳴った。
元気が無い行幸を見て胸が苦しくて堪らない。だからこそ怒鳴ってしまう。
シャルテが苦しそうな顔で目を閉じる。そんなシャルテを見ていた行幸は流石に気まずくなった。
行方不明になった俺を捜してくれたのは事実だ。店長もシャルテも俺を心配してここに来てくれた。
シャルテは俺のフェロモンも解いてくれるって言ってる。
本当は嬉しい。けど…今は…
「ごめんなシャルテ、俺さ、ちょっと疲れたんだ…」
本当に疲れたように行幸は言葉を返した。
「何だよ?どうしたんだよ?行幸はもっとポジティブだったじゃないか」
「だから、いい加減つかれたんだって…」
「疲れたって…そんなの休めば回復するだろ?」
小さく首を振る行幸。
シャルテの体が震えだした。そして、こんな弱気な行幸の側にいるのが辛くなった。
「そんな弱気な行幸なんて…本当の行幸じゃない…」
思わず漏れる本音。
「そっか…でも、これが本当の俺なんだ。残念だけど俺はシャルテが思うほどポジティブじゃないんだ」
行幸はまるで諦めたような表情でシャルテを見る。シャルテも行幸を見返えした。
シャルテの視界には元気の無い笑みの行幸。
シャルテの心が潰されそうに苦しくなる。
駄目だ…このままじゃ行幸がダメになる!そうだ、フェロモンを解けばもしかして…
「解った!もういい!僕が強制的にでも今からお前のフェロモンを消してやる!」
そう言ってシャルテは両手で行幸の肩をぐっと抱いた。
こうなったら強引にでもフェロモンを解こうと強行突破に出た。
「痛たたたっ!」
シャルテに肩を掴まれて、行幸が苦痛の表情を浮かべる。痛みを訴える。
その声に一瞬シャルテの肩を持つ手が緩んだ。しかし、ここはぐっと堪える。肩を離したら行幸は逃げるかもしれない。だったらやっぱり強引にでも!
「行幸!こっちを向けよ!」
しかし行幸はその言葉に反抗するかのように顔を反らす。
「こっち向けって言ってるだろ!」
シャルテは涙目で怒鳴った。すると、行幸は一瞬だがシャルテの表情を伺う。
「何でそっちを向かないといけないんだよ」
「それは…行幸のフェロモンを解く為に決まってるだろ!」
「…フェロモンを解くって…何する気だよ」
行幸は顔を強張らせる。シャルテは即答できない。
まさかキスをするだなんて言って行幸が受け入れてくれるのか?いや、きっと行幸は嫌がる…僕とキスなんてしたくないって思ってる。
そう思ったからこそ何も答えられなかった。シャルテは無言は目を閉じてしまう。
行幸はそんなシャルテをチラチラと見ていた。そして行幸はシャルテに向かって言った。
「本当はリリアに伝えようと思ってたんだけど、シャルテに伝えておく」
シャルテはその言葉に目を開く。そして行幸をじっと見る。
「俺さ、恋愛対象者の中から一人を選ぶなんて無理みたいだ。だから…一生女のままでいいと思ってる」
そう言って、行幸は諦めの笑顔をつくった。
シャルテの心臓はドンっと強く脈うつ。衝撃が体に走る。驚いた。いや、それ以上の反応。
「な、何を言ってるんだよ!嘘だよな?あ、あれだぞ?フェロモンが消えたら恋愛だってちゃんとできるようになるんだぞ?」
信じられないといった表情で行幸を見るシャルテ。
「フェロモンが消えたって、俺には菫と幸桜のどっちかを選ぶなんて出来ないって事だよ」
ここでフロワードはどこいった!という突っ込みをするべき所だが置いておく。(おい
シャルテは行幸の態度と台詞に動揺しまくる。心臓は緊張と動揺から弾けそうに強く鼓動する。
「ちょっと待てっ!まだ時間だってあるんだぞ?こんなに簡単に諦めてどうするんだよ?大丈夫だって、選べる!行幸なら選べるって!」
「何でシャルテがそう言い切れるんだよ?」
「うっ…で、でもあれだ。お、男に戻りたくないのかよ?本当は戻りたいんだよな?」
シャルテの表情には焦りが見える。しかし、行幸の反応は冷たい。
「もうどうでもよくなった…」
「嘘つくな!どうでも良くないだろ!」
シャルテは目を閉じると顔を真っ赤にして怒鳴った。
「怒鳴るなよ。だいたい、罰で俺を女にしたのはお前だろ?なのに俺に男に戻って欲しいのか?あはは…まったくもって意味がわかんねーよ」
行幸はそう言うと「ふっ」っと馬鹿にするように笑った。それが嘘笑いだとすぐにシャルテは気がつく。
シャルテはそんな行幸を見ていて何か悔しさが沸いてきた。そして悲しさも沸いてきた。
「何で…何で…何で…」
シャルテの体が震える。
「このまま俺は女のままでいてもいいんだよな?それでもいいってお前らが前に言ったんだよな?だから俺は女のままでいいって言ってるんだよ」
シャルテはぐっと涙を堪える。ここで泣いたら行幸に色々とバレ可能性がある。
だから、ぎゅっと唇を噛み締めた。その痛みで涙を我慢した気持ちを散らした。
シャルテの口の中には血の味が広がる。顎を何かか伝わる感触が脳に伝達される。
「お、おい!シャルテ、何してんだよ!唇から血が出てるぞ!」
行幸は驚いた表情でシャルテを見た。
冷静なフリをしていた行幸。しかし、血が出るまで唇を噛んだシャルテを見て流石に冷静でいられなった。
シャルテは滴る血を気にする事も無く震えた声で口を開く。
「馬鹿だ…行幸は馬鹿だ!大馬鹿だ!何を…何を開きなおってるんだよ!僕はな、僕は行幸に本当に男に戻って欲しいって思ってるんだ!そりゃ、最初はネカマで人を騙すとか、酷い事をしていたからそれで女にしたのは事実だよ!そりゃ、最初はこんな酷い奴は一生女でいれないいって思ってたよ!でもな…でも…今は一生女でいて欲しいなんてこれっぽっちも思って無いんだ…思って無いんだよ!本当に思ってないんだからな…」
「………へ…へぇ…そう思ってるのなら今すぐ俺を男に戻してみろよ」
言葉と裏腹にシャルテが心配でたまらない行幸。
自分の事を考えてくれているって言葉の重みで理解は出来ている。しかし、それでも懸命に強がってみせた。自分の主張を通す為に。
「ごめん…それは…無理なんだ…」
シャルテは俯いたまま小声で返事をした。
「ほら、無理なんじゃないか。だったらいいだろ…俺がこのままでいいって言ってるんだ」
シャルテは顔を上げて行幸を見る。すると、その表情には覚悟が見えた。それは女のままでいる覚悟だ。
シャルテは震えながら行幸の肩の上で拳を握る。
「おい…それって本気で…本当に本気で言ってるのか?」
「…ああ、本気だ…俺は恋愛なんて出来ない…いや、元々俺は恋愛をしたいなんて思ってなかったんだよ。お前にだって解るだろ?俺には二次元がお似合いなんだ。MMOが出来て、エロゲーが出来て、漫画が読めて、そこそこ普通の人生が送れればそれでいいんだよ。恋愛なんて面倒なだけだ」
「あとな、俺が女のままでいればあの二人だって俺を諦めるしかないだろ?愛想を尽かすだろ?きっと別に恋人をつくって幸せになるはずだって。俺なんかと一緒になってもろくな事なんてない。俺が保証する」
シャルテはその言葉に耐えられなくなりついに下を向いた。体をプルプルと震わせた。
本気で大好きな行幸がとても本音とは思えない言葉を羅列している…
行幸は暗闇の中をポタリと地面に落ちる一滴の液体に気がつく。
薄暗い闇の中でも、その液体の落ちた場所が染みのように濡れてゆく。
「おい…さっきから勝手な事ばかり言いやがって…」
シャルテの声が震えている。
「恋愛を馬鹿にするなよ…行幸だって解っているんだろ?菫と幸桜がどれほど行幸を好きなのか…」
しかし行幸は何も答えない。
「恋愛対象者っていうのはな、言わば人間の言葉でいう赤い糸で繋がれる可能性のある相手なんだよ…それくらいの強い絆を結べる相手なんだよ…」
「…」
「行幸は知ってるか?」
「な、何をだよ」
「恋をするっていうのはとても辛いんだぞ…好きな人に振り向いて貰えないっていうのはすごく辛いんだぞ」
「…シャルテは知ってるのかよ」
「僕は…僕も知ってる。知ってるよ!だから言ってるんだ!行幸にそれが解るのか?その辛さが解るのか?」
「……」
「一生女でいい?お前を好きな人間の前でそんな事を言ってみろ…相手はどんな辛いおもいをすると思ってるんだ!菫や幸桜は自分じゃダメなんだってすごく傷つくんだぞ?そして、ずっと一生消えない心の傷になるかもしれないんだぞ?それなのに…そんな簡単に言いやがって…」
シャルテの言葉には重みがあった。涙を流しながら必死に訴えかけるシャルテを見ていると行幸の心臓はドキドキと鼓動を早める。
「菫も幸桜も本気なんだよ…行幸だって本当は二人が好きなんだろ?好きだから選べないんだろ…傷つけたくないって思ってるんだろ…」
ぽろぽろと地面が液体で濡れてゆく。
今までのシャルテとは全然違う。こんなに感情的になったシャルテは始めて見た。
「解ってる…行幸は自分を犠牲にしようと思ってるんだよな…お前って優しいもんな…馬鹿がつく程に…自分を犠牲にして、恋愛対象者を傷つけないようにしようとしてるんだろ…」
「シャルテ…俺はな…」
「でもな…恋愛で人が傷つかないなんて事はないんだ…誰かが幸せになれば、誰かが傷つくかもしれない。それが恋愛なんだよ…そして…でも…それを乗り越えなきゃいけないんだよ…乗り越えなきゃ恋愛は出来ないんだよ…」
「…」
「行幸の大好きなエロゲーだってそうだろ?ヒロインはいっぱいいるかもしれない。でもワンプレイで相手に出来るのは一人だろ?」
…ハーレム系もあるんだが…うーん。
「人生はセーブが出来ない。だから…うん…そういう事だよ…」
「まぁ…解るけどな…」
「失恋を経験をした人間は必ず成長するんだ…強くなれるんだ…そしてまた恋愛をするんだよ」僕はもう恋愛できないけどな…
「で…でもな…俺は選べないんだ。シャルテの言う通りであいつらを傷つけたくないし、俺ももうほっておいて欲しいんだよ」
行幸は本音をついに口に出した。シャルテはゆっくりと顔を上げる。そして右手で涙を拭う。
「そっか…うん…そっか…」
「シャルテ…ごめん…これが俺だ」
「謝らないでいい」
「でも…俺は…」
「だから、言ってるだろ?無理はしちゃ駄目なんだ。慌てなくってもいいんだって。行幸は大丈夫。恋愛できる!絶対できる!」
「シャルテはそう思うのか?」
「ああ、そう思ってる。僕は行幸が恋愛対象者の誰かと一緒になるまで行幸の側に…」
そこまで言った時、シャルテは言葉に詰まった。
そうだ、僕は行幸の事を忘れるんだった…
もう側で見守るなんて出来ないんだった…でも…
「行幸を見守るように天使長とリリア姉ぇにちゃんと頼むからさ…だから安心して恋愛してくれよ…お願いだから…」
「シャルテ…」
「ほら!そんなにシュンとした顔するなって!大丈夫!行幸なら出来る!うん、出来るって!天使の僕が保証する!」
シャルテはそう言って微笑んだ。その微笑はまるで天使のように…いや天使だった。
「でもな…俺は今のままじゃ菫と幸桜のどっちを選ぶとか本当に出来ない…」
「馬鹿だな…何度言わせるんだよ。焦ってどうするんだよ?きっとそのうち答えは自然と出るって。菫だって幸桜だってきっとそれまで待っていてくれる」
行幸はその言葉を聞いてしばらく考えた。そして、何かを決めたのか、小さく頷いた。
「そうだよな……シャルテの言う通りだ。結論は出さなきゃだめなんだよな?」
「うん…出さないとだめだ。だから…一生女のままでいるとか…そんな悲しい事を言わないでくれよ…お願いだからさ…」
シャルテは目頭を右手で押さえてそう言った。
そんなシャルテを見ていると行幸は自分が恥ずかしくなった。
俺は逃げていた。答えを出す事が出来ないと勝手に決め付けていた。俺がずっと女でいればいいなんて安直に考えていた。でも、そんな事をすればシャルテの言う通りあの二人は傷つくはずだ。
俺は男だ。そして…菫も幸桜もこんなダメな俺なのに好きでいてくれる。
自分の気持ちをハッキリさせないとダメだ!辛いけど選ばなきゃいけないんだ。
シャルテだって応援してくれてるんだ。時間をかけてでも俺は責任を果たさないと…
「よしわかった!弱気になってごめん。もう女で一生いるなんて言わないからさ」
行幸が覚悟を決めた顔でそういうと、シャルテは頬をピンク色に染めて嬉しそうにニコリと微笑んだ。
「うん…それでこそ行幸だ。僕が大好きになった行幸だよ」
「ああ!って…んっ?へっ?」
行幸の目が点になった。
今、聞こえた単語は何だ?確か…『僕の好きになった?』えっ?俺なのか?
シャルテはしまったという表情で口を押さえ。そして顔はどんどん真っ赤になっていった。
続く
シャルテの力説に負けた行幸。そしてシャルテの口から…
ヒロイン考察は頭痛がない事に…
という事で続きます!