第六十二話【俺が休まる時間って無いよね】
ついにまったく知らない女をアパートに連れ込んでしまった。いや違う!強引に付いてきてしまった!いや、それも違う?と、ともかく今日はもう酷い一日だよ!
ザーッとダイニングに響くシャワーの音。半透明のバスルームのドアからは肌色の影が見える。
そんな影を見て行幸はドキドキと緊張を高めていた。
「み、見とれてる場合じゃないだろ!」
行幸は慌てて片付けを始める。
行幸の作戦。アパートに入ったらとりあえずすぐにシャワーを浴びてもらう。その間に色々と片付ける。そして、作戦はとりあえずは成功した。
そして、その頃、バスルームでは。
シャワーって結構きもちいいんだな…
シャルテは生まれて始めてのシャワーを満喫していた。
天使には風呂に入る習慣が無い。外気温の影響をまったく受けない特殊な体を持ち、そして、体が汚れる事もない。だからお風呂に入る必要が無いのだ。
しかし、基本構造が人間とほぼ同じ恋愛担当天使の体は、人間が気持ち良い事は気持ちよく感じる。
「使い方わかるかな?」
行幸の声がドア越しに聞こえた。
「あ、うん、大丈夫」
シャルテはすぐに返事を返す。
「じゃあ、出た所にバスタオルと…えっと…し、下着とかおいておくから」
その台詞の後、ガサガサとドアの向こうから音か聞こえた。
どうやら外の脱衣カゴにタオルと下着を入れてくれたようだ。
「わかった。ありがとう」
シャルテはお礼を言った。
実はシャルテには下着の用意はあった。そう、あの勝負下着である。
実は、シャルテは例の倉庫から出て警察に電話をかけた後、バッグを探していた。
すると、バッグは道端に落ちていた。そして、不思議な事に中は濡れていない状態だった。流石、天使のアイテムだ。中身もちゃんとそのままだった。
だから、あの勝負下着がバックに入っている。しかし、だからと言って、シャルテは流石にあの下着をつける事は出来ない。
だって!あの下着をつけて何も勝負するものがないから!
だから行幸には着替えは無いと言ったのだ。
しばらくするとまたドアの向こうから再び行幸の声が聞こえた。
「えっと、下着は新品だからね!私は使ってないからね!」
下着が新品だと念を押している。
「え?あ、うん」
素っ気無く返事をするシャルテ。
「本当だからね!」
また念を押す。ちょっとイラッと来たシャルテ。しつこい男は嫌いです。
「あ、あとスウェットも置いておくから着てね」
「うん、ありがと」
でもまぁ…許す…行幸だし。
そして行幸の気配は消えた。しばらくするとまた行幸の声が聞こえる。
「ほ、本当に下着は新品だからね!」
やっぱり許すの止める。しつこすぎる!解ってって言ってるだろ!
「わかったって!」
思わず大声で返事をするシャルテ。
「ご、ごめん…」
謝る行幸の声。そんな行幸の声を聞くとまた許したくなった。僕って甘いなぁ
でも、何でそこだけ念入りに言うんだ?本当にしつこいなぁ…僕にとっては新品だろうが何だろうが関係ない。と思ったが、すぐにピンときた。
そっか、あいつ、男だからだ!行幸は無意識に男の行動をしてるんだ!
綺麗な物を女の子に使って貰いたい?えへへ…なるほどね、僕を女として意識してるって事か?ふふふ。
何故か顔がにやけてしまう。そしてご機嫌になったシャルテはシャワーを【入念】に浴びた。
そして十数分後、行幸がパソコンのある居間で片付けをしていると「行幸、出たよ」と紗瑠のご機嫌な声が背後から聞こえた。
シャワーを浴びて少しは元気になったのかな?っと行幸はその声ご機嫌な反応して振り返る。
すると目の前には下着姿の紗瑠が立っていた。
行幸は油断していた!そしてもろに下着姿を見てしまう。
自分が用意した水色のパンティが似合っている。しかし…しかし!
「ちょちょちょ、ちょっと!う、上!胸!」
上は!?ブラジャーは!?何でしてないんだぁぁ!タオルでちょいっと隠しているだけじゃないんか!それもバスタオル渡したのに、横にあったフェイスタオルじゃ隠しきれてないよおお!
「な、何でブラジャーしてないの?それに、あの、せめてバスタオルでお願いします!」
行幸は顔を真っ赤にして顔を反らした。
「だって…ブラジャーしてみたけど…サイズが違うし…行幸のブラジャーのサイズが大きいからぶかぶかだったし…行幸の胸ってある意味卑怯だよね?私だってそんなに小さくないって思ってたのに…」
そう言われて、思わず自分の胸を見る。
えっ?俺の胸ってこの子よりも大きいのかっ?実感が無かったが、実は誰よりも大きな胸だったりする?
「だからいいよ、ブラジャーは」
「だ、駄目だよ!か、乾かすから!すぐに乾かすからっ!」
そう言って行幸は洗濯機の方を…見ようと思ったら…おっぱいが見えた。
仕方ないじゃん!だって見えるんだもん!見えるんだもん!それと、やっぱりフェイスタオルは卑怯だ!隠してる部分が少なすぎる!
行幸の顔は真っ赤になった。
シャルテは何の文句も言わない。ただ行幸の反応をうかがっているだけだ。
しかし、その表情に照れはあった。ちょっとだけ恥ずかしいのか、シャルテの頬はピンクに染まっている。
「行幸に言っておくけどさ、ブラ…あの犯人のとこにおいて来たし…無いよ?」
そ、そうでした!だ、だけどこのままじゃ駄目だ!
行幸は慌てて立ち上がる。そして、ダイニングのカゴの中に置いてあった青いスウェットを取るとシャルテに押し付けた。
「こ、これっ!着て!」
「えっ?あ、ああ…」
真っ赤な顔で慌てる行幸を見てシャルテは笑いが出そうになる。
行幸ってほんと駄目だな。今は女同士なのにここまで動揺すると超絶不自然だろ?まったくなぁ。演技力が全然ないよなぁ。
でも…可愛いなぁ…行幸って。ほんと守ってあげたくなっちゃう。
ロリ天使が母性本能をくすぐられましたっ!なんてね。実はシャルテは行幸よりも遥かに年上であった。ロリボディだけど結構いい年齢でした。
え?いくつなのか?それは本人に聞いてください。そして、話を戻します。
読者の皆様なら解って居るかと思いますが、実は、シャルテは恥ずかしい気持ちを抑えて、わざと恥ずかしい格好で出てきたのだ。
理由は簡単だ。行幸が元々男だと知らない設定だから。意識するのは不自然だから。
だが、その恥ずかしさも吹き飛ぶくらいに行幸の動揺が凄まじかった。
逆に、またしても女として意識されたとわかり、気分が良くなる。
「う、受け取ってよ!早くっ」
行幸は両目を閉じてシャルテに向かって大きな声で言う。
シャルテはスウェットを受け取った。そして一言かましてみる。
「女の子同士なのに、何でそんなに恥ずかしがるの?目まで閉じちゃって。可愛いねっ」
行幸の目と口がパカっと開いた。「はっ」とした表情になる。今さら女同士だと意識した。
そして、まるでロボットのようにギギギと首を廻し、顔だけをゆっくりとシャルテの方へと向ける。
そう、顔だけである。視線はシャルテの方を向いてない。
「ス、スタイル良いから…みみみみとれてたダケです」
凄まじい言い訳。だって見てないじゃん!見とれる以前の問題だろ。
そして、頑張って笑顔をつくりましたよ!っと言わんがばかりのギコチナイ笑顔でニコリ。
でも、相変わらず視線が明後日の方向を向いている。意味がないだろ。
そんな動揺する行幸をもっと虐めたくなってしまったシャルテ。
前は散々行幸に弄られた経験がある。今こそ攻撃の時!そう言わんがばかりに攻撃を仕掛けた。
「ねぇねぇ、私ね、最近また胸が大きくなったんだ。行幸には敵わないけどさ…行幸、見て見て」
そう言うとグッドなおっぱいを張り出して行幸にアピール。
「へっ?い、いやいいです!」
しかし、チラリと見た。
うわぁ…うぅ…くうう!卑怯だ…そんなアピールしたら気になるの男だろうが!
結局は視線をはずしたり見たりを繰り返す行幸。
まるで男の仕草じゃないか。あ、男だ。
シャルテは今にも噴出しそうだったが我慢する。そして再び攻撃。
「あれ?女の子同士なのに、私の裸を見るのが恥ずかしいの?」
そう言ってシャルテから行幸に近寄った。
「い、いや、ええっと、ひゃ、ひゃと(後)で見るからはやくスウェットきてぇ!」
行幸の声が裏返っている…
「本当に見てくれるの?そうだ、触ってもいいからね?」
「ちょ!?」ごくりと唾を飲む音がダイニングに響いた。
「本当に後で触って確認してね?」
「け、検討します」
もうボロボロな行幸。
流石にシャルテも行幸が可愛そうになりスウェット着た。
そこでシャルテはハッと気が付く。もしも本当に後で触ってきたらどうする!
いや、行幸はヘタレだし、それは無いだろ?で、でも…もしも…触ってきたら?
自分の胸をじっと見るシャルテ。
ま、まぁ…触るくらいなら…いい…けどっ!減るもんじゃないし…っと一人で顔を赤くしていた。
☆★☆★☆★☆★
シャルテがちょこんと居間に座っている。
行幸に「そこで座ってて!」と言われて居間に強引に座らせられている。
液晶テレビがついているが、やっているのはニュースでつまらない。
シャルテはスウェットの袖を見る。手が出てない。ぐーっと腕を伸ばしてみた。しかし、まったくスウェットの袖からは手が出ない。
このスウェットぶかぶかだな…まぁ行幸のだしな。
しかし、まったくなぁ…
行幸は女としての口調だけは出来ているけど、仕草とか反応とかまったく駄目だな…
まぁそれが行幸なんだよな。
そして、シャルテは無意識にスウェットの匂いを嗅いだ。すると男性の匂いがした。
これ…行幸の匂いだ…
シャルテの心臓が再びバクバクと強く鼓動を始める。顔が熱くなる。そして、視線は自然と行幸へと移った。
行幸はダイニングでテキパキと動いていた。
じっと見てたシャルテと行幸と目が合う。
「どうしたの?」
先ほどまであれほど動揺していた行幸が、今は嘘だったかのように落ち着いた表情でシャルテに微笑んだ。
「な、何でもない!」
逆にシャルテが動揺してしまう。心臓の鼓動がすごい事になっている。顔も熱い。
あれ!?さっきまで何もなかったのに、もう大丈夫だと思っていたのに…
シャルテは胸をぐっと押さえた。
「コーヒー飲む?」
行幸が笑顔で声をかけてくる。
「い、いらない…」
シャルテはそう言うと俯く。
「えっ?そっか…コーヒー嫌い?じゃあ他のでも?」
「今はいい…」
先ほどとは違い、元気のなくなったシャルテを見て心配になった行幸。
顔が赤い。風邪かもしれないな…そんな事を考えた行幸はシャルテに声をかけた。
「どうしたの?どこか具合が悪いの?顔が赤いけど…寒いの?」
シャルテは行幸の言葉にハッとすると、自分の顔を触った。
熱くなってると思ったけど、こんなに熱くなってたんだ…うーうー…何でまた…
行幸はゆっくりとシャルテへ近寄ってしゃがむ。そして、不意打ちにシャルテのおでこに手をあてた。
「ちょ、ちょっと!」
予想外の行動に動揺するシャルテ。
「体温計が無いから…ごめんね」
な、何でこういう時だけは動揺しないんだよ!馬鹿行幸の癖に!
顔を赤くしながら心の中で文句を言うシャルテ。
「うーん、ちょっと熱があるのかな…」
接近した行幸の顔が目の前にある。シャルテはじっと行幸の顔を見た。すると、その表情がモンタージュのように男の行幸の顔と差し替えられる。
そして胸が張り裂けそうになる。そして…行幸が愛おしくなる。
「行幸…」
シャルテは無意識に行幸の頬へそっと右手を伸ばす。そして、行幸の頬にシャルテの手が触れた。
「ひゃっ!?ど、どうしたの?」
行幸は慌てて体を引いた。行幸の言葉に我に返るシャルテ。
あれ?ぼ、僕は何をしてるんだ?何で行幸の頬に手なんて…
先ほどまで行幸に触れていた右手を見た。
行幸は動揺しながら、懸命に冷静に戻ろうとする。しかし顔は赤くなっている。
「い、いきなり触るからびっくりしたよ」
行幸の言葉にシャルテには聞こえていない。ただ右手をじっと見ていた。
シャルテの心臓は高鳴り、そして顔は熱くなり、手には汗が滲んでいる。
「紗瑠さん、どうしたの?」
行幸の声にやっと反応したシャルテ。ゆっくりと顔をあげて行幸を見た。
続く