第三十九話【俺の決戦の結末③】
暴走したら止まらない? 菫は平常心を失い、感情のまま突き進む。対する行幸はなんとかその場を凌ごうとするが…世の中そんなにうまくいきません!頑張れ行幸! という事でついに決着か!?
リリアが見守る中で行幸たちはしっかりと動揺継続中です。
菫は俯せたまま行幸の顔をまったく見ようとしない。
そんな菫の心の中ではフロワードに対する怒りが消えてゆき、その代わりに行幸に対する怒りがふつふつと湧いてきていた。
行幸は私が好きじゃないんだ。行幸は妹が好きなんだ。妹とはもう肉体関係まで持ってるんだ。
だから私じゃダメなんだ。私なんて必要ないんだ。どうせ私なんて……イラナイオンナ……
自分勝手な思い込みが気持ちがどんどん強く波のように押し寄せる。
それは行幸を好きという感情を呑み込んでいった。
私がこんなに好きなのに、バイトまで一緒にしたのに、いつでも話をかけているのに、携帯番号だって教えてあげたのに、趣味だって教えたのに…
普通の男だったら私が好意を持ってるってわかるでしょ? でも行幸は気がついてくれない。
そっか、私になんか興味なかったんだよね。妹と関係があったからだね。
私は妹に負けた。ううん、最初から勝負になってなかった。
「ホワイト? 少しは落ち着いたか? 落ち着いたら俺の話を聞いて欲しいんだ」
懸命に取り繕う行幸だが、その言葉は菫には届いていなかった。
もういいじゃん。もういいでしょ? もういいよ。
行幸なんて嫌いになろう。だいたいこんなオタクが好きになっても私にメリットなんてないじゃん。
菫は顔を上げる。すると行幸と視線が合ってしまった。
その瞬間、胸がドキッと強く鼓動した。
な、何よ! 嫌いになるんでしょ! 私は!
そうは思っても心臓の高鳴りは止まらない。
何で? 何でなの! そして自然と涙が出る。
悔しい…何でよ…
とまっていたはずの涙が再び頬を伝って落ちる。
「お、おい…ホワイト? また泣いてるのか? 大丈夫か?」
行幸が優しく声をかけ、左肩に優しく手を置いた。
菫は感じる。そこから伝わる温度。
温かいよ…行幸の手が温かい…
消そうとしていた行幸への想いは再び燃焼し始める。
しかし、それは嫌いになろうという気持ちと、許せないという気持ちと入り交じり、そして衝突する。
気持ちは入り乱れて混乱する。
そして無意識に出た言葉。
「私は貴方を大嫌いになりたいのに……やっぱり大好きみたい」
菫は涙を流しながら行幸に気持ちを打ち明けるとにこりと微笑んだ。
そんな菫を行幸はぎゅっと抱きしめた。
ホワイトは間違いなく暴走している。
暴走しているホワイトは心に思っている事がどんどん言葉になって出てるんだ。
そっか、ホワイトは俺の事が本気で好きなんだ。
「俺は……」
言葉が出ない。胸が苦しい。すごく痛い。フロワードの時とは違う。
ホワイトの『好き』には重みが感じられた。まるで昔からずっと俺を想ってくれていたかのような……
そして、鈍感な行幸がついに気が付く時が来た。
ホワイトは俺の事を昔から知ってるんじゃないのか?
幸桜が俺の妹だと知っているし、俺が男だって知ってる。
今日のオフ会の存在まで知っていた。
全てを結びつける。ここは推理ゲームの感覚だ。
抱きしめたホワイトから再び『ぷつん』と音が聞こえた。
な、何だ? 今ぷつんって聞こえた気が。
いや、もうすでにホワイトは暴走してるだろ?
そう思い、抱いていた手を放してホワイトを見た。
するとホワイトは死んだ魚のような目になっている。リアルでこんな瞳は見た事が無い。
本当に光を失った死んだような目だった。ゲームで言えば……そう、ヤンデレ女子のイメージか?
生気の無い目でにこりと微笑む。それは恐ろしさすら感じる笑顔だ。
まさかヤンデレ!? ヤンデレモードなのか!?
「ホワイト、おい! しっかりしろよ!」
行幸は菫の両肩を持つと前後に揺する。
しかし、その表情は変わらない。それどころか決定的な一言を菫は放った。
「もういいよ? 近親相姦がんばってね。私、バイトやめるね」
行幸に衝撃が走る。それは近親相姦と言われた事ではない。最後の一言だ。
バイトをやめる? それって!? まさか? ホワイトってまさか!?
「妹さんとエロゲのような近親相姦ゲームをずっと楽しんでくださいね」
まるでゲームキャラのように表情を変えずに菫は言った。
そしてその表情のまま、ボロボロと涙を流しながら行幸の両手を振りほどく。
「触るなキモイ……」
死んだ目で涙を流しながら言う台詞じゃ無いだろ……
「お、おい、ホワイト?」
「変態は変態らしく妹とセックスでもしてろ! 私はログアウトするから!」
こいつ壊れてる、病んでるってそうじゃない!
菫は涙をぐっと右手で払うと、その場から走り去ろうとした。
しかし、そんな菫を逃がさないようにと行幸が手を伸ばす。
「ちょっと待てよ!」
しかし、手を伸ばして腕を掴もうとした時、行幸の手はバシッと叩き落とされた。
「触るなこの変態オタクゴミ虫め!」
心にグサリと突き刺さる台詞だ。
行幸は胸を押さえて目を閉じてぐっと唇を噛んだ。
やばい…心が折れそうだ…
ふと目をあけると、ホワイトの姿が見えない。
気が付くと、もう橋の端っこまで移動してるじゃないか。
行幸は慌てて叫んだ。
「待てよ! お前、菫なんだろ!」
その言葉に菫は硬直して動きを止める。
そしてくるりと振り返り行幸の方を向いた。
その表情は驚いた死んだ目の女。まだヤンデレモードか?
「やっぱり菫なのか? そうなんだな?」
しかし菫は首をふるふると小刻み振る。
「違う、私はホワイトプリンだから」
「いや、絶対に菫だ!」
「違う、違うから! 違うんだから!」
菫は首をふるふると横に振りながら後ずさりを始めた。
数メートル後ろ向きで進む菫は、今にも歩道から車道へと転び落ちそうだ。
「わ、わかった、ホワイトでもいいから。だから逃げるなよ? 話をしよう。さっきまでの話には誤解がいっぱいある。菫にはちゃんと話をしておきたいんだ」
街灯の届かない暗闇へと菫は後ずさりをしてゆく。闇に入った菫の表情を確認できなくなった。
しかし、それでも足元のアスファルトにぽたぽたと雫が垂れているのが見える。
くそ……何だよ! ホワイトは菫だったのかよ!
菫が俺を好きだったなんて……何で今まで気が付かなかったんだよ! ゲームでもよくあるじゃないか、身近な奴が実は一番好きでいてくれてたって。
バイト仲間が想いを寄せてくれてるって定番だろ? よくあるだろ?
本当に何で俺は全然まったく気がつかなかったんだ。
自分の不甲斐なさにぐっと拳を握る行幸。
考えてみろ、菫はバイト中はいつも俺の近くにいたよな?
バイトのシフトも俺と同じにしてたよな?
バレンタインデーだって……義理だと言いつつもチョコをくれたよな?
中身、あれってどう見ても手作りだっただろ?
義理で手作りとか……ツンデレがチョコを渡す時の定番の行動じゃないか。
思い起こせば、自分を好きだったと思える行動を多々思い出す行幸。
まさかこんなにフラグが立ってたなんて……
菫との想い出がこんな時に脳裏に浮かんでは消える。
本当は……もしかして菫って俺に気があるのかなって思ってたんだ。
でも現実だし、俺の勘違いじゃないかな? って勝手に思い込んでた。
俺みたいな奴にリアル女子が好きになるなんてないって思ってた。
だってそうだろ? リアルと二次元は違うんだよ! 勘違いだって思うのが普通だろ?
それに、俺から好きか? なんて聞けるはずないじゃないか。
現実はゲームのようにリセット出来ないんだから。
聞いて、それで関係がおかしくなるなんて……
俺は……そんな事で菫との楽しい会話、楽しい時間を無くしたくなかった……
でも……菫は本当に俺が好きだった。
悔しさに歯を食い縛る行幸。心臓はそれでもドキドキ心拍数をあげる。
くそっ、心臓が張り裂けそうな程にドキドキしてる……
顔もまた熱くなってるし……体中から汗が吹き出てるよ……苦しい……胸が苦しい……
「菫、ちゃんと説明させてくれ、さっきのは誤解だからさ」
菫逃げる。俺が実の妹を好きな訳ないだろ? いや、好きであったとしても、それは恋愛って事じゃないくらい、お前にだってわかるだろ?
話しを聞いてくれよ。言い訳くらいさせろよ?
「もう……いい」
菫は首を横に振った。
「な、何がいいんだよ?」
横を通りすぎる車のライトで菫の顔が浮かび上がった。
死んだ魚のような虚ろな目のまま、菫は微笑んでいた。
その瞳にいっぱいの涙を浮かべて。
「この恋愛ゲームは終了しました……」
車が通りすぎ、菫は再び暗闇に包み込まれる。
ドキっとするくらいに危なかった菫の表情に、行幸は尋常ではないくらいの手汗をかいていた。
「ま、待て! 何が終了なんだよ? だから誤解なんだ。本当は妹なんて好きじゃないんだ! 聞いてくれ!」
「私は貴方のヒロインにはなれませんでした……」
「おい、聞けよ!」
「役目を終えた私は、このゲームから離脱します……」
「聞けって言ってるだろ! 菫!」
「私はホワイトです。菫さんって誰ですか?」
「馬鹿か! お前が菫だ! 声だって菫だ!」
「声? あれ? あはは……そっかぁ……声ですかぁ……私としたことが失策ですね……」
「落ち着けよ? まずは落ち着け菫」
どうにか落ち着かせて暴走を解かないと、そうじゃないと話にすらならない。
フロワードも、そして幸桜もそうだった。
フェロモンで暴走したままじゃ話しは通じない。
「もうバレちゃってるんなら仕方ないですね……はい、謎の美少女ホワイトの正体は菫でした。でもね? 本当に終わりなんだよ? 私の中ではもう終わったから……」
闇の中で、目から生気を失ったままの菫は、涙を流しながらその場から駆け出した。
「馬鹿! 俺が終わると困るんだよっ!」
思わず出た行幸の本音。
「俺はなっ!」
行幸も駆け出した菫を追いかける。
「菫と普通に一緒に働いて!」
懸命に走る。
「普通に話をして!」
菫との想い出をいくつも思い浮かべる。
「そして普通にバイトで逢えればそれでよかったんだよ!」
笑顔の菫を。
「俺はそれで満足だったんだ! そう思ってたんだ!」
怒った菫を。
「だって考えてみろよ! 俺みたいなオタクな男に彼女なんて出来るはずが無いって思うだろ!」
楽しかったゲームの会話を。
「ゲームと現実は違うって思うだろうが!」
そして、さっきの菫の表情が脳裏に浮かぶ。
「それに何だよこの展開は! まるで最悪のエンディングじゃないか!」
数日前にプレイした某ゲームの夕日を背にしたバッドエンディングと重なった。
「そんなの俺が納得できねぇ!」
しかし、菫は止まらない。
菫は行幸から全力で逃げた。
「ま、待てって!」
それを行幸は懸命に全力で追う。
ここで逃がしたらダメだと懸命に走る。
くそっ! スカートが超絶邪魔だ! なんて走りずらいんだ!
「菫! 待て!」
しかし、菫は早かった! 凄まじいスピードでどんどんと距離が離される。
まるで走るスピードまで暴走しているかのように。
うぉぉぉ! ビーボタン連打ぁぁぁ!
行幸は心の中で叫んだ! そして気合いの全力疾走! しかし……
「はぁはぁはぁ……」
運動不足な行幸には菫に追いつける体力はなかった。
持久力にすこぶる難があった。
よろよろとそれでも走る行幸。
菫がずっと先の角を右折するのが確認できた。
行幸も息をきらしつつ頑張って追いかける。
しかし、今の行幸は運にも見放されていた。
行幸は勢いあまり足元の数ミリの段差につま先が引っかかった。
「うわぁ!」
そして行幸は派手に飛んだ。
気合いの前方一回転宙返り! しかし着地に失敗!
地面が目の前に迫る。暗転する視界。服が裂ける音が聞こえる。ぐちゃぐちゃになる視界の中で、それでも右手のひらをアスファルトにぐっとつく。
手の平に痛みが走ったかと思うと、今度は視界が真っ白になった。
「……あれ?」
気がつくと行幸は道路の真ん中で仰向けに倒れていた。
背中からアスファルトの冷たさが背中に伝わる。
そんな行幸に一人の女性が手を伸ばしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
行幸は女性の顔を確認した。
優しそうな黒縁眼鏡のスーツ姿の女性だ。
行幸はそっと手を伸ばして女性の手を持った。
やっとの事で起き上がった行幸。
体中が痛む。手のひらが痛む。
自分で右手のひらを見てみると血が滲んでいた。
小石がいくつも手のひらにめり込んで、そこから血が出ていた。
行幸は痛いとも言わずに周囲を見渡す。
「す、菫は……」
しかし、視界の中に菫の姿は無かった。
「あの……大丈夫ですか?」
横で自分を心配そうに見ている女性にきがついた。
ハッと我に戻る行幸。
「あ、はい……大丈夫です。ありがとうございます」
「でも、血がいっぱい出てるけど……」
「あ、ああ、大丈夫です。こんなの舐めておけば直りますから、あはは……」
行幸は手のひらをぺろりと舐めた。するとめり込んでいた小石が取れて、いっぱい口に入る。
「ぺぺぺっ!」
なんとも言えない苦みと鉄の味。そしてジャリジャリした感触が口に広がる。
「ええと、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
女性の方を見ると、何故だろう? 視界が霞んでいる。
「あの……これで拭いてください……」
「えっ?」
気が付けば、女性がハンカチを差し出していた。
「ほら、早く涙も拭いてください……折角のお化粧が取れちゃいますよ? うん……」
「な……みだ?」
そっと頬に手をやると、そこは濡れていた。
女性に言われて気が付いた。そう、俺は泣いていた。
★☆★☆★☆
菫は懸命に走った。無我夢中で走った。
そして走りながら冷静さを取り戻す。
何がどうなっているのかが自分でも理解できない。
色々な気持ちが強くなって勝手に表へと出てきた。
今でもそう。なんで私は逃げてるのか解らない。
逃げようと思ったんじゃなくって、体が勝手に逃げ出してた。
どうしよう……本当にどうしよう……私の気持を行幸に伝えてしまった。
しかし、記憶は残っていた。行幸に想いを伝えた事もしっかりと覚えていた。
私はどうしてあそこであんな事を言ってしまったの?
何でなの? どうしてなの? 自分でも意味が解らない……
そんなつもりじゃなかったのに……
私はただ行幸を男に戻す手伝いをしようと思ってただけ。
行幸を好きになった相手を確認したかっただけ。
行幸に告白なんてするつもりなかった……
なのに……全然違う事をしてるじゃないのよっ!
まるで誰かにコントロールされてるみたいに自分で自分の行動が制御できなくなった。溢れる想いが押さえられなくなった。
あぁぁぁ! 私は狂っちゃったんだ!
っぐっと唇を噛み締める。拳を握り締める。
私……自分が狂っちゃう程……行幸が好きなのかな?
その時だった! 路地から飛び出す人影が視界に入る。
瞬間、先ほどまで前に向かって走っていた体が宙に浮いた。
気が付けば地面に転がっていた。同時に目の前が真っ暗になった。
続く
ちょっとシリアス? な展開? いえ、コメディーが苦手なのにコメディージャンルにした私が悪い!
微妙に冷ややかな笑いを取れるような小説を今後も書いてゆきます。