第二十八話 【俺が知らない所で色々あるらしいな】
行幸が菫とすれ違っていた時、天界ではシャルテがとんでもない事に巻き込まれそうになっていた。でも仕方ないよね!だってシャルテが悪いんだもん!(ぇ)
ここは人間が入る事の出来ない場所。
人間が住む場所とは違う場所。
そんな地球上では無いとある場所で女の子の声が響いた。
「最悪! 最低! 何で僕が行かないといけないんだよ!」
シャルテが頬を膨らませて激怒中であった。
理由は簡単である。行幸にまたしても可愛いとか連呼されノックアウトされたからだ。
もはや行幸はシャルテにとって天敵になっている。
一度は夢世界で行幸を殺してしまったが、現実世界ではまさか魔法や暴力などは使えない。だからシャルテは反撃できずにやられるばかりだったのだ。
今回は剣をいざという時にために持って行っていた。しかし結局は刺す訳にもゆかず、最後にはノックアウトされた。
剣は多少の脅しにしかならなかった。
「あらあら、天使なのにそんなに怒ってはダメですよ?」
「だって! あいつ最低なんだ! だから僕は行きたくなかったんだよ…」
「ごめんなさい。私の代わりに行ってくれてたのですよね。本当にありがとう」
リリアは優しくシャルテの頭を撫でた。
シャルテは頬を膨らませ怒っていたが、徐々に表情は緩んでゆく。
「でもさ、リリア姉ぇ」
「何ですか? どうしたのですか?」
「あいつ、自分の恋愛対象があんなに接近してたのに、それでも気付いてなかった。ううん、バイトだってずっと一緒なんだろ? なのに気が付かないっておかしくないか?」
シャルテは少し悲しそうな目でリリアの顔を見上げる。
リリアはそんなシャルテへ笑顔を返した。
「あらあら? 私の担当している恋愛の心配をしてくれるのですか? 優しいでしね」
「だ、だって……実質はあの菫とかいう女と行幸がカップルにならないと行幸は男に戻れないんだろ? 僕の担当は男だからなカップル成立って無理だよな?」
「ふふふ、大丈夫ですよ? 菫さんならきっとがんばってくれますから」
リリアは微笑んだ。
「えっ? 行幸が頑張るんじゃないのか?」
「いいえ、菫さんががんばるのです。だってほら、考えてごらんなさい。今回のケースは特殊なのですよ?」
シャルテの表情が引き攣る。
「ふふふ、貴方の暴走でこうなってしまっただけなのですからね」
「あ…え、えっと…」
シャルテは表情を強張らせたまま挙動不審になった。
それというのも、リリアやシャルテのような恋愛を司る天使が人間の想いを受けて担当になった場合、まず想いを寄せる人間を見守るようにするのがルールだった。
要するに菫ともう一人の恋愛対象者である男性、MMOではフロワードと呼ばれる男性を天使として見守るのだ。
あと、その恋愛対象の相手である行幸とは接触をしてはいけなかった。
それにも関わらず、シャルテは恋愛対象の相手になるはずだった行幸に対して接触してしまった。
そこからのシャルテの怒りの暴走。
勝手に恋愛成就のお願いを先取りした挙句、行幸を女性化させてしまったのだ。
シャルテの天使としての経験の少なさ等がそれを引き起こした。
シャルテはまだまだ恋愛を司る天使としては経験不足なのだ。
シャルテには恋愛を司る天使として、重大な欠損があったのだ。
そして結局は行幸に素性をばらさないといけなくなった。
「で、でも…あ、アイツがネカマで! 嘘つきだったから!」
「はいはい、解りました。大丈夫ですよ。シャルテを責めたりはしません。ですが本来であれば支援はできたはずの、今回は恋愛対象者になったしまった菫さんたちを支援できなくなってしまったのは辛いですね」
「あ…うん…」
「貴方は恋愛成就の願いをすでに叶えていますし、それに行幸さんに素性がばれた私たちは、菫さんやもう一人の方を支援すると、結果的には私たちでカップルを成立させてしまった。天使が関与してしまった事になってしまいます」
「う、うん…ごめんなさい…」
シャルテは申し訳なさそうに俯いた。
「今回は特殊なケースですが天使長も許してくれまし、私たちは今後の展開を見てみましょう。女体化した男性と恋愛対象者になってしまった男女が一人づつ。これはこれで普通ではありえないパターンですし、面白そうです」
リリアはそう言うとフフフと右手で口を押さえながら笑った。しかしシャルテはとても笑う気にはならなかった。
「僕は面白くない…」
そんなシャルテを見てリリアは優しく笑みを浮かべる。
「良い結果が出ればそれで良いのですよ」
「あ、うん…」
リリアはやさしくシャルテの頭を撫でた。
「シャルテ、もっと元気を出して」
優しいリリアの言葉と暖かい手の温もりにシャルテはやっと笑顔になった。
しかし、次にリリアから出た言葉にシャルテは再び動揺する事になる。
「でもこれだけは言っておきます。天使が人間に恋したらダメですからね?」
シャルテは目をパッと見開く。驚いた表情になる。そしてあわふたとしながら頬を染めた。
まるでなんで僕が行幸に好意を抱いているの知ってるの? と言わんがばかりの表情だった。
「ぼ、僕が人間になんて! 僕は恋愛を司る天使だぞ!」
頬を染めて放った台詞には説得力が無い。
リリアにもうわかっていた。いや、リリアは……
「そうですね。ですが、天使にだって恋はできますよ?」
「し、しないよ! 僕はしない! それにもう行幸の前には出ない!」
リリアは再び笑い出した。
「な、何だよ!」
「おかしいですね? 誰もシャルテの事を言った訳では無いのですが、そうですか、なるほど、そういう事ですか」
シャルテが固まった。しまったと思った。しかしもはや全てにおいて遅い。
シャルテは口をパクパクとすると、さらに顔が真っ赤になる。
「普通であれば人間の前にその姿を現す事などほぼ無い我々天使が人前に姿を見せた。そしてシャルテは初めて異性に可愛いと言われてしまった。シャルテに多少の気持ちの変化があっても仕方ないかもしれません」
「だ、だから違うって!」
「あら? ならばどうしてそんなに顔を赤くしているのですか?」
「あうあう…」
動揺を隠せないシャルテの額からはついに汗が吹き出始めた。
「多少は気になっているのでは無いのですか? 行幸さんの事を」
「ち、違う! 僕は…そりゃ多少はアイツの事は少しは気に掛かるけどっ! で、でも僕は恋愛をしている訳じゃない!」
「あら、正直ですね、気に掛かっているのですね?」
シャルテは再び顔を真っ赤にして口を両手で覆った。
「シャルテ、何事も経験ですよ」
「こ、こんな経験いらないやい!」
「あらあら…そんなに怒らなくてもいいじゃないですか?」
「もう! そんなリリア姉ぇなんか嫌い!」
「あらら、嫌われちゃいました?」
シャルテはぷんぷんと怒りながらその場から立ち去っていった。
そして真顔に戻るリリア。シャルテが立ち去った方向をじっと見詰める。
シャルテ、貴方へ試練を与えなければなりません。
貴方が人間の男性に対してここまで心を開いたのは初めてですよね。
行幸さんの姿こそ今は女性ですが、心はちゃんと男性です。
今回は特殊なケースですがこれも良い機会でしょう。
シャルテの試練の相手としては十分ですね。
天使としてこの試練は一度は通らねばならないのです……
「シャルテ……ごめんなさい」
貴方に知らせていませんが行幸さんの所に行く前に、行幸さんに恋をする魔法をかけました。
そして貴方も行幸さんのフェロモンの影響を受けるようになっています。
貴方は気がついてないようですが、既に貴方はフェロモンの影響を受け初めているのです。
そう、これが試練なのです。
貴方がこれら数多くの人々の恋愛を担当してゆく上で必要な事なのです。
貴方自身が恋愛を経験していなければ、本当の恋愛を司る天使にはなれないのですから。
そして……解っていると思いますが、恋愛担当の天使は決して恋に落ちてはダメなのですからね。
相手をどんなに好きでも。相手にどんなに好かれても。
リリアは少し俯くと唇を軽く噛んだ。そしてシャルテが去った方向をもう一度見なおした。
もしも……もしもシャルテが恋に落ちたなら……私は貴方を……
その次の日、リリアはシャルテを呼び出した。
「シャルテ。貴方には特別な任務を与える事になりました」
リリアの真剣な表情にシャルテは何を言われるんだろう? と不安な表情を浮かべる。
「任務?」
「そうです。今日からシャルテに行幸さんの監視をしてもらいます。期日は二人の恋愛対象者との結果が出るまでです」
「え!?」
「それも素性がばれない様に、人間として」
「ま、待って! それはどういう事なんだよ!?」
シャルテは困惑した表情でリリアに詰め寄った。
「貴方が行幸さんを女性にしてしまった事。そして本来の天使の役目に反する行動をした事に対する罰が下ったのです」
「な、何で今更なんだよ? それに僕にも担当してる人間がいるんだぞ?」
「大丈夫です。シャルテの担当は私が引き受けます」
シャルテの困惑の表情が深さを増す。
予想外の展開。まさか人間に化けて行幸の監視を命令されるとは思ってもいなかった。
だいたいどこから行幸を監視するのさ!?
終日一緒になんていられるはずも無いだろ!
そんな事を内心で思いながらシャルテはリリアを睨む。
「終日一緒なんて無理だろ!」
「大丈夫です。家に転がり込めばよいのです」
リリアはとんでもない事を簡単に、それも笑顔で言い放った。
「はぁ!? 家に転がり込む? む、無理だよ! 絶対に無理!」
「大丈夫です。貴方ならきっと出来ます」
「待ってよ! 行幸は男だよ!?」
「良いではないですか。今は女性なのですから」
「無理! 無理! 絶対に無理! 出来ないって!」
シャルテは両手をブルブルと顔の前で交差させた。
「無理? 無理なのですか? ああ……シャルテが任務を遂行できない今、私も一緒に天使を辞めなければならないのですね……」
リリアは笑顔から急に悲しそうな表情に変化して俯いてしまった。
そして両手で顔を覆った。
「ま、待って! 何でそうなるの!?」
「連帯責任です……」
シャルテは考えた。ここで断る事は自分にもリリア姉ぇにとっても良くない。
天使を辞めるというのは言いすぎだと思うけど、罰があるのは事実だろう。
リリア姉ぇには迷惑もかけたし……
だけど行幸はすごく苦手だ……
あいつといるとすごく調子が狂う。僕が僕らしくなくなる。
だけど……でも……やっぱり僕がやるしかないのかな……
「解ったよ。僕が行幸を監視するよ」
シャルテが決断すると、リリアは満面の笑みを浮かべた。
「さすが我が妹ですね。そう言ってくれると信じていました」
シャルテはそんなリリアの変貌ぶりに戸惑いを感じる。
今日のリリア姉ぇはちょっとおかしい。何か普通と違う。
そうは思っても目の前に居るのは正真正銘の本物のリリアだ。
「でも……僕はどうすればいいのさ?」
シャルテは戸惑いながらもリリアに質問をした。
「まずはオフ会に参加して下さい」
リリアはまたしても簡単に言い返す。
「え?」
「オフ会に参加して行幸さんと仲良しになって下さい」
「ま、待った! それってどういう事!?」
シャルテが質問するとリリアから笑みが消えた。そして真剣な眼差しでシャルテを見下ろす。
シャルテは久々にリリアから異様な空気を感じた。
「そのままですよ? シャルテが人間としてオフ会に参加するだけです」
シャルテは冷や汗を流しながらリリアのその真剣な目を見詰める。
「で、でもさ、いきなり僕がオフ会に参加とか……ほら、参加するには事前の申し込みが必要じゃん? だから無理だよね?」
リリアは急に笑顔に戻る。そして首を右へちょこん傾けると軽く言った。
「ちゃんと申し込んでおきましたよ?」
「え?」
「MMO上の名前はですね『シャリア』です」
「な、なにそれ? いつのまに登録したの?」
「えっと……一昨日です」
シャルテは言葉を失った。
という事は何? 一昨日にMMOに登録していきなり行幸の所属する同盟に入ったの? そしていきなりオフ会参加!?
それって全部リリア姉ぇがやったんだよね?
リリア姉ぇ……ある意味すごいよ……
「そうそう、ちゃんと人間としての名前も考えましたよ? 名前は天河紗瑠です。いい名前でしょ」
シャルテは呆気に取られた。
な、何だその名前? MMOでの名前もあれすぎたけど、人間の名前がすごく酷い……
苗字も酷いけど、しゃるとか僕の名前とほぼまんまじゃないか。
そうは思いつつもシャルテは言い返す気にもならない。
あまりにもリリアらしいネームセンスだったから。
「そうですね! まずは人間になりましょう!」
リリアは右手を斜め前にぐっと伸ばし、ぱっと手のひらを開く。
すると『ぽん!』という音とともにピンクのステッキが飛び出した。
「ちょっと待って! いきなり人間になんて……」
リリアはシャルテの言葉を聞いているのか聞いていないのか、まったく無視してステッキの先をシャルテの頭の上でくるくると回す。
「それでは変身させますね」
「や、やめっ……」
言葉にならないまま、シャルテの目の前が真っ白になった。
突然、ふわふわと空中に漂うような感覚に襲われる。
体がもこもこと変化しているのがわかる。
まるで全身を揉まれているかのような感触。
「終わりましたよ」
シャルテはまるで眠っていたかのような感覚の中でリリアの声を聞いた。
そしてゆっくりと目を開く。
「……リリア…姉ぇ…?」
発声した声はすでに自分ものとは違った。違和感のある声だった。以前のような高い声じゃない。もっと大人な、そしてすこし低くい声だ。
それに、なぜか聞き覚えのある声だった。
「うん! 成功ですね!」
視界には笑顔のリリアの姿が飛び込む。妙に納得をしている表情のリリア。
一体僕はどんな人間になったのだろう?
シャルテはゆっくりと立ち上がると自分の体が大きくなっている事に気が付いた。
そしてゆっくりと視線を下へと下げた。するとそこには今までシャルテが持っていなかったものがあった。
「む、胸がある!」
思わず声を上げるシャルテ。
そして別の違和感が……
あれ? 目線が高い? 身長が高くなっている?
リリアを見ると今まで見上げてたリリアがほぼ同じ目線になっていた。
身長はリリア姉ぇとほぼ同じくらいになっているって事か。
スタイルは結構良さそうな感じ? そして……髪の色が黒いし……
リリアは魔法でシャルテの目の前に大きな鏡を出した。
その鏡の中の自分を見てシャルテは驚愕する。
それはシャルテが知っている人物、いや、キャラだったからだ。
「な、なんで僕が『わたしがメイドでごめんなさい』の【水無月あやせ】にっ!?」
リリアは笑顔でこくりと頷いた。
そう、シャルテは『わたしがメイドでごめんなさい』の【水無月あやせ】にそっくりだったのだ!
しかしシャルテはその瞬間にそのキャラの設定を思い出す。
「待って! 水無月あやせって確かっ!?」
慌てて股間に手をあててみる! しかしそこには何もなかった……
シャルテは「ふぅ」っと安堵の溜息をつく。そして額には汗が滲みでている。
「よ、よかった……ついてない」
そんなシャルテを見てリリアが首を傾げた。
「シャルテ? どうしたのですか? 可愛い子じゃないですか」
リリアはきょとんとした表情でシャルテを見る。しかしシャルテは頬を膨らませ怒っている。
「リリア姉ぇ! 『わたしがメイドでごめんなさい』のこのキャラの設定を解ってないでしょ! このキャラがどういう設定のキャラか知ってるの?」
「ううん? 何? 何かあるのですか?」
「この子は…この子の設定はっ!」
「うん」
「男の娘なんだ!」
リリアの目が点になった。
「男の娘って男性っという事ですか?」
「そう! 男だよ! 見た目は女だけど男なの! だから吃驚したじゃん! もしかして僕の体も男になったのかと思ったよ! でも女の子みたいだしよかった……」
リリアは目が点のままステッキをシャルテの方へ向ける。
「え? リリア姉ぇ? どうしたの? なんか目が怖いんだけど?」
「ごめんなさい……その子が男の子だったなんて……大丈夫です! 今からすぐに男の子にします!」
リリアはステッキを振ろうとした。
だがすかさずシャルテはステッキを取り上げる!
「な、何をするのですか!」
「あ、危なかった……」
「何でステッキを取り上げるのですか? その子は男の子なんでしょ?」
「いいの! そこまで再現はいらないからっ! 僕は元々女の子でしょ? わざわざ男の子にしなくていいから! もうこのままの姿で我慢するから余計な事はしないでぇ!」
シャルテは顔を真っ赤にして叫んだ。
こうしてシャルテは天河紗瑠という名前で、『わたしがメイドでごめんなさい』の【水無月あやせ】の格好という、なんとも微妙な人間になった。
そして部屋に戻ったシャルテ。
シャルテは考える人のポーズになった。
本当に僕は行幸の家に転がり込めるのかな?
オフ会なんて参加して、人間とうまく会話が出来るのかな?
だいたい僕が何でこんな事をしなければいけなんだ?
……いや、これは僕の責任なだよな。
確かに僕の責任だよ……でも、でも! なんでこのキャラなの?
男の娘の格好の女の子とか新しすぎるだろ?
ああ…もう…頭が痛い。
と文句を言いつつも胸が大きくなって少し嬉しい部分もあるシャルテだった。
続く
つまらない情報シリーズ!
『わたしがメイドでごめんなさい』の登場キャラ【水無月あやせ】について。
水無月あやせは行幸が女になった時にベースにされた、神無月みゆきが登場する『わたしがメイドでごめんなさい』というアニメのメイドキャラである。
水無月あやせには秘密がある。
水無月あやせは実は男なのだ!そしてその素性を隠してメイドになっている。いわゆる男の娘なのである。
セミロングの黒髪、身長は166センチ。特製パットを使用しており胸もある。肌もつやつやでスキンケアばっちり。
声もカンペキな女声。ちょっと低め。
傍から見ると女にしか見えないが、ちゃんと付いているものは付いている。
そんな水無月あやせにシャルテは変身させられたのだ!
だからシャルテは困惑したのです。
ちなみにリリアは単純にキャラだけ見て決めたらしい。