第二話 【俺に変な格好させんじゃねー】
店長がボケていたせいでオープン予定の十一時をかなり過ぎてしまった。
取り合えずは行幸も手伝ってお店のオープン準備を始める。
「店長、昨日入荷したこのマザボは何処に置けばいいんだ?」
「ん? それは旧製品だし特価品コーナーだな。POPは後で俺が作っておくから取り合えずテーブルに積んでおいてくれ」
「特価品コーナーね。了解」
行幸はダンボールに入ったマザボに防犯タグを付けて店の入口付近の特価品コーナーに山積みにした。
「店長、防犯タグが少なくなってる」
「わかった。あとで発注しておく」
容姿こそ変わったが行幸だがいつもの様に仕事をこなす。そして、いつもの日常的な会話が店内で交わされる。
「ちわーヤマソ運輸ですー」
いつも配送してくれるヤマソ運輸のお兄ちゃんが荷物を持って店内へと入って来た。
行幸はヤマソのお兄ちゃんを横目で見ながら店内を見渡した。
あれ? 菫も店長もいない?
仕方ないな、俺が受け取っておくか。
「はい、いつもご苦労様です」
行幸はヤマソのお兄ちゃんの前へ普段どおりにでた。
目の前に現れた見た事のない若い女の子を前にして、目をパチパチするヤマソのお兄さん。
「あれ? 新しく入った方ですか?」
「え?」
「え、あ、すみません。お会いしてますっけ? 僕は初めてお会いしたと思ったのでついつい」
配送のお兄ちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべて謝りを入れた。
行幸はその時、初めてピンときた。
そっかそっか! 俺が女になってるからこのお兄ちゃんは新しく入った従業員だと思ってるのか。
「いやいや、別に構わないですよ。っとここに印鑑でいいですか?」
「あ、はい、ここにお願いします」
行幸は自分の高坂と彫ってある印鑑を無意識に押した。
「どうもありがとうございます! あれ? 貴女も高坂さん?」
「はい?」
「いえ、このお店にもう一人高坂さんって人がいらっしゃいますよね? 男性の」
受領印で押した行幸の印影と行幸の顔を交互に見ているお兄ちゃん。
「えっ? 俺は前からここにいま……ごもごも!」
行幸が前からここにいる高坂本人だとヤマソのお兄ちゃんに教えようとした時、突然背後から現れた店長に手で口を封じられた。
「はいはい、いつもご苦労様です。ええとですね、この子は今日入った新人なんですよ。これからも宜しくお願いします」
「ああ、そうなんですか。わかりました! 私の方こそ宜しくお願いします! それじゃまた来ますね」
運送屋のお兄ちゃんは駆け足で店を出て行った。
そして店長はやっと行幸の口から手を離す。
「おい! 何すんだよ! いきなり口塞ぎやがって!」
「行幸、お前は余計な事を話すな」
「何でだよ? 俺は高坂行幸なんだぞ! 何で俺が俺だって話したらダメなんだよ!」
呆れた表情になる店長。
「馬鹿か? この世の中の誰がお前が行幸(男)だって信じるんだ? 俺と菫だって今だに半信半疑なんだぞ?」
「なんだよ!? 店長と菫は俺が行幸だって信じてくれてるんじゃねーのかよ」
「信じてる。でもな? 信じてる中にも本当かな? っていう考えだってある。それは仕方ないだろ? だいたい男が女になったなんて漫画かアニメがエロゲーでくらいでしか見たことない」
「確かに、俺だってリアルTSなんて見た事はないけど。いや待て! 店長、今なんて言ってた?」
店長はしまったという表情を浮かべた。
その表情を見た行幸は確信する。
「そんなカタイ顔して漫画読んで、アニメ見て、エロゲーしてたのか。気持ち悪い」
店長の顔が見る見る赤くなってゆく。そして肩が震えだす。
「う、煩い! 俺にどんな趣味があろうが俺の自由だろうが!」
滅多に感情を露わにしない店長が、今日はやけに感情を露わにしている。
今まで中々自分の事を話してくれなかった店長がいとも簡単に自分の事を暴露してしまっている。
そんな店長を見ていて行幸はすこし首を傾げた。
何か違和感がある。なんか今日の店長はちょっと違う気がする。
もしかして、俺が女になったからなのか?
でも、なんで店長がこの店の店長をやっているのか理由が多少はわかったな。
前から疑問だったんだ。何故に店長がエロゲーの仕入れがうまいのか。その理由もわかったし。
そうか、店長ってそっち系のマニアなのか。
まぁいいや、別にどうでもいいし。
「はいはい。自由ね、自由ですよ? そんなにムキになるなよ。俺より大人なんだろ?」
店長の眉間がひくひくと動いている。
「行幸…お前は…」
「ちょっと! 店長! 行幸! 二人とも何してんのよ? 手が空いてるんならこっちの陳列を手伝ってよ」
菫が店の奥からグラボが入った箱を抱えて出て来た。
「おい菫! ずっと隠されていた店長の秘密がわかったぞ! 店長は実はエロゲーがだいすき…ごもごも!」
行幸は再び店長に口を塞がれた。
「もういいよな? 行幸君?」
行幸を見る店長の顔がむちゃくちゃ阿修羅になっている。
やべ、言い過ぎたかもしれない。
行幸の額には汗がしっとりと浮かんだ。
流石に店長を相手にマジで喧嘩したら行幸は殺される可能性があるからだ。
しかし苦しい! 押さえる力が強すぎる! こいつは力の加減っていう単語を知らないのかよ!
し、仕方ない……。
「もご! もほむほ! …むほほ」
行幸は小さく何度も頷きながら一応謝った。
だが、何を言っているかわからない。
「え? 行幸、何? 店長の秘密がどうしたの?」
商品を陳列している菫が今頃になって反応している。
こいつは自分の興味のない話題だといつも反応が遅い。
「何でもないぞ。菫は早く陳列を終わらせてくれ。行幸も遊んでないで手伝え」
店長は落ち着きを取り戻した声でそう言った。
行幸は相当苦しいのか、真っ赤な顔で大きく頷いく。
するとやっと店長は手を離した。
「はぁはぁ……店長は力強すぎだ……俺は今は女なんだぞ? 少しは手加減くらいしてくれよ…」
店長は蔑んだ目で行幸を見た。
「お前が悪いんだろ? もう馬鹿な事はするなよ? あとお前が女になった秘密は絶対に他人にばらすなよ? わかったな」
「う…わ…わかった…」
その後、行幸は黙って開店準備を手伝った。
☆★☆★☆★☆★
開店準備が完了した。
店長は行幸に店の奥にある事務所に待機しているように命令してからお店から出て行った。
何で俺がこんな所にいないと駄目なんだよ?
暗い事務所で椅子に座って不機嫌な行幸。
菫はもう店頭に立っているらしく、ここには結果誰もいない。
店内は菫が一人なんだろ? いいのか? あいつだけで本当に。
まぁ平日の朝なんて客は来ないけどな。
おまけに今日は火曜日だし。新商品の発売もないし大丈夫か。
行幸が二十分くらい事務所に篭っているとやっと店長が戻ってきた。
戻って来た店長の手には怪しげな紙袋。
なんだそれ? その手にもった紙袋はなんだよ?
そしてその妙に嬉しそうな表情はどういうことだ?
すっげー怪しい。まさか俺に何か変な事をさせるつもりとかじゃないよな?
もしや秋葉原はメイド喫茶も多いし、店長は俺にメイドの格好をさせるとか! いや、流石に無いよな?
「待たせたな。お前が着れそうな服を借りて来たぞ」
「服? 服ってまさか?」
「ん? まさか?」
「まさかその紙袋の中身はメイド服とかじゃないよな?」
その一言で店長が固まった。
そして何でわかった!? と言わんがばかりの表情で行幸を見ている。
「まさか的中? っていうかさ、なんで俺がメイド服なんか着ないといけないんだよ」
「う…それは…」
「別に普通の服でいいんじゃないのか?」
「いやこれには深い理由があるんだ」
「まさか、店長の趣味とか言わないよな?」
「いや、それは……」
まったく、店長はこんな時に何を考えるんだ。
俺は確かに女にはなったが男としてのプライドを捨てた記憶はない。
そんな俺がメイド服なんか着れるはずないだろうが。
普通に考えろよな。
やけに普通じゃない店長は無言で袋から予測したメイド服を取り出した。
そして目の前のテーブルに置く。
「何だよ? 目の前に出したってこんなもん着ないぞ? だいたい俺が女になった初日からメイド服を着せようとか普通は考えないだろ? もっと労って心配してくれんじゃないのか?」
ここで店長の雰囲気が一気に変化する。
表情が何か急に冷たくなった。そして視線が怖い。
行幸はそんな店長を見て一瞬だが背筋に寒気が走った。
「て、店長? どうしたんだよ? なんか雰囲気があれだけど?」
「お前は今日の朝言ったよな? 女になってもここで働きたいって」
「い、言ったけど…」
「だから俺は店長としてお前の仕事を考えたんだ。その結果、これが今日のお前の制服になった。今日のお前の仕事はこれを着て店頭キャンペーンをする事だ。もしも俺の提案を拒むのであれば今日のバイト代は払わない」
「え!?」
な、なんて横暴な!?
何だよ今日の店長は!? ここで開き直りやがったのか?
俺がメイド服を着て店頭キャンペーンとかあええなすぎる。
それにメイド服を着ないと今日のバイト代を払わないだと!?
くそ、これって完全な脅しじゃねーか。
店長は本気モードで行幸をじっと睨んでいた。行幸は思わず視線を逸らしてしまう。
今まで店長はこんな事を強要するような人じゃなかったよな?
本当に今日はどうしちまったんだろ?
しかしどうする?
俺は雇われバイトだし権限は店長の方が上だ。
「どするんだね? 行幸君は」
苦汁の選択。
バイト代…バイト代がないと生活が…ゲームが…課金が…できない!
行幸の頭の中での優先順位を考える。
バイト代>(越えられない壁)>プライド
何だかちょっと悲しくなった。
「わ、わかった……やるよ、やればいいんだろ」
行幸が力の抜けた声でそう返すと店長が満面の笑みを浮かべた。
おいおい、何でそんなに喜んでるんだよ?
俺は悲しいんだぞ? っていうか店長ってマジでこんな性格だったっけ?
☆★☆★☆★☆★
お客のいないお店内で菫が一人考えに耽っていた。
本当にあの女が行幸なのかを考えていた。
行幸が女になったって本当なのかな? 嘘じゃないのかな?
でも、行幸しか知らないことをいっぱい知っているし。
やっぱりあの子は行幸なのかな?
だけど何でだろう? 行幸は天罰って言っていたけど、天罰で性転換とかどうなの?
ネカマの罰だって言ってたけど、私だって男キャラやってるし。
うーん。何かしっくりこない。
行幸、元に戻れるのかな?
もしも戻れなかったらどうしよう。やだなそんなの。
だ、駄目だよ! 私が不安になってどうするのよ!
大丈夫だって。きっと戻れるよ。そう信じて普通を装うんだよ、私は。
でも心配だな。ちょっと様子を見に行こうかな。
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「まさか性転換してメイド姿になるなんて夢にも思ってなかった」
行幸は屈辱のメイド服姿をついに店長の前に晒した。
「おお! 思った以上に似合ってるぞ! よかったな行幸」
行幸のメイド姿に大はしゃぎの店長。行幸は思わず頭を抱えた。
「そんな事を言われても俺は全然嬉しくないし、逆に最悪だよ、女になった途端にこんな格好させられるとか、どんなエロゲだよ」
その時『バタン!』と事務所の入口が開く音が聞こえた。
「うわあ! 何よその格好! なんで行幸がメイドの格好してんの?」
事務所に入って来た菫は行幸を見るや否や驚きの表情を見せる。
うわ、見られたくない奴に見られた。って、そのうち見られる運命か。
「お、菫か! どうだ? 行幸のメイド姿は? 思った以上に似合うだろ?」
「そうね、ちょっと顔を赤らめて恥らっている演出なんて、いかにもって感じね。悔しいけど可愛いわね」
「おい待て! 俺は恥かしくって仕方ないから顔が赤くなってんだよ! 演出じゃねー!」
「おお! リアルで恥かしいと? 流石だ!」
何が流石なんだかさっぱり理解できない行幸。
そして、実際にメイドの格好になってから、恥かしくって恥かしくって仕方なくなっていた。
くそ、菫は店長の異常さに違和感をおぼえないのか?
「そうね店長、あと一つだけ気になるポイントがあるわ」
全然おぼえてないな。
「ん? それは何だ?」
「よし、待ってて…」
菫は自分のロッカーの中からピンクのポシェットを取り出した。
「おい、何だよそれは? まさか、俺に化粧とかしようなんて」
「考えてるというか、しなきゃだめでしょ」
いや、どこがダメなんだ? と苦笑する行幸。
「女子なんだし、薄くても化粧しなきゃだめだよ」
「ちょっと待て! お前だって化粧してないだろ? 何で俺が化粧なんてされるんだよ? でもって、なんでそんな物を持ってるんだよ」
「何よ? 私が化粧しないってどういう事? 必要のない場面ではしないだけよ! 私だって女なんだから化粧する時だってあるわよ! 化粧の道具だって持っててあたりまえでしょうが!」
菫はかなり不満そうな表情で行幸を睨んだ。
「お、お前が化粧した姿を見た事ないからそう言っただけだろうが! 化粧するならした姿を見せてみろよ!」
「な、何よ! わかったわよ! 今日は無理だけど今度……み、見せてあげるわよ!」
ちょっと頬が桜色に染まる菫。
そして、二人の言い合いに店長が割って入った。
「喧嘩するんじゃない。で? 菫は行幸に化粧をしてくれるのか? するなら早くしてくれ」
菫はニヤリと不気味な笑みを浮かべると「やるなら完璧を目指さないとね」なんて意味が解らない台詞を吐いた。
「待て! なんで俺が化粧をされないといけないんだよって言ってるよな?」
「何でって? スッピンでもかわいいけどさ、化粧すればもっと良くなると思うからでしょ」
「いや、別にこのままでいい! 俺は女じゃねーんだ!」
「女だろ(でしょ)?」
こいつらハモリやがった。
「行幸はうちの店のマスコットガールになって貰うんだ。だから可愛くなったほうが良いに決まっている」
「マ、マスコットガール!?」
何でパソコンショップにマスコットガール?
「そうだ! マスコットだ! だから行幸は化粧をしろ! これは命令だ! じゃないとバイト代を出さないぞ!」
きたこれまた脅迫だ! 今日二度目の!
しかし店長ってこんなに強引だっけ? マジでオカシイだろ?
菫も何かちょっと違和感あるぞ? もうちょっとまともな奴だったはずなのに何だこれ?
それにしてもマスコットガール? 俺が?
行幸が二人を見ると、二人とも真面目な表情のまま。
今の行動をまったくおかしいと思っていない様子だ。
冗談じゃなさそうだな。おいおい……どうなってるんだよ。
だが、バイト代の方が大事すぎて文句が言えない行幸だった。
「はいはいはーい! 行幸ちゃん、お化粧の時間だぞ? ほら、そこに座ってごらん! お姉ちゃんが美しい女の子にしてあげる!」
普段は大人しい菫がテヘペロな感じでプリプリしてる。
しかし、赤渕眼鏡にパーカーの上にエプロンでその台詞は似合ってなさすぎるだろ。
行幸は諦め顔で椅子に座った。
すると菫は楽しそうに化粧道具を机の上に広げる。
「うふふ…行幸ちゃん…可愛くしてあ・げ・る♪」
「行幸ちゃん、可愛くして、も・ら・え♪」
二人のテンションがアヤシスギルた。
行幸の背筋には再び寒気が走った。
後書き人物紹介!②
茨木恋次郎【いばらきれんじろう】
年齢二十六歳
髪の色 黒 髪型 角刈り 肌色 褐色
身長184センチ 体重 90キロ
趣味 公表中 サーフィン・アメフト・マラソン
趣味 未公開 漫画・アニメ・エロゲー(マニア)・メイド喫茶通い
表はさわやかな好青年っぽいが、裏では結構マニアな趣味を持つ男。
行幸の働くパソコンショップの店長で、店長をしている理由はメイド喫茶が近い・漫画喫茶が近い・アニメが買える・エロゲーを安く買える等があるらしい(推測)
本気で怒ると手のつけようがないほどの馬鹿力を出す。
冷静な時と興奮している時のギャップが激しい。どうも女になった行幸を自分のおもちゃにしたい(彼女にしたい訳ではない)と思っているのか色々とちょっかいを出す。
※ちょっと解説
マザボ=マザーボードの略。コンピュータの部品の一つ。
グラボ=グラフィックボードの略。コンピュータの部品の一つ。