第十三話④ 【俺とは違う時間・菫&恋次郎そして愛編】・
パソコンショップの事務室。
恋次郎はメイド服を手放す事に成功し、安心して店へ戻り売上金を集計していた。
「なんだと! 三百二十円足りない…いつ間違ったんだ」
レジのお金が合わずについ声が出る。
くそ…仕方ないな…今回も俺が出しておくか。
レジの精算金が合わない場合、小額だと恋次郎がいつも自分の財布から帳尻を合わせる。多すぎた場合は店内の金庫に保管していた。
帳尻が合わない場合に自分の懐からお金を出して合わせるなんで基本的には駄目だ。しかし、恋次郎は追求する時間よりも出す方がてっとり早いのでいつもそうしていたのだ。
とにかくこれで清算も終わりだな。
在庫の発注もしたし、大丈夫だよな?
時計を見るともう九時を過ぎていた。
もう九時になるし、そろそろ家に戻ろうかな。
恋次郎は店の戸締りをチェックして事務室の鍵を閉めようとした。
その時、ふと行幸と菫の事が頭に思い浮かぶ。そして顔を顰めて腕を組んだ。
何で俺は本当に今日はおかしかったんだろうな…
あんな暴走じみた事をして…まったく大人げの無い。
本当に行幸には悪い事をしたな。
ここはきちんと謝っておくのが大人としての筋だろう。電話するか…
恋次郎は事務室内に戻り椅子に座ると携帯をポケットから取り出した。
まずは行幸だな…
恋次郎はアドレスから高坂行幸を探し、そして電話をする。
トゥルルルル…
呼び出し音が携帯の中で鳴り響く。
トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…
ん? 出ないな…ゲーム中か?
仕方ない、先に菫にかけるか。
恋次郎がそう思って電話を切ろうとした瞬間、携帯から女性の声が聞こえる。
「あ、はい、もしもし?」
やっと行幸が電話に出たか。
「もしもし? 俺だ、ええと、今日の件だけどな…」
「え? えっと…あの? どちら様でしょうか?」
あれ? どちら様? 何だ? 行幸じゃないのか?
よく聞けば声が違うかもしれないぞ?
恋次郎は慌てて携帯画面を見て発信名を確認した。
高坂行幸と画面にちゃんと出ている。かけたのは絶対に行幸の携帯だ。
何で他人が? それも女が行幸の携帯に出てるんだ?
「え、えっと、また電話します…」
恋次郎はそう言って思わず電話を切った。
……ちょっと菫にも電話してみるか。
☆★☆★☆★☆★
ファミレスの店内に鳴り響く携帯の音。
菫は慌てて携帯を取り出して着信名を見た。
もしかして行幸?
しかし、携帯に表示されていた名前は店長の名前。
何だ店長か…みゆきかと思ってドキドキしたじゃちゃった…
「菫、彼氏じゃないの? 出ていいよ?」
愛はニヤつきながら電話の画面を見詰める菫を見ている。
思いっきり勘違いされてる…
「違うよ。バイト先の店長だから…」
「え? あ、そ、そうなんだ? で、でも出た方がいいんじゃない?」
愛は電話の相手を勘違いしていたのを理解したらしく、苦笑を浮かべなら言った。
しかしいったい何の用事? 店長が私に電話とか滅多にないのに。
今日、私が早く帰った事で怒ってるのかな?
仕方ないな…出るか…
「あ、うん…えっと、じゃあちょっと待ってて」
「うん、いってらっしゃい」
菫は慌てて外へ出て電話に出た。
「はい、永井です」
「菫か?」
「はい、何でしょうか? 私、今日の事は謝りませんよ?」
「いや、その事じゃない。その事はもういい。菫の主張は正しい。それに今日の事は俺も悪かったからな。逆に謝るよ。すまん」
店長が謝ってきた? 口調からしても普通の店長に戻ってる?
あれれ? 今日の昼間はあんなにおかしかったのに…
「え、あ、えっと…私もすみません、少しわがままでした」
「いいよ。今日は色々あったからな。仕方ないだろ」
やっぱり普通の店長だ。まぁ…いっか。
「で? どうしたんですか?」
「行幸の事なんだが…」
「行幸がどうしたんですか?」
「今…俺が行幸の携帯に電話したら、知らない女が出たんだ」
その言葉に菫の表情が引きつった。
「お、女? それって行幸じゃなくって?」
「じゃない…違った」
「えぇぇえぇえぇぇ!」
プチ!
菫は有無を言わさずに電話を切った。そして慌ててもう一度行幸の携帯に電話する。
ドキドキドキドキドキドキっと激しく鼓動する心臓。
寒いのにも関わらず、手には汗が滲んでくる。
お、女って…どういう事よ…
トルルルル…トルルルル…トルルルル…
出ない! 出ない! 出ない! 何で出ないのよ!
イライラしていると、カチャ! と音が聞こえた。
あっ! 出た!?
『おかけになった…』
今度は留守電に切り替わった。
菫は留守電だと確認した瞬間に電話を切った。そしてすぐに店長に電話する。
トゥ…ガチャ!
「茨木だ」
ワンコールの途中で店長が電話に出た。
「店長! 出るの早すぎ!」
「な、何だ! お前がいきなり電話を切ったから、切れたのかと思って待ってただけだろうが!」
菫はハッとさっき店長の電話をブチ切ったのを思いだした。
「あ! ご、ごめんなさい」
「で…どうした?」
「出ないんだけど…」
「出ない? 行幸の携帯か?」
「そう、私が電話しても出ないんだけど!」
「…そうか。じゃあ俺がもう一回電話して確認してみる」
「あ、はい」
「また電話するから待ってろよ」
「はい…」
菫は電話を切った。
そのまま携帯電話をぎゅっと胸に握り締める。そして三分後…
ドルルンピープルル!っと携帯が鳴る!
店長だ!
「はい! 永井です!」
「おう、俺だ」
「店長、どうでした?」
「出た…」
「行幸が?」
「いや…さっきの女が…」
「え?…何それ…」
「でもな、今度は高坂ですって出たから…行幸さんの携帯ですか?て聞いたんだ。そうしたら『はい』って」
「な、何よそれ!」
「で、どちら様でしょう? って聞いたら、『妹です』だと言ってたぞ」
「妹? 妹の存在は私も知ってるけど、でも妹だったとして何で私の電話に出ないの? 理由がわからない…」
「しかし、こんな平日のこんな時間になんで妹がアイツの部屋に来てるんだ? 俺が知る限りでは確か行幸の妹は高校生だったはず。それに行幸は女になってるんだろ? 妹を部屋に呼ぶとかありえないだろ?」
そうよね…店長の言う通りかも…
妹とかは口実で、実は行幸には彼女が居たとか?
私の電話に出ないのはその女が他の女からの電話だって思ったから?
そうかも…私なら彼氏の携帯に他の女から電話がかかってきたら絶対出ないよね…
どうしよう…行幸に彼女? 嘘…ありえないよ…
「店長、私にみゆきの家の住所を教えて!」
「教えてって? まさか行くのか?」
「もちろん! 確認しに行く!」
「俺も行こうと思ったんだが? あれだぞ? 俺が報告してやるから無理に行かなくてもいいんだぞ?」
えっ? 店長がみゆきの家に行く?
どうしよう…
でも、行幸のアパートに女がいるのも腹立たしいし、この目でちゃんと確認したい!
もし本当に店長の電話に出た女性が本当に行幸の妹で、行幸には何もなくっても、店長が行幸の部屋に行って行幸から明日の買い物に一緒に行くのがばれるのも何だか嫌だし…
やっぱり一緒に行かなきゃダメよね。
「えっと、あれよ、あれ、私もこの件に関わってるし、確認に行く義務があると思うの」
「義務? そんなのはお前には無い。俺一人で十分だ」
「ダメ! 店長は今日の一件があるから信用出来ない! 行く! 私も行くから!」
「何だと? 俺が信用出来ないのか? ってまぁ今日の俺じゃあ信用しろって言えないな。仕方ない、じゃあちょっと待てよ…」
今の会話を聞く限り店長は普通に戻っているから信用出来るかもしれないんだけど…
と…保留になっている間に住所をメモ出来る場所まで戻らなきゃ!
菫は急いでファミレスの中に戻った。
「あ、おかえり。用事は済んだ?」
愛が笑顔で菫を迎える。それと同時に保留が解除された。
「愛ちゃんごめんね。ちょっと待ってて」
「はい? 何?」
愛はキョトンとした表情で菫を見た。
携帯からは店長の声が響く。
「菫、いいか? 言うぞ?」
「はい」
「東京都墨田区…」
菫は机に出ている冬コミの打ち合わせノートに住所を書き写した。
「OK! 書き写した! ありがとう店長」
「おう! 何かあったら電話くれよ! 俺は今から店を出て向かうから」
「わかったわ」
菫はそう言って電話を切った。
目の前では相変らずキョトンとした表情の愛が…
「な、何? 何があったの?」
「ごめんね愛ちゃん。私、行くね!」
「ちょ! ちょっと待ってよ! 行くって何よ!」
「また私から電話するから!」
そう言って菫は慌ててファミレスを飛び出した。
☆★☆★☆★☆★
な…何よ…何がどうなったの?
菫、何であんなに慌てて出て行っちゃった訳?
もしかして彼氏の家に向かったとか?
わーお…そっか! そうかぁ…菫も行動に出たか。
今度結果を聞いてやろっと! っていうか…待ってよ? そう言えば食事代もらってないじゃん!
愛は伝票を確認してから自分の所持金を確認する。
あの子ってバンバークセット頼んだの? 高いなぁ…
愛は自分の財布の中身をチェックする。
中には千円札が数枚あった。
どうやら大丈夫ね…二千円くらいしか残らないけど払えそうね。
でも、今月はコスプレ衣装にお金がかかりすぎて大変なのよね。
もう一度財布を見る愛。
………
あーあ…私がコーヒー二百円で我慢した意味が無いじゃん…
愛は大きな溜息をついた。
行くのは良いけど、お金くらい置いて言ってよね…
彼氏と私とどっちが大事なのよ…………って、ダメよ愛!
「菫は年下のかわいい後輩じゃないのよ!」
「急いで彼氏の家に行ったんだよ? いいじゃん!」
「そうよ愛! これが愛なの! って私の名前じゃないよ?」
一人で手振りをしながらボケと突っ込みをする愛。
傍から見るとちょっと痛かった。
「ふう…仕方ないわね…今回は私が喜んで出しておきますか!」
「菫! 私が出してあげるから感謝するのよ!」
「そう! 愛の為に頑張るのよ! って私の為じゃないよ?」
こくこくと頷く愛。横を苦笑しながらウエイトレスが横切った。
よーし! お店からでようかな…
愛はテーブルの上の冬コミのノートを鞄に仕舞いこんだ。
するとテーブルの横にファミレスのウエイトレスがやって来た。
「おまたせしましたぁ! 季節限定の冬のびっくりパフェですぅ!」
フリフリの可愛い洋服に身を包んだウエイトレスが笑顔で愛の前にパフェを置く。
愛は思わずその女の子を見た。
可愛い…この子可愛いわ…コスプレさせるとすると何がいいかしら?
「月ちゃん、ちょっといい?」
「あ、は~い。ちょっと待ってくださ~い」
ルナってマジで本名? すごいわ! ルナという名前の可愛い子なんて逸材ね! って、そんな事を考えてる場合じゃないわね。
「ええと、そんなの頼んでましたっけ?」
「はい、お連れの方がご注文されましたぁ」
「……」
菫、何時の間にこんなものを頼んだんだ!
「こちらに置いても宜しいですかぁ?」
「あ、はい…」
愛の目の前に「ゴトリ」と重そうな音を立てて置かれた超ビックなパフェ。愛はごくりと唾を飲んだ。
「うーん…これはどうしたものか…」
「お客様ぁ? 請求書をここに入れておきますぅ」
店員が請求書をくるりとまるめるとプラスチックのケースへと入れた。
愛はそーと請求書を取って金額を確認してみた。
えっと…パフェの金額は…『冬のビックパフェ九百円』
「高ぁ!」
愛は思わず店内すべてに聞こえるような大声を上げてしまった。
知らない間に店内にはお客はまったく居なくなっているが、しかし逆に店員の視線を集めてしまった。さっきのルナっていう子も苦笑してる。
これはどうにかしないと…
「あはは…お、大きさですよ…ほら! す、すごぉ~い! 大きいパフェだなぁ! えへへ~」
今度はキッチンスペースからも店員が出て来て愛を見ている。
しまったぁ! 更に注目を集めてしまったぁあぁ!
目の前に置いてある超特大パフェ…
店員の注目の的の私…
私は甘い物があまり得意じゃない。
でももったいない。
注目集めてる。
愛は目を閉じたままぐっと顔を天井へ向けた。
「これも…試練なのね…仕方ない…食べる。食べますよ…」
目を閉じたまま顔を下げて数度深呼吸。そして目を開いた。
ぐっとスプーンを持って、サクっとアイスをすくう!
つーっとそれを震える口へ持って来て…一気に食べた!
「甘ぁ! うぇぇぇん…甘いよぉ…」
愛は作り笑顔で、しかし心の中で泣きながらパフェを食べた。
菫の馬鹿…
【がんばれ愛ちゃん… by作者】
後書き人物紹介⑧
店長
小鳥遊優理の働いているメイド喫茶の店長。
年齢は恋次郎と同じくらいで、若くして事業?に成功した。
いつも黒髪をポマードで固め、黒いスーツ姿で、身長は175センチ。体重は77キロ。
筋肉質の体で体格が良い。
秋葉原に自分のお店を十店出す野望に燃えている
現在はラガーマン喫茶という怪しいお店を企画。恋次郎を勧誘中。
店長は本気で誘っているが恋次郎はその気はない。
たまにオネエ言葉になるが決してオカマ等ではない。