第十三話③ 【俺とは違う時間・恋次郎《れんじろう》編】・
店長編です。これも興味無い場合はパスしてOKです。
しかしながら菫編とは接点があるので菫編を呼んだ方はこれも読まないと多少違和感が出るかも?
「店長お疲れ様でした-」
「ああ、お疲れ様」
夜の七時。パソコンショップが終了した。バイトを全員があがらせると、店長は事務所へ篭もる。
店長の恋次郎には、レジの金の精算と売上金げを銀行の夜間金庫へ入れる業務、そして在庫の確認と発注が残っているのだ。
それをすべてこなしてから初めて帰宅出来る。
何気に店長歯大変だったりした。
恋次郎が事務所の机に向かって在庫を整理していると、机の横に紙袋か置いてあるのに気がついた。
中身を確認すると、それは今日、行幸が着ていたメイド服。
きっと行幸がここに置いて帰ったのだろう。
恋次郎はそのメイド服を見て今日の出来事を思いだした。そして後悔する。
何故俺はあんな狂ったようなひどい事を行幸にしたのだろうかと。
今日の俺はおかしかった。
行幸が女になった時は確かにすごく驚いた。しかし、あの時はまだ精神状態は普通だった。
話の途中で少し素性がばれそうになったシーンもあったが、それでもまだどうにでもなるレベルだった。それはいつもの事。
そうだ。このメイド服を借りてくるまでは自分を気持ちを抑える事が出来ていた。
恋次郎はじっとメイド服を見る。
俺はこのメイド服を借りてきて…
行幸がメイドの姿になっていきなりリミッターが外れてしまった。
このパソコンショップへ勤め始めて早5年。
俺の趣味はこの店に勤め始める前から今と変わってはいない。
今まで俺の秘密はずっと隠し通せていたし、すごくスポーツマンで健全な店長を演じてこれていた。
それが…それがたった数時間で自分で秘密を暴露。健全なイメージが完全に崩壊した…
しかし、行幸と菫しか真実を知らない。そこだけは多少の救いかもしれない。
俺が二人にちゃんと口止めすればこの先もなんとかなるだろう。
ああ見えても二人はキッチリした奴らだ。俺はそう思っている。
恋次郎は紙袋からメイド服を取り出して机の上に置いた。
綺麗にたたまれたメイド服を眺める。
もしかして、このメイド服は呪われているんじゃないのか?
やっぱりこのメイド服を行幸が着てからおかしくなった。
しかし誰に呪われって言うんだ? まさかこのメイド服を貸してくれた、あの女か?
そう言えばこのメイド服を貸してくれたあの女…この近辺じゃ見かけた事のない女だったな…それにあそこにメイド喫茶なんて無かったはずだよな?
何で俺はそれに気が付かなかったんだ?
恋次郎は実は秋葉原にあるメイド喫茶の位置はほぼ把握していた。
そして、働いているメイドもこっそりチェックはしたりした。
別に付き合いたいとかではない。チェックが趣味だったのだ。
考えてみろ、見ず知らずの俺にこうも簡単にメイド服を貸してくれるなんておかしすぎるだろ?
あの時もっと怪しむべきだったんだ!
恋次郎はふと腕時計を見た。するともう八時を回っている。
確かメイド服を貸してくれたあの女…八時半までならお店にいるとかいっていたよな?
別にすぐに返さなくてもいいとか言っていたが…
恋次郎はメイド服を紙袋に押し込むと店から飛び出した。
あの女に逢えば俺がおかしくなった原因が何か解るかもしれない!
「確かこっちだよな…」
恋次郎は小走りでそのお店へと急ぐ。
そしてメイド服を貸してくれた女の居るはずのお店の前までやってきた。 すると信じられない事が…
「店が無いぞ…」
昼間ここであの女にメイド服を借りた。その時にはお店が存在していたはずなのに…何故無いんだ?
恋次郎は場所を間違ったかと思い周囲を周回する。しかし間違い無い。
「やっぱりここだ…」
恋次郎はメイド服を借りた時の事を思い出す。
俺は行幸に合う服を行きつけのメイド喫茶の子に借りようと思ってこの道を歩いていた。
その時に借りてこようとしたのは別にメイド服という訳じゃなかった。女性物の服ならば何でも良いと思っていたんだ。
ここを丁度通りかかった時、見た事の無いメイド服を着た女にいきなり声をかけてきたんだ。
そう、女は銀髪のロングヘアで瞳は透き通るような青色だった。
身長は170センチくらいはあったか? スタイルも良くって、正直客引きをするレベルの子じゃなかった。それ程に綺麗な子だった。
最初は外人かと思ったが、話しかけてきた言葉は日本語だった。
しかし日本人には到底見えなかったんだよな。
こんな子を街で見かけたら、忘れる訳なんてない!
俺は彼女に声を掛けられて振り向いたんだ。
でも、その時は知らないメイド喫茶に寄る時間なんてないし、まさか知らない女性に服なんて借りられない。そう思って即断ろうとしたんだよな。
「あ、今は仕事中だから」
俺がそう言うとその彼女は笑顔で言ったんだ。
「何か急いでる様子ですけど? 何かお困りごとでも?」
「いや別に?」
俺がそう言ってその場から立ち去ろうとしら、女が俺の手をいきなり掴んだんだ。
「何だ? 俺はちょっと急いでるんだけど」
「困っているって顔に書いてある人をほっておけないだけです」
何を根拠にそう言ったのかはわからない。だけど俺はそうまで言われて無視が出来なくなった。
そして何故か女物の服を借りに行く途中だと言ってしまったんだ。
するとその女は言った。
「そうなんですか? それじゃあうちのお店のメイド服をお貸ししましょうか?」
「え? いや、見ず知らずの方に借りるなんて出来ないですから」
「大丈夫ですよ? ほら、たった今知り合いになったじゃないですか」
「しかし…」
俺が困っているのをよそに、女性はさっさと店へ入るり紙袋を手にして出て来た。
「後でお店に戻してくれればいいですから、ほら遠慮しないで」
そう言って手にもっていた紙袋を俺に差し出した。
「…いいんですか?」
「もちろん!」
その一言に俺は疑う事も無くメイド服を借りたんだ。
そう、確かにここのあのメイド喫茶は存在した。そしてあの女は立っていた。
記憶も鮮明に残っている。あの特徴的な女を忘れる訳は無いし、店だって忘れる訳がない。
でも店が無いじゃないか!
恋次郎は紙袋に入ったメイド服を見た。
何でだ?
考えてみれば、行幸の事は何も教えてないのに、何でサイズがぴったりだったんだよ?
まるで行幸の為に作ったかのようにぴったりだったじゃないか!
恋次郎は秋葉原を走り回りお店を探した。しかしいくら探してもメイド喫茶は存在しない。
恋次郎は息を切らしながらメイド服を見る。そして知り合いのいるメイド喫茶へと急いだ。
その店が消えた場所から小走りで数分いった所にある雑居ビルの4階。
ここに恋次郎の行きつけのお店がある。
恋次郎はメチャクチャに遅い油の匂いが漂うエレベーターは使わずに階段を駆け上がってそのお店に飛び込んだ。
ちなみに、このお店は営業時間が二十時半迄でお店は閉店の準備を始めていた。
恋次郎がお店に入ると目の前に女が一人現れた。
「あ! 恋ちゃんいらっしゃい!」
恋次郎は常連なせいか「いらっしゃいませ、ご主人様」的な掛け声がこない。
「おう! 優理、元気か?」
「今日はどうしたの? もう閉店だよ? 来るならもっと早く来てよ…」
恋次郎に馴れ馴れしく声を掛けてきたこの女の名前は小鳥遊優理。
恋次郎は、『ことりあそぶゆうり』と最初に言ってすっごく怒られたりしている。
「今日は別にお店に来た訳じゃない」
「え? じゃあ何? もしかして私に逢いに来たとか?」
この子はこの手の冗談をすぐに言う。
恋次郎は何度も同じような台詞を言われて免疫が出来てしまったので何とも思わないが、普通の男子に言うと…危険だ。
「あ、それは無い」
「えー残念!」
「本当に残念だって思っているのか?」
優理の顔はとても残念そうには見えない。逆に楽しそうだ。
「えー? 本当に残念だよ? で、どうしたの?」
「……これなんだけど」
恋次郎はそう言って紙袋の中身のメイド服を優理に見せた。
「え? 何? これってメイド服だよね? うわっ! シンプルだね! これって実用的な、いわゆる本物? でもこれどうしたの? もしかして恋ちゃん…」
「ないない! そうじゃなくって、聞きたいのはこの辺でこのメイド服を着たメイド喫茶とか知らないかって事だ」
「え? このメイド服を着たお店?」
優理は腕組みをして考えている。
しかしその表情を見るからに、思い当たる節はなさそうだ。
「ごめん…私の知る限りだと無いと思う…」
こいつか知らないなんて…やっぱりあの店は存在してないのか?
「恋ちゃん、それ、ちょっと貸しくれるかな?」
「あ、ああ…」
「お店の子に聞いてくるから!」
「ああ、すまん」
優理は紙袋を持ってお店の奥へと入って行った。
「おお、恋次郎さんではないですか!」
「うおっ!」
恋次郎の左横から声がしたと思うとそこにはこのお店の店長があった。
店長はビシッとスーツ姿で中肉中背、身長は180センチはある。
髪型もばっちり決めているが…
こいつは恋次郎にとっては危険人物だった。
「おやおや、入口で何をしてるのですか? もしかして…この前話をしたラガーマン喫茶の件、承諾しに来てくれたのですか?」
「待て、あれは断っただろ、俺はそういうのに興味はない」
「あらら…残念ですね」
「だいたい何だ? そのラガーマン喫茶っていうのは? 秋葉原でそんなお店を開いても流行るはずないだろ」
「恋次郎さんは知らないのですか? 今、動画サイトでは筋肉男子系の動画がは流行っているのですよ? 筋肉ムキムキ! っていうのが、女性だけでは無く、男性にも人気があるのですよ?」
「何だその筋肉男子系って? ちなみに俺は男に趣味はない。あと俺を名前で呼ぶな」
店長はクスクスと小声で笑った。
「残念ですね…時給一万円は出そうかと思っていたのですが」
その一言に恋次郎が珍しく反応した。
な、何だと?…時給一万円だと?
一日で八時間働いたら八万円なのか? 一ヶ月だと…
うおおぉぉおおぉぉっぉ!
そんなにお金があったら…
恋次郎は右手の指を折りながら頭を上下する。
『メイド地獄放浪物語』(十八禁)
『麗しきわが嫁達』(十八禁)
『メイドでごめんSPデラックスボックス限定フィギュア付き』(全年齢)
『俺が学校でモテモテすぎて困らない』(十八禁)
何でも買えるじゃないか!
「おや? 恋次郎さん? その表情は本気になって頂いたのでしょうか?」
その時、お店の奥から声が聞こえた。
「恋ちゃん! おまたせー」
優理が戻って来のだ。
「あら、小鳥遊さん」
「店長何してんの? あ、恋ちゃん。とりあえずこのメイド服は返すね!」
優理は店長を見ながら恋次郎に紙袋を手渡した。
「ちょっと恋次郎さんを勧誘してまして」
「勧誘ねぇ…恋ちゃん、どうせ時給一万円とか言われたんでしょ? 絶対嘘だから信じない方がいいわよ?」
優理がそう言うと店長の顔色が変る。
「何を言ってるのですか? 私は嘘をついた事はありませんよ?」
「えー! 嘘つきじゃん! 私がここに入る時だって、時給三千円とか言ってたのに、初日だけ時給三千円とか! 後はずっと時給八百五十円じゃん! 嘘つき! これって詐欺以外の何ものでもないじゃん!」
「時給三千円は実行したのですから嘘では無いでしょ?」
「何よその言い方! そんな事を言ってると、このお店をやめちゃうよ? いいの? 私はこう見えても他のお店からいっぱいスカウトされてるんだからね?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。貴方は店長である私を脅すのですか?」
「脅しじゃないよ。意見だよ、意見! でも時給アップしてくれれば考え直すわ」
何だこのやり取りは…
「よ、よし…じゃあ八百六十円にしましょう…」
おいおい、そんなに簡単に時給がアップするのか?
「わぁい! やったね! 時給アップだ!」
「仕方ないですね…他のメンバーには内緒ですよ?」
「わかってるわよ! えへへ」
何だこのいい加減さは…って、この店の事なんてどうでもいいよな。
「おい…優理、このメイド服の事は?」
優理ははっとした表情で恋次郎を見た。
「そうだ! そうよね! ごめーん!」
優理は舌をぺろりと出して可愛げに謝る。
しかし何だろうな…俺はこういう仕草を見ても優理にはあまり萌えない。
女になった行幸の方が何倍も萌えるな。…え?
な、何だ? 俺は何を考えているんだ? やばい…まだ俺はおかしいままなのか?
も、もしや…このメイド服のせいなのか?
ともあれ、このメイド服は俺にとっていいもんんじゃないのは確かだな。
「恋ちゃん? どうしたの?」
「あっ…いや…で、知っている子はいたのか?」
「ごめんね、誰も知らないって…」
やはり予想してた通りか。
「おい店長」
「え? は、はい!?」
「お前がこのメイド服を預かれ」
「え!? な、何故私が!?」
「理由は無い。俺が返せと言うまで預かれ」
「そんな理不尽な…」
恋次郎は強引に紙袋を店長に押しつけた。
「よし、俺は戻る。優理、またな」
「え? あ、うんまたね! オープンしてる時にまた来てね!」
「おう!」
恋次郎はそう言って急いで階段を駆け下りた。
ふう…ヤバイな…あの時俺は一瞬だが行幸のメイド姿を思い出して萌えてた…
危険だ、やっぱりあのメイド服は呪われている…のか?
後書き人物紹介⑦
小鳥遊優理
年齢 不明。多分大学二年か三年だと思う。
身長163センチ位
体重内緒キロ
恋次郎の通うメイド喫茶のバイトの女の子。
髪の色は黒で普段はポニーテールにしている。
痩せてはいなく体は少しふっくら系。
特徴は胸が大きくFカップ。おかげでメイド服は特注品。
胸について本人は大きい事が嬉しくもあるが悩みでもある。
普段からとても明るい女の子で基本的には誰にでも友好的。
大学生のはずだが昼間からメイド喫茶でバイトをしており、学業はどうなったんだと恋次郎は心配しているようでしてない。
メイド喫茶に働いているが、理由はバイトの時給に惹かれて始めただけで、メイドになりたかった訳でも、メイド喫茶の意味をわかっていた訳でもない。
行幸や菫とは今の所接点は無い。