第十三話② 【俺とは違う時間・菫《すみれ》編②】・
愛の頬がひくひくと動く。苦笑し、そしておでこに手を当てると息を数度吐いた。
「ちょっと待って。何それ? 菫の彼氏がMMOをやってて天罰で女になったって言うの? いや、流石にそれを信じろって言われても無理だよ」
菫は愛の言葉に無言のまま唇を噛む。
「空想小説じゃないんだよ? 漫画でもないんだよ? 男が女になる? そんな事があるはずないじゃん! 夢でしょ? 菫大丈夫? 悩みがあるんなら聞くよ? いくら恋がなかなか実らないって言っても現実をちゃんと見なきゃダメだよ」
愛が少し可愛そうな子を見るようにそう言うと、突然菫が愛を睨んだ。
愛は今まで菫に睨まれた事なんてなかった。
サークルでは一番慕ってくれるし、一番仲良しと言っても過言じゃない。
なのに…菫は愛を睨んだ。愛の表情が一気に変わる。それはしまったという表情。
「ほら…やっぱり信じてくれない! やっぱり話すんじゃなかった…」
菫の声が震えている。そして瞳には涙が浮かんでいる。
「だ…だってさ、普通に考えてよ…ありえないじゃん…」
「そうだよ…その通りだよ…普通じゃありえない事だから私は困ってるんでしょ? あと、まだ彼氏じゃないから…」
「そこはちゃんと否定するのね…」
愛はまた溜息をつくと、今度は天井を見た。
「彼氏とか彼氏じゃないとかそんな事はどうでもいいとしてさ…その話…本当の本当なの?」
「本当だよ! 愛ちゃん信じてよ! 信じがたいけど、事実なの!」
愛は頭を下げて菫を見る。どうみても真剣な菫。
やっぱり嘘じゃないみたいね…
愛は菫の言葉を信じる事にした。
「わかった、信じる。信じるよ…そこまで真剣に菫が言う事だもん…信じるしか無いでしょ」
愛が言うと菫は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
だがすぐに表情は険しくなる。
「ありがとう愛ちゃん。でもどうすればいいんだろ…行幸が女のままで男に戻らなかったら…」
辛そうな菫。愛はこんな菫はあまり見たくないと思ってしまう。
そして、まずはこの場を和ませる。何とか空気を明るい方向へ変えなければ! なんて考えた。
「そうね…彼氏が女だとHが出来ないわね」
「え、えっち?」
「そう。えっち」
顔がカーッと真っ赤になる菫。
「ち、違うぅうぅぅ! 私は別にエッチがどうとか言ってないじゃん! どうしてそうなるのよぉ!」
愛は両手で顔を覆うと机に突っ伏してしまった。愛はここで失敗に気が付く。
しまった! これって和ませてないじゃん!
「ご、ごめん、つい何時もの癖で」
「癖って何よ…愛ちゃんはすぐにそういう話題にもっていくんだから…」
「本当にごめんね」
「まったくもう…」
菫が口を尖らせて愛を見た。
しかし、とりあえずは空気が少し軽くなったのは確かだ。
愛はちょっとだけ笑みを浮かべた。
しかし、問題は解決した訳じゃない。菫の好きな男子が女になったという信じられない事実は何の変化もないのだから。
「菫、貴方はどうしたいのよ?」
「私は…そりゃ男に戻って欲しいよ」
「まぁそうだよね…」
「うん…」
会話が途切れた。そしてまたしても空気が重くなる。
無言のまま数分経過…
やばいよ…場の空気が重いわね…とてもじゃないけど私から何か言えそうにない。
何、この蛇に睨まれた蛙のような状態は?
ぜぇぜぇ…わ、私から…話さないと…
愛の額には本当に脂汗が浮いている。
そして愛が勇気を出して口を開いた瞬間、菫の方が先に口を開いた。
「ごめんね、愛ちゃん。冬コミの話なんだけど、今日は頭に入らないから…もう終わりでいいかな? もう家に戻りたい」
「ま、まぁそうだよね…いいよ…だけどさ、今から家に帰って何をするのよ」
「みゆきが女から男に戻る方法をぐぐってみる…」
「え…何それ? ネット検索が凄まじく発展しているこの世の中であっても、そんな非現実的な事がぐぐって出るはずないじゃん…」
「え?でもやってみないと解んないでしょ?」
「いや、そこはやらなくっても想像つくでしょ…」
「じゃあ何? 愛ちゃんは私のやる事は無駄だって言いたいの?」
菫は再び不機嫌そうな顔になった。
「そうじゃないって。だから、もっと無駄にならない事をやる方がいいって事だよ」
「無駄にならない事…それって何なの?」
愛は固まった。
言ったはいいが、想像がつかないからだ。
やばい…無駄にならない事が思い付かない。
でも、言った立場上、菫の為にも解決策を考えないと…
何か無いかな…
しかし…男が女になるとかねぇ…そういう事もあるんだなぁ…
そうだ! よし、まずは女になった原因を考えよう。
女になった原因は何なのか? そう…確か…天罰? だったよね?
そうだとすると…天罰って事は悪い事をしたから天から罰を受けたって事?
あれ? 罰を受けたのなら、その罪を償えば? もしかすると悔い改めれば元に戻れるんじゃないの?
そうよ! 罰を受けているのであれば、その罰を悔い改めればいいのよ!
きっとそうだ! そうだそうだ!
愛はニヤリと微笑んだ。
「菫、わかったわ! 罰で女になったのなら、その罰を悔い改めればいいのよ!」
そしてドヤ顔である。
「悔い改める? って…改心するって事?」
「そう! その罰を与えられた原因をきちんと理解して、それを反省するの!」
菫も愛の言葉を聞いて数回頷いた。
「それって、PKをしまくってカオスな属性にプレイヤーがPKを止めて、逆に良い行動をしていればだんだんとカオス属性が薄れていって普通の状態に戻れるって奴と同じかな?」
MMOで例えを出した菫。しかし愛は笑顔のまま固まった。
「何それ…その例えは…ごめん…理解出来ない…」
「えー!? すっごくわかりやすいと思ったのに…」
「あ、あれだよね? PKってサ、サッカー関係かな? カオスって悪よね? 悪いサッカー関係者? あれ?」
「それはペナルティーキックのPKでしょ? 私が言ってるのはプレイヤーキラーのPKなの! 全然違うよ」
「プレイヤーキラー? まりもブラザーズに出るあれ?」
「それは…普通にキラーじゃないかな…」
「じゃ、じゃあ…フマ…」
「…キラー? いやいや…違うよ?」
二人は固まった。
そして、しばらく経って、また菫が先に口を開く。
「ま、まぁいいや。要するに愛ちゃんは、行幸が罪を償えば絶対に男に戻れるって言いたいんだよね?」
「え? いや…そこまで言い切らないでよ。そこまで自信ないんだけど…」
☆★☆★☆★☆★
菫思考
気が付けば午後九時になっていた。
私は早く帰ると言いつつもずっと愛ちゃんと話をしている。
そしてふと店内の時計を見ると九時になっていた。
あれ? 何か重要な事を忘れているような気がする…
何だろう…今日すべき事…その瞬間、私は思い出した!
「あ!そうだ!」
思わず大きな声が出た。
私が突然大声を出して愛ちゃんがびっくりしている。
そして店内で注目の的になっている…
「な!? 何よ急に大声出して! は、恥かしいじゃん」
愛ちゃんは周囲を気にしながらそう言った。
「ご、ごめん…」
私はみゆきに夜に明日のスケジュールとか集合時間とか電話するって約束していたんだ。
愛ちゃんにその趣旨を説明した。
「なるほど…へぇ…デートの約束をたんだ? 相手が女になってもキッチリやる事はやるのね」
「やるって何、いやらしい言い方しないでよ…」
「あははは、いいじゃんいいじゃん。気にしないの! そっか…明日のおでかけルートね…そうね…まぁ相手は今は女の子になってるんでしょ? それならやっぱりデートコースは女の子とおでかけするコースになるんじゃないの?」
「そうかな…それでいいのかな? あと、まだこれはデートじゃないからね」
「あらら、相変らずそこはキッチリ否定するのね…でも元はとはいえ男でしょ? デートでもいいじゃん。いやなの? デート」
「別に嫌じゃないけど…実感ないし…それにみゆきが男に戻ってから一緒にお出かけした時にデートって言いたいし…」
「菫は細かいなぁ…だいたいさ、『デート』の方が『お買い物』よりも発言しやすいじゃん。だからデートの方向でOKでしょ!」
「待って! そういう問題ですか?」
「ええ、かなり重要な事だね…」
「…う」
「まぁ結論は『デート』だろうが『お買い物』だろうがどっちでもいいんだけど」
「え!? どうでもいいの!?」
「ふふふふ…でさ、デートコースは菫が当日に決めれば? 集合場所だけ決め手おいてさ」
「集合場所だけ?」
「そうそう! 食べるお店くらい決めてもいいけど、あとはその場凌ぎでいいんじゃない?」
「デートてそんなもの?」
「私は最初からコースが決められてるのってやだし、そう、私は自由人だから! なんちゃって!」
そう言って愛ちゃんは声を出して笑った。
なるほど…自由人か…確かにそうかも…愛ちゃんって普通の人とは考えが一致しない事も多いんだよね…
だから言った事を信用すると痛い目を見る事もよくあるし。
意見は半分聞いておいたとして、せめて買い物をするお店くらいは目星をつけておいたほうがいいかも…
「あはは…参考にするね」
「よーし! じゃあ、早速電話しなさい!」
愛ちゃんはそう言って私を指差した。
「え?」
「ほら、今すぐに電話しなよ」
今度はバックを指差して携帯を出せと仕草で表現している。
「こ、ここで?」
「そうだよ? もう九時でしょ? そろそろMMO趣味の男はMMO廃人モードに突入するんじゃない?推測だけどさ!」
愛ちゃんは満面の笑みでそう言った。
確かに…MMOでは今が一番コアな時間帯かもしれない。
うちのクランメンバーも九時位が一番集合するし。私もMMOに一旦集中すると電話になんて出れない状態になる。
まぁみゆきには電話をすると言ってあるのだから、大丈夫だとは思うのだけど…
………やっぱり何か心配だ…
やはり一回はかけておくべきかもしれない。
「わ、わかった…でもここじゃあれだから…外で電話してくる」
「OK! いってらっしゃい」
愛ちゃんは笑顔で手を振った。
私は携帯を片手にファミレスの外に出た。
左手に携帯を持って、みゆきの携帯へ…電話…を…
実は今日初めてみゆきの携帯に電話かけるのだ…
アドレス帳を検索する指が少し震える。
見つけた…高坂行幸っと…
ポチ…
ついに押した!押してしまった!このままだと!!
トルルルル…
鳴った!鳴ったぁよぉ!
ドキドキドキドキドキドキ
ダメだ、緊張する!待て!負けるな!ここで下手にでるとみゆきが図に乗る!
冷静にならなきゃ…
トルルルル…
トルルルル…トルルルル…
私の緊張をよそに電話は鳴り続ける。
あれ? みゆきが電話に出ない…
まさかゲームに夢中なの!? 信じられない! あれだけゲームに夢中になるなって言ったのに!
でも何? 留守電にもならないよ…
私は一回電話を切った。
そしてもう一度電話をかける…
トルルルル…トルルルル…トルルルル…
呼び出し音だけがずっと鳴り続ける…
でもみゆきはでない…
何よ…電話は私からだって解ってるはずなのに…わざと出ないの?
それとも…お風呂? トイレ? そ、そうだよねきっと…
よし、後でもう一度電話しようっと…
携帯を折りたたむと私はテーブルに戻った。
「お! おかえり! どう? 彼氏は電話に出た? ちゃんと約束の確認した?」
愛ちゃんがすっごく楽しそうに聞いてくる。
「いや…電話に出てくれなかった…」
「えー? 何それ…」
「きっとあれだよ。お風呂とかトイレだよ」
私がそう言うと愛ちゃんは腕を組みながら険しい顔になった。
「菫…もしかしてさ、女でも連れ込んでるんじゃ…」
「え? ちょっと待って! 今のみゆきは女だよ? 女を連れ込むとか…」
「あ…そうだったね」
ドルルンピープルル!
その時、突然菫の携帯が鳴り響いた。
後書き情報
行幸のアパート住人について。
行幸の今借りているアパートは六部屋あり全てが埋まっている。
住人は全員が男子で大学生。そして全員が何かしら特殊な趣味を持っている。※噂です。
首都高速の直下にあり日射をまったく望めないので普通の人間は住みたいとは思わないようなアパートだが家賃が安い!
行幸は引っ越して来た時にだけしか住人には会っておらず、ほぼ接点が無い。小説には直接接点のある人物としては登場の予定はない。はず?