第十三話① 【俺とは違う時間・菫《すみれ》編①】・
行幸と別れてからの菫の時間での小説です。
この後、菫の時間・店長の時間の小説があり、本編に戻ります。
別に菫の事なんて興味ない!って方は読まない方が良いかもしれません。
「まっだかなぁ…おっそいなぁ…」
某駅の改札を出た場所で、一人の女性がソワソワとしていた。
その女性は携帯で何度も時間を確認しながら周囲を何度も見渡している。
女性の恰好は黒のスーツ姿で、少し茶色がかったロングヘア。
身長は女性にしては高めで少し細身の体つきで、運動をやっていたのだろうか、体格は良い。
しかし、体の出っ張りは殆ど無く(胸を含む)、目つきが凛々しく、女性というよりは宝塚の男役の女性のようなイメージだった。
「菫、来ないなぁ……約束の時間忘れちゃったのかなぁ」
女性はそれから何度も何度も携帯電話で時間を確認する。
右足が小刻みに床にリズムを刻む。
待ち時間にちょっとイライラしているようだ。
「もう約束の時間を過ぎてるのに連絡もよこさないとかありえない。まぁ仕方ないか、電話してみよっかな」
女性は独り言の様にそう言うと携帯を耳にあてた。
すると、それとほぼ同時に女性の前に菫が小走りで現れた。
「愛ちゃーん! ごめーん」
菫は「はぁはぁ」と息を切らしており、急いで来たというのは一目でわかる。
女性は菫の姿を確認すると、仕方ないなぁという表情で携帯をバックに仕舞った。
「こら! 遅いぞ!」
「ごめん、ごめん、色々あってね」
「何よ色々って?」
「えっと…」
口をもごもごと動かすが、何も言葉の出ない菫。
「何よその態度? もしかして男がらみ?」
菫はびくりとしてあさって方向を向いた。
「何よ、図星なの? 一体何があったのよ? 遅刻したんだから話してもらうからね?」
「え、えっと……それは……あ、後で話すよ」
「後で?」
「うん、後で……」
「本当に?」
「話す、話す、約束するから」
「わかった。後でちゃんと話して貰うからね」
菫は苦笑を浮かべながら小さく溜息をついた。
「えっと、あとね、今日はちょっと早く家に戻りたいんだ。今日の打ち合わせって一時間位で終わりでもいいかな?」
自分の携帯で時間を確認しながら菫は駅の改札を見た。
「何よそれ? まさかそれも男がらみ? まぁいいけど……わかった、今日は早めに切り上げてあげる」
「あ、ありがとう」
「よし、それじゃ行こうか」
二人はいつものファミレスに向かった。
☆★☆★☆★☆★
「菫さ、一応はメンバー全員には告知したんだけど、今回の冬コミはこの前に言ってたあれでいこうかと思うんだよね。もう7日だからもう時間もないし、あれなら衣装もある程度は最初から揃ってるじゃん。でさ、まだ衣装の出来てないメンバーについてはやっぱり全員で手分けをして作製してもらった方がいいと思うんだ。去年はギリギリまで出来ないメンバーが居て……」
女性が語りながら菫にふと視線を移すと、菫は口を半分開けて何か考え事をしていた。
「ねぇ、菫ちゃん? 私の話を聞いてるかな?」
菫はハっとした表情で「あっ!」と声を漏らすと苦笑を浮かべる。
「な、何? 聞いてるよ? ちゃんと聞いてるって」
女性は怪訝な表情で菫を見詰めると、唇を尖らせた。
「へえ……じゃあ私が何て言ってたか復唱をお願いします」
菫の頬肉がひくりと動く。目が自動敵にテーブルに向く。
「え…っと…今回の冬コミは…えっと…えっと…」
そこで菫は言葉に詰まった。
「やっぱり聞いてなかったし! 何よ? 男の事でも考えてたの?」
菫は口を右手で押さえると、チラチラと女性を見た。
そしてだんだんと顔が赤くなってゆく。
誰でも今の菫を見れば男の事を考えていました。とわかるくらいに本当に解りやすかった。
「遅刻した理由の男の事でしょ! そうだったわ……危ない危ない、聞き忘れる所だった」
「ど、どうしてそうなるの? 私は男の事を考えていたなんて言ってないよ!?」
しかし、顔が真っ赤でオドオドする菫を見ればすぐに今の言葉が嘘だってわかる。
「あのさ、その態度を見てると言わなくってもわかるから……で、何があったのよ? 話してよ」
「…えっ?」
菫は困った表情で言葉に詰まった。
「さっき後で話してくれるって言ったよね?」
女性そう言うと菫はさらに困惑の表情を浮かべる。
「えっと…話さないとダメかな?」
菫は小声でぼそぼそっと言う。
「あったり前でしょ! 約束したじゃない! それとも何? 私には話せないって言うの? 約束を破るって事?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
「菫の男……あ! もしかして……それってあの、何だっけ? 菫が惚れてるあの男の名前だよ……そうだ! 高坂だ! 高坂! その男と関係ある事なの? もしかして進展した系?」
「え、あっと……そ、そうだけど……えっと……」
「やっぱりそうなんだ? で、どうなった? キスくらいした?」
「キ、キスとかなんで!? まず進展とかしてないし、してないと思うし! あ、あと、私は別にそんなにあいつを好きって訳じゃな、ないからねっ!」
菫は顔を赤らめながら懸命に否定した。しかし説得力はない。
「ツンデレ頂きましたぁ」
「ツ、ツンデレじゃないし!」
呆れた表情で女性は水を口に運んだ。
「あのさぁ、わざわざその高坂って奴がいるパソコンショップにバイトまで移しておいて、よくまぁそんな言い方が出来るよね? もう忘れたの? この私に高坂が好きなんだって言ったじゃん」
「あ、あれ? そ、そうだっけ?」
「おいおい……まぁいいけどさ。でもさ、あの男の何処がいいのよ? 写真を見たけどすっごく普通じゃん。いや待って! 秋葉原のパソコンショップに働いてるくらいだし、普通じゃないかもよ?」
「えっと……あれだよ? 思ったよりは普通だったよ?」
「そっか……でもさ、バイトまで無理に一緒にする意味がわからないんだけど? そんなにあの男がいいの? 傍にいたい訳?」
「い、いいでしょ? 別に私が誰を好きになろうと、何処でバイトしようと」
右手で顔を仰ぎながら菫は顔を先ほどよりも真っ赤にしている。
「いいよ? 別にいいけどさ、じゃあ何でバイトを移って結構な日が経ったのにアタックしないのよ? あいつが好きなら菫から告っちゃえばいいじゃん」
「え? わ、私は告白とかした事ないし……って言うか、男から女に告白するのが普通なんじゃないの?」
「今はそんな事ないって! それにさ、当たって砕けろってことわざもあるじゃん!」
「そうなんだ……今はそんなもんなの? っていうか、愛ちゃん、砕けちゃダメだよ!」
「あーごめん、そうだね、砕けたらダメだよね。でもさ、告白なんてどっちからなんて別にどうでもいい事なんじゃないの?」
菫は不満そうな表情で頬をちょっと膨らませた。
「私は嫌だな。私から告白なんてやだ……」
それを見ていた女性は小さく首を振ると溜息をついた。
(結構わがままだよね、菫って)
「えっ? 何か言った?」
「ううん! なにも? あのさ、もしかして菫って乙女なの? もしかして白馬に乗った王子様が菫を迎えに来てくれるとでも思ってるの? そんなにロマンチストだったんだ? なんか大笑いだね!」
女性が笑いだすと菫の表情がますます赤くなる。
「わ、笑わないでよ! 私は本気なんだから」
「本気は解るけどさ、告白を待つとかどんな乙女かと思ってね」
菫は今にも泣きそうな顔に変化した。
「ごめんごめん、笑っちゃった事は謝るから」
「そりゃ愛ちゃんが悪気が無いのもわかるよ? 笑われても怒れる立場じゃないけど……」
「わかったわかった、そんなに深刻な顔にならないの。でもあれだよ? 告白して貰いたいのならまず格好を気にしなよ。そんなダサい服装で伊達眼鏡をかけるのなんてやめて、普通に可愛い服を着て化粧をすればいいじゃん。菫はマジ可愛いいんだしさ、高坂っていう男だってきっと振り向くはずだよ? コスプレの時なんて大人気で今までに何人もの男に告られてるじゃん」
菫は唇をさらに尖らせる。
「私は見た目が可愛いからとか、そういうので好きになって欲しくないの! 外見だけで判断して告白してきた奴なんて最低よ! それにあいつを好きになった理由を知ってるでしょ?」
「な、なんて贅沢な……世の中には男子に告白されない女子なんていっぱいいるのに……私なんて生まれてこの方男に告白された事なんて……正直、同姓からの告白の方が多いんだぞ! 泣いちゃうからな!」
「え? あっと……それは愛ちゃんが男のコスプレするからじゃないの?」
「する以前からそうなんですが? あと、私に男のコスプレをさせたのって菫達じゃないのよ!」
愛という女性は身長が178センチもあり、身長こそ成長したがその他がほぼ成長しなかったという体型だった。
愛は愛なりに努力はした。もてるための努力を。
身長を生かすために高校ではバスケット部に所属して結果エースまで上り詰める。
しかし、その当時は髪も短くしていたせいか、傍から見ればイケメンっぽく見えてしまい、結果よく女子に告白されたのだ。
「でも、愛ちゃんは男装が似合うからね……」
「それだよ! そのせいなの! 私は彼氏が欲しいの! 百合属性はないんだから!」
「え、えっと……」
愛はバンとテーブルを叩くと右拳に力を込めて前のめりになり、椅子からお尻を浮かせた。
「私は高校時代は確かに女っぽくは見えなかった。うん、それは自覚してる! だから大学からは女性っぽく振る舞うようにしたんだよ? 髪だってがんばって伸ばしたしたんだから! それなのにっ!」
「あ、うん。何度か聞いたね。それで、彼氏が出来たんでしょ?」
一瞬、愛の目が泳いだ。
「あ……うん」
突然だが二人の関係を説明しよう。
愛と菫はコスプレの同好会の仲間だったりする。
愛はコスプレは大学時代から始めた。友人の誘いでちょっとした興味本位から始めた口だ。
最初は男子にもてるのが目的で女性のコスプレをしていたが、この身長のせいでどうも似合わないケースが多い。それで、他のメンバーの勧めもあり男装コスプレを始めたのだ。
そう、菫にとっての愛はイケメンなのだ。
もちろんそんなコスプレで男子にもてることはなかった。
「話を戻すけどさ、菫は中身を、性格を好きになって欲しいって事なの?」
「うん」
「でもさ、その高坂とかいう男だって中身はどんなんだかわからない訳でしょ?」
「いいの! いいの! あーもういいでしょ? 私は私のやり方で恋愛するから!」
「うわぁ……強情だなぁ」
「強情って何が!?」
「いやいや、貴重なキャラだなーって思ってね。しっかし、菫は本当はもてるだろうにあの男に一途なんだねぇ」
愛は呆れた笑顔のままゆっくりと腰を下ろすと、ガラス窓の外をじっと見た。
「な、なんでそんなに遠い目なの?」
「いやね、別に……ああ、解ったよ。菫は菫の思うようにすればいいさ……で、色々とかさっき言ってたけど、結局は何があったの? それは教えてよ」
突然話題が戻ってシドロモドロになる菫。
「え、えっと……まぁ色々とね」
「だから何よその色々って何? あ、もしかして実は本当は、ついにやる事やっちゃった系?」
愛が冗談まじりにそう言うと、菫の顔はまた真っ赤になった。
「な、何を言ってるのよ! 何よ、そのやっちゃったって! 何をやっちゃうのよ!」
「え? 何って? 男と女の間でやることって一つしかないじゃないの」
菫の顔はさらに赤くなる。
愛の顔が思わすニヤける。これはもう楽しんでいる表情だ。
「そ、そんな不健全な事……や、やるはずないじゃん!」
「ぷぷぷっ! 何その不健全な事って? 菫って結構エッチなんだね? 私はエッチな事をするなんて一言も言ってないよ?」
「えっ?」
菫は目を点にして固まってしまった。
「あ、ごめん、菫があまりに初心で可愛かったからつい。でもさ、エッチはまだとして、本当にキスもまだなの?」
「し、してないって言ってるでしょ! 未発展だって言ってるじゃん! もうその話題はもういいから! ふ、冬コミの話に戻そうよ」
菫はそう言うと机に広げたノートを見始めた。
しかし、愛はまったくノートを見ない。テーブルに身を乗り出してニヤニヤとしている。
「で? 何があったのよ? まだ話し終わってないよ? ちゃんと話してよ」
「だから、もういいでしょ……きっと愛ちゃんが聞いてもつまらない事だし、それに色々複雑すぎて信じてもらえるかわかんないし…」
菫はそう言うと小さく溜息をついた。
そんな菫態度を見ていると、何があったのか愛は余計に気になる。
「私は別につまらないなんて思わないよ? あと、その色々複雑って? あの高坂っていう男の話じゃないの? 違うの?」
「まぁ…そうなんだけど…」
深刻な表情の菫はまた溜息をついた。流石にそんな菫を見ていた愛の顔からも笑顔が消える。
「何よ…その深刻な顔…困ってるのなら私に相談しなさいよ。これでも貴方よりも四歳も年上で恋愛経験だって豊富なんだからね?」
しかし菫は無言で考え込んだまま動かなかった…
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菫の気持ち
愛ちゃんはサークルの中でも一番信用が出来る人生の先輩だ。
ちょっとしつこくて自己中心的な性格だけど、私と違って恋愛経験も豊かだし、コスプレ知識も豊富だし、下ネタも得意だ。
いつも相談にのってくれるいい人で頼りにもなる人だ。
でも、きっと今日の出来事を話しても信じてくれるはずがない。
そして、話しても良いのかも迷う。
でも、話さないとすっごくしつこく聞いてくるだろうし、この先もネタにされるだろう。
店長は他言無用って言ってたけど。
この事実が他人に漏れると、それが話題になって行幸に危害が加わる可能性があるから。
でも…きっと…愛ちゃんになら言っても大丈夫かな?
私にとって愛ちゃんは他人じゃない。年の差はあるけど親友だと思ってる。
菫は覚悟を決めた。
よし、話してみよう。
「愛ちゃん」
「何?」
「私の話が例え冗談みたいな話だとしても、それでも信じてくれるかな?」
「え? 何? それって私を信用してないって事かな? 私はいつでも菫を信じてるんだよ?」
いいよね? 愛ちゃんなら信じても? うん、信じよう。
「それじゃあ……あのね、私が今から話す事は絶対に内緒だからね?」
「え? そ、そんな重い話なの? で、でも大丈夫よ! 内緒にするから信用して!」
愛はそう言うと右手の拳で自分の胸をドンと叩いた。
その瞬間、ゴブ!っという鈍い音が店内に響く。そして愛が胸を押さえてすごい顔になっていた。
右手の拳がみぞおち部分にクリーンヒットしたみたいだ。
「うぐっ…げほげほ…ぐ…」
愛は胸を両手で押さえて前屈みになって苦痛の表情を浮かべてる。
よほど痛かったみたいだ。
「あ、愛ちゃん大丈夫?」
愛は腕を振るわせながら右手を上げてグッと指を立てて大丈夫のアピールをした。
でも、笑顔が笑ってない。
額に脂汗をかいている。
とてもじゃないけど大丈夫には見えない。
そして数分後……
「あー痛かった……というか苦しかった…」
「愛ちゃん…自分に対して手加減なしだったね…」
「あはは…いや、まあ…信用して!っていうのを態度で示そうと思ってね」
愛はそう言いながら苦笑した。
ちょっと馬鹿だけど、こういう所が愛の良い所だと菫は笑顔をつくる。
「菫、それじゃあ…話してくれるかな?」
「うん、じゃあ話すね……」
………
菫は今日の出来事を愛に話したのだった。
後書き人物紹介⑥
花角愛
年齢 二十四歳
身長178センチ
体重内緒キロ
某大学を卒業して現在は東京田端の小さな会社で事務をしている。
菫のコスプレ仲間で、そこのサークルのリーダー的な存在だがリーダーではない。面倒見が良く、年上からも年下からも慕われる。
楽観的でポジティブなので行動先行タイプだが、実は考え方はしっかりしており場の空気を読む努力は必ずする。
しかし、状況を理解していてもはしゃいだりふざけたりする事も多い。
身長が一般女性より高く、胸が無い為に本人はすごく気にしている。
彼氏はいるらしい。※誰も会った事は無い。
自称、恋愛経験は豊富だと言っているが、初の彼氏は大学に入ってから。※これも自分で話しをしていた。だから実際に恋愛経験が豊富なのかは不明。菫の良き理解者で、親友である。