あれから二年が経過しました 下(菫 END)
女の状態でいきなりプロポーズされた行幸。
そしてプロポーズを噛んだ菫。
もうてんやわんやである。
「い、いきなりごめんね。でも…わ、わたし…結婚させられちゃうの! 見合いさせられちゃうの!」
菫は涙目で行幸に訴えかけた。
「み、見合い? いや、結婚したくないなら断れよ? 見合いをさせられるから俺と結婚したいとか…それはどうなんだ?」
行幸がそう言うと菫は激しく首を振った。
「何だよ? 見合いさせられるから俺に結婚してって言ったんじゃないのか?」
「違う! 私は…家を出たいの!」
「はい?」
「もうあんな家には居たくないの!」
「えっと?」
「だから…一緒にどっか遠くに行こう?」
「……何?」
二人で逃避行の話になって行幸は混乱を極めた。
ただのプロポーズならまだしも、一緒にどっか行こうとか…普通じゃなさすぎる!
俺の考えの遥かに上をゆく、想像もしなかった事すぎた。
「いや…でもな? 俺と…ええと…はい?」
もう何を言いたいのかが自分でも整理できない行幸。
脳裏に思い浮かんだのは、何故か網走刑務所だった。
「いや、俺は北海道は行かないぞ?」
「九州でもいいよ?」
「あ…それなら」
なんてつい答えたが、すぐに言い直す。
「いや、違う! 場所の問題じゃなくって!」
しかし、菫は真剣な表情のままだ。
「今日は荷物もまとめて来たの」
「えっ? でも、持ってないじゃん」
菫の席には何の荷物もない。逃避行をするにしては荷物がなさ過ぎる。
「荷物は東京駅のロッカーに預けてあるわ」
「………はい? で、でもお金は?」
「私の貯金が1000万あるわ」
桁を聞いて自己嫌悪に陥る行幸。
俺よりも貯金あるっていうか…俺の預金って10万だぁぁ!
「あと、行幸のご両親にはもうOKを取ってあるの」
「へっ?」
目をパチパチしながら行幸が菫を見る。
「ご、ご用意のよろしい事で…って! いや! そんなの俺は聞いてない!」
「だって、行幸には内緒にして貰ったから」
「えっ? いや…幸桜は? シャルテは?」
「もちろん伝えてあるわ」
「…はい? えっ?」
行幸の頭の上は疑問符まみれだ。
「約束だよ? 私の言った事…聞いてくれるんだよね?」
行幸は真っ赤な顔で俯いた。そして血管が切れそうな程にパニックする。しかし、そんな中でも考えた。色々と考えた。
そして出した結論は…
「だ…駄目だ…約束は聞けない」
「何でよ!」
食らいつくように菫がテーブルに手をついて中腰になる。
「幸桜や、シャルテにも悪いだろ?」
「だからOKを取ってるって言ってるでしょ?」
「いや…それは無い」
「何よ? それって私が嘘をついてるって言いたいの?」
「違う! そうじゃない! って言いたいけど…嘘をついてるだろ?」
「……」
菫は無言になった。
「俺は…菫が好きだよ。本当に。結婚だってしてもいいって思ってる位に好きだ。離れたくない」
行幸の恥ずかしげもなく言った台詞に菫の顔は再び真っ赤になる。
「でも、幸桜も好きなんだ。それにシャルテも好きだ。二年前と何も変わっていないって言われるかもしれない。だけど、それは違うんだ。俺はすごく変わったんだよ」
「…な、何が変わったのよ」
「俺は…全員と結婚がしたい位に好きになった」
どこのエロゲだと思う台詞を真剣に言い放った行幸。
お前の目標はハーレムか! って突っ込みを受けそうな台詞を吐いた。
周囲のお客はもうがっかり感がすさまじい。
「な、何よそれ?」
「その位に好きになったって事だよ! 二年前よりも全員をもっと好きになったんだよ! 悪いかよ!」
涙目で訴えかける行幸に菫は少し引いた。
別に嫌で引いたのではない。あまりの本気さに引いたのだ。そして、こういう所に私は惹かれてるんだと再度自覚した。
「……まったく。もういいわ。出て来ていいわよ?」
菫の台詞で行幸の後ろの席から二人の女性が顔を覗かせた。
幸桜とシャルテだ。
「へっ?」
行幸の目がまたしても点になる。
「二年も何も進展ないし…ここは私が起爆剤になれば少しは考えが変わるのかなって思ってね」
菫はテヘっとしてペロっと舌を出した。
「じゃ、じゃあ…俺は騙されたって事なのか?」
「だってお兄ちゃんって優柔不断すぎるし…」
幸桜が呆れた表情で行幸を見る。続けてシャルテが、
「まったく…何が全員が好きだ…」
そう言いながらも顔が真っ赤だった。
「くっそぉぉ! 俺の純真な心を弄びやがって!」
「どこが純真なの? へたれの心の間違いでしょ?」
菫は鼻で笑った。
「そうそう、お兄ちゃんは純真なんじゃないよね? 単純なんだよね?」
幸桜にまで酷い事を言われた。
「いや、単純な馬鹿の間違いじゃないのか?」
もう散々だ。言いたいだけ言われ捲っている。でも、行幸は少し安心していた。それは、この現状が続くという事に…本当は駄目なんだけど、でも、この現状が続く事が嬉しかった。
そして…
「初詣って言えば湯島天神よね」
「でも、湯島天神って学業の神様じゃないの?」
「私は常に人生は勉強だって思ってるから」
幸桜は笑顔でそう言いながら行幸を見た。
行幸はそっと目を逸らす。
「僕は天使だから初詣なんてしなくてもいいだけど…」
「まぁまぁ、いいでしょ? 天使が初詣をしたら駄目だって規律でもあるの?」
「いや…ないけど」
「じゃあ、一緒にいこっ!」
幸桜がシャルテの手を引いて湯島天神へと続く参道を人混みの中を歩く。
そして、行幸の横には菫がいた。
「さっきはごめんね」
「本当に焦ったじゃないか」
「……うん…だよね? 今考えると、ちょっとやりすぎたかなって思った」
「本気でやりすぎだ」
菫はもじもじしながら行幸をチラチラと見始めた。
この仕草は何か言いたい事があるんだな?
行幸はそう思って菫に聞く。
「何だよ? 言いたい事があるんじゃないのか?」
「えっとね…」
「何だよ」
「もしも…本当に私と逃避行してって言ったら…どうした?」
「……やっぱり断ったかな」
「そうしたら、私の事を嫌いになったりする?」
「いや…ならないかな」
行幸が即答すると、菫はニコリと微笑んだ。
そして、いきなり行幸の前に飛び出して行幸の方を向いた。
その瞬間、前から歩いてきた参拝客に背中を押されて…
「あっ…」
菫は行幸の方へと倒れる。そして、行幸の唇の軽く菫の唇が触れた。
「行幸、ごめん。これは事故です」
「…いや故意だろ!」
「いえ、事故です!」
「うぐっうう」
どう見てもわざとだった。そんな偶然に唇が触れるとかないし、普通ならそうなる前に踏みとどまるはずだと考えた。だけど嫌じゃなかっただけに文句も言えない行幸。
菫はペロっと舌を出すと行幸に耳打ちをした。
「行幸…私も愛してるよ…大好き…」
「ちょっ!」
エロゲーでもなかなか聞けない破壊力抜群の台詞に、行幸は動揺しまくって顔を真っ赤にする。
いつの間に菫はあんな風に大胆になったんだよ? そんな事を思いながらシャルテ達に合流する菫を見ているのが精一杯だった。
さて…この三人の物語の終点はいつになるのやら。
物語の続きは皆様のご想像に委ねます。
終わり
本当にありがとうごいました。
完結の印をつけ忘れてまして…菫をメインのものを書いてなかったので、菫の出番のおまけを執筆しました。
これにて本気の完結です。
また、別の小説でお会いしましょう!