あれから二年が経過しました 上(菫 END)
菫メインの小説です。
幸桜、シャルテよりもボリュームはありませんが、ヒロイン最後のおまけ小説になります。全2話です。
よろしければ読んであげて下さい。
年末のとあるコーヒーショップに女性二人の姿があった。
菫と行幸である。
菫はデニムパンツにフード付きのパーカー。赤渕の眼鏡をかけており、正面に座っている行幸は、黒のタックパンツにベプラムのトップス姿。
ぶっちゃけ、行幸が元は男だと誰が信じるというレベルの可愛い女性になっていた。
「ねぇ…行幸。いつまでそんな姿でいる訳?」
菫は呆れた表情で行幸を目を細めて見詰める。
「んっ? ああ…そうだなぁ…いつまでだろうな?」
そんな視線に気づきながらも、行幸は気づいたそぶりも見せずに誤魔化した。
「まったく…本当に優柔不断だよね? 私だってもう二十三だよ? あれから二年も経ってるのよ? いい加減にした方がいいんじゃない?」
そう。行幸が再び女に戻ってから二年が経過していた。
一度はカップルになった妹の幸桜は大学生になり、そして元天使の女性、シャルテは今も行幸と同じバイト先で働いている。
菫はあれから結局は元のバイト、パソコンショップには戻らなかった。今は父親の会社で働いている正社員だ。
しかし、互いにたまにこうして逢っている。
「いい加減っていうけどさ、俺だって好きでこの格好でいる訳じゃないんだぞ?」
そう言った行幸を菫は怪訝そうな表情で見詰めた。
「何が好きでよ…私よりも女してるじゃないの」
そう、今は行幸も女としての生活に慣れてしまい、自覚は無いが女子力は格段にアップしていた。
最近はナンパもされるし、この前は芸能プロにスカウトすらされていたりした。
「いやいや! 今が女なんだから仕方ないじゃないか! 俺は別に何も変えてないぞ? しいて言えば女の服を着て、ちょっと化粧をする程度じゃないか」
確かに、行幸の言う通りで、言葉使いはまったくもって男の時代と変わりない。けど、やはり女子力が格段に上がったのは間違い無い。
そして、この口調があの秋葉原という街では受けが良かった。
菫はじっと行幸を見て考えた。
やっぱり『わたしがメイドでごめんなさい』の【神無月みゆき】そっくりなのは伊達じゃなかったと。
ヒロインはやっぱりアニメの中でも、現代でもヒロインなんだと実感した。
「ふぅ…」
菫はまた溜息をついた。
「あ~あ…私もどうしてこんな奴を好きになったのかしら…」
わざとらしく菫はそう言うと再び溜息をつく。
「いや…それは俺に聞かれても困るんだけど…でさ、溜息ばっかりつくと幸せが逃げるぞ?」
「もう十分に幸せは逃げ切ってるわよ…今、1%の確立でトラップのある宝箱を開けたらひっかかる自信があるわ」
「いやいや…俺ってそんなにお前の幸を奪ってるっけ?」
「…………そこは…まぁ…奪いまくりね。返してよ」
「…どうやって?」
「直接注入?」
「何を?」
「えっ!?」
苦笑する行幸。もうなんというか…菫ぇぇ。なんて心の中で叫ぶ。そして菫は頬を赤らめた。
「は、話を戻すけど…」
「あ、ああ…」
「私は理解出来た事があるの」
「何だよ?」
「惚れたら負けって事」
行幸はまたしても苦笑するしかなかった。
「…え、ええと…そうだ! 今日は大晦日だな!」
無理矢理に話題を変える行幸。駄目な彼氏の典型である。女だけど。
「そうね…」
「お前さ、実家とか帰らないのか?」
「今、実家に住んでるのよ? 何よ? もう家に帰れっていうの?」
行幸の額にどっと汗が滲んだ。
ちなみに今日の外気温は2度です。
「そ、そうだったっけ? あれ? マンションに住んでたんじゃ?」
行幸の記憶が正しければ、菫は実家を飛び出してマンションに暮らしていたはず。なのにいつの間にか実家になっていた。
「今月引っ越したの。それに行幸には知らせなかったしね」
行幸の頬肉がひくんと動いた。
「そんなんわかるかぁぁぁ! 俺は超能力者じゃねー!」
思わず大きな声を出す行幸。そんな行幸は店内で注目の的になる。
「は、恥ずかしいから大きな声なんて出さないでよ!」
菫が恥ずかしそうに顔を赤くすると、行幸はそれ以上に顔を赤くした。
「いや…つい…」
「つい…じゃないわよ。そんなの軽く流してよ。そんなの所属ギルドが変わったようなもんじゃないの」
いや、それは違うだろ。なんて思った行幸だったが、言い出せない。
「そっか…でも実家に戻れたのか? よかったな」
「良くなんて無いわよ…」
「…そう…なんだ」
「でも、お父さんとか喜んでるんじゃないのか?」
「私は嫌だもん」
「……そうか」
会話のキャッチボールが続かない。
行幸の投げた会話が、剛速球で帰ってきている感じになっている。そして受けれない自分がいた。
そして沈黙の二分。気まずい。
「…ねぇ行幸」
菫が沈黙を破るように口をへの字にしてぼそりとつぶやいた。
「何だよ?」
せっかく返した返事にも、菫から返事は来ない。その変わりにまた溜息をついた。
行幸はここで菫がいつもの菫じゃないと気が付いた。
何かが違う。何だろう? 何かこう…とても距離を感じるっていうか…
「菫どうしたんだよ? 何かあるのか?」
行幸が本当に心配そうにそう言うと、菫の目が大きく見開かれた。そして、行幸の顔をじっと見る。
「何かあるんだろ? 何があるんだよ。言えよ。俺に出来る事なら何でもやってやるよ」
菫は唇を噛む。そして行幸の顔をチラチラと見ながら何か言いたそうな表情を浮かべたが、しかしそれを押さえ込んだ。
「そんなの…いいわよ。うん…でも今日は重要な話があるの」
その言葉に行幸に顔色が変わる。さっきまでの脳天気な顔から、突如として真面目な表情になった。
「菫」
「…何よ」
「重要な話ってなんだよ?」
「………」
菫は口をもごもごと動かすが言葉になっていない。
「……私は? 私はなんだよ?」
しかし、行幸は菫の唇の動きで『わたしは』と菫が口に出そうとした言葉を言い当てた。
菫はそんな行幸をじっと見る。そして、突如として立ちあがった。
「どうしたんだよ?」
「行幸!」
「何だよ?」
「さっき、出来る事なら何でもするって言ったわよね?」
「あ…ああ…」
その瞬間、行幸の脳裏には「失敗した」という文字が浮かびあがった。そう、まるで死亡フラグが立った感じがした。
「じゃあ…お願いあるの!」
「お願い?」
「そう!」
「…どんなお願いだよ?」
「……聞いてくれるのなら言う」
行幸は硬直する。酷い選択肢だからだ。
理不尽なゲームでも、まずはどんなお願いか先に教えてくれる。
しかし、菫は聞いてくれるのなら言うとか言って来た。
でも、菫は真剣は表情だった。そして、自分の一言が菫にとって重要な事はなんとなくわかった。
受けると俺にとってはメリットなんてないはずだ。が、断るときっと後悔する気がする。
行幸は唾をごくりと飲むと言った。
「理不尽な願いじゃなきゃ…聞いてやるよ」
菫の眉がひくんと動いた。
「私にとっては理不尽じゃないわ」
その言葉に今度は行幸が苦笑した。
「………俺にとってメリットはあるのか?」
そう聞くと、菫は即答する。
「それは行幸次第。私は…私にとってはメリットはあるわ」
行幸は両腕を胸の前で組んで考えた。
はたして菫の願いを聞くべきか、否か…
「言ってみろ…」
絞り出すように言葉にする行幸。懸命に考えた決断だった。
今の行幸は本当に駄目だった。自分でもそれを良く解っていた。
二年前にシャルテを引き留めて、それから恋愛をして誰かに決めるとか言った。
でも結局は誰にも決められていなかった。
そう、それは行幸が三人を三人とも好きになってしまったから。
優柔不断の行幸には誰か一人を選択するなんて出来るはずもなく、そして、だらだらと二年が経過していたからだ。
ここでどんな事を言われるのかは解らない。だけど、きっと菫は今までの、この四人の関係を崩す何かを言うはずだ。
だったら…俺は…かける。菫がどういう事を言うのか…それを聞いてみよう。そう思って決断した。
それが例え、別れて欲しいでも受け入れる気持ちでいた。
「行幸」
「何だよ」
菫は茹で蛸のごとく真っ赤になる。それを見ていると行幸は直感した。これは別れ話じゃない。
そして、これは聞いたらやっぱり駄目なんじゃないか?
決めた事を速攻でひっくり返そうとする。まったくもって駄目な男だった。
「ちょ、ちょっとまっ」
しかし、行幸の言葉に重ねるように大きな声がコーヒーショップに響く。
「行幸っ! 私と結婚して下だひゃい!」
唖然とする行幸。
やっぱりというか…なんとなく予想してたけど…
こいつ…噛みやがった! おもいっきり噛みやがった!
噛んだ本人はさらに真っ赤な顔でその場にストーンと直角に座った。
もうはずかしくって仕方ない表情で下を向いて固まっている。
そして、またしても二人は注目の的である。が、それの視線はすこぶる温かいものだった。
もう、何ていうか、おめでとう的なオーラが店内に広がっている。それも俺が女なのに何でこの空気なんだ?
しかし、どうする? この空気で断るとか…出来ないだろ? どうするんだよ? 俺!
行幸は脂汗を額に滲ませながら口をもごもごさせた。