シャルテエンド そのⅣ(全6部)
「シャルテ! 勝手に行くな!」
僕に抱き付いたのは行幸だった。
やっぱり行幸だった。
僕を引き留める為に追いかけてきたのか?
何で? 何でだよ? 今の僕はお前には必要ないのに。
「何で追いかけて来たんだよ…」
「何でって…おい、シャルテ…おまえ…泣いてるのか?」
しまった。
「ば、ばか! うれし泣きだ! 俺の使命を全うしたうれし泣きだ!」
僕は咄嗟に嘘をついた。全然嬉しくないのに。
「シャルテ! 言いたい事だけ言って出ていくな! 俺もお前に言う事があるのに」
「僕は行幸から聞く事なんてない。お前は早く戻れ。二人のところへ戻れよ!」
そう言って行幸の手を振りほどく。
そして、歩き出そうとする僕を行幸の馬鹿は、本当に馬鹿な行幸はまた後ろから抱きつきやがった!
いくら制止する為だからって、こんなのあの二人に見られたらどうするつもりなんだ!
後先も考えずに行動にでやがって…
「勝手に行くなって言ってるだろうが!」
「い、行くなって何だよ! 僕の役目は終わったって言ってるじゃないか!」
「いや、終わってない! まだ終わってない! お前の言うとおり、俺はあの時から何も変わってないんだからな!」
そう言って僕を抱く手に力を込める行幸。
僕はまた涙が溢れ出た。なぜだか涙が溢れた。
そして…行幸腕をぎゅっと掴んでしまった。
迂闊にもぎゅっと握ってしまった。
「何が終わってないんだよ…終わっただろ…僕と行幸は…」
「だから俺の話を聞け」
「何だよ…」
「俺はな…」
「…」
「俺は幸桜が好きだ」
「………知ってるよ」
「そして………実は…す…菫も好きだ」
「……それも知ってる」
「あと…」
「………」
あと? 後って…まさか?
後ろから抱きしめる行幸から心臓の鼓動が聞こえた。
服の上からでも解る程に行幸がドキドキしている。
そして、それに釣られるように僕の心臓までドキドキと脈を打ち始めた。
シンクロするように。
「……お前も…」
まだ行幸は話終えていないのに、僕の心臓が飛び跳ねた。
お前もってって…お前も何なんだ?
僕はごくりと唾を飲む。
「シャルテ、お前も…好きだった…いや、今でも好きだ…」
僕の心臓が胸から飛び出しそうな程に跳ね上がった。
きっと行幸にも気がつかれるだろうと思う程に強く。
そのくらいに驚いた。そして体中が熱を帯びた。
「えっ…なっ…」
言葉が出ない。僕は言葉が出ない程に動揺してる。
まるで二流のゲームかドラマの台詞みたいな事を言われているだけなのに…
なのに僕は言葉が出ない程に動揺してしまった。
そう…理由は簡単だ。
僕は初めて…行幸に好きだって言われたから。
大好きな男性に好きだって言われたから…
僕の行幸を握る手が震えている。
無意識に震えている。
そして…素直に…嬉しかった。
天使なのに…駄目なのに…素直に嬉しかった。すごく嬉しかった…涙が出る程うれしかった。
いや、涙はもうずっと出ていたんだ。
でも…やっぱり駄目だ。僕は駄目だ。
こんなシチュエーションで好きだと言われて嬉しいとかおかしい。
今から天界に戻ろうとしているのに、もう踏ん切りをつけようと思っていたのに…
でも、嬉しかった。
最後に好きだと言われた。
でもそうか…そうだよな。
これで僕はもう満足だ。好きと言われたから満足なんだ。
うん…
一生の片思いより…一分だけでも両思いだったのだから…
僕は幸せだったんだ。
そう思う事にした。
「あ、ありがとう…その…好きとか言ってくれて…でも、僕はもう天界に戻るんだ。さっきの言葉はお土産として貰っておくから…だからこれで終わりだ」
「終わりじゃない! 俺はまだ三人のうちから誰を選ぶなんて決めてないんだ! 心の奥ではずっと三人が気にかかってたんだ! 俺はヘタレで優柔不断なんだ。そんな俺がそうそう簡単に決められるはずがないだろう!」
「馬鹿…何で僕まで引き止めるんだよ? 僕よりも幸桜や菫の方が好きなんだろ? 僕がいると余計にややこしくなるだろ。だから…僕を引き止めるな。好きだって言ってくれたのは本当に嬉しい。僕も行幸が好きだから…でも、やっぱり駄目なんだよ。だから僕は……っ!?」
突然僕の体がくるりと横回転した。そして正面に行幸の顔が…
僕は思わず両手で顔を覆った。直視できなかった。
「な、何すんだよ!」
「シャルテ! 俺の目を見ろ」
「いやだ!」
「お前は天使だろうが! 俺達の担当なんだろうが!」
「違う! 僕が担当じゃない! 今の担当はリリア姉ぇだ!」
「こんな時にそんな屁理屈を言うな! そして俺の目を見るんだよ!」
僕はゆっくりと手をどけた。
すると、そこには笑顔の優しい笑顔の行幸がいた。
強い口調とはまったく違う。笑顔の行幸がいた。
そんな行幸を見ていると、もう何も考えられなくなりそうだった。
ナイフで胸を突き刺されたような痛みが走った。
恋ってこんなものなのか?
好きな人を前にすると、こんな不思議で苦しい気持ちになるんだ。
どんな強い気持ちよりも、好きだという気持ちがどんどん溢れてくる。そして胸がどんどん苦しくなる。
やばい…
これはやばい…
「俺はな? もう一回頑張ろうと思うんだ」
「…何…を?」
「三人のうちの一人を好きになる事を」
「い、いまさら一年前の状態に戻る気か? いや、一年前よりも過酷な状態だろ? やっぱり二人で十分だ。僕は入れるな!」
「いや、二人じゃ駄目なんだ。お前も必要なんだ」
「何でだよ…」
僕が行幸をじっと見詰めると、行幸もじっと見返してくる。
「……おい、シャルテ」
「………な…何だよ」
「お前は俺が好きか?」
「ば、馬鹿! 何を……っ」
「お前は俺が好きなのかって聞いているんだ」
「…えっ…ぼ、僕は…」
「正直に言ってくれ! 嫌いなら嫌い、好きなら好きって!」
「…あっ…えっと…す…好きだ。こ、これでいいのかよ」
「ああ、それでいい。じゃあ言う。俺もお前が好きだ」
「………くっ」
僕はもう行幸の目を見ていられなくなった。
自然と俯いてしまった。