シャルテエンド そのⅢ(全6部)
僕の座っている席は六人がけの席だ。
この喫茶店で唯一の六人がけのテーブル席。
僕が告白をする為だけなら、こんなに広いテーブルはもちろん必要ない。
この席はルートⅡを実行する為。その為にわざわざ6人がけの席をキープしておいたのだ。
そして、僕の横に座ったのはもちろん幸桜と菫。
「な、何でお前ら二人がここにいるんだよ?」
「僕が呼んでおいたんだ。でも、来てもらうのはちょっと苦労したけどね」
行幸は呆気にとられている。またしても混乱していると言った方が正解かもしれない。
「さて…僕は完全に玉砕した。だから、もう行幸の事は諦める」
「シャルテ…」
僕はそう言って席を立った。
そして菫と幸桜を見る。
「幸桜、ごめんな。話した通り、まだこいつは踏ん切りがついてないんだよ。だから中途半端に幸桜と付き合ってる状態になってるんだ。そして菫。まだ行幸が好きなんだろ? いや、前よりもずっとずっと行幸が好きなんだろ? だから行幸の側にいれなくなって、逃げようとしたんだろ? でも駄目だぞ。それじゃ駄目なんだよ」
幸桜と菫は黙って僕の目を見てくれた。
「シャルテ! ちょっと待て! これってどういう事なんだよ!」
行幸が血相を変えて僕に向かって怒鳴る。
でも、その怒鳴る言葉に怒りは感じなかった。ただ、本当にどうなってるんだって混乱して怒鳴ったんだ。
だからこそ僕は…
「行幸。今は黙って聞いててくれ」
「いや、黙ってて…これがどうして黙ってられるんだよ?」
「行幸、シャルテさんの話を聞こうよ…」
幸桜がフォローしてくれた。
まぁ、幸桜にも解っていたはずなんだ。僕が説明する前から解っていたはずなんだ。行幸にまだ迷いがある事を。
だから、だからこそ幸桜も決着をつけたいと心の底では願っていたはずなんだ。
ちゃんと自分だけを愛して欲しいと感じていたはずなんだ。
行幸がちゃんと幸桜と向き合わないから、だから幸桜も行幸を見れなくなっていたんだからな。
「行幸、お前には決着をつける義務があるんだぞ?」
「………だから決着はついただろ」
「いや、お前の心はまだ決着していない。あの時は菫が逃げたんだ。だよな? 菫」
「……」
「菫、ちゃんと自分の気持ちには素直になれよ! 今でも好きなんだろ? 諦めてないんだろ? だからここに来たんだろ?」
菫はビクンと反応すると、頷き、そして今でも行幸が好きだと認めた。
「という事だ。行幸。時間がかかってもいい。前みたいにタイムリミットとか無しでいいから。だからちゃんと結論を出せ。わかった?」
「…結論って」
「そう、結論だよ! 心の底から好きだといい切れる女性を選ぶんだよ! お前は優しすぎるんだ! いつでに他人を傷つけたくないと思っているんだろ? それが駄目なんだよ! 恋愛は誰かが傷つくものなんだ! 解ってるんだろ? おい!」
「でも…俺は覚悟を決めて…幸桜を選択した」
険しい表情で僕を睨む行幸。
「そうだろ? シャルテ」なんて心に訴えかけてくるのがわかる。でも…
「したよ。確かにした。でも、それは幸桜の気持ちを汲み取ってだ。結論を出すのにお前の気持ちは半分も考えて無い。そうだろ?」
行幸は唇を噛んで黙り込んだ。
そう、これが答えだ。
行幸はそういう気持ちで幸桜を選んだのだから。
まるで売れ残りのペットを、かわいそうだから飼ってあげようかな。
言い方は悪かもしれないが、そういう気持ちで幸桜を選んだ。
菫ならきっと別の恋人が出るだろうと、そう考えて幸桜を選んだ。
でも僕も…それで良いとあの時は思っていた…駄目だな。僕は…
「後は幸桜と菫に任せたよ。僕は立ち去るから。そしてもう二度と君達の前には現れない。行幸、店長には行幸から話しをしておいて貰えるかな? 私用でやめたってね」
「おい、ちょっと待てよシャルテ!」
僕は三人に笑顔を振りまくと、後ろを振り返らずに喫茶店を後にした。
喫茶店を後にした僕は早足で逃げるように歩道を進んだ。
駄目だな。僕は…駄目な奴だ。
行幸に逃げるなとか言っておいて、結局逃げたのは僕なんじゃないのか?
実はルートⅠが成功すればいいなって思っていたんだろ?
だからこんなに落ち込んでいるんだろ? こんなに目頭が熱くなってるんだろ?
違うだろ? 僕は最初からルートⅡを本命にしていたんだろ?
ルートⅠなんて選択肢をつくった事が間違ってたんだ。
あの時にもしも行幸がOKを出したらどうなっていた?
僕は後ろで控えていた菫や幸桜の気持ちを考えずに行幸の恋人になれたっていうのか?
そうじゃない。
そうなっても僕は素直に喜べるはずなんてなかった。
もともとルートは一つしか存在していなかったんだ。
だから、僕は幸桜と菫を呼んでいたんだろ?
でも、まるでこれじゃあ僕は当て馬みたいだよな。
あはは…
そう考えると僕は本当に間抜けだな。
結局は恋愛候補を一人減らすのに協力しただけになったのか。
でも…まぁそれも良しとするか…
行幸の為だ…そして菫と幸桜の為なんだ。
自分に言い聞かせながらも、体は僕の言う事を聞いてくれなかった。
目頭はもっと熱くなり、胸からは何かがこみ上げてくる。
本当はいますぐにでもしゃがみ込んで泣きじゃくりたい気持ちになっていた。
駄目だ…このままじゃ僕は…早く戻らなくっちゃ。
僕は天を見上げた。
天界に戻ろう。でも、きっとまた堕天するんだけどな。
次に堕天をしたらどうしよかな…
僕は行幸を忘れられるはずもないし、そして記憶を消してまで天界に残りたいなんて思っていない。
職務放棄だと他の天使には思われているかもしれないが、僕は放棄はしていない。
ただ、僕が恋愛をしてしまっているだけだ。だから職務を遂行できないだけ。
まぁいいか。
人間で一生を過ごすのも悪くない。
それで経験地がぐんと上がれば、きっと僕は天使としてレベルアップできるはずだ。
今度人間になった時はどんな容姿だろう?
今回の容姿は嫌いじゃなかったんだけどなぁ…
きっと行幸も嫌いじゃなかったと思うんだけどなぁ…
僕が横を見ればちょうどそこにはガラスの大きな窓があった。
そこに映っていたのはもちろん僕だ。
身長は155センチ。
体重は48キロ。
スリーサイズは言えないけど、典型的な日本人体型。
髪は黒で肩まであるストレートヘア。
そして瞳は…もちろん黒で…
綺麗じゃないけど、ガラスに映る子は可愛いと思った。
そして、その子は…泣いていた。
我慢出来ていたと思っていたのは間違いだった。
僕は…我慢なんて出来ずに泣きながら歩いていたんだ。
くそっ…僕は本当に馬鹿だな! 本当に馬鹿だ!
泣くなよ! 本当に弱い奴だな!
なんて自分に言い聞かせたが、涙という液体は僕の瞳から溢れて止まらない。
僕が涙を右腕でぬぐっていると、後ろからいきなり誰かが僕に抱き付いてきた。
僕はすぐに解った。
誰が抱き付いてきたのかを即座に理解した。
そして、僕は間違って振り返ってしまった。
こんなはしたない姿で振り返ってしまった。